更新11.12/16


Q.あなたは国文学者たちが『とはずがたり』の構造を根本的なところで誤解していると批判しますが、では、あなた自身は『とはずがたり』がどんな構造をしていると考えているのですか。





 国文学者たちは『とはずがたり』を整合的に把握しようとして、年表を作ったりして詳細な研究を重ねているのですが、『とはずがたり』に本当に整合性があるのだろうか、というのが私の基本的な疑問です。これを「粥杖事件」を素材として検討してみたいと思います。

 「粥杖事件」というのは二条が18歳のときに起こした騒動で、学者たちが作った年表によれば1275年のこととされています。『とはずがたり』の特徴、作者二条の性格を分析するために非常に重用な部分だと思いますので、少し丁寧に紹介してみます。

@1月15日の小正月には粥杖の風習があり、この日、粥を煮た燃えさしの木で作った杖で女性の尻を打つと男児を生むとされ、例年大騒ぎすることになっていたが、この年(1275年)の小正月に、後深草院は自分自身だけでなく御近習の男たちまで集めて女房たちを打たせた。これが悔しくて、二条と「東の御方」(煕仁親王即ち伏見天皇の母)が申し合わせ、18日に後深草院をひっぱたこうと計画した。そして他の女房を見張りに立てたうえで、「東の御方」が後深草院をつかまえている間に、二条が粥杖で後深草院を思うさまにひっぱたいた。

A「しおほせたり」(うまくやった)と思っていたところ、その日の夕方、後深草院が公卿たちを前にして、「わたしは今年33歳になるが、その厄に負けた。こんな目にあったのだ。天子に杖を当てるなんてとんでもないことだ」と言い出した。すると、二条の伯父で、お調子者の善勝寺大納言隆顕がしゃしゃり出てきて、「そんなことをした女房の名前は誰々でございますか。急ぎ承って、罪科の趣を公卿一同で協議いたしましょう」と言う。
 しめしめと思った後深草院が、「罪の科は親類にも及ぶのであろうか」と問いかけると、善勝寺隆顕をはじめとする公卿たちは、「申すまでもありません」と答える。すると後深草院は、「私を打ったのは久我大納言雅忠の娘、四条大納言隆親の孫、善勝寺大納言四条隆顕の姪で、隆顕卿の養子でもある二条殿なのだから、まず第一にあなたが責任を負うべきで、ひと事ではないだろう」と善勝寺隆顕に言う。御前に控えていた公卿たちがいっせいに大声ではやし立て、笑い騒ぐ。結局、四条大納言隆親と息子の善勝寺大納言隆顕が贖(あがない.財物を出して罪を償うこと)をすることになる。

B二条の母方の親戚である隆親と隆顕は贖のプレゼントを用意して大宴会を開く。隆顕は「自分たちは贖をすませたけれども、二条の父方の親戚にも責任があるので、久我の尼にも贖をさせるべきです」と言い出す。すると久我の尼は、「二条は幼いときから御所に召されていたので、里方で育てるよりも立派に育っていると思っていたのに、こんないたずら者になっているとは知りませんでした。これは後深草院さまの責任です。父親の雅忠が生きていれば、不憫に思って贖をしたかもしれませんが、私は全く関係がなく_、勘当せよということでしたらそうします」と反論の手紙を院に提出する。

C公卿たちは久我の尼の反論はもっともだと言って、後深草院にも責任がある、と言い出す。後深草院は驚いて、「私自身のために贖をさせたのに、まわりまわって私が贖をするなどということがあるものか」と言うのであるが、「主上として科があるとおっしゃるのであれば、臣下の方としても、また御上の科を申し上げるのも理由のないことではございません」ということになって、結局、後深草院も贖をすることになり、中御門経任が用意することになる。二条は「をかしくも堪えがたかりしことどもなり」(おかしくってしかたがなかった)と言って終わりになる。

