あなたがもし長年住んだアパートを引っ越す時帰ってくるはずの敷金ののこりが帰ってこないどころか、大家から敷金が足りないからあと30万下さいと言われたらどうしますか。素直に払いますか。それとも戦いますか。私は2年裁判をやって大家とその弁護士と戦いました。これはそのドキュメント。判決文や裁判で書いた準備書面は公文書で誰でも裁判所に行けば閲覧できます。ということでここでも判決文なり準備書面は実名が書いてありますがそのまま公表します。



2000年1月1日から2007年の12月31日まで私(イーサン食堂代表、中村健一)は鶴間駅の二条通りぞいのりそな銀行向かいのビル壱番館ビル2階でイーサンカフェというタイレストランパブを営んでいました。ずっと続けたかったのですがいろんなことが重なり2007年末までで閉店することとなったのですがその際必ず行わなければならない私が大家に預けていた保証金を返却してもらうこと。ですが大家さんいわく店内にもともとあったいろんな備品が消失していてこれらを再度購入しないといけないのでそれを購入したり原状回復費などを合わせるととても預かっている保証金だけでは足りず逆にさらに私からお金を徴収しないとならないと言い出し1銭の保証金も大家さんから返却されませんでした。それで私はその保証金の返還を求め訴訟をおこしたのです。

もちろん止めるにはいろんなことをしなければなりません。一番の問題は私はこの店舗を前の店主から店の賃借権を引き継ぐいわゆる「居抜き」で大家と契約していました。

「居抜き」とは最初に大家と契約した店主が何らかの都合で店の経営を止めたい時、通常その場合店主自らが店の内装を全て撤去しまったく何もない最初の状態に戻す作業、これを「原状回復」といいますが、この原状回復をしなければなりません。その店主がもしこの店を誰か他の人に受け継がせることができればこの「原状回復」は次の店の店主の責任になります。私も同様、居抜きで前の店の店主からこの店の賃借権を買い、この店舗で店を始めました。

で店の経営を止めると言った後、私と大家の間で、今度は私が店を止めるに当たってどういった「原状回復」が必要なのか話会う必要がありました。

この店舗をどれだけ「原状回復」すればいいのかその度合いです。

私は2007年12月31日でイーサンカフェを閉店し、2008年1月初頭大家宅で私と大家二人きりで話し会いをしました。その前の前から私は仲介人である不動産屋での大家との話し合いを希望していたのですが、その要求は無視、放置され、ついに叶えられず結局私が大家の家に行くことに。サッカーで言えばあっちがホーム、私は完全アウェー。いやな予感とともに大家宅にむかったのですが、その嫌な予感が的中。大家は私が前の日にアポイントメントをとって会いにいってるにも関わらず、話し合いの前からそうとう酒に酔っており、さらに話し合いの最中でも氷の入った茶色い液体を飲みながら、なくなると隣の部屋にいってまたその液体をなみなみ一杯にしては戻ってきて私を威嚇、恫喝しながらの話し会い。

ここで私と大家の意見が真っ二つに分かれました。

私の意見.       ①通常の原状回復、つまりカウンターやいす、テーブルなどを撤去し、店を何もない状態にして返す
             ②差し入れてある保証金から未精算の償却分と未払いの電気代(この電気代もここの店舗は電気代を東京電力で
はなく大家に払うシステムになっていて非常に不明朗。入居して以来電気メーターの個別化を大家に求めていたのだがついに最後まで実現せず。)をひいて余ったお金を 返してほしい。その額だいたい100万円強。

大家の意見      ①居抜きで貸したので原状回復は一番最初に賃貸借契約が始まった前前賃借人の時の状態に戻せ
               (1)かつて店の入り口の左側に防火シャッターがあったがそれが現在なくなっている。
               (2)ベランダに避難ばしごが設置してあったのがなくなっている。
               (3)天井裏に火災報知機のための配線があったのだがそれが現在断線しているので再配線しなければならずその工事もしてほしい。

