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『とはずがたり』巻3.「東二条院より大宮院へ恨みの文」






原文(『とはずがたり(下)全訳注』p96以下)


 ひしひしとして還御(くわんぎよ)なりぬる御あとも寂しきに、「今日はこれに候(さぶら)へかし」と大宮の院の御けしきあれば、この御所に候ふに、東二条院よりとて御文(ふみ)あり。何とも思ひわかぬほどに、女院(によゐん)御覧ぜられてのち、「とは何ごとぞ、うつつなや」と仰(おほ)せごとあり。

 「何ごとならん」と尋ね申せば、 「『その身をこれにて女院もてなして、露顕(ろけん)のけしきありて、御遊さまざまの御ことどもあると聞くこそ、うらやましけれ。古(ふ)りぬる身なりとも、思(おぼ)し召しはなつまじき御こととこそ思ひ参らするに』と、かへすがへす申されたり」 とて、笑はせ給ふもむつかしければ、四条大宮なる乳母(めのと)がもとへ出でぬ。



次田香澄氏による現代語訳

私の立場からの補足

 にぎにぎしく両院のお帰りになられたあとも寂しいが、「今日はここにいなさいな」と大宮院の仰せがあったので、この御所にお仕えしていると、東二条院からとてお手紙があった。どういうことともわからないでいると、女院が御覧になって後、「これは何ごとでしょう、気違いじみているよ」とおっしゃられる。

 「何ごとでしょう」とお尋ね申すと、 「そなた(二条)をここで女院がもてなして、披露のようにして、いろいろの御酒宴があると聞くのはうらやましいことです。いくら私が古びた身でも、(姉上が)お見捨てになるようなこととは存じあげませんのに、と繰返し申されていますよ」とてお笑いになるのもわずらわしいので、私は四条大宮にある乳母(めのと)のもとへ帰った。

大宮院(1225〜1292.68歳)は東二条院(1332〜1304.73歳)の7歳上の姉。ここでは二条の味方として極めて好意的に描かれているが、巻一には二条が大宮院に対して冷ややかな視線を向けている場面もある。こちら
 なお、『増鏡』に描かれた大宮院の栄華の様子はこちら

いくら姉に対してとはいえ、東二条院が自分のことを「古りぬる身」などと言うのは極めて奇妙である。作者による勝手な創作と考えるべきである。
 なお、『徒然草』に描かれた若い頃の東二条院の逸話はこちら。(第222段)





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