| S.E. |
食器同士のぶつかるかすかな音。 |
| テルザ |
お茶にございます。だんな様。 |
| ゴンザレス |
ふんっ、ゴンザレス家の面汚しめが、お茶だと。……なんてまずそうな紅茶だ。
(ずずずと啜る音)かー、ぺっ。いったいどうやったらこんなまずいお茶が……。 |
| エリザベス |
私の分ならいらないから、流しに捨てておいて。
代わりにこの120リンクルで、サントリーの緑茶を買って来なさい。
ほれっ。 |
| S.E. |
数枚の硬貨が床に撒かれる音。 |
| テルザ |
それはあまりにむごい。今夜は篠つく雨が降っています。
しかも自動販売機までは片道25分の道のり。 |
| エリザベス |
あら、走れば10分よ。 |
| テルザ |
道がぬかるんで走れません。 |
| エリザベス |
お前、ドレイの分際で私の言うことが聞けないって言うの?
演芸大賞もとれないくせに。 |
| テルザ |
ああ、それだけは言わないで。 |
| エリザベス |
さっさと行きなさい。 |
| ゴンザレス |
テルザ、行く前にテレビをつけてくれ。
演芸大賞がとれなくてもそれくらいはできるだろう。 |
| テルザ |
ははっ。 |
| S.E. |
テレビのスイッチ |
| アナウンサー |
7時のニュースです。
本日、第84回通常国会において「奴隷制度廃止法案」に関する
採決が行われ、賛成3反対3の同点となり、結局代表者同士のジャンケンで
可決されました。
本日6時25分より奴隷制度は廃止されましたので、奴隷のいるご家庭は
すみやかに開放しましょう。
尚、開放しない人は逮捕されますからくれぐれも気を付けて下さい。
続いて午後3時ごろニコニコ銀行デミグラス支店に包丁を持った男が……
(テレビ切れる) |
| ゴンザレス |
……エリザベス、そちらに立っておられるお方はお前のお知り合いかな? |
| エリザベス |
え? これのこと? これはテルザじゃない。ドレイのテルザよ。
あなた、気でも違ったの? おかしいわ。 |
| ゴンザレス |
おかしいのはお前の方だよ。今のニュースを聞いたろ。
もうドモホルンにはドレイはいないんだぞ。
この方がドレイのはずがない。
確かに身なりはきれいとは言えないが、きっとなにか事情があられるに
違いない。
さ、テルザさんとやら、そんなところに立ってないで、
こちらへ、この暖炉の近くへお座り下さい。 |
| テルザ |
でも、サントリーの緑茶を買いにいかないと……。 |
| エリザベス |
何言ってるの。あれは冗談よ。さあ、私が今すぐおいしいお紅茶をおいれ
致しますわ。 |
| テルザ |
奥様、お茶なら私が……。 |
| ゴンザレス |
まあまあ、テルザさん、落ち着いて、楽にして下さい。
ずいぶんと疲れたご様子ですが、ご旅行の途中ですか。 |
| テルザ |
いえ、まあ、そんなところで……。 |
| ゴンザレス |
ほー、それはうらやましい。
どちらから? |
| テルザ |
日本です。リスを野生に戻すために旅に出たのですが、
あれやこれやで、気が付くとこちらで13年も……。 |
| ゴンザレス |
はっはっはっは、テルザさんはご冗談がお好きだ。 |
| エリザベス |
さあ、テルザさん、お茶とお菓子の用意ができましたわ。
それともワインかウイスキーの方が良かったかしら。 |
| ゴンザレス |
お中元でもらった舶来のブランデーがあっただろう、あれを持って来なさい。 |
| テルザ |
……あの、お構いなく……。 |
| ゴンザレス |
いえいえ、旅人を精一杯おもてなしするのがドモホルン人の誇り。
必要なものがありましたなら何なりとおっしゃって下さい。 |
| テルザ |
いえいえ、そんなそんな、とてもとても……。 |
| ボブザ |
日本へ帰るチケットが欲しいわ。 |
| テルザ |
ボブザ。 |
| ゴンザレス |
おやおや、これは可愛いリスさんだ。テルザさんのお連れさんですか。 |
| テルザ |
連れと言えば連れですけど……。 |
| ボブザ |
テルザ、何をぼんやりしているの。
あなたはこの日が来るのをずっと待ってたはずでしょ。
ゴンザレスにチケットを用意させて日本へ帰るのよ。 |
| テルザ |
そんな、チケットを用意させるなんて図々しいことできないよ。
子供の頃から遠慮は美徳だって親からしつけられているからな。 |
| ボブザ |
そんなことを言ってる場合じゃないでしょ。
あなたは13年もここで働いてきたんだからチケット位もらって当然よ。 |
| テルザ |
それもそうだなあ。それじゃあ、チケットと帰りの空港からアパートまでの
タクシー代くらいはもらってもいいかな。 |
| ボブザ |
そうよ、そうよ。 |
| テルザ |
それと、日本では13年分もアパートの家賃が滞納してるわけでから、その家賃分も
もらってもいいかも知れないな。 |
| ボブザ |
そうよ、そうよ。 |
| テルザ |
それと、日本で新しい仕事を見つけるまでの当座の生活費も
もらってもいいだろうか。 |
| ボブザ |
いいわ、いいわ。 |
| ゴンザレス |
まあまあ、テルザさんもリスさんも冗談はそれくらいにして。
そうだ、娘のマーガレットも呼んで、テルザさんの旅のお話でもうかがうとしましょう。
(大声)マーガレットや。 |
| S.E. |
階段を降りてくるマーガレットの足音。 |
| マーガレット |
お父様、呼んだかしら。 |
| ゴンザレス |
マーガレット、紹介しよう。こちらははるばる日本から来られたテルザさんだ。 |
| マーガレット |
知ってるわよ。何なの今更。 |
| ゴンザレス |
テルザさんとこのリスさんはは日本からの旅の途中で我が家へ立ち寄って下さったんだ。
そうだ、お前、この方達に日本へ帰るチケットを用意して差し上げなさい。
お前はこの前の熱海一泊家族旅行の時も、パソコンを使ってチケットを
とってたものな。 |
| マーガレット |
どういうこと? |
| エリザベス |
(小声で)奴隷開放令が発令されたのよ。 |
| マーガレット |
それで、テルザとボブザが日本へ帰っちゃうってこと?
