シンガポール滞在日誌

毎週日曜日更新 (SINCE 30 MARCH 1997)


8月23日

<シンガポール処世術>

何かとストレスが多い世の中。自分ではどうしようもないことや、今更深く考えても仕方がないのだが諦めきれないことが原因となっていると、何とも解消が難しい。これが「異文化」を背景としていると殊更である。

シンガポールに移り住んで、はや2年近くが経とうとしている。最初は気になったがもう慣れたことや、ある程度時間が経ってから気になりはじめたことなど、時間の経過や自分の理解、環境適応の度合いに応じて「目に入る事象」も違って来るもの。今振り返って「違和感」を覚えたことを列挙してみると...

*レストランで食べ終わった食器を無断で「さっさ」とかたづける。
*スーパーで、買った物をその場で食べはじめたり、買う前に食べている。
*エレベーター・エスカレーターや歩きながら物を食べる。

*トイレが混んでいると「手を洗うところ」で子供におしっこさせる。
*電車の中や階段・通路で地べた座り。
*何をしても「ありがとう、すいません」をいわない。

*タクシーで行き先を告げても返事すらしない。
*電話で間違いに気づいた途端「がちゃっ」と黙ってきる。
*サンダル履きで会社に来る。

*無料や割引と聞くと節操なく手に入れようとしたり、乱雑な扱いをする。
*時間にルーズ、30分ぐらいなら謝りもしない。
*いつでも「のべつまくなく」食べて飲む。

*お金とギャンブルしか話題がない。
(数少ない話題の一つだった「家と車」は値下がりが激しいのでこのごろ話題にしなくなった)
*どんな高級コンドミニアムでも「水周り」の工事が悪く、トラブルが絶えない

*エレベーターや電車で、降りる人を待たずに乗り込もうとする。
*本屋で通路に座り込んで本を読み、乱雑に扱った新本が床に山積みに放ってある。
*整列乗車をしない。タクシーを並んでいても横入りするおばちゃんが多い。

まだまだすべてを網羅しているとはとても思えないが、神経質な人や衛生感覚が鋭い人にはとても耐えられない場面も多々あると思う。でも、中には以前の日本ではあまり見かけなかったが、今はそれが普通になってきてしまっていることもある。

例えば、歩きながら食べたり、地べた座りはアメリカや日本でもよく見かける。シンガポールには浮浪者がほとんどいないだけいいかもしれない。しかも、人によって程度の差があるのも事実で、一面を捉えてすべてを語るのはおかしいということもよくわかっている。

でも、である。こういう出来事の中に「シンガポール社会の特徴」が示されているのも事実である。一言で言えば「利己的」。自分がどう思われようと他人が何をしようとも「気にしない」のである。ただ、全く「無関心」かというとそうでもなく、常に他人と比較して少しでも有利な状況でいようとする「したたかさ」も持ち合わせている。

シンガポール人の「ルーズさ」にしても、性分もあるだろうが、自分のペースを乱してまで時間に正確な行動をしないというだけで、お金が絡んでいれば話は全然違ってくる。つまり、わかっていてルーズにしているやつが沢山いる。

先日、子供の幼稚園へ継続の手続に行ったら何と「登録抹消」されている。夏休みで2ヶ月ぐらい受講していなかっただけで、何の通知もなく「保証金」もうやむやに子供の名前が消されているなんて...ハハハ、そんなことは「予想の範囲内」。

まず、この前まで担当してくれていた先生のところにいって「また入れて下さい」と挨拶。周りの親や子供と親しく声を掛け合いながら受付けで「再登録」を申し出れば、「あー、間違って消したみたいだから、もう一度申込書を書いて下さい。入学料・保証金は入りませんし、明日から子供を連れてきてかまいません」との回答。

人気の先生なので、順番待ちの生徒が沢山いるから入れません、と断った同一人物の対応とは思えない。でも、そんなことはネバーマインド。問題が解決すればプロセスに文句付けても仕方がないし、シンガポール人にはそんな「気持ち」など理解されない。ある程度のルーズさは承知の上で行動するに限る。

この「過酷」な環境で、温室育ちの「ナイーブ」な日本人はどう適応すればいいか。気にせず無視して生活するのが「基本」であろう。しかし、真似して行動するのは「愚か」だが、迷惑を掛けられた時に「泣き寝入り」しているのも馬鹿らしい。適度に「逆手に取る」ことも必要である。



<ホーカー物語〜夏休>(第二十五話)

「そう、子供の夏休み」

季節のないシンガポールで「夏」というのも変だが、日本人小学校でもインターナショナルスクールでも「夏休み」という言葉を使う。オーストラリアン・スクールは季節が逆だからどういうのか知らないが...。

「どれぐらいいないの?」
「一ヶ月ぐらい。先週の土曜日に空港まで送ったんだ。」
「それで今日お声がけがあったわけね」
「そういう説もある」
「ふーん、そうか、じゃあ明日からのツアーに参加する?」
「ダイビング・ツアー?」
「そう、ちょうど一人体調崩してキャンセルになっちゃったのよ」

願ったり叶ったり。一人の週末をどう過ごすかなんて、まだ考えてもいなかった。とりあえず家族の「喧騒」を離れて「ひとり」のんびりとベットに寝転がることを思い浮かべていたぐらいだから、どうにでも自由な時間がある。

「どこに行くの?」
「一泊二日でビンタン島。男女3名ずつ。二日共ダイブ2本づつの予定よ。」
「この前のメンバーなの?」
「そうよ、あの中の5名と私だったんだけど、一番張り切って声を掛けていた人がキャンセル」
「もしかして、あのオーストラリア人じゃない?」
「えー、なんでわかったの?その通りよ。」

