キミ達を、ずっと、待って居た……。
腕の中で、もぞもぞと動くキミが、可愛い。
「起きた……?」
「……ん」
布団から這い出るように、顔を出して見上げたキミが、蕩けそうな寝起き顔で、僕に微笑み掛ける。それを見ると、僕の表情も途端に綻んだ。
「おはよう」
「おはよう、ございます……」
そして僕が掛けた言葉にこたえる、キミのぼんやりした、いつもの朝の声。出来る事なら僕はそれをずっと聞いて居たくて、だけど眠たいのなら、目が覚めるまで寝かせておいてあげたくて。
「まだ寝るかい……?」
「ううん、起きます」
訊ねた言葉に、けれどキミは眠気を振り切るようにして、小さく首を振って答える。
「そう、気分はどう?」
「大丈夫」
……僕を見上げて言葉を返す、その度に。甘く微笑むキミがどうしようもなく愛しくてたまらなくて、――思わず抱き締めたくなる衝動を、僕はいつも通りに必死で抑えて居た。
「よく眠れたかい?」
「はい。入江さんは?」
「僕も、ぐっすりだよ。キミが温かくて、いつもより深く眠れたみたいだ。本当は、キミが夢に出てくれたら、良かったんだけど」
「……」
照れ臭いのか、キミはふっと視線を逸らす。……そうして。
……すり、と、オレは無言で優しい人の胸元に、頬を寄せた。抱き留めるその腕の中で、ドキドキと、鐘を鳴らすようにうるさく脈打つ心音を聞きながら、赤くなる自分の頬を、多分今更でも──やっぱり隠し、たくて。だって、寝起きにそんな事言われたら、どうしたら良いのか分かんないじゃ、ないか。もうオレは寝る前までずっとドキドキしっぱなしで、起きたら起きたでこんな風に早々ドキドキして。これじゃぁ寝てる間くらいしか、気持ちが落ち着く暇が無いよ。なのにその上、夢の中でもあなたが現れたりしたら、……。
あぁ、でも。それでも会いたいな、オレ……一秒でも多く、この人に。触れて、……欲しくて。
「はぁ……」
好きです、入江さん。吐息で心音を抑えながら、心中でそう告げる。もう何度、心の中でこの人の名前を呼んで、そうして好きだと言い続けて来ただろう。そしてそう告げるその度……嬉しくて、もっと好きだと、痛いくらいに感じて来ただろう。
「そう言えば、夢で、……前に」
ふと、オレの髪を優しく撫でて居た手がオレの頬を温かく包み込んで、オレは顔を上げようかと、少し迷う。
「僕が、どんな夢を見たかも覚えて居なかったのに、何でか凄く悲しかった事だけは覚えて居て、泣きながら目覚めた事があったんだよ。その時、キミが――」
「……」
「あ、……話しても、良かった?」
この人は、大人のオレとの間にあった事を話す時、大体こうしてオレの気持ちを確認してくれる。
「うん、……聞かせて」
それは、あなたの優しさ。オレはオレであって、『十年後のオレ』ではないのだから、……この人が最初に好きになったのは、あくまでこの世界のオレだと言う事を、この人はとても大切にしてくれて居て。オレは、――それでも十年後のオレと同じように、オレの事を好きになってくれたこの人の事が、どうしても好きで。だから……オレじゃないオレを愛した、この人の話を聞くのは少し切ないけど、それでも本当に大切なこの人を、幸せな気持ちに出来て居たのが他でもないオレ自身だったと言う事実は、誇らしい事で。それにこの人の事を少しでも知りたかったから、……複雑だけど、やっぱり聞きたかった。
「うん……」
――ぎゅぅ、と、オレを抱く優しい腕に力がこもる。こうやって、オレの事を抱き締めてくれる度に、オレはこの人の事が、愛しくて仕方なく、なって。
「悲しくて仕方なくて、涙が止まらなくて。ぼやけた視界に眠るキミが映ったら、どうしようもなくなって思わずキミを抱き締めたんだ」
「……入江さんが?」