そんなのイヤ。 |
| テルザ |
マーガレットお嬢様はそれほどまでに僕のことを……。 |
| マーガレット |
テルザは帰ってもいいけど、お願いだからボブザは行かないで。
私達、子供の頃からずっと一緒だったのよ。
それにボブザが日本に行っちゃったら残されたボブザの子供はどうなるの。 |
| テルザ |
(モノローグ)僕はこの時初めてボブザに子供が産まれたことを知った。
そうか、あのアンソニーとかいうオスリスと……。 |
| ボブザ |
お嬢様、私はどこにも行きません。
でもそれは決して子供のためではありません。
今日までお世話頂いたお嬢様へのご恩に報いるために、
私は日本へ帰りません。 |
| マーガレット |
ボブザ。 |
| ボブザ |
マーガレットお嬢様。 |
| テルザ |
……ボブザ、お前の飼い主は僕じゃなかったっけ? |
| ボブザ |
あなたは昔の飼い主。今はマーガレットお嬢様にお世話していただいてるのよ。 |
| テルザ |
そのお嬢様をお世話してるのは僕なんだけど……。 |
| マーガレット |
よかった。それじゃ日本へ帰るのはテルザだけなのね。
今すぐチケットを予約するわ。 |
| S.E. |
階段を上るマーガレットの小走りの足音。 |
| ゴンザレス |
(テルザに)利発な子でして、チケットなどあっと言う間に……。 |
| マーガレット |
(階上から)とれたわ。 |
| S.E. |
階段を下るマーガレットの小走りの足音。 |
| マーガレット |
日本への飛行機は今年の暮れまでないけど、ちょうど船があったの。
プラウディア漁港から日本の銚子漁港までの直行便よ。第一あさひ丸ですって。
出発は今夜19時25分。今から20分後ね。 |
| エリザベス |
それは大変。急がなきゃ。あなた、早くタクシーを呼んで。 |
| マーガレット |
この船を逃したら次は来年の今日まで船はないわ。 |
| テルザ |
(モノローグ)こうしてあわただしく僕らは取るものもとりあえず到着したタクシーに乗り込み、
魚の臭いの立ち込めるプラウディア漁港に到着したのは第一あさひ丸出港の2分前だった。 |
| S.E. |
遠い霧笛
『テルザ、船出の時だ』スタート
|
| エリザベス |
テルザさん、おなごり惜しいわ。今日始めて会ったというのに、もう長く一緒に暮らしていた
みたいな気持ちがするの。 |
| ゴンザレス |
私もですよ、テルザさん。そうだ、お別れにこのリスの毛皮のコートを差し上げましょう。
大変珍しいものです。ドモホルンの思い出にしてください。
さあ、船の上は冷えますからどうぞ羽織って下さい。 |
| テルザ |
(モノローグ)ゴンザレスのコートは僕には少し大きかったが、毛皮なら日本で高く売れるかも、
と思ってありがたく頂戴した。 |
| マーガレット |
日本に帰ったらEメール頂戴ね。 |
| テルザ |
僕は字が下手だから、いいメールなんか書けません。下手なメールでよかったら時々は
送らさせてもらいます。 |
| ボブザ |
テルザ。 |
| テルザ |
ボブザ、元気でな。とうとうお前を野生にかえしてやることはできなかったな。 |
| ボブザ |
テルザ。 |
| マーガレット |
時間よ、船が出るわ。 |
| S.E. |
船のエンジン音低く。以下しばらく続く。 |
| テルザ |
(モノローグ)僕は船に乗り込み、甲板から大勢の見送り人の中にボブザ達の姿を探した。
ゴンザレス、エリザベス、マーガレットの3人が僕を見つけて手を振ってくれていた。
そしてマーガレットの肩の上でボブザが小刻みにしっぽを振っているのが見えた。
僕も夢中で手を振り返した。
すぐに船は動き出し、ボブザは小さな点になり、闇に見えなくなった。
僕の前にはプラウディア漁港の明かりと、その向こうにドモホルンの大地が黒い空の中に
ぼんやり浮かびあがって見えた。
13年の歳月が今、走馬灯のように……。イテッ!