自分の隣に座って小春のことばかり気にしていたオーストラリア人だと「ピン」ときた。彼とは、同じ男として女性に対する発想が似ていると感じるものがあった。

「それじゃ残念がっていたろうねー」
「うん、それはすごく。でも鼻かぜをこじらっせたみたいで、熱まで上がってきたみたいなの」
「ダイビングに風邪は禁物。鼻で呼吸できなきゃ死んじゃうものね...」
「そうそう、その中には夫婦が一組入っていて、もう一組もちょっといい関係なのよ」
「それじゃ、小春と僕が同じ部屋に寝るの?」
「夫婦は一室。男女二人ずつ別々の部屋よ。」

ここまで完璧な「お膳立て」をしておきながらツアーに行けなくなったオーストラリア人の彼には本当に申し訳ないが、この「据膳」に食らいつかない程お人好しではない。君の「遺志(?)」は間違いなく成就(??)させてあげよう。安心してシンガポールの医者に高い診察料を収めてくれたまえ。

「よくそれで君もOKしたね」
「たまには危険を感じるのもいいかなー、なんてね」
「その役、しかと引き継ぎましょう」
「お手柔らかに。奥さんとお子さんの写真でも預かっておきましょうか。」
「何で?」
「魔除けよ」

(次回へ続く)



8月16日

<バンコク旅行>

タイと言えば王様の国。両手を合わせ体をくねらせる独特のダンスと、信仰厚い仏教徒の国でもある。どことなくエキゾチックで、男性天国のようで、それでいて伝統・歴史がゆったりと生きづいている。

先週この国の首都バンコクに初めて訪問した。あえてシンガポール航空(SQ)ではなく、タイ航空を利用したのだが、SQより料金が安い上に最新の機材(飛行機)であり、民族衣装に着替えたスチュワーデスは親切だし、何より機内食がおいしい。いろいろな宗教を想定して肉の種類を変えたりした料理を面度臭がらずに個別に配る姿は、自分には関係なくても「心遣い」を感じる。

そんな姿がバンコクの人々を象徴している。そう感じたのは、街角で見かける笑顔や庶民的な屋台の香りである。もっと時間があれば、リュック一つで街中に埋もれてみたい気持ちに駆られたが、今回はタイの伝統や歴史・文化に触れて、自分なりに「タイ」を理解するという目的を優先した。

まず、タイを知るには王宮抜きには語れまい。バンコク市街の西、チャオプラヤー川沿いに位置する「GRAND PALACE」へ向かう。入口では、短パン・ノースリーブ・ノーソックスという人に対して、靴下や服がパスポートなどを担保に無料で貸出されており、王様を軽視するスタイルでの入場は許されない。また、遺跡はともかく現役のお寺に入場する際に土足厳禁であることは、どこも共通している。

広い敷地に広がるきらびやかな王宮は、タイ国王の威信とそれを支持する国民の気持ちが現れている。日本人には奇抜とも安っぽいとも取れる色使いで飾られた建造物の数々。なぜこのような色なのか。青色地に金の装飾が主体。じっとーたたずんでぼやっーと眺めていたら、金色が炎の揺らめきに見えてきた。だからこの色のコントラストなのか。

答えにならない答え、答えのない問いを頭に浮かべながら、ゆっくりと探索。ついに、本尊の仏像と対面することになる。日本の仏様とは違い、「高貴」というより「親しみやすい」表情と、あぐらをかきながら胸をぐっーと張って座っている姿が印象的。

こういったものに対する造詣はほとんど持ち合わせないので、歴史的文化的違いはわからない。それでも、日本の仏像が「導く」姿なら、タイの仏像は「抱擁」する姿に見える。ただ、頼ってくるのはいいが甘えは許さないとばかり胸を張っている様に感じる。

王宮からホテルへの帰りは船を使った。行きはタクシーで20分100バーツ程の道のりが、川ルートだと30分300バーツ(交渉の結果)かかった。でも、船は貸しきりで、ホテル横の桟橋まで送ってくれる。いずれにせよ抜群に安く感じる。

その翌日は1500バーツ(5000円強)払って一日アユタヤ観光。バンコクから北へ80Kmほど行ったタイ第二の大都市でもある。徳川時代に朱印船貿易で知られた山田長政がここに日本人町を作ったことでも有名。朝8時にホテルを出発して2時間弱で最初の遺跡に到着。13時にアユタヤから船(船内バイキングスタイルの昼食付き・オリエンタルホテルまで4時間の道程)に乗るまで3時間ほどいろいろ探索させてくれた。

印象的だったのは旧王宮の色使い。赤色地に金で装飾している。「現役の青」と「退役の赤」。炎が映る色としては、何とも興味深い違いに感じる。あと、お寺でありながら西洋文化に多大な影響を受けて教会みたいな造りにしてしまった「寺院」も面白かった。

日本人よりよっぽど信仰が厚いはずなのに、日本より多くの「他文化」に影響を受け、巧みに取り入れてしまっているところに、おおらかさと深みを感じる。これが仏教の本流なら、日本も十分仏教徒としての教えを守っている気がしてくる。

3日間過ごしたオリエンタル・ホテル(バンコク)もすばらしかったし、シンガポールのどのラーメンより美味しいと感じたパッポンの「らーめん亭」。とんこつ醤油ラーメン(150バーツ)は絶品で、2回も行ってしまった。

