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『とはずがたり』巻1.「恋人(雪の曙)よりの文と贈物」






原文(『とはずがたり(上)全訳注』p28)


 拝礼など果ててのち、局(つぼね)へすべりたるに、「昨日の雪も今日よりはあと踏みつけん ゆくすゑ」など書きて、御文(おんふみ)あり。紅(くれなゐ)のうすやう八、濃き単(ひとへ)、萌黄(もよぎ)の表着(うはぎ)、唐衣(からぎぬ)、袴(はかま)、三つ小袖(こそで)、二つ小袖など、平(ひら)づつみにてあり。いと思はずにむつかしければ、返しつかはすに、袖のうへに薄様(うすやう)のふだにてありけり。みれば、

つばさこそ重ぬることのかなはずと着てだに馴(な)れよ鶴の毛ごろも

 志ありてしたため賜(た)びたるを、返すもなさけなき心地しながら、

「よそながら馴れてはよしや小夜(さよ)衣いとど袂(たもと)の朽ちもこそすれ
思ふ心の末むなしからずは」

など書きて返しぬ。

上臥(うへぶ)しに参りたるに、夜中ばかりに、下(しも)口の遣戸(やりど)をうちたたく人あり。なに心なく、小さき女(め)の童(わらは)あけたれば、差し入れて使はやがて見えずとて、またありつるままの物あり。

契りおきし心の末の変らずはひとり片しけ夜半(よは)のさごろも

 いづくへまた返しやるべきならねば、とどめぬ。

 三日、法皇の御幸この御所(ごしよ)へなるに、この衣(きぬ)を着たれば、大納言「なべてならず色もにほひも見ゆるは、御所より賜はりたるか」といふも、胸さわがしくおぼえながら、「常磐井(ときはゐ)の准后(じゆごう)より」とぞつれなくいらへ侍(はべ)りし。



次田香澄氏による現代語訳


 拝礼などが終って後、局(つぼね)へ退(さが)ったところ、「昨日までは雪に埋れていたけれど、春立ち返る今日からは、私の思いをはっきりと伝えよう。行未ながく」などと書いたお手紙がある。また紅(くれない)のだんだん薄くなった衣(きぬ)八枚に、濃い紅の単(ひとえ)、萌黄(もえぎ)の表着(うわぎ)、唐衣(からぎぬ)・袴(はかま)、三枚重ねの小袖、二枚重ねの小袖などを平らな布包みにしてある。まったく思いがけなく、こんな物をもらってはと、返そうとすると、袖の上に薄様(うすよう)の紙きれに書いたものがあった。見れば、

つばさこそ重ぬることのかなはずと着てだに馴(な)れよ鶴の毛ごろも
(衣を重ねる−枕を交わす−ことはかなわなくても、せめてこの祝いの着物を着てなしんでください)

 志があって調えてくださったものを、返すのも薄情な気持はしながらも、

「よそながら馴れてはよしや小夜衣いとど袂(たもと)の朽ちもこそすれ
(よそながらも着て馴れよというお言葉ですが、それでばかえって悲しみの涙でいよいよ袂も朽ちてしまうでしょう)
思ってくださるあなたの心が、これから先も変らなければ」

というふうに書いて使いに返した。

 (御所の)御宿直に参ったところ、夜半ごろに、局(つぼね)の下の戸口の引き戸をたたく者がある。なにげなく小さい召使の少女が開けると、差入れたまま使いはすぐに見えなくなったといって、またさっきのとおりの物が届いている。

契りおきし心の末の変らすはひとり片しけ夜半のさごろも
(かねて約束したあなたの心の行末が変らなければ、夜にはこの着物の袖を片敷いて独り寝てください)

 どこへふたたび返してやるわけにもいかないので、そのままに手もとに置いた。 正月三日、(後嵯峨)法皇がこの院の御所へ御幸になるので、この着物を着て出ると、父大納言が、「色も艶(つや)も格別りっぱに見えるが、御所様からいただいたのかね」と言われる。思わす胸騒ぎを覚えたが、「常磐井(ときわい)の准后(じゅごう)さまから」と平気をよそおって答えた。



※この場面に描かれている贈答歌についてはこちら。(岩佐美代子氏「『とはずがたり』における和歌と表現」)





「私の立場からの補足」は後日掲載します。


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