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『とはずがたり』巻1.「院父邸に作者を訪う、第一夜」






原文(『とはずがたり(上)全訳注』p37)


 その後(のち)のこといかがありけん、知らぬほどに、すでに御幸(ごかう)なりにけり。大納言御車寄せ、なにかひしめきて、供御(くご)参りにける折に、「いふかひなく寝入りにけり。起せ」などいひ騒ぎけるを、聞かせおはしまして、「よし、ただ寝させよ」といふ御気色(けしき)なりけるほどに、起す人もなかりけり。

 これは障子(しやうじ)の内の口に置きたる炭櫃(すびつ)に、しばしばかり掛かりてありしが、衣(きぬ)ひきかづきて寝ぬるのちの、何ごとも思ひわかであるほどに、いつのほどにか寝おどろきたれば、ともし火もかすかになり、引き物もおろしてけるにや、障子の奥に寝たるそばに、なれ顔に寝たる人あり。こは何ごとぞと思ふより、起き出(い)でていなんとす。

 起し給はず、「いはけなかりし昔より思(おぼ)し召しそめて、十とて四つの月日を待ちくらしつる」、なにくれ、すべて書きつづくべき言(こと)の葉もなきほどに仰せらるれども、耳にも入らず、ただ泣くよりほかのことなくて、人の御袂(たもと)までかはく所なく泣きぬらしぬれば、慰めわび給ひつつ、さすが情なくももてなし給はねども、「あまりにつれなくて年も隔てゆくを、かかるたよりにてだになど思ひ立ちて、今は人もさとこそ知りぬらめに、かくつれなくてはいかがやむべき」と仰せらるれば、さればよ、人知らぬ夢にてだになくて、人にも知られて、一夜(ひとよ)の夢のさむる間もなく物をや思はん、など案ぜらるるは、なほ心のありけるにやとあさまし。

 「さらば、などやかかるべきぞとも承りて、大納言をもよく見せさせ給はざりける」と、「いまは人に顔を見すべき かは」と、くどきて泣きゐたれば、あまりにいふかひなげに思(おぼ)し召して、うち笑はせ給ふさへ心憂くかなし。

 夜もすがらつひに一言葉の御返事だに申さで、明けぬる音して、「還御(くわんぎよ)は今朝にてはあるまじきにや」などいふ音すれば、「ことありがほなる朝帰りかな」とひとりごち給ひて、起き出(い)で給ふとて、「あさましく思はずなるもてなしこそ、振分け髪の昔の契りもかひなき心地(ここち)すれ。いたく人目あやしからぬやうにもてなしてこそ、よかるべけれじあまりにうづもれたらば、人いかが思はん」など、かつは恨み、また慰め給へども、つひにいらへ申さざりしかば、「あな力なのさまや」とて起き給ひて、御直衣(なほし)など召して、「御車寄せよ」などいへば、大納言の音して御粥(かゆ)参らせらるるにやと聞くも、また見るまじき人のやうに、昨日は恋しき心地ぞする。



次田香澄氏による現代語訳

 その後のことはどうだったろうか。知らないうちに院はもう御幸になっていた。大納言がお車を寄せる指図や何やと騒ぎ立ってお世話をし、お食事を差上げるときに、「しようがないことに寝入ってしまいました。起しなさい」などと言い騒いでいたのをお聞きになって、「まあいい、かまわず寝させておきなさい」という思(おぼ)し召しだったので、起す人もなかったのである。

 私は襖(ふすま)の内側の口に置いた角火鉢にしばらくの間寄り掛かっていたのが、着物をひきかぶって寝入ってしまった後は、何ごともわからないでいた。そのうちに、何時ごろだったろう、ふと目を覚ますと、燈(ともしび)の光もかすかになり、垂れ幕もいつの間におろしたのだろうか、襖の奥に私が寝ているそばに、馴(な)れ馴れしげに寝ている人がある。これは何ごとだと思うやいなや起き上がって出て行こうとする。

 院はお起しにならないで、 「幼かった昔からおまえを思い初めて、十四年の歳月を待ち暮したのだよ」何やかやすべて書き尽せないくらいにおっしゃるけれども、耳にも入らず、私はただ泣くばかりで、院の御袂(たもと)まで乾く所もなく泣き濡らしてしまうと、院は慰めかねられながらも、さすがに思いやりなく振舞うようなこともなさらないが、 「あんまりおまえがちっともわかってくれないで、そのまま年が経(た)ってゆくのを、せめてこういう機会になりとと思い立って来たのだ。今はほかの人たちもそれと知ってしまったろうに、こんなにおまえのようにそっけないままでは、すますわけにはいかないよ」とおっしゃるので、私は ─ だからよ、人に知られぬ秘め事でさえなく、人にも知られてしまって、これからこの一夜の夢のような出来事のとり返しようもなく、さぞ物思いをすることだろう ─ などと案ぜられたのは、まだ気が確かだったのかと、われながらあきれてしまう。

  「それではどうして、こうこうなのだと前におっしゃってくださって、(娘時代の最後とし て)父をもよくお見せくださらなかったのでしょうか」と、また、「もう人々に顔を見せられません」と、くりかえし恨み言をいって泣いていると、院はあまりに取りつくしまもなくお思いになってか、お笑いになる、私にはそれまでつらく悲しく思われた。

 夜通しついに一言の御返事さえ申さぬうち、夜が明けたらしい物音がして、「お帰りは今朝ではないのだろうか」などという声がする。院は、「何ごとかあったような朝帰りだな」と独り言をいわれて、起き上がろうとして、「まったく意外だったゆうべのおまえの態度は、幼なじみの昔からの縁もかいのない心地がする。人目にひどく変に思われないようにしてくれた方がいいのに。あまり引込んで出て来ないと、人はどう思うだろう」 こう院は恨んだり慰めたりなさるけれども、私はとうとう御返事を申さなかったので、 「ああどうにもしようのない様子だな」といってお起きになり、御直衣(のうし)など召され、「車を寄せよ」 といわれると、父大納言の声がして、朝のお粥(かゆ)を差上げていられるらしい様子につけても、父がふたたび見てはいけない人であるかのように、昨日までの自分が恋しい心地がする。





「私の立場からの補足」は後日掲載します。

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