天ヶ台
「昔、豊臣秀吉が征韓の役にこの港内に碇泊したとき、一時殿下が陣取ったという意味で天ヶ台と
なまってできたともいわれている。
標高323mあり、山頂にはマイクロウェーブ中継所が建てられている。」
麓には、那波野岩屋谷があります。
「南北にひらけたこの谷は石英質からなる侵蝕岩である。明治40年ごろ戸数80を数える那波野部落は
耕地を広げるためこの岩井谷に治水を計画、村人より10名ほどの者が選ばれ調査し仕事についた。
しかし、砂礫の多いこの谷の水は治水ということでは最も条件がわるく、その上資材に欠け,2.3名の
犠牲者が出たほどであった。しかしこうした先人の努力によって那波野の水田はそのために潤い、
蛙鳴蝉奏という和やかな部落になったという。」            参考資料 『ふるさと相生を歩く』より