ついでに、サヤームセンターのノボテル(ホテル)斜め前の店で食べた「ふかひれのスープ」もよかった。どんな「高級料理」をお腹一杯食べて飲んでも一人3000円を超えることはまずない。ちなみにバンコクにはワコールとかの工場もある関係で女性下着や衣料品がすごく安くて品揃えが豊富だという話。つまり、衣食住すべて安い上になかなかの高品質である。

昨年の「通貨危機」でバーツの価値が対ドルで半分ぐらいに下落し、日本よりも深刻かつ急激な不景気、失業率も大幅に上昇しているはずなのに、庶民の明るさはこんな生活基盤からきているのだろう。豊かなはずなのに「荒んだ事件」ばかりの日本と、大きな違いを感じさせられる。本当の豊かさとは何なのかと。



<ホーカー物語〜和食>(第二十四話)

「もしもし、小春ちゃん?」
「ハロー、 誰かしら?」
「僕だよー。忘れちゃった??」
「あー久しぶり。元気?」

あの夜、携帯電話の番号を教えてもらったものの、なかなかダイヤルする勇気がなくて数週間が経過してしまった。こうやってまた小春のあたたかい声を聞くと、なぜもっと早く電話しなかったか、少し悔やまれてくる。

「今どうしてるの?」
「そろそろオフィスを出て、家へ帰ろうとしているところよ。」
「金曜日の夜に、美女が真っ直ぐに帰宅しちゃうの?」
「まあね、どこからもお声掛けがないし。ヒロシこそどうしたの?」
「そのお声がけをしているんだけど...どう?」

駄目もと、のはずがうまく行きそうな予感。

「うーん、OK。どこで待ち合わせる?」
「それじゃ、例のタクシースタンド近くのディーリーフランスの前はどう?」
「いいわよ。夕食はまだでしょ?」
「うん、お腹ぺこぺこだ。10分後ぐらいに着けると思う。」

本当は目と鼻の先まで来ている。自分は携帯を持っていないし、オフィスで、しかも英語でこんな会話をしたら皆の注目を浴びてしまう。会社近くの公衆電話では...などと考えながら歩いている内に、再会のタクシースタンド近辺まで来てしまった。

近くのショールームを冷やかして待ち合わせ場所に戻ってみると、もう小春の姿がある。これが自分を待っていてくれる女かと思うと「嬉し涙」がこぼれそうになる程、相変わらず「いい女」である。

「やあ、待った?」
「ちょうど着いたところ」
「オフィスはどこのビルなの?」
「あそこの45階。なかなか見晴らしいいわよ」
「いつもこれぐらいの時間に帰れるの?」
「そうね、そんなに難しい仕事をしているわけではないしね。」

この女性が毎日これぐらいの時間からどう過ごすのか興味深いところである。でも、まずは食事。今日は日本食を提案すると、うれしそうに肯く。それならお任せあれ。

「あー、何だか懐かし味だわ」
「大学時代の彼氏のことを思い出す?」
「彼も、もちろんだけど、隣の日本人の奥さんに教わった日本食の味に似ているわ」
「へー、料理が上手だったんだ。」
「いろいろ教えてもらったから、これなら作れるかも。」

こんな人に手料理作って家で待たれたら...不覚にも自分の妻を思い浮かべる。真っ直ぐ家に帰らない自分は...あっそうだ。

「それなら、是非作ってもらいたいなー」
「いつも家で奥様の手料理食べてるんでしょ」
「それがねー、今日本に帰っているんだよ、夏休みで。」
「夏休み?」

(次回へ続く)



8月9日

<ローカル映画>

近頃、映画をよく見る。ここ一ヶ月程に映画館で上映されている映画だけで11本も観た。シンガポールの最大娯楽の一つだから新作を探すのに苦はない。多分日本ではまだ封切りされていない映画もたくさんあると思う。

Sliding Door、 Deep Impact、 FIRE LIGHT、 LETHAL WEAPON 4、 SPECIES 2、 6 DAYS 7 NIGHTS、 ARMAGEDDON、 FOREVER FEVER、 THE OBJECT OF MY AFFECTION ...などなど、忘れてしまったものもあるが、夏休みに合わせて作られているせいか大人から子供まで楽しめる映画が多かった気がする。

その中でも、多分ここシンガポールでしか見る事ができない映画が「FOREVER FEVER」。シンガポールで作成された「ローカル映画」である。日本でもほとんどマニアの目にしか触れる事がないような映画や、国内でしか上映されない映画がたくさんあるが、こんな小さい国にも「国内向け映画」が存在する。

「FOREVER FEVER」と聞いて感のいい人なら、昔懐かしいディスコ映画の元祖「サタデーナイト・フィーバー」を思い浮かべることであろう。その通りの「パロディー風」映画なのである。ただ、ストーリーはオリジナルで、「シンガポール風味」をふんだんに散りばめてあり、多分70年代から80年代初期と思われる時代設定で、ホーカー・センターやHDB(庶民の団地)の内部など身近なシンガポールの街並みを背景に、すべて「シングリッシュ(シンガポール英語」で展開して行く。

カンフー好き・バイク好きの主人公が、友達にいやいや連れて行かれた映画館で「FOREVER FEVER (サタデーナイトフィーバーを捩ったもの)」と出会い、急激にダンスへの興味を抱く。早速、近所で馴染みのホーカー経営者の娘を誘い、ダンス教室へと足を運ぶ。初めはたどたどしいステップなのだが、近く開催されるダンス・コンテストで優勝すれば 5000ドルの賞金が手に入ることを知り、それを手にすれば自分が憧れている新型バイクを買えることがわかり、ダンスに熱中していく。

