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| 原文(『とはずがたり(上)全訳注』p282) かくしつつ八月(はづき)のころにや、御所にさしたる御心地にてはなく、そこはかとなくなくやみわたり給ふことありて、供御(くご)をまゐらで、御汗垂(た)りなどしつつ日数かさなれば、いかなることにかと思ひさわぎ、医師(くすし)参りなどして、御灸(やいとう)はじめて、十ところばかりせさせおはしましなどすれども、同じさまにわたらせおはしませば、九月(ながつき)の八日よりにや、延命供(えんめいく)はじめられて、七日過ぎぬるに、なほ同じさまなる御ことなれば、いかなるべき御ことにかと嘆くに、さても、この阿闍梨(あじやり)に御参りあるは、この春、袖の涙の色をみせ給ひしかば、御使に参る折々も、いひ出(い)だしなどし給へども、まぎらはしつつ過ぎゆくに、この程こまやかなる御文を賜はりて、返事をせめわたり給ふ。いとむつかしくて、薄様(うすやう)の元結(もとゆひ)のそばを破(や)りて、夢といふ文字を一つ書きて、参らするとしもなくてうち置きて帰りぬ。 また参りたるに、樒(しきみ)の枝を一つ投げ給ふ。取りて片方(かたかた)に行きてみれば、葉にもの書れたり。
「御撫物、いづくに候(さぶら)ふべきぞ」と申す。「道場のそばの局(つぼね)へ」と仰せ言あれば、参りてみるに、厳重(げんでう)げに御(み)あかしの火にかがやきたるに、思はずに、なえたる衣にてふとおはしたり。こはいかにと思ふほどに、「仏の御しるべは、くらき道に入りても」など仰せられて、泣く泣く抱(いだ)きつき給ふも、あまりうたてく覚ゆれども、人の御ため、「こは何ごとぞ」などいふべき御人がらにもあらねば、しのびつつ「仏の御心のうちも」など申せどもかなはず、見つる夢の、名残もうつつともなきほどなるに、「時(じ)よくなりぬ」とて伴僧(ばんそう)ども参れば、うしろの方(かた)より逃げかへり給ひて、「後夜(ごや)のほどに、いま一度かならず」と仰せありて、やがて始まるさまは何となきに、参り給ふらんとも覚えねば、いとおそろし。 御あかしの光さへ、くもりなくさし入りたりつる火影(ほかげ)は、来ん世の闇(やみ)も悲しきに、思ひこがるる心はなくて、後夜すぐるほどに、人間(ひとま)をうかがひて参りたれば、このたびは御時はててのちなれば、少しのどかに見奉るにつけても、むせかへり給ふけしき、心ぐるしきものから、明けゆく音するに、肌に着たる小袖に、わが御肌なる御小袖をしひて形見にとて着かへ給ひつつ、起きわかれぬる御名残もかたほなるものから、なつかしく、あはれともいひぬべき御さまも、忘れがたき心地して、局(つぼね)にすべりてうち寝たるに、いまの御小袖のつまに物あり。 取りてみれば、陸奥紙(みちのくにがみ)をいささか破(や)りて、
明けゆく鐘に音(ね)をそへて起きわかれ給ふさま、いつならひ給ふ御言の葉にかと、いとあはれなるほどにみえ給ふ。御袖(そで)のしがらみも、洩(も)りてうき名やと、心ぐるしきほどなり。かくしつつ結願ありぬれば、御出でありぬるも、さすが心にかかるこそ、よしなき思ひもかずかず色そふ心地し侍れ。 |
| 次田香澄氏による現代語訳 |
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こんなふうにして、八月のころであろうか、院がたいした御病気ではないが、どこということもなくわずらい続けられることがあった。お食事も召しあがらず、お汗が出るなどして、日数が重なるので、どうしたことかとみな思い騒ぎ、医師が参上して、お灸治を始められ、十ヵ所ほどお据えになりなどするけれども、同じ容態でいらっしゃるので、九月の八日からだったか、延命供(えんめいく)の御修法(しゅほう)を始められて、七日を過ぎても、なお同じ御様子なので、どうなることかとみな嘆いていた。 ところで、この御修法の阿闍梨(あじゃり)として御所においでになっている方は、この春袖の涙心のほどをおみせになったあの方なので、私が院のお使いとしてお部屋に参る折々にも、そのことを言い出しなどなさるけれども、紛らわし紛らわしして過ぎてゆくうちに今度はこまごまとしたお手紙を下さって、返事をと責めつづけられる。たいそうわずらわしいので、薄様(うすよう)の元結(もとゆい)の端を破り、夢という文字を一つ書いて、さし上げるともなく置いてもどってきた。 あとでまたお部屋へ参ったところ、樒(しきみ)の枝を一つお投げになる。手に取って片すみに行って見ると、その葉になにか書かれている。
