up12.2/21

原文を見る
『徒然草』 第52段.仁和寺にある法師







原文(『徒然草(二)全訳注』.p46)


 仁和(にんわ)寺に、ある法師(ほふし)、年寄るまで、石清水を拝(をが)まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとり、徒歩(かち)よりまうでけり。極楽寺・高良(かうら)などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。

 さて、かたへの人にあひて、「年ごろ思ひつること、果し侍りぬ。聞きしにも過ぎて、尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意(ほい)なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。

 すこしのことにも、先達(せんだち)はあらまほしき事なり。



三木紀人氏による現代語訳

私の立場からの補足

 仁和寺(にんなじ)のある法師が、年をとるまで石清水を拝んだことがなかったので、それを残念に思って、ある時、思い立って、ただひとり、徒歩で参詣した。ところが彼は、極楽寺や高良(こうら)社などを拝んで、これで願いがかなったと思い込んで帰ってしまった。

 そして、仲間に向かって、「長年思っていたことを、ようやく果たしました。評判以上に尊いお宮でした。それにしても、あの時に、参拝の人たちが皆、山に登って行きましたが、山の上に何事があったのか。気にはなったけれど、神へ参るのが目的なのだと思って、私は山の上までは見物しませんでした」と言ったそうだ。

 少しのことにも、案内者は持ちたいものである。
石清水八幡宮の概略はこちら(『日本史大事典』)。

極楽寺・高良社についてはこちら(『京都府の地名』)。


非常に有名な段であるが、兼好の時代の「石清水八幡宮寺」は現在の「石清水八幡宮」より遙かに壮麗で、山下の極楽寺・高良社も相当に立派だったことを考慮しないと、この僧侶が勘違いした事情、またその勘違いについて当時の人が感じたであろう滑稽さが充分に理解できないように思われる。






トップページ 原文を見る