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『とはずがたり』巻4.「浅草寺詣で、秋月の述懐」






原文(『とはずがたり(下)全訳注』p254)


 八月(はづき)の初めつ方にもなりぬれば、武蔵野の秋の景色ゆかしさにこそ、今までこれらにも侍りつれと思ひて、武蔵の国へ帰りて、浅草と申す堂あり。十一面観音のおはします、霊仏と申すもゆかしくて参るに、野の中をはるばると分けゆくに、萩・女郎花(をみなへし)・荻(をぎ)・芒(すすき)よりほかは、またまじるものもなく、これが高さは、馬に乗りたる男の見えぬほどなれば、おしはかるべし。三日にや分けゆけども、尽きもせず。ちとそばへ行く道にこそ宿(しゆく)などもあれ、はるばる一とほりは、来(こ)し方(かた)行く末野原なり。

 観音堂はちとひき上りて、それも木などはなき原の中におはしますに、まめやかに、 草の原より出づる月影と思ひ出づれば、今宵は十五夜なりけり。雲の上の御遊びも思ひやらるるに、御形見の御衣(おんぞ)は、如法経の折、御布施に大菩薩に参らせて、今ここにありとはおぼえねども、鳳闕(ほうけつ)の雲の上忘れ奉らざれば、余香(よきやう)をば拝する志も、深きにかはらずぞおぼえし。

 草の原より出でし月影、更けゆくままに澄みのぼり、葉末に結ぶ白露は、玉かとみゆる心地して、

雲の上に見しもなかなか月ゆゑの身の思ひ出は今宵(こよひ)なりけり

涙に浮ぶ心地して、

くまもなき月になりゆくながめにもなほ面影は忘れやはする

明けぬれば、さのみ野原に宿るべきならねば帰りぬ。



次田香澄氏による現代語訳


私の立場からの補足


 八月の初め頃ともなったので、武蔵野の秋の風情の見たさにこそ今までここら辺りにもいたのだと思って、武蔵の国へ帰った。そこには浅草と申す堂がある。十一面観音がいらっしゃる。霊験あるみ仏と聞くのもゆかしくて参ると、野の中をはるばると分けてゆくのに、萩・女郎花(おみなえし)・荻(おぎ)・芒(すすき)よりほかにはまた混じるものもなく、これらの高さは馬に乗った男が見えないほどなので推しはかれよう。三日ぐらいか分けていっても尽きもしない。すこし協へ入った道にこそ宿場などもあるが、はるばると続く道は来し方も行く末も野原である。




聖観音を本尊とする浅草寺に「十一面観音のおはします」とあるのは極めておかしいが、この点についての私の考え方はこちら。(久保田淳氏「『とはずがたり』−配所の仮託」)
 浅草の観音堂はちょっと高くなって、それも木などはない原の中にいらっしゃるが、(折からの月の出に)ほんとうに「草の原より出づる月影」と思い出せば、今宵は十五夜であった。宮廷で催される管絃の御遊も思いやられるが、院から賜わった形見の御衣(おんぞ)は、如法経の折に御布施として、八幡大菩薩に奉納したので、「今ここにあり」とは思われないけれど、宮廷のことを忘れ奉ることがないので、余香を拝する志も古人の心深さにかわらないと思った。

「草の原より出づる月影」は九条良経の「行く末は空もひとつの武蔵野の草の原より出づる月影」(新古今・秋上)により、「今宵は十五夜なりけり」云々は源氏物語・須磨の「月いとはなやかにさし出でたるに、今宵は十五夜なりけりとおぼし出でて、殿上の御遊び恋しく」により、「御形見の御衣」云々は菅原道真の「去年今夜侍清涼、秋思詩篇独断腸、恩賜御衣今在此、捧持毎日拝余香」(『菅家後集』)と源氏物語・須磨の「『恩賜の御衣は今此に在り』と誦じつつ、入りたまひぬ。御衣はまことに身はなたず」により、「葉末に結ぶ白露」云々は源俊頼の「思ひ草葉末に結ぶ白露のたまたま来ては手にもたまらず」による、という具合に、このわずか数行に示された後深草院二条の博識は恐るべきものであり、後深草院二条が極めて優れた記憶力の持ち主であって、隅田川関連の地名の誤りが彼女の記憶違いなどではありえないことは明白である。

後深草院二条による文学的な脚色が濃厚に付加されているこの場面を、かなり多くの歴史学者が中世浅草の現実の姿を描いたものとして著書・論文に引用しているが、私は多大の疑問を感じる。この点は史料利用の基本的態度に関わることであり、池上裕子氏「大福長者と水陸に生きる人びと」を素材に、別途検討したい。
 草の原から出た月影は、更けゆくままに澄みのぼり、葉末に結ぶ白露は、玉かとみえる心地がして、

雲の上に見しもなかなか月ゆゑの身の思ひ出は今宵なりけり
(同じ月を宮中で見たことを思い出すと、なおさらに、いま武蔵野の原で見る今宵の月 があわれ深いことよ)

さまざまの思い出が涙に浮ぶ心地がして、

くまもなき月になりゆくながめにもなほ面影は忘れやはする
(月がくまなく照りわたってゆくのを方がめるにつけても、やはり昔の人の面影は忘れ ようもない)

夜が明けたので、そんなに野原(のような所)にとどまるわけにはいかないので、帰った。





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