            (1)から(3)までの復旧工事費を合わせると預かっている保証金だげでは足りないので返すお金はない。こちらで工事して足りない分は請求する。
             
            私はこの防火シャッターや避難ばしご、火災報知機などこの店舗では一切見たこともきいたこともなく、かつてあったことも知りませんでした。賃貸借契約書にも一切防火シャッターなどのことは書いてありません。そう主張すると酔って濁った眼で私を睨みながら
            「俺は若い頃からこのビルで金儲けしてきたんだ。お前みたいなのに舐められてたまるか。グチャグチャいうなら1月 分の家賃も請求するぞ!」
            と絡んできたので私はいたたまれず話し合いも決裂のまま大家宅を辞しました。この時は身の危険を感じたほど。最後の最後で正体を現したなとい            う感じでした。

           その後、 前の経営者(私がこの店の経営権を買った人物)に電話してきいても彼女らも見たことがないとのこと。私がそれを大家に言って「居抜き」なんだから前の前の人のやったことも最終人の責任になるんだからやってくださいの1点張り。まるでトランプのばば抜きのババを持たされたよう。私もこのババをこっそりと誰かに売却すれば良かったのですが今度はその購入した人がトラブルになるに違いありません。このババ、私の代で終わらせようと思ったのです。

で大家宅での話し合い決裂の翌日から私はかねてからつきあいのあったリサイクル業者2社とすべてを処分する作業を初め、カウンターの撤去、イス、カウンター、大型冷蔵庫、昔に大型のレーザーディスクカラオケマシーン、製氷機などなど店の中のものはとにかく処分しそれが全て終わったのが1月15日。終わって念のため何にもなくなった店舗内の写真をたくさんの方向からいろんな角度で写真に収め(この行為が後で非常に役立つ)、そのまま大家宅(大家宅は店舗の1階上の3階部分)。が大家宅には誰もいなかったのでこの賃貸借契約の仲介人の不動産に行きいきさつを話し、そしてその不動産社長に今から店舗に一緒にいって明け渡しを立ち会って欲しい旨お願いしましたが、その社長、今ちょっと忙しいからいけないとのことなので私はその不動産に店の本鍵と合鍵の束を置いて「何か原状回復で不満なことがあったら電話下さい」といいその場を去りました。2008年1月15日

その後2月、3月と時は経ちましたが、大家、不動産共に私には一切の連絡はなし。保証金の問題は放置された形となりました。と4月からはその店舗で新しい店舗の営業(フィリピンパブ)が始まりました。私の保証金はどうなったのかとおもい不動産にいき、私が不動産の社長に
「私の保証金はどうなったのですか?」ときくが、その社長が
「大家さんともしばらく会っていないし、私はもうこの件では関係ないので保証金のことを話したければ直接大家さんのところに行けば。うちはとにかくこの件に関してはもう関係ないから」という返事。

電話でまた大家に連絡してもはぐらかされ、払う金など一切ないの1点張りなのはわかっていたのでこれはもう司法の力を借りなければと思いました。

そこでまず大和市役所に電話し、無料弁護士相談を予約。その30分の間でその弁護士にことのいきさつを話すと
「まずは藤沢簡易裁判所に調停を申し込むか支払い督促を出してみたら。」
「防火シャッターや避難ばしごのお設置があなたの責任になるかどうかはこの30分では判断できない。」
とやはり弁護士と無料で話ができるとはいえ所詮タダはタダ。一般的な質問は答えてくれますが、個別のケースバイケースの件にはちゃんと判断はしてくれません。

で次に私が相談に行ったのが大和民主商工会。私は会員ではなかったのですが、知人の会員の方に紹介されたんですけどと行くと、事務長が丁寧に対応してくれ、内容証明の文をその場で考えてくれ、これをすぐ大家に送りなさい。その後も一カ月に一回会員無料の弁護士相談があるから、相手が何かしてきたらこの弁護士相談で解決すればいいからとのこと。でこの裁判のために民商の会員になりました。

