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系図 摂関家
鎌足─不比等─房前─真楯─内麿─冬嗣─良房─基経─忠平─師輔─┐
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┌──────────────────────────────┘
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├兼家──道長──頼通──師実──師通──忠実─┬忠通──┐
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└公季
└頼長 │
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┌────────────────────────────┘
│近衛
├基実──基通──家実─┬兼経──基平─┬家基──┬家平──経忠
│ │ │ │
│ │ │ └経平──基嗣──……(中略)……文麿(公爵)
│ │ └新陽明門院
│ │
│ └兼平─┬基忠──冬平
│松殿 │
├基房─┬師家──澄空(如輪上人) └兼忠
│ └忠房──兼嗣
│
│九条
├兼実──良経─┬道家──┬教実──忠家──忠教──師教
│ │ │
│ └ 基家 │二条
│ ├良実──師忠──兼基──道平──良基
└慈円 │
│一条
└実経─┬家経──内実──内経
│
└万秋門院
| 後深草院二条 との年齢差 | 備考・関連ページ | |
| 藤原鎌足(614〜669.56歳) | 664歳上 | |
| 藤原道長(966〜1027.62歳) | 292歳上 | |
| 近衛基実(1143〜1166.24歳) | 115歳上 | 近衛家の祖。 |
| 藤原基房(1245〜1230.86歳) | 113歳上 | 源義仲と結んだため、その没落とともに失脚。 |
| 九条兼実(1149〜1207.59歳) | 109歳上 | 九条家の祖。源通親の宿敵。頼朝との関係を絡めた兼実と通親との対立状況についてはこちら。 |
| 慈円(1155〜1225.71歳) | 103歳上 | 四度にわたって天台座主になる。『愚管抄』の著者。 |
| 近衛基通(1160〜1233.74歳) | 98歳上 | 後白河法皇の寵臣。 |
| 九条良経(1169〜1206.38歳) | 89歳上 | 「建久七年の政変」で兼実とともに失脚するが、3年後の1199年に復帰。1202年、氏長者。1206年3月、寝所で暗殺される。歌人・書道家として著名。 |
| 松殿師家(1172〜1238.67歳) | 86歳上 | 1183年11月、父基房と木曽義仲により内大臣摂政となるも、翌年正月、義仲の戦死後に罷免される。以後、基房流は衰退。 |
| 近衛家実(1179〜1242.64歳) | 79歳上 | 「猪熊関白」と号す。略歴はこちら。 |
| 九条道家(1193〜1252.60歳) | 65歳上 | 岳父西園寺公経の庇護を得て権勢を振るったが、四条天皇崩御を機に朝廷での基盤が揺らぎ、間もなく幕府からの嫌疑を受けて急速に没落。略歴はこちら。 |
| 九条基家(1203〜1280.78歳) | 55歳上 | 1237年、内大臣となり、翌年辞す。「鶴殿(たづどの)」と号したが、その由来が『徒然草』第223段に書かれている。歌人として著名。 |
| 近衛兼経(1210〜1259.50歳) | 48歳上 | 「岡屋摂政」と号す。西園寺公経の仲介により、九条道家女任子と結婚。略歴はこちら。 |
| 九条教実(1210〜1235.26歳) | 48歳上 | 若くして摂関の地位についたが父道家が「大殿」として実権を掌握。 |
| 二条良実(1216〜1270.55歳) | 42歳上 | 二条家の祖。四条隆親の妹儷子と結婚し、隆親の「婿」となった(「乳父について」)。後に、北条氏に内通したものとして父道家から義絶され、相続からも除外された。 |
| 一条実経(1223〜1284.62歳) | 35歳上 | 「円明寺殿」。一条家の祖。良実と対照的に父道家に愛され、相続分も多かった。 |
| 鷹司兼平(1228〜1294.67歳) | 30歳上 | 鷹司家の祖。「称念院入道前関白」と号す。『とはずがたり』の「近衛大殿」に比定されている。略歴はこちら。 |
| 九条忠家(1229〜1275.47歳) | 29歳上 | 「一音院関白」。1273年、関白・氏長者。 |
| 松殿兼嗣(1239〜?) | 19歳上 | 『増鏡』巻11、新陽明門院の不行跡の話に登場。 |
| 近衛基平(1246〜1268.23歳) | 12歳上 | 「深心院関白」と号す。新陽明門院の父。 |
| 鷹司基忠(1247〜1313.67歳) | 11歳上 | 兼平男。「円光院入道前関白」と号す。略歴はこちら。 |
| 九条忠教(1248〜1332.85歳) | 10歳上 | 母は入道太政大臣三条公房女。1291年、関白・氏長者。 |
| 一条家経(1248〜1293.46歳) | 10歳上 | 「後光明峯寺殿」と号す。1274年、摂政・氏長者。 |
| 二条師忠(1254〜1341.88歳) | 4歳上 | 母は坊門親仲女であるが、良実の正室従一位儷子(四条隆親の妹)を養母とした。『増鏡』では巻9「草枕」に西園寺実兼の引立て役として登場するなど、極めて軽い扱いを受けている。 |
| 近衛家基(1261〜1296.36歳) | 3歳下 | 1289年4月、関白・氏長者となる。『増鏡』巻10に、亀山院が御雑仕貫川に生せた女子が、後に家基の寵愛を受けて経平を生み、異母兄家平との間に争いが生じたとの記事がある。 |
| 新陽明門院(1262〜1296.35歳) | 4歳下 | 亀山院妃。『増鏡』で執拗にからかわれている人物。その例はこちら。 |
| 鷹司兼忠(1262〜1301.40歳) | 4歳下 | 兼平男、基忠の15歳下の異母弟。略歴はこちら。 |
| 二条兼基(1268〜1334.67歳) | 10歳下 | 良実男であるが、異母兄師忠の子とされた。1298年、後伏見天皇の摂政となる。 |
| 万秋門院(1268〜1338.71歳) | 10歳下 | 一条実経女。『増鏡』巻12に後宇多院・後二条天皇との関係をめぐるわかりにくい記事がある。1308年、後二条天皇崩御により出家。1320年2月、国母でもないのに、異例の院号宣下。 |
| 九条師教(1273〜1320.48歳) | 15歳下 | 母は西園寺公相女。1305年、関白・氏長者。『徒然草』第107段に登場。 |
| 一条内実(1276〜1304.29歳) | 18歳下 | 1302年、内大臣。 |
| 近衛家平(1282〜1324.43歳) | 24歳下 | 母は鷹司兼平女。『増鏡』にその男色癖と死に際しての怪談めいた奇妙な話が載っている。『徒然草』第66段に登場する「岡本関白殿」であるが、『増鏡』と『徒然草』の印象は全くことなる。 |
| 二条道平(1287〜1335.49歳) | 29歳下 | 1315年、関白。 |
| 近衛経平(1287〜1318.32歳) | 29歳下 | 母は亀山院皇女ではあるが御雑仕の子に過ぎない。異母兄家平との争いが『増鏡』に冷ややかに描かれている。 |
| 一条内経(1291〜1325.35歳) | 33歳下 | 父内実が29歳で早世し、内大臣に止まったにもかかわらず、1318年8月に内大臣、同年12月に関白・氏長者となった。 |
| 近衛経忠(1302〜1352.51歳) | 44歳下 | 『徒然草』第102・163段に登場。 |
| 二条良基(1320〜1388.69歳) | 62歳下 | 『増鏡』の作者として最有力視されているが、疑問。 |