1997(平成9)年12月

| 12/31(水) | 小谷野敦氏の『<男の恋>の文学史』があまりに面白かったので、『男であることの困難−恋愛・日本・ジェンダー』(新曜社)も買ってみたら、これまた異常に面白かった。これほど学問的レベルが高くて、しかも楽しく読める本も珍しい。「夏目漱石におけるファミリー・ロマンス」は、『こころ』を極めて知的な実験小説と捉えており、私は自分の学問的関心に引き付けて特殊な興味をいだいた。小谷野氏のおかげで年末の読書予定が崩壊してしまった。 |
| 12/21(日) | 後醍醐天皇の命により奥羽に派遣され、21歳で戦死する直前に後醍醐に対して堂々たる諫奏状を書いた北畠顕家は極めて興味深い存在である。その顕家の見た風景を確認したくて福島県霊山町に行く。最初は霊山に登ろうかとも思っていたのであるが、無茶苦茶寒いのであっさりあきらめて、JR福島駅から直接タクシーで霊山神社に向かった。約40分かかったが、本当にどえらい田舎、とんでもない山の中である。神社は小高い岡の頂上にあり、道路脇の鳥居から坂道をひたすら登って行くと、正面に霊山の岩峰がきれいに見えた。境内は閑散としていた。 霊山神社の御祭神は親房・顕家ら4人の北畠一族であり、明治14年、ここで北畠顕家は神様になってしまったのである。昔から神様ならともかく、死後約550年もたってから突然神様にされても、ちょっと困るのではないかという気がしないでもない。 参拝してから、記念に「開運招福交通安全いんろう御守り」というのを買った。水戸黄門の印籠は葵の御紋であるが、これは菊の御紋に竜胆(りんどう)を重ねている。この竜胆が村上源氏を示している訳である。 帰りは費用節約のために阿武隈急行梁川駅までタクシーで行き、1時間に1本くらいしかない2両編成電車に乗って福島駅に戻った。第三セクター阿武隈急行は名前と違って超鈍行であり、ドアも手で開けるという味わい深さである。 東北新幹線往復15,360円、タクシー代約10,000円、阿武隈急行540円、昼食代578円(福島駅ルミネのマクドナルドでビッグマックセット)の日帰り旅行だった。 |
| 12/19(金) | 大阪大学助教授小谷野敦氏の『<男の恋>の文学史』(朝日選書)という本に「有明の月」のことが出ていたので購入。面白いが、かなり変な本である。オビの<惚れたが悪いか!我恋する、ゆえに我あり。恋は女のものなのか。相思相愛だけが恋なのか。苦しい片思いに身を焦がす。そんな男は「女々しい」のか。気鋭の研究者が試みる異色の日本文学史>というのも、朝日選書としては衝撃的であるが、巻末の「恋する男の告白的あとがき」というのがもっとすごい。 「三年間、重い神経症を患いながらの仕事だった。いまでも完全に治ったとはいえない。新幹線や飛行機には乗れないし、鬱といらいらと不安感にほとんど恒常的に襲われている。こんな病気のために満足に仕事をこなすことのできない私を温かく見守ってくれた同僚に深く感謝したい。杉山クリニックの院長先生、ありがとう。まだまだお世話になると思います。そして私の孤独を慰めてくれたテレビ、私の洗濯物を洗ってくれた洗濯機の愛妻号、ありがとう。心配をかけた両親、何度か大阪の下宿へ様子見かたがた掃除に来てくれた母に感謝したい。マザコンといわれようが自立できない男といわれようが、母はありがたいものだと思った。」 ここだけ読むと単なるアブナイ人に過ぎないが、恐ろしいことに、この人は率直な自己告白をするような態度をとりつつ、こういう文章を読む人の心に生じる反応を極めて正確に予測しており、それを楽しんですらいるのである。どういうタイプの読者ならどのような感情を抱くか、反発・嫌悪・軽蔑・嘲笑・憫笑・苦笑から同情・共感・賞賛に至るまで、いかなる心理状態が生じるかを熟知しながら、この文章を書いているのである。相当屈折した演技派・クセ者である。 |
| 12/16(火) | 去年(’96年)の東京大学の古文の入試問題に、『増鏡』が出題されていたことを発見。しかもそれは洞院実雄の息子、中納言公宗が妹の佶子(亀山院皇后.後宇多天皇の母)に対する恋心を隠しきれなくて悩むという変な場面であり、私が『増鏡』について、最初に違和感を抱いた箇所である。何の説明もなく、こんな話が出てきたら、なまじ古典の読解力のある人ほど、その人間関係を理解するのにとまどってしまうのではなかろうか。誰が出題したのか知らないが、随分ひねくれた問題を出すものである。 入試問題としての適否は別として、この部分はいろいろ気になるところである。最近、『増鏡』の作者について洞院公賢説も有力であるが、洞院家の人が自分の先祖に関するこんな話を載せるはずがないと私は思う。これは読みようによっては本当に恐ろしい話であって、後宇多天皇の父は誰なんだ、という誤解を招いても仕方ない話だからである。 |
| 12/13(土) | 「阿部泰郎.『とはずがたり』の王法と仏法」追加。 |
| 12/9(火) | 忘年会の季節になった。カラオケ嫌いの私も、会社員としてのお付き合いでカラオケボックスに行ったりする機会が増えるのだが、私が抱く素朴な疑問のひとつは、『オリビアを聴きながら』(尾崎亜美作詞作曲)の奇怪な歌詞である。 <誕生日にはカトレアを忘れない優しい人だったみたい。けれどおしまい。夜更けの電話、あなたでしょう。話すことなど何もない。 making good things better愛は消えたのよ。二度とかけてこないで。疲れはてたあなた、私の幻を愛したの。> 『オリビアを聴きながら』を聴いて、しつこい男にいつまでもつきまとわれている気の毒な女性を想像し、同情する人が多いのであろうが、《過ぎ去った恋の余韻に戸惑うワタシ。おとこを惑わす危険な魅力に満ちた、なんてイケナイ女なのかしら。》かなんか思って自分に酔っぱらっている、たぶん美人のイヤミな女、と見ることも充分に可能である。 カラオケボックスで、この歌を聞かされる度に、『調子にのってんじゃねえぞ、このバカ女。間違い電話だったらどうすんだ。親が危篤だったらどうすんだ。せめて留守電にしておけ。』と思う私である。 |
| 12/7(日) | 「市古貞次.新島守と秋霧」と 「小口倫司.『増鏡』の作者考への疑問」追加。後者は『増鏡』の作者を村上源氏中院家の人としている点で、私には興味深いのですが、論証が粗いのが残念です。 |
| 12/6(土) | 「脇田晴子.中世に生きる女たち」追加。女性史研究者は概して変である。 |
| 12/5(金) | 「掲示板」新設。 |
| 12/3(水) | FAQ「『とはずがたり』の構造」追加。ふざけ過ぎと言われないか心配です。 |