2008年6月初旬、事務長から教わった内容証明の手紙を大家に送ると、すぐ、大家からこれまた内容証明で返事がきました。内容は以下のような内容。


         いきなり内容証明とはどういうことか。
         鍵の返却もいまだされていない。
         防火シャッターの工事も避難ばしごの設置もされていない。
         店内にゴミが大量に残っていた。
         鍵が返却されていないので年が明け1,2,3月の家賃も発生しているのでその家賃も早急に払え。
         とにかくもう一度自宅に話会いに来い。

とこんな内容でした。この内容証明で私は完全に頭にきて「こうなったら裁判でもなんでもやってやる。」という覚悟がきまり、6月12日に一人で藤沢簡易裁判所で行き、裁判所で支払い督促の訴状の書き方を教わり、手書きでその場で作成し、提出しました。この支払督促申立書のひな型は各簡易裁判所に置いてあるので書き方などは
恥ずかしがらずに裁判所の職員の方に聞けばちゃんと教えてくれます。この時①支払督促申立書と②当事者目録と③請求の趣旨の3枚の書類を裁判所に提出しただけ。
 ③だけ職員の方に書き方を教えてもらい手書きでで作成。①、②は裁判所の用紙に自分の名と相手の名、金額などを書き込むだけ。③がこれ


  ③の請求の趣旨
       1 金 1,106,413円
       2 上記金額に対する平成20年6月8日から完済までの
         年5パーセントの割合による延滞損害金  
       3  金7130円(申立yr続き費用)
   
             請求の原因
       1  債権者は、債務者との間で、次のとおり賃貸借契約をした。
            (1) 契約年月日 平成15年3月27日
            (2) 物件の所在 神奈川県大和市西鶴間1丁目13番17号
            (3) 物件の名称 壱番館ビル2階部分
       
       2  債権者は、債務者に対し上記1の賃貸借契約につき、つぎのとおり
          保証金を差し入れた。
            (1)保証金を差し入れた日 平成15年3月27日
            (2)差し入れた保証金の額 金5,000,000円
       3  上記1の賃貸借契約は次のとおり終了したが、債権者は契約上の
          一切の責務を履行した。
            (1) 契約終了年月日 平成19年12月31日
            (2) 明け渡し年月日 平成19年12月31日

       4  差し入れた保証金の額    保証金から差し引かれる額        残高
           5,000,000円           保証金償却未精算分          
                              1,750,000円
                             未払い電気代             1,106,413円
                              2,143,587円
                             合計3,893587円



これだけです。この督促状がすぐ郵便の特別送達で相手債務者ーつまり大家に届きます。

大家から簡易裁判所に2週間なにも返事がない場合はこの督促が確定し債権者、つまり私は

債務者から強制的にこのお金を受け取る権利が生じます。


でこの時はすぐに大家とその弁護士連名で簡易裁判所に反論書(答弁書)が提出され、結果裁判がはじまりました。。


      藤沢簡易裁判所で裁判が始まる。2008年9月

その後簡易裁判所から裁判の呼び出しがあり私(原告)と大家(被告)が初めての法廷で顔を合わしたのが2008年の9月。

その時相手側が答弁書と証拠説明書、そしてあちら側が用意した証拠をこの簡易裁判所で受け取りましたが。

あちら側が用意した証拠は前店舗の賃貸借契約書、念書、私と大家で交わした賃貸借契約書、最初は

あったとされる避難ばしごの値段がはいったカタログ、火災報知機の際配線する際の見積もり、など。

答弁書の最後には、反訴により私に95万を請求する予定との脅し文句も。

で2008年の9月初頭 藤沢簡易裁判所での初裁判。

この第1回目の簡易裁判所の裁判では私と相手側の弁護士(大家本人は来ていなかった)が法廷から別室に呼ばれ裁判所の書記官?の方も交え3人で話し合いがもたれるも私も相手方も一切の妥協がない。その部屋中に私と相手方弁護士の怒号が響き合う修羅場に。私も必死でとにかく弁護士に負けるもんかと相手が言うことを遮って主張した。で最後にもう一回法廷によばれ裁判官からこの件は簡易裁判所では複雑すぎるので横浜地裁扱いにします。それでいいですかと聞かれる。はあ?横浜地裁?と私は思ったのだが相手方の弁護士がなぜかニヤリとし「はい!そうして下さい。」という。裁判官が私に「いいですか?」ときくので私は「いいも悪いも私は素人で裁判のこととか全然わからないんですけど。」というと
裁判官が「地裁でも聞けば書類の書き方、裁判のすすめ方などちゃんと教えてくれるからそこで聞いてやってください。以上!」

