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| 原文(『徒然草(二)全訳注』.p222) 常磐井相国(ときはゐのしやうこく)、出仕し給ひけるに、勅書を持ちたる北面(ほくめん)あひ奉りて、馬より下(お)りたりけるを、相国、後(のち)に、「北面某(なにがし)は、勅書を持ちながら下馬し侍りし者なり。かほどの者、いかでか君に仕うまつり候ふべき」と申されければ、北面を放(はな)たれにけり。 勅書を馬の上ながら捧(ささ)げて見せたてまつるべし。下(お)るべからずとぞ。 |
| 三木紀人氏による現代語訳 |
私の立場からの補足 |
| 常磐井相国(ときわいのしょうこく)が出仕なさったおりに、勅書を持った北面の武士が相国に出会って下馬をした。相国は後に、「北面の武士の某は、勅書を持っているのに下馬するような者だ。この程度の者が、どうして院にお仕えできましょうか」と申し上げたので、院はその北面の武士を免職なさったという。 このような時には、勅書を馬上で捧持(ほうじ)してお見せしなければならない。馬から下りてはいけないのだそうだ。 |
なお、公経・実氏・公相・実兼・公衡の歴代西園寺家当主については、公衡の登場する『徒然草』第83段の補論で若干比較検討した。西園寺家系図はこちら。 |