オレはふと首を傾げる。それは凄いな、この人は絶対に寝て居るオレの事を起こすような真似は、しないのに。
「あぁ、……普段は絶対に、しなかったよ。だから、今となってはキミも随分驚いたんじゃないかと、思うんだ。だけど、……目を覚ましたキミは、何一つ訊ねず、ただ僕の涙を静かに吸い取ってくれた――こうやって」
「……ん」
言って、不意にオレの頬を上向かせると、優しい唇がオレの目元を吸いに来る。別に嫌じゃない、……て言うか、ぶっちゃけ嬉しいんだけどさ、いきなりだったから、……何だか無性に、照れ臭くて。
「オレ、泣いてないよ」
「あはは、ごめん」
見上げてぼやいたオレに、大好きな人は小さく笑ってくれた。そうして、『お詫び』とでも言いたげに、ちゅ、と小さなキスを唇に降らせてくれる。
「それから、『怖い夢? オレは出て来た?』って、キミが僕の髪や頬を撫でながら訊いてくれたから」
……そう、あの時キミがポロポロとこぼれる僕の涙を吸い取っては、天使みたいに微笑んでくれた。綱吉くん──。
『分からない、何も覚えてないんだ、なのに凄く悲しくて、涙止まらなくて、ごめ……』
『ならきっと、オレは居なかったんだね。オレが居たなら、キミは覚えて居てくれる筈だから』
『……』
僕はぽかんとして、バカみたいに『確かにそうだ』と思った。キミは凄いや……綱吉くん。今思い出しても、そう思う。
『それにオレが居たなら、絶対にこんな風に泣かせたり、しなかったのにな。どうして呼んでくれなかったの、オレに会いたくなかった?』
少し淋しそうな口調と裏腹に、悪戯っぽい目をして僕にそんな意地悪な事を訊いて寄越すキミが、……変な言い方かもしれないけれど、たまらなく可愛くて。僕はドキドキしてしまって、いつの間にか涙が止まって居る事にも気が付かなかった。キミも……いや、キミはきっと気付いて居て、わざとそうして居たんだろう――繰り返しずっと僕の目元を啄むように、口づけてくれて居た。
『そんなの、会いたいに決まってるさ……けど』
『けど?』
『……』
もう僕は、キミと居る間中ずっとドキドキして、寝る前は勿論こうして目覚めてからも絶え間無くドキドキしっぱなしで、寝てる間くらいしか心臓の休まる暇が無いんだ……! この上夢の中でまでキミに会えてしまったりしたら、一体――あぁでも、もしもそれでも会えるのなら、僕はキミに会いたい、な……どうしても。そう思ってしまう。――とは、口にする事が出来なくて。
『……ん』
僕は飲み込んだ言葉を深く沈めるように、少し強引に、キミの唇を、塞いだ。
『いま傍に居てくれるから、良いよ……』
そうしてキミの耳元で告げた、それは本心……だって、大好きなんだ。綱吉くん……。
応えるキミの指も、絡み付く腕も、触れるその体の全てが愛しくて、……少しずつ熱くなる腕で、僕はキミの細い背中を──想いに任せて抱き竦めた。
「……」
オレは頭の上から優しく囁いてくれる甘いその声を聞きながら、思わず吹き出しそうになるのを、堪えた。だってそれはまるで、――だけど、オレも今同じ事を考えて居た、と、この人には言わないでおこうと思った。そうでなければ、フェアじゃない。そんなつまらない意地を張るのも、……たまには良いよな。
「ねぇ、今笑った?」
「……!」
慌ててふるふると首を振るけれど、……どうやら笑いを堪えた事は、バレてしまって居るらしかった。僕、何か笑われるような事、話したかなぁ……? と、不思議そうに呟く声を聞いたら、オレはなんだか急に申し訳ない事をして居るような気がして来て。
「そうじゃ、なくて――」
ふっと、上げた瞳が。息を飲む程の至近距離から覗き込まれて居る事に気付いて、……オレは何だか騙されたような気分になる。
「……狡いや」
その言葉の終わりを引き取るように、あなたの柔らかな口づけが甘くオレの唇を、塞いで……。