そのうち院のお部屋へおいでになって御対面になり、「いつまでもはかばかしくなくていらっしゃるのは困ったことでございます」などと嘆き申されて、「御撫物(なでもの)を持たせて、勤行(ごんぎょう)が始まる時分、聴聞所(ちょうもんどころ)へだれかをおよこしください」と申しあげられる。 初夜の勤行が始まるころに、院が、「この衣(きぬ)を持って聴聞所に行くように」とおっしゃるので、参ったところ、人々もみな伴僧のおつとめをするための装束を着けに、それぞれ部屋部屋へいった間であろうか、だれもいない。あの方がただ一人おいでになるところへうかがった。 「御撫物はどこへ置いたらよろしゅうございましょう」と申しあげる。「道場のそばの局(つぼね)へ」とおっしゃるので、行ってみると、道場のしつらいもいかめしくお燈明の火に輝いているところヘ、思いがけなくあの方が常の衣のなりでふと近くおいでになった。 これはどうしたことかと思うとき、「仏様のお導きは暗い道でさえも」とおっしゃって、 泣きながらお抱きつきになる。あまりひどいと思われるけれども、相手の御方のために「何をなさいます」などといってよいお人柄でもないので、声を押えて、「仏のお心のうちも恥ずかしゅうございます」と申しあげるが、どうにもならない。つかの間にみた夢見心地の名残も、うつつとも思われないほどのはかないものだったが、 「勤行(ごんぎょう)の準備がととのいました」と伴僧たちが参ったので、部屋の後ろのほうから逃げ帰られるとき、「後夜(ごや)のころにもう一度かならず」とおっしゃって、まもなく勤行が始まる様子は、別に普通と変らないのに、あのままでお勤めに奉仕なさるだろうとも思われないので、御仏(みほとけ)に対してもまことに恐ろしい。 御仏のお燈明の光まで曇りなくさし入っていた火影(ほかげ)のなかで、来世の闇を思えば悲しくなるが、思い焦れる気持はなくて後夜(ごや)を過ぎたころ、人のいないすきをうかがってあの方のところへうかがった。このたびは勤行が終った後なので、すこし落ち着いてお目に掛かるにつけても涙にむせかえられるさまはお痛わしかった。 やがて夜も明けてゆく物音がするので私の肌に着ていた小袖と、御自身の肌に召されている小袖を、強いて形見にとて着かえられて、起き別れたあとの名残も、なんとなくそぐわぬ気がしながら、懐かしく哀れ深いというような御様子も忘れがたい心地がして、局(つぼね)へそっと帰ってちょっと横になったところ、さっきの御小袖の褄(つま)に何かある。 取ってみると、陸奥国(みちのくに)紙を少々破って、
それが明日という前の晩、「ふたたびどんな機会を待ったらいいだろう。これからはきっと念誦(ねんじゅ)の床にも塵が積もり、護摩の道場も煙が絶えて勤行を怠ってしまうだろう。あなたも同じ心でさえあれば、濃い墨染の袂(たもと)になって深い山に籠り、いくらも生きていられないこの世に、物思いをしないで過したいものを」などとおっしゃったのは、私にはあまりにも恐ろしくぞっとする心地がした。 明けゆく鐘の音に、別れを悲しんで起き別れられる。その折のお言葉は、いつお覚えになったことかと、しみじみとあわれ深く伺った。袖で涙を押えられても、人にそれと知られて御浮名が立ちはしないかと、おいたわしいほどである。こうして結願(けちがん)になったので、お帰りになったけれども、あの方のことがさすがに気に掛かるのは、私のせんかたない物思いの数のまた一つふえる心地がしたのだった。 |
| ※まあ、確かに「リアル」ではあるが、何だかなあ〜、という感想を抱かざるをえない奇妙な話である。こうした話に興奮しやすいタイプの学者の反応の例はこちら。(山折哲雄氏「三筋の紅糸 二条をめぐる三人の男」) |
☆「私の立場からの補足」は後日掲載します。