何かがコートのポケットの中の僕の指を噛んだ。
ポケットを開けると、1匹のリスが顔を出した。
(リスに)……お前、……ボブザなのか? |
| ボブ |
ううん、ボブ。ボブザはお母さん。 |
| テルザ |
ボブザの子供か。でもどうしてこんなところにいるんだ。 |
| ボブ |
ゴンザレスのコートがふかふかで気持ちいいからお昼寝してたの。
そしたら……。 |
| テルザ |
ふむふむ、そうか。しかたがない、一度ドモホルンへ引き返すとするか。
(大声で)船長さん、船長はいませんかー。 |
| ボブ |
馬鹿ね、タクシーじゃないんだから、船がそう簡単に引き返すわけないでしょ。
こんな馬鹿なことを言ってるところを見るとあなたが噂のテルザね。
よくお母さんが話してた。
あなたのせいで日本ていう国からドモホルンに連れてこられたって。
ほんとにお母さんの言ってた通りの人間だわ。
しかたない、私が日本までついていってあげる。こんな人をひとりにしておけないもの。 |
| テルザ |
しかたない、そうするか……。
名前は何だっけ? |
| ボブ |
ボブ。 |
| テルザ |
ボブか。ということは名前からしてオスだよな。 |
| ボブ |
女よ。ドモホルンではボブは女の子の名前だもの。 |
| テルザ |
そうか、メスか。……で、名前は何だと言ったかな。 |
| ボブ |
だから、ボブだって言ったでしょ。 |
| テルザ |
ボブだよな。さっき確かにそう聞いた。
ということは、お前は名前からしてオスだな。 |
| ボブ |
だから、メスだってば。お・ん・な・の・こ。 |
| テルザ |
メス……。で、名前は……。 |
| ボブ |
ボブ。 |
| テルザ |
オスだよな。 |
| ボブ |
メス。 |
| テルザ |
確か、名前は……。 |
| ボブ |
ボブよ。何回言わせるの! |
| テルザ |
なんだか変だな。名前はボブだろ。ということは、つまりお前はオスだ。 |
| ボブ |
メスなの! |
| テルザ |
ああそうか、分かったぞ。お前はボブで、オスリスなんだな。 |
| ボブ |
分かってないじゃない。メスリスよ、メスリス。 |
| テルザ |
もう1回聞くぞ、お前の名前は? |
| ボブ |
もういいよ、好きに呼んで。 |
| テルザ |
いや、そうはいかない。お前はボブだ。 |
| ボブ |
知ってるなら聞かないでよ。 |
| テルザ |
落ち着いてゆっくり慎重に間違えないで答えろよ。お前はオスか、メスか。 |
| ボブ |
メスです。女です。 |
| テルザ |
オスだな。 |
| ボブ |
もういいわ。あなた勝手に一人でやってて。もう何聞かれても答えないから。 |
| テルザ |
ちゃんと答えろよ。オスでいいんだな。……よし、オスだ。オスに決定。 |
| ボブ |
ふん、馬鹿。 |
| S.E. |
以下12行下のボブの台詞までF.O. |
| テルザ |
なあ、オスのボブ、船室で少し休もうか。 |
| ボブ |
テルザ、1度だけ言うからちゃんと聞くのよ。私はメスなの。 |
| テルザ |
そんな、今オスに決定したばかりじゃないか。 |
| ボブ |
あなたが勝手に決めたんでしょ。 |
| テルザ |
でも、名前は……。 |
| ボブ |
ボブよ。 |
| テルザ |
ということは……。 |
| ボブ |
とにかくメス。 |
| テルザ |
でも、名前は……。 |
| ボブ |
ボブ。性別はメス。 |
| テルザ |
オスだろ。 |
| ボブ |
ぜっっっっっっっっっっっっっっっっったいメス。 |
| S.E. |
『テルザ、船出の時だ』終了
代わって『野生のボブザ メインテーマ』
|
| ナレーション |
出演、
ボブザ……松本恵
テルザ……田辺誠一
商人1……江角マキコ
商人2……中居正広
ゴンザレス……前田吟
エリザベス……野際陽子
マーガレット……京野ことみ
司会男……保阪尚輝
司会女……さとう珠緒
ヨセフ……角野卓造
ボブ……安達祐実
演奏……ドモホルン交響楽団、指揮、へるべるとほんからやん
『野生のボブザ』を終わります。 |