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その他の御祭神
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天照大神(あまてらすおおみかみ)
伊邪那岐神(伊弉諾神)(いざなぎのかみ)
伊邪那美神(伊弉冉神)(いざなみのかみ)

菅原 道真(すがわらのみちざね)
菅原氏は、武芸をもって朝廷に仕える
家系に生まれました。
一時、讃岐守という地方官へまわされました。京へ戻ると宇多天皇
の厚い信任を受け、蔵人頭などの政治の中心で活躍しました。
50歳の時には、唐の国情不安と文化の衰退を理由に遣唐使停止
を建議し、中国に渡ることはありませんでした。そして、55歳で
右大臣、そして、ついに、延喜元年1月7日、藤原時平とともに
従二位に叙せられましたが、その直後、急転して大宰府左遷
となりました。
 大宰府では、左遷というより配流に近い窮迫の日々を送りなが
らも、天を怨まず国家の安泰と天皇さまの御平安をお祈り
し、延喜3年(903)2月25日に亡くなりました。
 御遺骸は、大宰府の東北の地に
埋葬され、太宰府天満宮が創建されました。その後、朝廷でも罪
なきことが判明し、人から神の御位に昇り、天満天神、学問の
神・文化の神として現代に至るまで永く人々の信仰を集めています。

恵比寿(えびす
漢字では恵比寿・恵比須・戎などと書きます。
恵比寿神は航海の神、商売繁盛の神であり、和顔愛語のほほえみを
たたえ愛敬富財の福徳をさずける神です。

大黒(だいこく
農業の神様
だいこく様は実はふたつの神格が合体してできたものです。ひとつが
大国主神(おおくにぬしのかみ),もうひとつが大黒天(だいこくてん)
で、大国も大黒も「だいこく」と読めるため、いつしか両者混同
したものです。

お稲荷さん
山城国風土記の逸文では「イネが生った」ところより社名としたと
あります。
古くは朝廷が、雨乞いや止雨と共に五穀豊穣を願われたり、国の
安穏を願われるなど公の願い事が多く記録されています。
時代が下って商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能
上達の守護神として信仰を集め、今日もなおこれらの信仰は
続いています。
「稲荷大神様」のお使いはきつねとされています。但し野山に居る
狐ではなく、我々の目には見えません。
そのため白狐="びゃっこさん"といってあがめます。
「お稲荷さん」の「朱塗」朱色は、魔力に対抗する色ともされてい
て、古代の宮殿や神社仏閣に多く用いられています。
「お稲荷さん」の鳥居は、願い事が「通る」或いは「通った」御礼の
意味から、鳥居を奉納する習慣が江戸時代以降に
広がった結果です。
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