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2011.9.17更新

| 旧山陽道船木から厚狭を通り、下関吉田に抜ける道の厚狭の中央部だけ、ここに載せます (一部・・鴨橋から東側は、商店街とダブります) 旧街道の厚狭の昔の絵図は→こちらのブログに載せています |
狂歌師大田南畝(蜀山人)が書いた紀行文「小春紀行」には逆コースで山陽道が書かれています。 「人家まばらに十余戸もあるべし、左に赤き岸そばだちて右に田あり、田のむかひは山なり、左右に岨ある坂を上るに左に赤き岸そばだちて、 右は田にして田の向ふは山なり、左右に岨ある坂を長く下り行けば、右下津洞玄寺道五町といへる石表あり」 岨の意味は・・・そば【岨】《「稜(そば)」と同語源。古くは「そわ」》山の切り立ったけわしい所。がけ、絶壁など。 |
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| (1) 船木から西見峠を越え厚狭宿に入ってきたところ。 通りの傍にあった雑賀神社と庚申塚 |
(2) 左の鳥居は護国神社の一の鳥居。 少し見えている右の鳥居は鴨神社の一の鳥居。 まっすぐ進み国道316を横断し直進。 商店街へ入ります |
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| (4) 昔の街道、山陽道の厚狭市から発展した商店街 |
(3) 国道316を横断して商店街へ入ったところ |
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| (5) 造り酒屋さん ここも昔は新酒ができた時、 杉玉を作って軒に吊るしたのでしょうね |
(6) 上の写真からここに来るまでは商店街のページで掲載しています このあたりが厚狭市、街道筋のメインストリートで 旧国道を挟んで大福寺があります |
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| (8) 鴨橋を渡ります 橋ができる前は向こうに見える川を渡っていた 旧旧街道の時代には、下津あたりから渡っていたそうな・・・ |
(7) 街道筋にあった豊臣秀吉のお休み処 枝村家 枕流亭 攘夷論者の三条実美らもここで1泊した。 以前あった母屋の写真は商店街のページに載せています →こちら |
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| (9) 橋を渡った所にある街道の標識 ここを左折、川沿いの道を進みます ブログはこちら |
(10) 昔、鴨橋がなかった頃は、ここを舟で渡っていた。 左に見ながら川沿いを南へと進みます |
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| (12) 新幹線ができる前はここにあった踏切を渡っていたが 今は通れない幻の街道となった このあたりのブログはこちら |
(11) 新幹線ができる前は手前を右に入って踏切を渡っていたが、 現在はまっすぐガード下を進みます このあたりのブログはこちら |
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| (13) かの昔は向こうからここに踏切を渡ってきたのです 昔の踏切の停止線が残っています |
(14) 左の道をまっすぐ、文化会館方向へ進みます |
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| (16) 県道226(津布田郡線)を渡り進むと石丸橋の手前に 昔の造り酒屋さんの建物が今も残っています |
(15) 千町ヶ原の真ん中・・このあたりが街道だったとは信じられないけれど街道は田んぼの中の1本道だったのですね 文化会館を左に見ながらまっすぐ進みます |
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| (17) 石丸橋、まっすぐ進み七日町へ このあたりのブログはこちら |
(18) 昔の街道の面影が残るのどかな道筋 |
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| (20) 右吉田道の標識 ここから山野井の太田家傍を通る説もありますが、 私は山野井八幡宮の石段の真前の道を抜ける道ではないか と思い 検証の為 進みました |
(19) ここから七日町古墳がある場所が右手に見えます このあたりのブログはこちら |
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| (21) 街道筋にあった山野井八幡宮 ここから旅人になったつもりで 正しい街道の道を探すことにしました。 |
(22) 山野井八幡宮北側の石段を降り 小道を旧R2に向かって進み横断 道の向こう側に続く小道に入ります |
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| (24) 山野井八幡宮を出て国道を横切って小さな道に入る このあたりの詳しい道のブログはこちら |
(23) 旧R2から入った小道を進みます |
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| (25) ここは参勤交代の家来衆が休憩した場所所『茶店が原』 ここから少し先の右手が昔の駕篭立場(かごたてば)の跡、 ここで殿様が一休みした場所。(今は山陽アルミ敷地) これらの場所の存在を知り、ここが街道跡だと分かりました このあたりのブログはこちら 近くに猿田彦を祭った石碑もありました これはこちらに書いています |
(26) こんな場所を歩いたり、籠でエッホエッホと 旅人は次の宿場目指したのですね ここは街道らしさを満喫です 何の資料も見ず、山野井八幡宮から 旅人になったつもりでここまで来て、 どうやらこの道が正しい旧街道だと確信しました |
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| (28) 石炭(いしずみ) このあたりのブログはこちら 左へ行くと、福田、吉田の宿への街道があるのですが この先は まだ行けていません というか・・私は自転車なので厚狭エリアのみしか行けません。 |
(27) 杉木立の街道らしい道を抜けると 新道に合流します。ここは右へ線路沿いの道を進みます |
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