なぜ相手の弁護士ががニヤリとしたのかと今思えば地裁扱いになれば書類の作り方も複雑化し素人の私はきっと音を上げるだろうと思ったのだろう。実際この時、私は横浜地裁なんてやはり私も弁護士を雇わないとダメなのかと思い暗澹たる気持ちになったのを覚えている。

南林間にかえり、民商に行って事務長と今後の対策を練る。 事務長曰く「やはり地裁で裁判となると、弁護士のアドバイスを基にして書類を作ったほうがいいから今度の無料弁護士相談の時に、特別に時間を割きますから。との心強い御言葉。

裁判が横浜地裁扱いになる。2008年10月21日

その無料相談、経緯を説明しているだけで30分たち、無料相談なので一人30分と決まっているのであまり時間をオーバーしてもいけないと思い、後日、藤沢にある先生の事務所で、1時間1万円の法律相談という形で、横浜地裁にだす私の原告としての第一準備書類を作るアドバイスを受ける。先生の指導は、最初の前半は、相手が先に出した答弁書の各項目に対して、証拠を提示し、一つ一つ反論する。そして後半で比較的自由に事件が起こった経緯をわかりやすく裁判官につたえるような文を書くべべし、ということ。そしてできたのがこの第一準備書面。

一緒にだした証拠は① 2008年の9月初旬、私はあらかじめアポをとって仲介人の宅央不動産の松平氏に会いに行った。そのとき胸にデジタルカメラを録画状態にしておいて、その30分あまりの私と松平氏の会話をDVDに焼き、さらにこの会話内容を書面にしてこれを証拠①.裁判用語で甲第1号証。その書面がこれ
証拠②、甲第2号証 私の前の賃借人に防火シャッターや避難ばしごなんてみたこともないし、聞いたこともないと一筆書いてもらった陳述書。
証拠③、甲第3号証 そのさらに前の賃借人にも防火シャッターや避難ばしごなんてみたことないし、聞いたこともないと一筆書いてもらった陳述書。
証拠④、甲第4号証 2008年1月15日に店の原状回復をし空っぽになった店舗内をいろんな角度から写真を撮った。そのうちの二枚を一枚の写真用紙にプリントした              もの。
証拠⑤、甲第5号証 同上の違う角度の写真、2枚。
証拠⑥、甲第6号証 2008年の年明けから、店の原状回復の作業の際、膨大なゴミがでて、そのゴミの処分を依頼した会社からの処分代の領収書。
証拠⑦、甲第7号証 同上のゴミ処分代をはっら払った、もうしとつもう一つの会社の領収書。
証拠⑧、甲第8号証 平成16年、京都地裁での判例。法廷更新の場合は消費者契約法により、保証金の償却は許されないとい判決がでた判例。
証拠⑨、甲第9号証 2007年12月に宅央不動産で松平氏から渡された未払いの電気代のメモ。松平氏が大家の代理人だと証明するため。
証拠⑩、甲第10号証 2003年、3月24日、契約更新の際、契約更新料を仲介人の宅央不動産に30万円を払った際の領収書。
証拠⑪、甲第11号証 大家(寺久保)がかつて防火シャッターがあったと言い張っている場所の写真。ただの壁の写真。