ダンス教室の帰りがけには、パートナーにも内緒で何度も「FOREVER FEVER」を観てダンスを研究する。途中からは「ジョントラボルタ」らしき人物も映画から飛び出してきて、主人公の相談にのってくれる。いろいろな紆余曲折があって、最後にはコンテストで優勝し、そのホーカー屋の娘と結ばれるというストーリー。

会話が非常に「身近」な言葉づかいで行われ、文化的背景もすごくよくわかるので非常に満足したのだが、シンガポールをよく知らない人が見たら「くだらない」の一言で片づけられてしまうかも知れない。そういう意味でも、シンガポール人に囲まれて大声で笑いながら見る事ができたのは、貴重な体験と言える。

他の映画も「論評」したいところだが、これから映画館に足を運ぶ人もいるだろうから...でもちょっとだけコメントさせてもらうと...

いつもは独特のリズムが印象的な AQUAの「しっとりとしたメロディー」に乗せてロンドンを舞台にした SLIDING DOOR は、もしもあの時...で二通りの人生を描いた「考えさせられる」映画。LETHAL WEAPON 4 や SPECIES 2 はシリーズ物なので安定している。 LETHAL WEAPON 4 では、乾杯(TOAST)を中国人密入国者が「BREAD(パン)」と言ってグラスをかざして間違いを指摘されるジョークが、自分でも聞き取れたのがうれしかった。SPECIES 2 は「黒人差別」で問題にならないのだろうか?

FIRE LIGHT も 6 DAYS 7 NIGHTS も「愛」をテーマにした秀作。Deep Impact と ARMAGEDDON は、ストーリー構成がほとんど同じ作品。ジュラシック・パークとゴジラ、いやライオン・キングとジャングル大帝レオ(ちょっと古い?)より似ているかも。どちらがいいかと言われれば、「どきどき」と「涙」の数で Deep Impactに軍配か。

字幕スーパーは中国語なので英語の聞き取り練習も兼ねているが、シングリッシュはほぼ 100%理解できても、本場英語の作品は 80%がいいところ。X-FILEみたいな「専門用語」の多い映画は半分くらいしか分かっていないだろう。まだまだである。

このごろ自分が涙もろくなった気がする。ちょっと死別のシーンがあったりすると、周りが暗い事をいいことに「ぼろぼろ」涙を流して鑑賞している。それでも涙を流すほどの感動が得られるから、だから映画は止められない。



<ホーカー物語〜親友>(第二十三話)

「何か余分なことまで話しちゃったかなー」
「ううん、楽しいよ。それにまだ肝心なことを聞いていない」
「何の事?」
「そのー、男と女の関係」
「すぐそっちに話を向けるんだから」
「聞くだけ野暮かな?」

そんな恵まれた環境で育まれた愛には当たり前のストーリーとは思ってみても、詮索したくなるのは「ユウタ」への嫉妬心かもしれない。

「結構奥手だった、とだけ言っておこうかな」
「大事にしてくれたんだ」
「スポーツマンで皆に、ユウ、って呼ばれて結構な人気者だったし」
「友達も多かったんだ」
「彼がキャンパスから少し離れたアパートに移って一人暮らし始めた後も、しょっちゅう友達が出入りしていたわ」
「当然、君もその中の一人だったんだよね」

当然よ、という笑顔で腰を上げ、テーブルの上を片づけ始める。時計ももうすぐ11時を指そうとしているではないか。お互い明日からまた仕事が始まる。急に現実が頭に押し寄せてくる。

「すっかり長居しちゃったね」

差し出されたお皿を受け取りながら、
「あら、本当。コーヒーでも入れようかと思ったのに」
「それじゃ、タクシーを呼んでみるね」
「そこに電話番号貼ってあるからどうぞ」

なかなかオペレータにつながらない。何回もかけてようやく見つかったのが20分後に到着予定である。相変わらずタクシーには「つき」がない。いや、特別に「つき」があるのかもしれない。

「やっぱりなかなか見つからなかったみたいね」
コーヒーのいい香りがする。
「本当に気が利くね」
「日本人の奥さんの影響だと思うわ」
「どういうこと?」
「ユウタの部屋の隣には、日本人夫婦が住んでいたのよ。」

ウイークデーはお互い勉強が忙しいからデートできなかったが、週末はほとんどユウタのアパートに入り浸っていたらしい。そうこうしている内に隣の日本人夫婦ともすっかり親しくなって、よく二組のカップルで外出したり、お互いの家で夕食を食べたりしたという。

「自然に日本人女性が家庭でどんな行動をしているのか目に入ったわけだ」
「そうね、それにユウタもそうして欲しいのかなーと思って、真似してもみたわ」
「おー、結構ぞっこんだったんだ。彼も喜んだ?」
「ふふふ、もちろん」

おーっといけない、タクシーがもうすぐ到着してしまう。いつまで話をしていたいが、後ろ髪を引かれる思いで別れを告げ、タクシーに乗り込んだ。

(次回へ続く)



8月2日

<正論>

小渕新内閣が発足して、マーケットではその経済運営に対し「お手並み拝見」の気運が高まっている。銀行の不良債権問題処理が当面の最重要案件であることは周知の事実であるが、ここまで追い詰められてからこの問題に着手するのは何とも恐ろしい現実である。

