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| 原文(『とはずがたり(上)全訳注』p322以下) 九月(ながつき)の中の十日あまりにや、善勝寺の大納言のもとより、文(ふみ)細やかに書きて、「申したきことあり、出で給ヘ。出雲路(いづもぢ)といふわたりに侍るが、女どもの見参(げざん)したがるが侍るに、いかがして、みづからのたよりは身に代へても」など申ししを、まめやかに同じ心に思ふべきことと思ひて、 この大納言は幼くより御志あるさまなれば、これもまた身親しき人なればなど、思(おぼ)し召しめぐらしけるは、なほざりならずとも申しぬべき、例のけしからずさは、恨めしくうとましく思ひ参らせて、恐ろしきやうにさへ覚えて、つゆの御いらへも申されで、床中に起きゐたる有様は、「あとより恋の」といひたるさまやしたるらんと、我ながらをかしくもありぬべし。夜もすがら泣く泣く契り給ふも、身のよそに覚えて、今宵(こよlひ)ぞかぎりと心に誓ひゐたるは、誰(たれ)かは知らん。 鳥の音(ね)ももよほしがほに聞ゆるも、人は悲しきことを尽していはるれども、わが心にはうれしきぞ情なき。大納言声(こわ)づくりて、何とやらんいふ音して、帰り給ひなどするが、またたち帰り、さまざま仰せられて、「せめては見だに送れ」とありしかども、「心地わびし」とて起きあがらず。泣く泣く出で給ひぬるけしきは、げに袖にや残しおき給ふらんとみゆるも、罪深きほどなり。 大納言の心のうちもわびしければ、いたく白々(しらしら)しくならぬさきにと、公事(おほやけごと)にことづけて急ぎ参りて、局(つぼね)にうち臥したれば、まめやかにありつるままの面影の、そばにみえ給ひぬるも恐ろしきに、その昼つ方、書きつづけて賜ひたる御言の葉は、いつはりあらじと覚えしなかに、
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| 次田香澄氏による現代語訳 |
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九月の十日過ぎであろうか、叔父善勝寺の大納言のところから、手紙をこまごまと書いて、「お話したいことがあります、おいでください。私は今出雲路(いずもじ)という辺りにおりますが、女たちであなたにお目に掛かりたがっている者がありますので、なんとか都合して来てください。私自身のお願いですから、私のほうはあなたのためにはどんなことでも」と申してきたのを、まじめに、同じ心になって考えてやらねばならないことだと思って(出掛けていったところ、……) この大納言は、幼い時から有明の月とお親しくしていた様子なので、私もまた大納言の近親であり、有明が大納言を頼ればなどと考えめぐらされた志は、並々ならぬものがあったとも言うべきだろうが、例の、私の不都合なくせには、有明のなさりようを恨めしく疎ましく思い申しあげ、恐ろしいようにさえ思われて、すこしの御返事もできないで、寝床のまんなかに座っていた有様は、「あとより恋の」と古歌に言っているような様子がしたろうと、我ながらおかしくもなりそうだった。夜どおし泣く泣く、御自分の気持をかきくどきお誓いなさるのも、人ごとのように思われて、今宵(こよい)が最後と内心で誓っていたとは、だれが知ろう。 鶏の声がせき立てるように聞えるのも、−相手の人はありたけの悲痛な言葉を尽くしていわれるけれども−私の心にはうれしいとは無情なことだった。大納言が咳(せき)ばらいをして(有明の月に合図をし)、なにかいう声がするので、お帰りになろうとするが、また引き返し、私にいろいろとおっしゃって、「せめては、見送りだけでもしてください」といわれたが、私は「気分がすぐれないので」といって起き上がらない。泣く泣くお出になった様子は、ほんとにこちらの袖に魂を残し置かれたろうかと思われるのも、罪の深い気がしたことである。 叔父大納言の心中も恨めしいので、あまり明るくならない前にと、公の儀式にかこつけて、急いで御所へ参り、自分の局(つぼね)にうち臥したところ、ありありと先ほどのままの有明の月の面影がそばにお見えになったのもそら恐ろしいうえに、その昼ごろ書き続けてよこされたお手紙のお言葉は、偽りがあるまいと思われたなかに、
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| ※「有明の月」シリーズは話の展開が異常に早く、また「有明の月」の行動は常に唐突かつ演技過剰で、わざとらしい感じがしてくる。ここもその典型的な場面である。 |
☆「私の立場からの補足」は後日掲載します。