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| 原文(『とはずがたり(下)全訳注』p45以下) とかく思ふもかひなくて、御心地もおこたりぬれば、初夜(しよや)にてまかり出で給ふにも、さすがに残る面影はいと忍び難きに、いと不思議なりしは、まだ夜も明けぬさきに起き出でて、局(つぼね)にうち臥したるに、右京の権大夫(ごんのだいぶ)清長を御使にて、「きときと」と召しあり。夜べは東(ひんがし)の御方(おんかた)参り給ひき。などしも急がるらんただ今の御使ならんと、心騒ぎして参りたるに、 「夜べはふけ過ぎしも、待つらん方の心尽しを、など思ひてありしも、ただ世の常の ことならば、かくまで心ありがほにもあるまじきに、主がらのなほざりならずさに思 ひ許してこそ。さても今宵(こよひ)不思議なる夢をこそ見つれ。いまの五鈷(こ)を賜(た)びつるを、我にちとひき隠して懐(ふところ)に入れつるを、袖(そで)を控へて、『これほど心知りてあるに、などかくは』といはれて、わびしげに思ひて涙のこぼれつるを、払ひて取り出でたりつるをみれば、銀(しろがね)にてありける。故法皇の御物なれば、わがにせんといひて、立ちながら取ると思ひて夢さめぬ。今宵必ずしるしあることあるらんと覚ゆるぞ。もしさもあらば、疑ふところなき岩根の松をこそ」 など仰せられしかども、まことと頼むべきにしあらぬに、その後は月たつまで殊更(ことさら)御言葉にもかからねば、とにかくにわが過(あやま)ちのみあれば、人を憂しと申すべきことなで、明け暮るるに、思ひ合せらるることさへあれば、何となるべき世のしきとも覚えぬに、 三月(やよひ)の初めつ方(かた)にや、常よりも御人少なにて、夜の供御(くご)などいふこともなくて、二棟(ふたむね)の方(かた)へ入らせおはします、御供に召さる。 いかなることをかなんど思へども、尽きせずなだらかなる御言葉いひ契り給ふも、嬉しとやいはん、またわびしとやいはましなど思ふに、 「ありし夢ののちは、わざとこそいはざりつれ。月を隔てんと待ちつるもいと心細しや」と仰せらるるにこそ、されば思(おぼ)し召すやうありけるにこそ、とあさましかりしか。違はずその月よりただならねば、疑ひまぎるべきことにしなきにつけては、みし夢の名残も、いまさら心に掛るぞはかなき。 |
| 次田香澄氏による現代語訳 |
あれこれ思ってもかいもなくてそのうち姫宮の御病気もよくなられたので、有明は初夜 の勤行(ごんぎょう)だけで退出されたが、さすがにその方のお姿が心に残って、堪えがたい気がするところへ、まことに思いの外のことには、まだ夜も明けない前に、あの方の所から帰ってきて、ひとり局(つぼね)に臥していると、清長をお使いとして、「急いで来るように」と院のお召しがあった。昨夜は東の御方が御宿直(とのい)をなされたはずなのに、どうしてただ今の急なお使いであろうと、心騒ぎして参ると、 「昨夜はひどく夜が更けていたが、待っている方(かた)がさぞ気をもんでいられるだろうと思って行かしたのだよ。ただ世間普通の恋沙汰(ざた)なら、こうまで思いやりがありそうにするわけはないのだが、あの人の人柄を思うと打棄てておけなくて許す気持になったのだ。それはそうと、昨夜は不思議な夢を見たのだ。おまえが有明から五鈷杵(こしょ)をいただいたのを、わたしにちょっと隠して懐(ふところ)に入れたので、袖を押さえて、『これほど事情を知ってやっているのに、どうして隠すのか』というと、おまえはつらそうにして涙をこぼしたが、それを払って、懐から取り出したのをみれば、銀(しろがね)の五鈷だった。故(後嵯峨)法皇の御物だから、『これはわたしの物にしよう』といって、立ったまま受取ったと思うところで夢がさめた。昨夜はおまえの身にかならず確かな事があったと思うぞ。もしそうなら、紛れもなくあの人の種の『岩根の小松』だ」 などとおっしゃった。まさか本当とは信じられないのに、そののちは月が改まるまで、ことさらお召しのお言葉も掛けられない。なににせよ、自分のほうの過ちばかりなので、院をつれないなど申すべきことではなくて、明け暮れしてゆくうちに、思い合わされるしるしさえあるので、これからどのようになるわが身の成り行きともわからない。 三月の初めのころであろうか、いつもより御前には人が少なく、とくにお夜食などということもなくて、二棟(むね)の御所の方へおいでになられるお供に、私をお召しになった。どんなことを言い出されるだろうかと心配していたけれど、どこまでもなだらかなお言葉で、いつまでも変らぬことを約束なさるのも、うれしいといっていいのか、またつらいというのだろうか、などと思っていると、 「あの夜の夢の後は、わざとおまえを呼ばなかったのだ。月を隔てようと今日まで待ったのも、まったく心細かったよ」 とおっしゃられるので、それではお考えの子細があったのだと、驚くばかりであった。間違いなくその月から体が普通でないので、疑い紛らしようもない事で、それにつけても、有明との契りの行く末が今さらのように心に掛かるのは、われながらはかないことだ。 |
| ☆このあたりの「心理ゲーム」の描写については宗教学者の山折哲雄氏(国際日本文化研究センター名誉教授)が特別に関心を持っておられるようで、後深草院二条とマリリンモンローを比較した論文?において、執拗に論じておられる。(「三筋の紅糸 二条をめぐる三人の男」) |
☆「私の立場からの補足」は後日掲載します。