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『とはずがたり』巻2.「亀山院来訪、遊宴ののち文(ふみ) 」






原文(『とはずがたり(上)全訳注』p282)


 さるほどに、両院、御仲心よからぬこと、悪(あ)しく東(あづま)ざまに思ひ参らせたるといふこと聞えて、この御所へ新院御幸あるべしと申さる。かかり御覧ぜらるべしとて、御鞠(まり)あるべしとてあれば、「いかで、いかなるべき式ぞ」と、近衛大殿(このゑのおほとの)へ申さる。「いたく事過ぎぬほどに、九献(くこん)、御鞠の中に御装束なほさるるをり、御柿浸(かきひた)しまゐることあり。女房して参らせらるべし」と申さる。「女房は誰(たれ)にてか」と御沙汰あるに、「御年頃なり、さるべき人がらなれば」とて、この役をうけたまはる。かば桜七つ、裏山吹の表着(うはぎ)、青色唐衣(からぎぬ)、くれなゐの打衣(うちぎぬ)、生絹(すずし)の袴にてあり。浮織物の紅梅(こうばい)のにほひの三つ小袖(こそで)、唐綾の二つ小袖なり。

 御幸なりぬるに、御座を対座に設けたりしを、新院御覧ぜられて、「前院の御とき定めおかれにしに、御座の設けやうわろし」とて、長押(なげし)の下(しも)へおろさるるところにあるじの院出(い)でさせ給ひて、「朱雀(すざく)院の行幸には、あるじの座を対座にこそなされしに、今日の出御(しゆつぎよ)には御座をおろさるる、異様(ことやう)に侍る」と申されしこそ、「優(いう)にきこゆ」など、人々申し侍りしか。

 ことさら式の供御(くご)まゐり、三献(こん)はてなどしてのち、東宮入らせおはしまして御鞠(まり)あり。半ば過ぐるほどに、二棟の東(ひんがし)の妻戸(つまど)へ入らせおはしますところへ、柳筥(やないばこ)に御土器(かはらけ)を据ゑて、かねの御ひさげに御柿浸し入れて、別当殿、松襲(まつがさね)の五つ衣(ぎぬ)に紅(くれなゐ)の打衣(うちぎぬ)、柳の表着(うはぎ)、裏山吹の唐衣(からぎぬ)にてありしに持たせて参りて取りて参らす。「まづ飲め」と御言葉かけさせ給ふ。暮れかかるまで御鞠ありて、松明(しようめい)とりて還御。

 つぎの日、仲頼(なかより)して御文(おんふみ)あり。

いかにせんうつつともなき面影を夢とおもへばさむるまもなし

 紅の薄様(うすやう)にて柳の枝につけらる。さのみ御返りをだに申さぬも、かつはびんなきやうにやとて、はなだの薄様に書きて、桜の枝につけて、

うつつとも夢ともよしや桜花咲き散るほどと常ならぬ世に

そののちも、たびたび打ちしきり承りしかども、師親(もろちか)の大納言すむ所へ、車こひて帰りぬ。



次田香澄氏による現代語訳

 そのうちに、本院(後深草院)・新院(亀山院)の御仲がよくいらっしゃらぬことを、悪しざまに関東で思い申しあげているといううわさが聞え、こちらの院の御所へ新院が御訪問遊ばされることになった。蹴鞠(けまり)のお庭を御覧になりたいということで、鞠の競技をなさろうということなので、院は「さてどのようなやり方がよいか」と近衛大殿にお尋ねになる。(大殿がいろいろ進言なされた中で、) 「あまり進行してしまわないうちにお酒を、鞠の途中で御装束をお直しになる折、柿浸(かきひた)しを召しあがるのが例でございます。女房のお給仕でさし上げられるのがよろしゅうございましょう」と申しあげられる。「さて女房はだれがよいか」とお尋ねがあり、「ちょうどお年ごろでもあり、然るべき家柄の人でもあるから」というわけで、私がこの役をうけたまわることになる。衣裳は樺桜(かばざくら)の衣(きぬ)七枚、裏山吹の表着(うわぎ)、青色の唐衣(からぎぬ)、紅(くれない)の打衣(うちぎぬ)、生絹(すずし)の袴(はかま)であった。下に浮織物の紅梅色の匂(におい)の三つ小袖、唐綾(からあや)の二つ小袖を着る。

 (この御所ヘ)新院がお着きになられたところ、両院のお席を対座に設けてあったのを、新院が御覧になられ、「前院(後嵯峨院)御在世のとき(兄院に対して父子の礼をとるよう)順序を定めておかれたのに、このお席の設け方はよくない」といって、長押(なげし)の下(しも)へ御自身の座をおろされるところへ、主人の院がお出ましになられて、「(源氏物語の)朱雀院の行幸のときには、(宣旨があって)六条院の座を引き上げて対座にされたのに、今日のお出ましには御座を下げられる、変っていておもしろいですね」と申されたのは、「とても優雅なお言葉だ」と人々が申したことだった。

 とくに正式のお膳をおすすめされ、三献(こん)のお酒が終りなどして後、東宮(伏見院)がおいでになられて御鞠(まり)が始まった。競技が半ば過ぎるころに、二棟(ふたむね)の御所の東の妻戸(つまど)へ新院がおいでになられるところヘ、柳筥(やないばこ)にお杯を据え、かねの御提子(ひさげ)に柿浸(かきひた)しを入れ、別当殿−松襲(まつがさね)の五つ衣(ぎぬ)に紅の内衣(うちぎぬ)、柳の表着(うわぎ)、裏山吹の唐衣(からぎぬ)を着ていた−に持たせて参り、私が杯を取って新院へさし上げる。「まずあなたから飲みなさい」と、新院はお言葉をおかけになる。暮れかかるまで御鞠をなさり、松明(たいまつ)をともさせて新院はお帰りになる。

 翌日、仲頼(なかより)を使いとしてお手紙があった。

いかにせんうつつともなき面影を夢とおもへばさむるまもなし (どうしたらよかろう。うつつにみたとは思えぬ美しいあなたの面影を、夢かと思えば 覚めるまもなく、あなたを恋しく思うが)

紅(くれない)の薄様(うすよう)の紙に書いて柳の枝につけられてある。御返事をさえ申しあげないのもあるいは失礼かもしれぬと、薄藍色の薄様に書き、桜の枝につけてお返しをした。

うつつとも夢ともよしや桜花咲き散るほどと常ならぬ世に (うつつでも夢でも、どちらでもよろしゅうございます。桜が咲いてすぐ散ってしまう 間くらいに、移りやすいこの世でございますから。あなた様のお言葉も一時のおたわむれでございましょう)

 新院からその後もたびたびつぎつぎと引きつづいてお便りを頂戴したが……師親の大納言が住んでいる所へ牛車(ぎっしゃ)を頼んで帰った。


※前段で「有明の月」が初めて登場して唐突に作者に恋心を打ち明けたかと思ったら、今度は亀山院が作者に好意をいだいて頻りに手紙をおくってきたという自慢話になる訳で、いくら何でも出来過ぎだろうという感想を抱かざるをえない部分である。ここも『増鏡』に殆どそのまま「引用」されている(→こちら。)
 なお、最後の文章は文意がとりにくく、「少々脱文あるか。」(次田香澄氏)とされている。




「私の立場からの補足」は後日掲載します。

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