なぜなら、長年「農耕民族」として養われてきた「土地に対する愛着」という価値観に終止符を求めるられるからである。つまり、日本人固有の「土地本位制」経済主義が「信用(貨幣)本位制」に移行するということである。

バブル時代が「土地本位制」の末期症状として発生し、数多くの「土地成り金」を生み出し、そして散って行った時代であったことは事実である。その結果「土地さえあれば何とかなる」という風潮が全く消滅し、都市部を中心に「土地=含み損」という禍根だけを残す状態に至っている。もはや以前のように「土地」に対し信頼を寄せる人はほとんどいないであろう。

それは「銀行」とて同じ事。不動産を担保に低金利でお金を融資する、などという単純な取り扱いができなくなる。もちろん不動産がないよりある方がいいことには変わりはないが、その結果借金があれば不動産と関係なく考慮されていくことは間違えない。

その変わりに焦点があたるのは、収入と信用力。どれだけ金の流れが潤沢で、信用があるかでしか判断されなくなる。そのどちらかでも不足すれば、融資が受けられないか「リスクプレミアム」として「高金利」が求められる。銀行もほとんど「消費者金融」とさして違いのない行動を取ってくると思われる。

そうなると、信用力のない中小企業はどうなるか、言わずもがなの状況である。「貸し渋り」というより、高金利や担保・保証に対する「条件変更」が厳しく銀行から突きつけられてくる。銀行とて、今までと同じ基準で貸し出しをすれば「学習効果」がないと世論に突き上げを食らうから必死となろう。

こんなに景気が悪い時に、しかもバブル時代以来ずるずると体力を消耗してきた日本経済に、この改革を今求められるのは本当に厳しい。しかし、銀行とて「信用力に応じて金利水準が決まる」という現実を「ジャパンプレミアム上乗せ」という形で「銀行間金融市場」から身に刻まされている以上、もう議論の余地はない。

先日から大手19銀行に対する金融監督庁の検査が始まり、不良債権が四分類されつつある。第T分類を正常債権として第W分類の「破綻債権=完全な不良債権」まで色分けされていく分けだが、第W分類は自他共に認める不良債権だから今更問題にならない。恐いのはランクダウン。つまり第T→第U、第U→第Vが行われると「不良債権」が大幅に増える結果になるし、特に第U分類のどれだけに「引当金を積む=不良部分と認定」されるかで話が大きく違ってしまう。

しかも、金融監督庁の初仕事として威信を掛けた「認定」で第U分類として新たに加わった企業群は、今後銀行からものすごい「条件改正」を一斉に要求される。なぜならその企業は「貸出し要注意先」と国に「認定」されたことになるからである。条件が飲めなければ「融資停止」も辞さない銀行の態度に、倒産する企業も続出することだろうが、これが「不良債権処理」の現実である。

個人的に決してそうなることを望んでいる分けではない。しかし、今まで「土地」があることや銀行側に「裁量の余地」があることで、信用力に比べて「低金利・過剰融資」を受けてきた企業に、本当の受難の時が近づいていることは避けようもない。

信用がある企業は、特に銀行よりも信用力があるのなら、直接金融市場で資金調達すればよい。淘汰されるべき企業は、銀行も含めて淘汰される時が来ている。悔やまれるのは、ベンチャー企業群である。ベンチャー企業は、最初から採算が軌道に乗る事などまずない。つまり銀行にしてみれば第Uか第V分類の「不良債権」である。もちろん「融資停止」が待ち受けている。

本来こういったベンチャービジネスには、個別の資金調達手段が必要なのである。例えば、個人の資産家から直接融資を受ける制度とか、「事業の将来性」を担保に社債を発行できるように環境整備が必要なはずである。そういったことにほとんど配慮されることがなく「淘汰」が始まって行く。

これが「正論」として突きつけられる現実なら、なぜもっと早い時期に行わなかったのだろうか。政治家や官僚の「問題先送り」の罪深さが改めて認識される。ただ、まだ全てが終わったわけではない。この「正論」を如何に「毒素」の少ないものにするかが問題である。それが宮澤蔵相と小渕首相の最初で最大の試練である。



<ホーカー物語〜友達>(第二十二話)

「二の句も継げない状態だったんだ」
「彼ったら、何か必死に取り繕おうとしているみたいだったけど、あっあーあっー、とか訳のわからない言葉しか出てこなくて...」
「可哀相に、そのままほおっておいたの?」
「赤面してうろたえる彼を見ていたら、何となくいい人な気がして、自己紹介したの」
「どんな風に?」
「シンガポールから来た小春よ、よろしく」

その瞬間をなぞるように、やさしい笑顔で小春は右手をテーブルの上に差し出す。せっかくだから、その手を握りかえす自分。

「こちらこそ。彼の名前は?」
「ユウタっていうの」
「どんなやつ?」
「身長はあなたぐらいだけど、もっと引き締まっていて、まあまあハンサムよ」
「あーそう、そりゃあ失礼しました」

ケラケラ笑いながらワイングラスに口を付ける。

「それで、それから?」
「それから一緒にバイキングを選んで、自然に同じテーブルで食事したの」
「彼の英語はどうだった?」
「ゆっくり話せば、こっちの話す内容は分かるみたいだけど、彼はしゃべり辛そうにしていたわ」

その状態、同じ日本人として痛いほどよく分かる。簡単な単語の羅列で意志疎通できるとわかっていても、その場ではなかなか出てこないもどかしさ。しかもこんな「いい女」の前で。

