|
ボブは2歳でもうすぐ3歳のメスのシマリスです。 2000年3月7日午前10時30分、今年もボブは発情し、部屋の中を駆け回ってはあち らこちらで鳥に似たやわらかい鳴き声を響かせ続けていました。 そう、突如女になったボブは人生の春を大いに謳歌していたのです。 リスが発情するとどうなるかと言うと、大声で鳴き、性器が大きくふくらみ、妙に友好的な性格になります。 この「友好的な性格」を勝手に自分のいいように解釈する人が時々いて、私はあきれます。 発情したリスは交尾をするために凶暴性が押さえられているだけなのですが、 「おお、やっと僕の愛情が通じたのか。」 「やった、あなたはやっぱり私が好きだったのね。」 と、あたかもリスが自分のために発情したかのようなことを口走っては、ひとりリ スを自分の指にじゃれさせて悦に入っているのです。 許せませんね。 リスを飼う人間は誰も心のどこかでリスに対して負い目を感じています。 リスの全生涯を自分の楽しみのために犠牲にしているという負い目を感じています。 だから、どうしても自分が飼っているリスは、よそで飼われているリスとくらべればまだ幸せな方だと思いたがる傾向があります。 よそのリスはもっと不幸だよ、と。 そう考えないと、自分がリスに対して犯している罪の重みに耐えきれないのでしょう。 そして「愛情」という、架空の関係をリスに対して一方的に結び、その実体のない「愛情」 の大きさを世間に対して過大に吹聴しては、なんとなくそれで心のバランスを保とうとします。 「愛情」は言うだけならただですから、つねに無限に注いでいる気になれるのです。 だから、リスが自分の指にじゃれてくれば、リスの本能や性質などは最初から考慮せず、当然の ようにそれを「愛情」がリスに通じたことを証明する事実の裏打ちに用いてしまいます。 ウソも本当もありません。 愛情中毒の悲しい飼い主たち……。 人間に飼われているリスは1匹残らず不幸である。 これが原点です。 無条件に認めて下さい。 私たちはすべてをそこから始めなくてはいけません。 リスの気持ちを考えるということは、すなわちリスの不幸を理解してやるということなのです。 一生囚われの身のまま死んで行かなくてはならないやるせない悲しみを理解してやることです。 リスの不幸から目をそらさないで下さい。 「愛情」という歪んだフィルターを通して事実をねじ曲げないで下さい。 人間に飼われるリスを哀れんで下さい。 リスを飼う人間を憎んで下さい。 2000/3/12 (日)
|