更新11.12/18 up11.12/17

原文を見る
『徒然草』第135段.「資季大納言入道とかや」







原文(『徒然草(三)全訳注』.p116以下)


 資季大納言入道(すけすゑのだいなごんにふだう)とかや聞えける人、具氏宰相中将(ともうじのさいしやうちゆうじやう)にあひて、「わぬしの問はれんほどのこと、何事なりとも答へ申さざらんや」と言はれければ、具氏、「いかが侍(はべ)らん」と申されけるを、「さらばあらがひ給へ」と言はれて、「はかばかしき事は、片端(かたはし)も学(まね)び知り侍らねば、尋ね申すまでもなし、何となきそぞろごとの中に、おぼつかなき事をこそ問ひ奉らめ」と申されけり。

  「ましてここもとの浅き事は、何事なりとも明(あき)らめ申さん」と言はれければ、近習(きんじふ)の人々、女房なども、「興あるあらがひなり。同じくは、御前にて争はるべし。負けたらん人は供御(くご)をまうけらるべし」と定めて、御前にて召し合はせられたりけるに、具氏、「幼(をさな)くより聞きならひ侍れど、その心知らぬこと侍り。『むまのきつりやうきつにのをかなかくぼれいりくれんとう』と申す事は、如何(いか)なる心にか侍らん。承らん」と申されけるに、大納言入道、はたとつまりて、「これはそぞろごとなれば、言ふにも足(た)らず」と言はれけるを、「もとより深き道は知り侍らず。そぞろごとを尋ね奉らんと定め申しつ」と申されければ、大納言入道、負けになりて、所課(しよくわ)いかめしくせられたりるとぞ。



三木紀人氏による現代語訳

 資季大納言入道(すけすえのだいなごんにゅうどう)とか申し上げた方が、具氏宰相中将(ともうじのさいしょうちゅうじょう)に「貴公がお尋ねになるくらいのことなら、どんなことであれ、このわしがお答えできぬはずはない」と言われた。具氏は、「さあ、どんなものでしょう」と申されたので、入道は、「それなら、挑戦してごらんなさい」と言われる。具氏は、「本格的なことは、少しも習得しておりませんので、お尋ねするまでもない。何ということもない、他愛ない話題の中から、気になっていることをお尋ねしましょう」と申された。

 入道は、「身近な軽いことならなおさらのこと、何事でも説明いたそう」と言われるので、近習(きんじゅう)の人々や女房なども、「おもしろいやりとりだ。同じことなら、院の御前でいどまれるのがよい。負けた人は、御馳走(ごちそう)を用意されるべきだ」と衆議一決して、御前に召して対決された。

 具氏は、「幼いころからよく耳にしながら、その意味がわからないことがあります。『むまのきつりやうきつにのをかなかくぼれいりくれんとう』と申すことは、どんな意味なのでしょうか。お尋ねします」と申されると、入道ははたとつまって、「それは他愛ないことなので、ここで言うこともない」と言われた。具氏は、「もともと、深遠な方面のことはわかりませんので、他愛ないことをお尋ねするとお約束したのです」と申されたので、入道の負けということになって、罰として、盛大にみなにふるまわれたという。


※資季大納言入道こと藤原資季(1207〜1289.83歳)は『とはずがたり』巻2の女房蹴鞠の場面に、後深草院から行事についての諮問を受ける役として登場すする。その場面の原文はこちら。また、藤原資季についてはこちら。(五味文彦氏「資季と具氏のあらがい」






「私の立場からの補足」は後日掲載します。


トップページ 原文を見る 次の段(136)