「第一印象は?」
「誠実そうな感じ。日本人と話をするのは初めてだったから、とても新鮮な感じがしたわ」
「日本人にはどんなイメージがあったの?」
「歴史の授業で習った戦時中のイメージと、お金持ちでお辞儀ばかりしているイメージ、それからカメラ持って集団行動しているイメージかな」
「結構散々だねー」
「ごめんなさい。でも、街中で見かける日本人と話をするチャンスなんかなかったから、一見やさしそうだけど、実は恐ろしい人たちというのが友達と共通した認識だったの」

包み隠さない正直な印象なのだろう。自分もしばらくシンガポールで生活しているが、「集団行動するお人好しのお金持ち」というのは今でもれっきとした事実である。

「彼との出会いで日本人のイメージも変わったのかな?」
「そうね、衝撃的なぐらい。もちろん彼が日本人だからというだけの理由じゃないけど」
「一目ぼれ、ってやつなのかな?」
「生まれて初めて、引き寄せられて行く、という感覚が自分でもわかったわ」

人にはいろいろの出会いがある。でも、第一印象ほど正直にその相手との関係を「暗示」するものはない。目を輝かせながら彼との出来事をいろいろ語る彼女の姿に、しあわせのオーラを感じる。

(次回へ続く)



7月26日

<ディーラー>

「ディーラーって、どんな仕事をしているのですか?」

よく聞かれる質問である。株の売買なら馴染みのある人も多いだろうが、「為替や金利の取引きをする」と言われても、今一つピンとこない。トレーダーとかファンドマネージャーなどと言い出すと、何のことかこんがらがってしまうのが普通であろう。

簡単に説明すれば、いろいろな金利商品やUSドルなどを「安く買って高く売り、収益を上げること」が仕事である。ほとんど結果、つまり「収益額」がすべてであり、「儲かってナンボ」の世界である。中には「パフォーマンスディーラー」と呼ばれて、儲けた金額によって給料が決まるディーラーもいる。平たく言えば「歩合給」の「契約社員」である。

ただ、この「歩合」がなかなかで、契約年収の10倍以上稼いだらその10%をボーナス支給される、というような内容が一般的らしい。つまり年収1000万円で1億円の収益を上げる契約で、うまく5億円の収益を上げたら、年収は5000万円に跳ね上がる。もちろん失敗して損を出したら「失業」が待ち受けている。

このケースはどちらかというと「外資系」に多く見られ、「日系」は大儲けしようが大損しようが、月給はおろかボーナスすらほとんど差がつかない。つまり、日本の場合大半は「サラリーマン・ディーラー」である。どちらがいいかは人によって大きく異なるが、自分で会社を始めたり、農園をやりたいとか考える西欧人は前者を選ぶし、転職をなんとも思わないシンガポール人にも「パフォーマンス」の方が多い。

もちろん、今までの日本人は「サラリーマン」が圧倒的多数で、さながら「セミプロ」が多かった。しかし今後は「自己責任」の時代となるし、一獲千金を狙うやつも増えてくることであろう。そうなれば日本の「金融市場」も活性化してくるし、高金利だけどリスクも高い商品も数多く登場すると思われる。

このディーラーに似た職業はないかなーと、NHKで貴乃花の久々優勝シーンを見ていて、これだ、と思った。そう、相撲である。机の前の画面とばかり向き合っているディーラーは、運動不足で太っているやつが多いが、そういう意味ではない。

土俵上の勝負がすべてであり、勝ち越せば昇進、負け越せば降格とはっきりしている点が似ているのである。例えば日本円を払ってUSドルを安く買い、それと同じ金額を高く売って円で利ざやを稼ぐディーリングを何回もやって、収益を上げることを目指すとする。毎回一定金額(例えば百万円)を儲けたり損したりする取引きを半年間とか一年間して、その結果「勝ち越せば収益」が手元に残るし「負け越せば損失」が残る。

勝ち星が大きければ、つまり収益額が大きければ早く昇格するし、序の口からどんどん昇進して幕の内まで一気に駆け上がるやつもいる。その反対に負けが込むようなら廃業(転勤・転職)が待ち受けている。ただ、常に勝てるわけではなく、またその必要もない。ここぞという勝負どころで勝ち星を挙げれるかどうかで違いが出てくる。

面白いのは幕内力士の通算成績。貴乃花の勝率はずば抜けているが、若乃花は勝ち星に比べて負け星が結構多い。それでも同じ「横綱」である。ざーっと見たところ勝率7割以上なんていう力士は数える程で、5〜6割台がほとんどである。つまり勝つか負けるか5分5分の勝負を繰り返して、3回に2回でも勝てば十分なのである。それでも10勝5敗の「好成績」(でも勝率は6割台)で番付がぐっと上がる。そんなことが「毎場所」できるとも思えない。

その点ディーリングもまさしく同じ感覚。買ったドルが値上がり(円安ドル高)するか値下がり(円高ドル安)するかなんて、ほとんど5分5分。そこでコンスタントに10勝5敗のペースで戦跡を残せれば、あなたもパフォーマンス・ディーラーとして食べて行けること間違えなし。8勝7敗続きでもサラリーマン・ディーラーなら大丈夫。

もちろん「体格(資金力)]や「実力(信用力)」に違いがあるが、ちゃんこ(情報収集や研究)をしっかり食べて、四股(経験)を踏めば道は開ける。がんばって幕の内で活躍すれば引退後も「年寄」襲名で親方(管理職)となれるし、そうでなくても経験を活かした職業に就けるかもしれない。

まあ、それにしても楽しくもあるが、厳しい職場である。土俵上に「外人力士」が増えると尚の事であるが...。



<ホーカー物語〜初恋>(第二十一話)

