更新10.10/11


「コラムDとはずがたり」
(田中貴子『日本古典への招待』137p.より)






田中貴子氏の見解

私の立場からの補足

 多少のことでは驚かない年齢になったが、そんな私がとてもびっくりしたことがある。最近読んだ平安や中世の物語に関する論文を集めた本の中に、ブルガリアのT‐クリステヴァさんという研究者が書いた『とはずがたり』論が収められていた。その注によれば、ブルガリアでは『とはずがたり』の翻訳が三万五千部も売れたというのである。

 我が古典国文学の業界では、何万部も売れれば大ベストセラーだ。クリステヴァさんによると、『とはずがたり』は「日本のデカメロン」と呼ばれて愛読されているという。そんなに売れるのならば、私も鎌倉時代の女房に生れていろいろ書き残しておけばよかった‥‥と思ったが、鎌倉時代の人が印税を受け取れるわけはない。あさはかな願いであった。

デカメロンは「ボッカチオの小説.1353年作.10人の男女がおのおの1日ひとつずつの物語を10日間話すという形式.喜劇・悲劇・風刺・好色など種々の要素に富み、都市勃興期の社会をよく描写している.(広辞苑)」
 ま、岩波だからこのような上品な表現になる訳である。
 『とはずがたり』とは、一三世紀、後深草上皇に仕えた二条という女房の書いた作品で、一応は日記文学に分類されている。この本は瀬戸内寂聴さんがかなり好んで小説の題材として使っているので、名前くらいは知っている人もあるだろうが、一般的にはあまり読まれることのない作品である。宮廷のスキャンダラスな情事があばかれている場面が多いので、「愛欲の宮廷絵巻」などという女性週刊誌のようなうたい文句ばかり有名になったふしもある。

 ちやんと読めば新しい発見があるおもしろい作品だと私は思うのだが、それにしてもなぜ、あの有名な、そして外国人にもうけがいい『源氏物語』ではなくて『とはずがたり』が翻訳されたのだろうか。言い忘れたが、ブルガリアに紹介される日本の古典はこれが初めてで、『源氏』よりもずっと早かったらしいのである。



瀬戸内寂聴氏の考え方については、別途紹介した。
 ただ、考えてみると『源氏』には英訳も仏訳もある。ブルガリアの『とはずがたり』はもっぱら知識人に読まれたらしいから、彼らは『源氏』などすでに英語で読んでいるのだろう。このあたりは、私も含め横文字に弱い日本の国文学研究者とは違うところである。

 そう言えば、イギリスの劇作家、キャリル・チャーチルの「トップ・ガールズ」にも二条が登場していたから、英訳『とはずがたり』もかなり流布しているようである。この劇は、現代のキャリアウーマンの晩餐に、過去に活躍した五人の女性が時空を超えて招かれる、というあらすじだ。

 日本での公演を観た私は、日本人でもあまり読まない『とはずがたり』の作者が東洋女性の代表に選ばれていることに不審な思いを抱いたが、作家のダーチャ・マライー二が公演に寄せた一文に「当時もっとも進歩的な尼僧であった二条」とあるのを見てやや納得した。上皇の愛を失った二条はみずから出家し修行の旅に出るが、『源氏』に描かれるような世界を「日本的」と思っていた外国では、そうした「主体的」な行動がいかにも新鮮に映るのではないだろうか。もちろん、『源氏』ばかりを海外に紹介して事足れりとしていたわれわれ国文学者の責任も大きいだろうけれど‥‥。
田中貴子氏の見解については、別途紹介した。田中貴子氏は、非常に視野が広くて、国文学会には珍しい健康な知性の持ち主である。



※『とはずがたり』の英訳についてはこちら。(福田秀一『新潮日本古典集成』解説より)




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