         横浜地裁第1回目公判2008年10月
この11個の証拠とともにこの第一準備書面を横浜地裁に提出し、横浜地裁から連絡があり地裁での第1回目の公判は10月半ば。この第一回公判で驚くべきことが。公判が始まり私は原告の席に一人で座り、被告席には大家(寺久保)の弁護士鈴木一人が座る。といきなり裁判長が被告側の弁護士鈴木に向かって
「これはいくらか払わないといけないでしょう!」
と言ってくれたのだ。
そしたらあっちの弁護士鈴木が
「はい、それで横浜地裁は不動産での民事調停で有名ですので調停をお願いしたいのですが。」
揉み手でもしそうな感じで言う。私はまたしてもちんぷんかんぷん。地裁で調停? そしたら裁判官が私に向かって
「被告が民事調停を希望してますが、原告としてはどうですか?」
ときかれる。簡易裁判所では横浜地裁でと言われ、今度は地裁で調停でといわれ、訳がわからない。が返事をしないといけないので
「調停をしろと言われればしますが、私は素人ですのでやり方を教えてください。」
というと裁判長は全くっまったく表情を変えず、
「ではこの案件は民事調停の扱いにします。以上!」
でとにかく裁判長が被告側にたいして公判で「いくらかでも払え」と言ってくれたのだ。やはり小池先生指導のもとの第一準備書面と探偵まがいの盗撮をも駆使した証拠が徐々にボディーブローのように効いているのか。

横浜地裁で民事調停へ。2009年2月

地裁での一回目の公判は地裁の第8民事部というところが担当だったが、裁判が調停になったことでこの裁判の担当が第3民事部調停部というところになり、調停にむけ、被告側があらたな書類と証拠を出してきたのが、もう年も新しくなった2009年の1月30日、これが被告の準備書面(1)2009年2月

この準備書面を見て改めて笑ってしまったというか呆れてしまった。あちら側から調停にしてくれと言ってきたんだから、すこしは妥協案が書いてあるのかと思っていたのだが、全然あちらの主張はまったく変わっていない。2008年の1,2月の家賃相当損害金を60万、防火シャッターや避難ばしご、火災報知機の配線復旧こうじ工事費などの90万円など簡易裁判所に出された答弁書となんら変化なし。私が不動産に鍵を預けたことが鍵の返却が大家に直接返していないので、正式な明け渡しは行われていないと主張。この賃貸借契約は居抜きの契約なのであくまでも、過去のこの店舗の賃借人がいろんなものを撤去したなら、それを私が修復しなければならない、としている。

調停はあちらから望んできたのに、出してきた書面は以前と、まったく同じ主張。あほらし!!で私がこの被告の準備書面(1)の反論として書いたのが  
この第2準備書面2009年2月3日

お互い原告と被告が書面を出し会い、調停室で原告、と被告と裁判官(調停の裁判官で、最初の裁判官とは違う女性の裁判官)、それに市民から選ばれた調停員3人で、話し合い、妥協点を見つけ、問題を解決するのが調停。調停室には原告と被告は同席せず、最初に被告が調停室に呼ばれ、私は待合室で30分ぐらい待たされる。私が調停室に呼ばれ中にはいると裁判官と調停員、、被告はいない。で裁判官が私に
「被告は準備書面どうりの要求をしていますが、あなたはどうですか?」
と聞かれたので
「私も第2準備書面どうりです」
と答える。
「なにか我々に訴えたいことはありますか」
と裁判官が聞くので、
「はい、とにかく被告側の主張はめちゃくちゃです。もしこの部屋があの店舗なら、防火シャッターはこの部屋をでた外側の壁についていたんですよ。なぜそれが私の責任なんですか。私はやめると告知した日から毎月、どんな原状回復が必要か被告と話あいを求めたのに被告はそれを無視、放置し、結果、原状回復する日も一月中旬にずれこんだんですよ。防火シャッター、避難はしご、なんて見たこともありませんし、私の前の経営者も知らないと言っています。被告は保証金を返したくないから、いろいろ言って逃げているだけじゃないですか。」
と私がまくしたてると、調停員の一人の髭の男性が
「じゃあ、これから一つ一つ検証していきましょう。まずあちらが償却すべきだとしている平成18年度の保証金の償却分の25万円はどうですか。」
ときくので
「被告側がだした乙第3号証の第4条の⑤と乙第4号証の第4条の⑤を比べて見てください。前者が10パーセント、後者が5パーセントに変わっていますよねえ。で私はこの5パーセントを平成18年の更新のさいには0パーセントにしてくれと頼む予定だったのですが被告側が新しい契約書を用意しなかったため、この契約は合意更新ではなく法廷更新です。法廷更新の際、消費者契約法で償却しなくてもいいとの判例がありますので、この場合もあてはまるかと思います。」
と私。じつはここのところだけまず相手の言うとおりこの25万は償却されてもしかたないかなあと思っていたのだが、ここは一歩も引かず持論を展開。