 つまり粥杖事件は4幕もののコメディになっているのです。初春の明るい宮中の雰囲気が伝わってきて、文章も極めてスピーディで本当に楽しい場面です。しかし、学者は誰ひとり指摘しないけれども、この場面は極めて異常だと私は思います。いったいどこが異常なのかというと、実にこの明るさが異常なのです。分かりやすくするために、この時点での二条の履歴書を作ってみます。

 
履歴書
 
1275年(建治元年)1月18日現在
氏名 後深草院二条(久我雅忠女二条)
年齢 18歳(満年齢17歳)
生年月日 1258年(正嘉2年)1月
住所 京都市中京区二条富小路殿(後深草院御所)内
電話番号 なし
学歴 4歳より自宅(久我雅忠邸)と後深草院御所を往復し、宮廷女性としての礼儀作法と一般教養をOJTにて学ぶ。
職歴 14歳にて正式に女房となり、現在に至る。
得意な学科 国語(『源氏物語』や西行の歌を好む。)
特技 音楽、特に琵琶。6歳より叔父久我雅光に習い始め、9歳より後深草院に学ぶ。後嵯峨院より誉められたこともある。また、絵も上手。
健康状態 良好
特にアピールしたい点 とっても明るくお茶目な性格です。
家族 なし


 こういう状況を想定していただきたい。あなたがある企業の採用担当者だとします。高校卒業予定者の面接の日にやってきたのは目の覚めるような美少女で、頭の回転が速く、ハキハキとしゃべり、性格も明るくて良さそうだ。履歴書も特に気になる点はないので、あなたはこの子を是非採用したいと思ったとします。ただ、家族の欄が「なし」となっているのが気になったので、あなたは何気なくこう質問します。「立ち入ったことを聞くようだけど、ご家族は何をしていらっしゃるのかな」

 すると少女は満面に笑みを浮かべつつ、次のように答えるのです。

「母は私が2歳の時に亡くなり、父は3年前に病死しました。実は4年前にある社会的地位の高い人の愛人になって、2年前に子供が1人生まれましたが、3か月前に死にました。また、その子を妊娠中に別の男性と不倫関係となり、4か月前にその男性の子を生みましたが、赤ちゃんはその人がどこかに連れていってしまい、今は会っていません」

 あまりのことに卒倒しかけたあなたは、それでも最後の勇気をふりしぼって、こう聞いてみます。「ええと、ちょっと前に、ほら宗教関係のことがいろいろ話題になったけど、あなたは何か特別な宗教団体に入ったりとかしてないかな」

 すると、少女は明るくハキハキと、こう答えるのです。

「不倫の結果生まれた2番目の子どもと別れなければならなかったり、1番目の子どもが死んだり、とても悩み事が多かったので3か月前に出家しようと決意しましたが、都合によりやめました」

 二条は「粥杖事件」のわずか3か月前に、「前後相違して、愛児に先立たれた悲しみと、生きて愛児に離別した苦しみと、この二つがただわが身一つに集まった思い」がして、「人間の習いとして苦しんでばかり明け暮れる、一日一夜に生ずる八億四千とかの妄念の悲しみも、ただ私一人に集まっているように思い続けられると、そうだ・・そうだ、いっそただ恩愛に苦悩するこの境涯から離れて、仏弟子になってしまおう」(次田香澄氏訳)と決意しているのです。なんと17歳にして出家したいと思うのです。ところが、こんな重大な決意をしたにもかかわらず、その3か月後の「粥杖事件」時においては、二条は何の屈託もなく明るい。あまりといえばあまりな明るさです。

 私は一昨年の紅白歌合戦において、沙也加ちゃん(当時9さい)の母である松田聖子(当時33さい)が、異常に幼稚な舞台装置のもとに、異常に幼稚なコスチュームを着て、昔のヒット曲をメドレーで歌いまくるのを見て、背筋に悪寒を感じた覚えがありますが、そんな明るさとすら比べようのない、異常な、血も骨も凍る、鬼気迫る明るさです。

