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系図 西園寺家・洞院家
西園寺
藤原公季──実成──公成──実季─┬通季──公通──実宗──公経─┐
├実行
⇒三条家へ │
├実能 ⇒徳大寺家へ │
└待賢門院(鳥羽院后)
│
┌────────────────────────────────┘
│
├実氏─┬公相───┬実兼───────┬公衡──実衡──公宗──実俊
│ │ │ │今出川
│ ├公基 ├今出川院(亀山院后) ├公顕
│ │ │ 橋本 │今出川・菊亭
│ │ └ 実俊 ⇒橋本家へ
├兼季
│ ├大宮院(後嵯峨院后) │
│ │
├永福門院(伏見院后)
│ └東二条院(後深草院后) │
│
├昭訓門院(亀山院后・恒明親王母)
│
│
│
└後京極院(後醍醐帝后)
│洞院
├実雄─┬公宗
│ │小倉
│ ├公雄──┬実教
│ │ │
│ │ └季子(後二条天皇乳母)
│ │ ├───公賢
│ ├公守───実泰
│ │
│ ├京極院(亀山院后・後宇多院母)
│ │
│ ├玄輝門院(後深草院妃・伏見院母)
│ │
│ └顕親門院(伏見院妃・花園院母)
│
├実藤 ⇒四辻家へ
│
└実有 ⇒清水谷家へ
| 後深草院二条 との年齢差 | 備考・関連ページ | |
| 藤原公季(956〜1029.74歳) | 302歳上 | 閑院流の祖。 |
| 西園寺公経(1171〜1244.74歳) | 87歳上 | 「西園寺家の興隆とその財力」 |
| 西園寺実氏(1194〜1269.76歳) | 64歳上 | 『徒然草』第94段に登場。 |
| 洞院実雄(1219〜1273.55歳) | 39歳上 | 実氏の25歳下の異母弟。女子に恵まれ、一時は西園寺家を圧倒。 |
| 西園寺公基(1220〜1274.55歳) | 38歳上 | 『増鏡』巻6.後嵯峨院高野御幸の場面に、土御門顕定と右大将の地位を争った人として登場。 |
| 西園寺公相(1223〜1267.45歳) | 35歳上 | 『徒然草』第114段に登場。 |
| 大宮院(1225〜1292.68歳) | 33歳上 | 『とはずがたり』巻1に二条が大宮院の好意を冷ややかに受け流す場面あり。 |
| 東二条院(1232〜1304.73歳) | 26歳上 | 『とはずがたり』では意地悪で嫉妬深い女性として描かれているが、『徒然草』第222段での印象は全く異なる。 |
| 洞院公宗(1241〜1263.23歳) | 17歳上 | 『増鏡』に同母妹京極院に恋慕したとの奇妙な記事がある。 |
| 小倉公雄(?〜?)※1249年叙爵 | 後嵯峨院崩御により出家。歌人として著名。 | |
| 京極院(1245〜1272.28歳) | 13歳上 | 亀山院皇后・後宇多院母。 |
| 玄輝門院(1246〜1329.84歳) | 12歳上 | 母は四条隆房女なので、年齢は離れているが、北山准后・四条隆親の従姉妹にあたる。『とはずがたり』の「東の御方」。『徒然草』第33段に登場。 |
| 西園寺実兼(1249〜1322.74歳) | 9歳上 | 『徒然草』第118・第231段に登場。 |
| 洞院公守(1249〜1317.69歳) | 9歳上 | 従一位、太政大臣。 |
| 今出川院(1253〜1318.66歳) | 5歳上 | 亀山天皇中宮となるも寵愛を得られず、父公相の死を契機に退出。 |
| 西園寺実俊(1260〜1341.82歳) | 2歳下 | 公相四男、実兼弟。1283年、24歳で参議を辞してからは散位、1301年出家。正三位どまりで西園寺家にしては官位・官職とも極めて貧弱なのが気になる。橋本家の祖。 |
| 西園寺公衡(1264〜1315.52歳) | 6歳下 | 実兼男。母は中院通成女顕子。『徒然草』第83段に登場。 |
| 小倉実教(1265〜1349.85歳) | 7歳下 | 『増鏡』巻11で後深草院二条が三条という名前で登場する場面に出てくる。兼好と親しかった。 |
| 顕親門院(1265〜1336.72歳) | 7歳下 | 伏見院妃。花園院母。 |
| 洞院実泰(1269〜1327.59歳) | 11歳下 | 『徒然草』第83段に西園寺公衡とともに登場。 |
| 永福門院(1271〜1342.72歳) | 13歳下 | 公衡と同母。『永福門院−その生と歌−』 |
| 昭訓門院(1273〜1336.64歳) | 15歳下 | 公衡と同母。29歳で亀山院に入内、恒明親王を生み、後宇多院との対立を招く。 |
| 西園寺公顕(1274〜1321.48歳) | 16歳下 | 「今出川右大臣」。実兼男。母は花山院師嗣女。 |
| 今出川兼季(1281〜1339.59歳) | 23歳下 | 『徒然草』第70段に登場。 |
| 西園寺実衡(1290〜1326.37歳) | 32歳下 | 公衡の長男。母は中御門経任女。『徒然草』第152段に日野資朝の引立て役として登場。 |
| 洞院公賢(1291〜1360.70歳) | 33歳下 | 母は小倉公雄女季子。『園太暦』を記す。『増鏡』作者とする説があるが、疑問。 |
| 後京極院(1303〜1333.31歳) | 45歳下 | 実兼女。光厳天皇の勅により一旦礼成門院と号したが、後醍醐天皇の勅により中宮に復し、薨去の日に後京極院の号を贈られた。『徒然草』第118段に実兼と共に登場。 |
| 西園寺公宗(1310〜1335.26歳) | 52歳下 | 北条家残党と組み、後醍醐帝暗殺を図るも失敗。名和長年に斬殺される。 |
| 西園寺実俊(1335〜1389.55歳) | 77歳下 | 公宗の子。母は『竹向きが記』の日野名子。 |