リスのラビリンス
The labyrinth of Kanu-Risu
それはささいなことだったのかも知れません。
それでも私は深く思い悩み、絶望寸前の精神状態の中にいる自分自身を見いだしていました。(日本語変ですか?)
そんな夜でした。
私はベッドの上で、優しいピアノのメロディーを聞いたような気がして、浅い眠りから目を覚ましました。
それは、ビートルズの有名な曲……。
『ホップステップジャンプ』じゃなくて……、『ビビデバビデブー』じゃなくて……。
曲名を思い出せないまままぶたを開いた私の前には、白い光に包まれたマリア様が立っていました。
「今すぐお茶を……」
しかし、私は体を動かすことも声を発することもできず、ただベッドの上で彼女を見上げているだけ。
彼女はしばらくそんな私を見つめた後、静かにその慈愛に満ちたくちびるを開きました。
「答えは見つかります。……噛ぬリス……」
柔らかなその声は私の胸の奥に宿り、瞬時に私はすべてを理解し、すべての苦悩から解き放たれたのです。
そうです、すべての問題を解く鍵は『噛ぬリス』であり、『噛ぬリス』こそが病魔に冒されたこの世界を救う、唯一のキーワードだったのです。

マリア様は私がすべてをさとった様子を見てとると、かすかに微笑み、静かに闇に溶けるように消えていきました。
この信じがたい体験に、私の体は朝日がその最初の光を地上に落とすまでふるえ続けました。
あかね色に輝く太陽と、その新しい光が街に満ちた頃、私の心は堅く定まりました。
私の生きる道は神によって定められたのです。
私がこの世に生を受けたその理由が、とうとう明らかになったのです。
それは、『噛ぬリス』を世に知らしめること。
そう、私はたった今から『噛ぬリス』の伝道師なのです。

* * * * *


私は今まで、何も知らず、何も考えず、ただどこかで聞いたままに『噛みリス』という言葉を使ってきました。
ああ、無知とはなんと悲しく、罪深いもの。
アーメン。

私たちはすべての過ちを悔い、反省して、新たなる再生を果たさなくてはなりません。
この世に噛みリスなんていません。
いるのは『噛ぬリス』のみです。

『噛ぬリス』とは、どんなリスなのでしょうか。
マリア様はこの言葉で私たちにいったい何を伝えようとしたのでしょう。
『噛ぬリス』、それは我々のリスに対する概念を根底から覆すべくして創造された言葉。
『噛ぬリス』こそがリスの未来を指し示す道しるべ。

『噛ぬリス』とは噛まないリスのこと。
人間がさわっても怒らず、あわてず、辛抱強いリス。
人間にとって非常に御しやすいリス。
人間にペットとして都合の良いリス。
それが『噛ぬリス』。

逆に、人間にくってかかる、凶暴なリスはなんと呼べばよいのでしょうか。
従来はそれを『噛みリス』と呼んでいました。
答えは簡単。
リスです。

リスとは本来、凶暴で、自分より弱いと判断した相手には攻撃をしかけていくどう猛な動物なのです。
野生の環境でこのどう猛さを失えば、それはすなわち死を意味します。
リスに限らず、動物とはすべて闘って闘って生き延びていかなくてはならない運命を背負って生まれてきているのです。
つまり、『噛みリス』という言葉には全く意味がないのです。
なぜなら、すべてのリスは例外なくどう猛で、攻撃的なものなのですから。

例外なく?
そう、健康で、人間を自分よりも弱い動物であると考えているリスであれば、すべてのリスは人間を襲います。

「でも、春は噛まないぜ。」
そう、それこそが私の言いたかったこと。
マリア様もそれを私に伝えたかったのです。
噛まないリス、それが『噛ぬリス』です。

リスは春、なぜ『噛ぬリス』に生まれ変わるのでしょうか。
それは、リスのライフサイクルを順にたどっていけば自ずと分かります。

春、リスはその命を授かります。
小さな命は、天使のように完全に無垢で、悪も疑いも暴力も知りません。
つまり、リスはその人生のスタートを『噛ぬリス』として歩み始めるのです。
なぜでしょう。
なぜ生まれたばかりのリスは、その秘めた凶暴性を発揮しないのでしょうか。
それは、生命のルール。
生まれてすぐに本来のどう猛さを思う存分発揮していたら、まわりで寝ている幼い兄弟同士と激しい抗争を繰り返し、生き残れるのは傷だらけの1匹のみ。
これでは種の保存もままなりません。
本能は、生まれてからのしばらくの間、その凶暴性を押さえるようにはたらきかけているのです。

そして、秋が来て、リスが一人前に成長したころ、彼らはやっと本当の自分の性質を本能によって呼び覚ますのです。
本来の凶暴な『リス』となるのです。
そして家族は離散し、それぞれが自分のテリトリーを死守して生きていくのです。

では、なぜリスは翌年の春に再び『噛ぬリス』に戻るのでしょうか。
それも突き詰めれば種の保存のためです。
つまり、発情の時期、せっかく出会ったオスメスが交尾もせずに闘っていたら、妊娠は望めずリスはその絶滅を待つばかり。
リスは交尾のため、しかたなく、しばし休戦して互いの境界線を踏み越えるのです。

でも、交尾が終わればリスの男女は他人同士。
発情が過ぎれば、彼らはお互いを必要としません。
そして再び『噛ぬリス』は本来の凶暴な『リス』に戻るのです。

しかーし、最後の発情が終わると、リスは徐々に凶暴性を失います。
またまた『噛ぬリス』に……。
なんとめまぐるしいこと。
なぜだか分かりますか。
それは、子育てのためです。

生まれたばかりの子リスは『噛ぬリス』ですが、それを育てる母リスが凶暴だったら、子リスは生まれてすぐに母親に食い殺されるでしょう。
そうならないように、子供が大人になるまで、本能は母リスの方も『噛ぬリス』になるように、ちゃんと制御しているのです。
これはリスが妊娠してもしなくても同じです。
避妊技術の発達していない自然環境において、野生動物は発情期に妊娠して当たり前。
神は野生動物には妊娠した時の性質しか準備しなかったのです。
それで、妊娠しなかった人間に育てられているリスも、ついでに『噛ぬリス』になってしまうのです。

そして森には再び秋が来て、親子は本能に従って凶暴性を取り戻し、喧嘩しながら涙の別れとなるのです。
ついでに家庭のリスも、意味もなく凶暴となるのです。


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