 このように『とはずがたり』はとても変な話です。ひとつひとつの場面は非常に良くできているのですが、それぞれの場面の関係を真面目に考えようとしたとたん、迷宮に入り込んだような感じになってしまうのです。学者たちはなんとかこの話に整合性を持たせようとして必死になって説明するのですが、私にはさっぱり理解できません。私は百人近い学者の論文を読んでみましたが、納得できる説明はただのひとつもありませんでした。学者たちの説明は『とはずがたり』から自説に都合のよい部分だけを恣意的に取り上げた、ずいぶん乱暴な推論としか思えません。

 ここに紹介した例でも明らかなように、『とはずがたり』に普通の日記や自伝、あるいは小説にあるような整合性を求めることは、いくらなんでも無理だと思います。むしろ通常の意味での整合性がないことを前提に、なんでこんな変てこな話ができたのかを考えた方がよい、と私は思います。

 このような観点から、改めて『とはずがたり』の構造上の特徴をとらえなおしてみます。『とはずがたり』、特にその宮廷編においては、後深草院を始めとして亀山院・「有明の月」・「近衛の大殿」などが次から次へと変態的行動をとります。二条自身の行動も相当変です。これらを整理すると、『とはずがたり』においては、

@異常な設定の下に、
A異常な人物達が、
B異常な言動を次から次へとくりひろげ、
C物語の全体的な構造を合理的・統一的・整合的に把握することが極めて困難ないし不可能であるが、
Dしかし、ただ何となくずるずる読んでいると、それなりに納得してしまう。

のです。

 これは一見すると極めて特異な構造のように思えますが、実はわれわれが日常見慣れているものと全く同一のパターンを示しています。それはテレビドラマです。ちょっと古いですが、現代のテレビドラマの特徴が鮮明に現れていた『家なき子』(1994年.日本テレビ.土曜夜9時.安達祐実主演)を例にとってみます。

 <『家なき子』の主人公、相沢すず(11歳)の母親は難病で入院中。相沢すずは学校では貧乏だといじめられ、 家に帰ればアル中の義理の父親に金をせびられる。 教室で金を盗んだとクラスメイトからつるしあげられても、絶対にやっていないとシラを切るが、「相沢は絶対に盗んではいないと信じてる」という担任片島には 「甘いねぇ。一生青春やってろ」と手厳しい。 父親が女を部屋に連れ込むと、 夜中に灯油をまいて火をつける。 しかも、父親が火をつけたと警察に嘘の証言をして‥‥‥‥>

 私はこの続きを良く知らないのですが、仮に『家なき子』の全シナリオを取り寄せて、全回にわたって登場人物ひとりひとりの言動をいちいち記録し、年表を作って、相互に矛盾がないかを細かく検証してみるとします。考えるだけでもおぞましい作業ですが、その検証作業の結果現れてくるのは、多重人格、それも二重や三重といった生やさしいものではない多重人格の化け物以外ないでしょう。

 つまり、『家なき子』においては、

@異常な設定の下に、
A異常な人物達が、
B異常な言動を次から次へとくりひろげ、
C物語の全体的な構造を合理的・統一的・整合的に把握することが極めて困難ないし不可能であるが、
Dしかし、ただ何となくだらだら見ていると、それなりに納得してしまう。

のです。ま、これは別に『家なき子』の独創ではなく、山口百恵の『赤いシリーズ』以来、多かれ少なかれテレビドラマはこんなもんです。

 このように『家なき子』においては物語の全体を合理的・統一的・整合的に把握することは不可能なのですが、しかし、だからといって、『家なき子』をみた視聴者から日本テレビに怒りの電話が殺到し、他のマスコミが日本テレビに激烈な批判を加え、日本テレビの特別調査委員会が内部調査を開始し、担当プロデューサーがクビになり、責任を痛感した社長が陳謝の記者会見を行ったうえで辞職した、という話もあまり聞きません。