女性の裁判官の方も調停員の方も私の意見をよく聞いてくれ、この日は最後の私と被告の弁護士を同席させ、また、一カ月後に調停しますので、何か追加したい、証拠や陳述書があったら、提出してください。とのこと。その日はこれで終了。

あちらの被告側が主張している、床の補修工事。私は床など傷つけた覚えはさらさらないのだが、あちらは、私が床を傷つけ、はぐり取られていて、ブカブカになっていたのでその補修に20万かかったので、それも払えというもの。家に帰って1月15日に、いろんな角度から写真を撮ったのだが、その中に何枚も床が写っているものがあって、これはまた、証拠になると思いその写真をプリントアウトし、証拠のの一つに加える手続きをする。

で1カ月後の、調停の日、この日も、まず被告側から調停室に呼ばれ、さらにこの日は被告本人も弁護士と一緒に来ている。1時間ぐらい待たされ、私が調停室によばれる。で呼ばれた調停員が私に対して、両手の人差し指をまっすぐ伸ばして交差させ、
「これになりました。」
と言った。バツになったとはどういうことかと聞くと、調停員が
「調停不調につき、また第8民事部扱いとします。」
被告側が全然、妥協しないのでもう、この調停部では、もうどうしようもできないとのこと。

ちょっと、いい加減にしろ!妥協するからと、あちらが地裁の裁判官にお願いし、調停したのに、あちらがまったく妥協しない。 藤沢簡易裁判所ー横浜地裁ー地裁調停部ーでまた横浜地裁扱い。ここまでで、もう1年強。おかしいだろ!!完全に時間の浪費で、さらに公金の無駄遣い。でもこれで、また「いくらか、返さないといけないでしょう」と言ってくれたあの、裁判官扱いになるのは心強い事。

調停不調につき、また横浜地裁第8民事部扱いに 2009年3月

ここからは、多分普通の民事裁判の手続き、弁論準備、証拠調べ、証人尋問、反対尋問と進み、判決となる。

私はここで、小池先生のアドバイスにより、私が店の鍵をて手渡したり、契約更新料を直接払った仲介人の宅央不動産の松平氏に対し、訴訟告知をした。これがその
訴訟告知書2009年4月

なぜこの訴訟告知書を不動産屋にしたかといえば、この事件はこの不動産屋をこちらの味方にしなければとの思いから。

ここからは、やはり月一回、私原告と相手方の弁護士とこの件の裁判官との三者で横浜地裁に集うが、行って5分で書類の提出を確認して終わりということが3,4回続く。その間、裁判官に私、原告の陳述書を求められたので、出した陳述書がこれ。
述書2009年6月25日

この書面で、私が一番強調したかったことは、不動産屋が被告の代理人であったと証明することで、これが証明されれば、被告側が主張する私が鍵を被告に返さず、不動産屋に返したことで、本件建物の引き渡しが行われず、結果、私が2月いっぱいまで使用したと見なされ、1月と2月分の家賃が発生するとの、被告側の意見を崩すことが、できる。で毎月の民商の無料法律相談での小池弁護士との相談の中で、先生から、「表見代理」という法律用語を教えてもらう。

表見代理 ウィキペディアよりばっさい

権限外の行為の表見代理 [編集]

代理人がその権限外の行為をした場合において、相手方が代理人の権限があると信じるべき正当な理由があるときには、本人は相手方に対して責任を負わなければならない(民法110条)。講学上は代理権踰越による表見代理あるいは越権代理と呼ばれることもある。

成立要件 [編集]

  1. 代理人に基本代理権が存在すること
  2. 代理人がその代理権の範囲をこえて代理行為をなすこと
  3. 相手方において代理人に権限があると信じるべき正当な理由があること