「初恋は幾つの時?」
「もう随分前のことだしよく覚えてないけど、近所の遊び友達だった気がする」
「それじゃ、今まで長く付き合った男性っているの?」

ちょっと「興味の核心」を突きたくなる。

「まーね、20年以上も生きているし、男を知らないとは言わないわ」
「いつごろの話、それともまだ続いているの?」
「ふふふ、なかなか突っ込むわね」
にやっとした表情で話を続ける。

「大学時代の話。今はもう別れたし、それ以来ステディーはいないわ。」
「大学のキャンパスには独特の雰囲気があるものねー」
「特にアメリカは、何やるんでもカップル中心の発想だし、私も初めて親元離れての生活で寂しかったからね。」
「留学生というかアジア人の彼氏?それともやっぱりアメリカ人?」
「日本人留学生よ」

その一言で、何となく小春のことが「すぅーっ」と理解できた気がする。

「へー日本人!?どんなやつだったの?」
「企業から派遣されてきた人で、その人は MBA 取る為に2年間キャンパスにいたの。」
「じゃあ、25歳前後ってところ?」
「そうね、私が2年目の19歳の時に出会って、彼はその時24歳。」

会社のお金で勉強できて、しかもこんな美人と学生生活をおくることができたやつが同じ日本人にいるとは、なんとも言えない「嫉妬」のようなものを感じる。

「へー、どうやって知り合ったの?」
「最初のうち、彼は私と同じ寮で生活していたの」
「男女一緒の寮なの?」
「もちろん一応は区切られているけど、食堂や自習部屋とかは共用だから」
「そこに留学生が集められているとか?」
「アメリカ人と留学生が半々。二人一部屋で、ルームメイトはアメリカ人と留学生のコンビになっているの。」

アメリカ独特の開放的で緑に囲まれたキャンパス生活を頭の中で想像する。英語を上達させたいと思っている留学生と、国際交流や異文化に触れてみたいと思っているアメリカ人が同居する大学敷地内の寮。その日本人も英語の話相手を探していて小春に出会ったのであろうか。

「声を掛けたのは向こうから?」
「そう。寮の食堂でバイキングの順番を待っていたら背後から、日本人ですか?ってね」
「何て答えたの?」
「友達がからかって声を掛けたのかなって思って、その手には乗らないわよ!って言いながら振り向いたの。」
「そうしたら?」
「きょとん、とたたずむ彼がいたの。」

異国の地で、珍しく日本人だと思って声を掛けて、英語で返されるほどショックなことはない。

(次回へ続く)



7月19日

<ホーカー物語〜思出>(第二十話「夏休みスペシャル版」=第十九話からどうぞ)

「どうしたの?何か気に触ること言ったかな?」

どことなく元気のない小春に、乾杯のワイングラスを傾けた後に声を掛ける。

「うーうん、別に大したことじゃないの」
わざと笑顔を作ってこちらを見る小春。
「でも、何となく寂しげな表情に見えるけど?」

「ねえ、私って美人?」
少し間を置いて、突然、少し意を決したような表情で質問してくる。
「そりゃもちろん、そう思うよ」
「私がこうゆう顔立ちをしていなかったら、あなたはここについて来た?」
「まあ、結婚している身だし、どんな女性の家にでもひょいひょい上がり込むことはないと思うよ」

質問の意図がよくわからないから、どう答えるべきか迷う。

「じゃあ、どうして私の誘いに乗ったの?すぐに抱かせてくれるとでも思ったの?」
「いや、そんな風には思ってないよ。成り行き上っていうところかな。」

自分がたじろぐ姿に気が付いた小春。

「ごめんなさい。別にあなたを攻めているわけじゃないの。」
「びっくりするじゃない。どうしちゃったの?」
「なかなか友達ができないものだから、つい」
「えーどうして、いつでも声を掛ければ集まる友達がたくさんいるじゃないの」
「でも、心を許せる友達はいないわ」

美人特有の悩みかもしれない。「目立つ美人」に集まる男は見掛け倒しのやつが多そうだし、女友達とも相手の「妬み」や「気後れ」があってか、なかなか友達ができないと聞く。そんな現象がシンガポールにもあるのだろうか。

「ここにずっーと住んでいるの?」
「小さい時には親に付いてインドネシアとかマレーシアを転々として、大学生活はアメリカで過ごしたから、シンガポールで生活を始めたのは3年くらい前からかな。」

中国人版「転勤族」の家庭に育ったということなのだろう。洗練された身のこなしや言葉使いは、いろいろな地域・文化に揉まれて育った賜物なのか。もちろん親の躾もよかったのだろう。

「それじゃ、結構苦労しているんだ」
「苦労なんて感じないけど、幼友達や親戚がここにいるわけでもないから、今は少し寂しいの」
「職場の友達といっても、私生活にはあまり関係ないものね」

そう言いながら、小春と初めて出会ったあのホーカーセンターでの「太った女性仲間」を思い浮かべていた。

「じゃあ、ダイビングを始めたのも出会いを求めたからなの?」
「今思えばその通りかもしれない。とにかく寂しかったから...」
「あんなにいい仲間が出来たじゃない」
「確かに楽しかったわ。最初のうちは。」
「何かあったの?」

話そうか話すまいか、ちょっとためらう様子の小春。ワイングラスをゆっくり傾けている。お互いまだ料理には手を付けていない。

「あーお腹空いた。せっかくの手料理が冷めちゃうよ。いただきまーす」
もちろん「いただきます」は日本語である。食事の前に手を合わせる習慣はシンガポールでも変わらない。いや、むしろ自分の子供に見せるため、意識的にやっているうちに本当の習慣になってしまった、というのが真相だろう。このどんよりした空気は、小春とのテーブルには向かない。