 要するに高視聴率狙いの連続テレビドラマにおいては、物語の全体性・ストーリーの整合性などどうでもいいのです。各回の視聴率が上がりさえすれば何でもあり、です。視聴率を上げるためにはマスタードの上にわさびを塗り、さらに唐辛子をかけて、仕上げにタバスコをふるようなことを平気でやります。テレビ局が注意しているのは、せいぜい直前の回までのストーリーとあまりにかけ離れた内容となってしまって視聴者にバカバカしいと思わせてはならない程度のことです。また視聴者もテレビというのはそんなもんだと許容しているのです。

 そして、『家なき子』と殆ど同じことが『とはずがたり』においても言えるのではないかと思います。作者はそもそも物語の全体性・ストーリーの整合性をあまり重視していないのではないか。作者が力を注いでいるのは、ひとつひとつの場面をどれだけドラマチックに盛り上げるか、その一点だけなのではないか。あとは一応の歴史的事実を背景にして、一話完結の数多くの話を、だらだら読んでいる分にはあまり矛盾が目立たない程度に巧みに編集した物語なのではないか。私にはそんな風に思われます。

 私は別に奇矯なことを言っている訳ではなく、ひとつひとつの場面を重視し、全体の整合性はあまり考慮していない作品は、テレビでなくたってたくさんあります。例えば赤川次郎氏の作品もそうです。赤川次郎氏の作品は推理小説のような形態をとってはいますが、詰めて考えて行くと殆ど全ての作品で矛盾や破綻があります。ある場面でAという行動をとった人が、さほど時間的間隔が離れていない別の場面でBという行動をとることは人間の自然な心理として絶対にあり得ないのにそれが起きてしまう。そうした事象が次々と連続しているのが赤川ワールドです。

 整合性のないことは許せないという信念の持ち主からすれば、こういう小説があること自体ミステリーかもしれませんが、大多数の読者は別にそんなことは気にしません。赤川次郎氏の作品が極めて多くの読者を獲得しているのは、全体の構成がしっかりしているからではなく、ひとつひとつの場面がとても生き生きとしていて、会話が洒落ていて、文章に心地よいスピード感があって、現代人の感覚に適合しているからです。

 整合性のない文学作品もあっておかしくはないのであって、すべての文学作品に厳密な整合性を求め、年表を作ったりして詳細に事実関係を調査したりするのは、それ自体が異常な行動の場合もありえます。私は率直に言って、『とはずがたり』の年表を作ったりするのは、『サザエさん』や『水戸黄門』の年表を作るくらい変なことなのではないかと思っています。

 『とはずがたり』の構造が私の考えているようなものだとしても、本当の問題はその制作動機なのですが、それはまた別に検討します。


『とはずがたり』で矛盾が鮮明に露呈している部分としては、他に、妊娠中に二条が醍醐に行った場面もあります。これについては、永井路子氏(『歴史をさわがせた女たち』)と細川涼一氏( 「洛東山科における寺院の成立と展開−醍醐寺の歴史と真言密教寺院の展開」)の見解を素材として検討しました。映画やテレビドラマとの類似性については、久富木原玲氏(「日記紀行文学の諸相」)の見解を参考に、少し異なった角度から論じています。
 また、『とはずがたり』のような特殊な構造をもった物語を、思い込みの激しい生真面目な学者が読んだときに、いかなる反応が生じるかの典型例として、脇田晴子氏(『中世に生きる女たち』)の見解が興味深いと思います。

赤川次郎氏の作品を比較対照に用いたことについて、赤川作品の愛読者に対する揶揄のように受け取られた方があるかもしれませんが、私にはそうした意図は全くありません。私は赤川作品のそれなりに熱心な読者であり、この点について誤解されると困りますので、川村湊氏の『満州崩壊−「大東亜文学」と作家たち」を素材に少し弁解したいと思います。

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