基本代理権 [編集]

つまり、契約書に不動産屋が、被告の代理人であると明記されていなくても、不動産屋があたかも、被告の代理人であるかのようにふるまったり、発言したことで、私が不動産屋は大家である被告の代理人だと勘違いして、不動産屋に鍵を返すことは、、正当な行為であると主張できる。

でよく考え思いだしてみると、①私は店を止めることを、大家に直接いったのではなく、この不動産屋に直接、口頭でしたこと、②私は平成15年に契約更新料を30万円払っているが、この30万は不動産屋で、大家不在のもと払われ、さらにもらった領収書の受取人が不動産名義になっていたこと、この二つをもとに不動産屋は被告の表見代理を有していたと主張することにした。


さらに被告側が10個ぐらいの新証拠を提出し、私の前、前、前店舗の際の消防等設備点検報告書などを出してきた。がその点検書は平成7年のもの。確かに2階に防火シャッターがあったようだが、それを私が再び取り付ける義務もない。

もう時は夏にさしかかり、私は、富士急ハイランドや、江ノ島腰越海岸への出店のため、忙しくなり、裁判官に直訴し、7月、8月の公判はキャンセルするというか、中止してもらい、また9月から始めることとなった。

さて2009年秋になり、民事裁判のいわば「花」というか見せ場の証拠調べ。法廷で原告、被告が対峙して座り、裁判官がいる、いわゆる「裁判」。こちらの原告側は弁護士なしの私一人。被告側の証人は、被告本人、床補修工事をしたという別の不動産屋の社員オクムラ。、宅央不動産の松平氏。

証拠調べ第1日目2009年10月27日
待ちに待ったこの日。裁判官の前で思いっきり、被告と渡り合える時がやってきた。が、いかんせん、法廷では私は一人。心配と緊張でちょっと声や、足が最初震えた。私は一人なので、オクムラや、被告への尋問も自分でやらなければならない。限られた時間の中でいかに核心をつく質問をしなければならない。この日、なぜか来る予定だった、宅央不動産の松平氏は欠席。これは残念。

横浜地裁の6階の法廷。
まず、オクムラから。被告側の弁護士から尋問開始。このオクムラ、被告側が主張している、私が傷つけてブカブカにした床の補修工事と私が大量にゴミを残したのでその処分作業をしたとのことを証言しにきた。奥村名で被告側の陳述書も提出している。が、このオクムラ、実際には工事現場にいなかったらしく、店の見取り図をみせながら、どの床が傷ついていたんですか、とかどのくらいのどんなゴミがどこにあったのですか、と聞かれても、しどろもどろでまったく答えられなかった。裁判官から「わからないことは、わからないといってください!」とちょっときつめに言われてからは、おどおどし始め、それrからはすべての質問にわかりませんといっていた。床など傷つけててないし、ゴミものこしてない。本当のことだから当然なのだが、被告側の証人で被告が墓穴を掘るかたちとなり、私はニンマリ。ちょっと私は調子にのってきた。

次は被告本人、テラクボへの尋問。
最初は被告





で、今度は私、原告への尋問開始。まずは裁判官からの尋問。真ん中の尋問席に座り、良心に従って真実を述べ、、、、と言わされるとやはり、少し緊張する。裁判官からの質問はあらかじめ、聞いてほしいことを書類にして提出していたので、すらすらと答えることができたが、裁判官尋問のあと、被告側の弁護士からの尋問が、腹が立つ。弁護士が人を子バカにしたような態度でわざと挑発してくる。つとめて冷静に対応していたが、同じ質門をネチネチかたちを変えきいてくるので、いちいち答えてると、ここでも裁判官が、弁護士に向かい、「ちょっとそんな聞き方はないだろ!」と言ってくれる場面もあり、裁判官の心情はこちらよりであることを確信する。

この日の公判は午後1時半から4時半ぐらいまで実に3時間ちかくも行われ、さすがにちょっと疲れいつもは階段を使って帰るのだが、この日はエレベーターを使う。
 

ここで一回整理.。