いじめ白書

リスを飼う人々に私は問いたい。
リスをいじめたりしていませんか?
餌をちらつかせてからかったり、大きな音を立てて怖がらせたり、わざと嫌がることをして面白がったり……。

私はしてます。

でも、なるべくやめようとは思っています。

リスをいじめるのは悪いことなのです。
いじめた後でリスの気持ちになると胸が痛みます。

でも、わたしがリスをいじめるのをやめようと思うのはそれだけが理由ではありません。

私はかつてリスをいじめ、その後大いに後悔したことがあります。
その時の経験をそっとお話します。




その日、いつものようにリスに噛まれた私は考えていました。
「うちのボブは噛みリスである。
噛まずにはいられない。
しかしその対象は私である必要があるのだろうか。
否、否。
ボブは私以外の生きとし生けるもの全てにその牙を向けることを決して惜しむことはないであろう。
生きとし生けるもの……。
ボブに生きるものと生きてないものの区別がつくだろうか。
つこうはずはない。
だってボブは馬鹿リスだから……」
こう結論付けた私はイトーヨーカドーへ走り、ウサギのおもちゃを買ってきました。(買うとき、ちょっと恥ずかしかった。)
「さあ、ボブ、思う存分噛むが良かろう」
私はボブにウサギを噛みたいだけ噛ませて、その頑丈すぎるあごを疲れさせてやろうとたくらんでいたのでした。
「そうすればあいつは私を噛まなくなる……イッヒッヒッヒ」
さて、私がウサギをボブの面前に置くと、案の定ボブはウサギがおもちゃだとは気づきませんでした。
突如現れた謎の純白の生物に、ボブは強い警戒心をあらわにし、戦闘態勢を維持したまま、しばらくウサギとにらみ合っていました。
ボブもウサギも微動だにしません。
特にウサギは動きません。
その緊迫感は巌流島の決闘を思い出させました。
「このままではラチがあかない」
焦った私はそっとウサギの背後から手を回し、ウサギの胴をつかんでボブにけしかけました。
一瞬茶色い閃光が走ったかと思ったら、気がついた時にはボブはウサギの首筋に背中側からその前歯を深く突き立てていました。
「勝負あった……」
無惨に急所を襲われたウサギはピクリとも動こうとしません。
ボブは、
「命を粗末にするウサギだ……」
こう言い残してその場を去ろうとした時、
「逃げる気か、ボブよ」
なんとそこには、たった今うち倒したはずのウサギが立ち上がって、薄ら笑いを浮かべているではありませんか。
「そんな馬鹿な……」
戸惑いの表情を浮かべるボブに、こんどはウサギが飛びかかりました。
ボブも必死で応戦しますが、噛んでも噛んでも相手は全くひるみません。
「こいつは化け物か」
結局両者は最後まで相手に決定的なダメージを与えることはできず、勝負は次に持ち越されることになりました。
「手強い相手だった。あほ飼い主とはえらい違いだ」
ボブはタンスの上で額の汗を拭っていましたが、しかしボブの本当の受難はその後だったのです……。

私は、ボブが噛みつかれていてもやっぱり私を噛むことを確認すると、とりあえずボブをかごに放り込みました。
ボブと同室しているとどうも落ち着かないからです。
ここで私は再び考えました。
「ボブは今どんな気持ちでいるだろう。
自分よりはるかに大きなウサギと互角に戦ったことに気を良くして、自分の強さに大いに自信をもったのではないだろうか。
自信を持つのは結構だが、その自信は、ますます私を馬鹿にすることにつながるのではないか。
私はこれからもずっとリスに馬鹿にされ、好き勝手に噛まれ続けて生きていかなくてはならないのか……。
このままではいけない」
私は一計を案じるとウサギを手に、ボブのかごの前にあぐらをかきました。
「ボブよ、これが見えるか」
「ウサギじゃない。それがどうかしたの」
「これから、こいつにお前の大事な麻の実を食わせてやるんだ」
ボブは驚き、凍り付いた表情でガシッとかごに張り付いてきました。
「……冗談でしょ」
「本気だよ。ほれっ」
私はボブの餌の大箱に、ウサギの頭を突っ込みました。
「やめてっ! お願いっ。ウサギを止めて。こらっ、バカウサギ、あっち行け。あほっ、死ねっ。帰れっ、消えろ!!」
ボブがかごの中で暴れれば暴れるほど、私は面白がってウサギに麻の実を食わせ続けました。  
「やめて〜、わだぢどあざどび〜(私の麻の実)」
泣き崩れるボブを見ながら口の端に笑いを浮かべる私。
その時、私は見ました。
見てしまいました。
目に涙をためたボブの肛門からひとすじの下痢便が音もなくあふれ出すのを。
「ボブが泣いている。肛門で泣いている」
私はこの時、リスという動物は、強い精神的ショックを受けると下痢してしまうということを初めて知りました。
それまでせっかくボブが整理整頓していたかごの中がフンで汚れました。



うん、私が悪い。
非常に悪い。
ただ、私がここに書きたかったのは、『私は悪人である』という告白ではありません。
私たちリスの飼い主は、しばしばリスの食い意地のすさまじさを冗談のネタにしますが、リスにしてみると食い物を集めるのは生きるために欠くことのできないもっとも大事な行為であり、私が会社でグズラグズラ働くよりはるかに真剣にリスは食い物を集めているようです。
リスが餌を隠してる姿は、私にはどうしても遊んでるようにしか見えないのですが……。

ボブが下痢をしたのはそれ1回きりです。
もともと丈夫なたちなので。
ウサギのおもちゃは今もボブの定位置であるタンスの上になんとなく置いてあります。
ときどきボブと闘わせますが、ボブはおもちゃと気づいたのか、最初の時ほど真剣に闘おうとはしません。