「おいしいね。ガーリックがよく効いて、このピリッと感もいい刺激だー」

「料理の鉄人」を小春が知っているとは思わないが、あのナレーター口調で解説したくなるぐらいおいしい。無理にはしゃいでいる気もするが、暗い気分になるためにここに来たわけではない。そんな思いも交錯する。

「親友と思っていた女の子に、ある日ぽつりと言われたの。」
唐突に、でもゆっくりと小春は口を開いた。
「あなたがいると迷惑なのよね、私にはおこぼれしか集まんないしさー、って」

「男友達のこと?」
「そう。いい男はすべて私に一人占めされちゃうから、あんたとは一緒に行動したくないって、はっきり言われちゃったの」

よく理解できるだけに、逆に何といっていいのやら見当もつかない。

「自分ではそんなこと意識すらしていないのに、知らない内に周りに反感を抱かれていたなんて...」
「そんなの君のせいじゃないよ」
「そう思おうともした。だけど、でもやっぱり、私のことを理解して受け入れてくれる友達ができなかった事実には変わりないわ。」
「そういう場合もあるよ。最初っからいい友達に出会うとは限らないよ」
「じゃあ、いつになったら巡り会えるの?」

たじろぐ程、真剣な眼差しである。

「例えば、ティッシュを差し出したら、巡り合うかも知れない」
「ティッシュ?」
「赤いカバーに包まれたポケットティッシュをピンチの人に差し出したら、そんな巡り合いも訪れるかも知れないと思うよ」

話を理解して、くすっと笑う小春。あの日の微笑みである。

「そりゃー、見るに見かねる状態の人がいれば、手を差し伸べる人もいるかもね」
「でも、いつでもそう感じるわけじゃないよね。よっぽどの博愛主義者でもない限り。」
「そう言われれば、あんな風にすることなんて滅多にないわね」
「ハンカチ忘れてあんな風に追い込まれるやつも珍しいだろうけどね」
大笑いする小春。

「なぜかそうしたい気持ちになったのよね。不思議よね。」
「僕...いや、そいつはうれしかっただろうけど。」
「偶然、かな?」
「どちらも計算していたわけでもなく、期待していたわけでもない。」
「運命?」

じーっと小春の目を見つめる。輝きを取り戻した黒い瞳は、吸い込まれそうである。

「少なくても僕にとっては、運命的な出会いだった」
「私にとっても、そうかもしれないな」
「本当?」
「うそ!」

もー本当にこの小悪魔やろー!
悔しいから笑い飛ばしてやる!

「さあ、麺が延びちゃうぞ、食え食え!」
「お生憎様。これは冷めても結構いけるのよ」
「うるさいこと言うと、その口ふさいでやるぞ!」
「おー恐い恐い。こんな大男に襲われたら一溜まりもないわ」
「手は挙げないけど、目には目を、口には口を...なんちゃって」

(次回へ続く)



<ホーカー物語〜軍隊>(第十九話)

「3&4フィンガーっていうのは刈り上げの幅のことよ」
そう言いながら、フライパンで炒める手を止めて自分の耳あたりに手を当てる。
「耳上の刈り上げ幅が指3本分、後頭部の幅は指4本分。これが軍隊の規則よ」
「シンガポールの軍隊ではそうやって頭髪検査するんだ」
「そうよ、二十歳前後の男性の髪型はみんなそんなのばかりでしょ?」

言われてみて初めて気が付く。この国では長髪の男などほとんど見掛けない。暑い国だからというだけではなく、兵役も大きく影響しているのかもしれない。

「へー、それなら僕も合格かな?」
「まあね、そのお腹をへっ込めればね」

痛いところ尽かれる。このごろ頓にビール腹が突き出してきている。それを意識して腹筋運動などするものだから、贅肉の下から筋肉までせり出して余計ひどく見えてくる。

「やっぱり、海辺のプレーボーイにはなれないかなー」
「まあ、見た目でついてくる女性はいないかもね」
「結構ストレートに言ってくれるね」
「見た目なんて本当はそんなに意味無いのにね...」

何となく独り言のように呟きながら、料理の仕上げに入り出す小春。振り返ればテーブルにはサラダとワイングラスやフォークが置かれている。

「何か手伝おうか?」
「それじゃ、そこの食器棚からお皿出してくれる?平ぺったい大き目の」
「これでいいかな」
「うん、そこに置いて」

小春の手料理が完成。オリーブオイルで炒めた玉ねぎとにんにく、そして赤唐辛子に茹で立てのスパゲティーを加えて軽く混ぜ合わせた一品。シンプルだが食欲をそそる香りが漂う。

「さあ、冷蔵庫から好きなワインを出して栓を抜いてくれる?」

冷蔵庫にはよく冷えた白ワインが何本か入っている。冷蔵庫の中を見ればその人がどんな生活をしているかわかると言うが、そういう意味では日本で言う庶民の「生活感」が多少漂う中味である。

「よし、これでいこう」
「再び乾杯ね。今日何回目かしら」
「よくわからないけど、この乾杯が一番うれしい瞬間だよ」
「どうして?」
「そりゃー美人の手料理が食べれる瞬間だもの」
「さあ、食べましょう」

小春の表情が少し曇っている。


(第二十話「夏休みスペシャル版」へ続く)





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