シンガポール滞在日誌

毎週日曜日更新 (SINCE 30 MARCH 1997)


12月27日

<98年「ベスト5」>

本当に一年は「短いもの」である。環境や年齢によって感じ方様々だろうが、政治・経済・スポーツ・芸能・自分の身の回り、どれをとっても去年と変化していないものがほとんどない。昨年の今頃どんなものを見てどんなこと感じていたかよく思い出せない。

あっそうだ、と昨年の12月28日に書いた「今年のベスト5」を読み返してみた。忘れかけていたけど今でも鮮明に思い出せるイベントばかりが並んでいる。今年も、いやこれから先ずっと年末に振り返ってみるのも面白そうである。新聞などのマスコミが特集してくれる「振り返り」を見てもよさそうだなのだが、「自分がどう感じていたか」まで記録してくれるものは、ここ以外どこにもない。

やっぱり「いいこと」から先に思い起こしたくなる。本当に暗く辛い年だったから。「虎年」は中国人にとっても縁起がよくないとされている。特に「白虎」は忌み嫌われており、シンガポールでは年初から「今年は社会・経済を撹乱する白虎の年」などと語られていた。来年は兎だから、平和に軽やかにぴょんぴょん飛び跳ねたいものである。

<今年のベスト5>
@原田のジャンプ(長野オリンピック)
A岡田「日本サッカー」ワールドカップ・フランス本大会に初出場
B松坂の横浜高校・佐々木大魔人の横浜ベイスターズ優勝
C堺屋経済企画庁長官就任
D平尾「日本ラグビー」ワールドカップ出場決定

いやー偏っている。ほとんどスポーツばかり。スポーツイベント以外であえてCに入れた堺屋長官は、日本経済の現状を「日本列島総不況」と言い切ったことを評価したもの。日銀にカムバックした速水総裁にしても、大蔵大臣に再登板した宮澤さんにしても、この人しか危機を打開できないと言われながら今一つ存在感が出てこない中で、小渕内閣の看板役者としての役割を確実に果たしている。さすがはベストセラー作家。

さて、スポーツの世界では例年になく数々の「熱い感動」を与えてくれた。暗い世の中で、まさに「救われた」感が強い。その筆頭は長野オリンピックでの日本勢の活躍。清水のスピードスケートも里谷のモーグルスキーもよかったけど、やっぱり「原田」率いる「日の丸飛行隊」の活躍である。

しかも、常夏のシンガポールでは冬のオリンピックを放映するわけもなく、頼みのNHKも「放映権」とやらで音声のみで画像が見えない(全く意味がない)。日々の情報はインターネットに載る写真と、各新聞社の記事だけ。それでも「感涙」を流したものである。その後なんとか入手したビデオで「実物」を見れた感動は、これまた「ひとしお」であった。

オリンピックと同じくらい「わくわく」しながら待ち望んだのがW杯サッカー・フランス大会。日本旅行代理店の「お人好し」が暴露されたり3連敗という残念な結果だったけど、そんなことはまさに「結果論」。世界中のサッカーファンと熱い思いで選手を迎え、熱狂のステージに立つ日本代表の姿を見る事ができただけでも本当によかった。

その点、あくまでも国内だけのビッグイベントの「甲子園」。たまたま会社を休んでNHKを見ていたら、なんと「PL学園対横浜」の試合をシンガポールでも放映しているではないか。その後の決勝戦まで、「前」横浜在住者として横浜高校を応援したことは言うまでもない。

Dに入れた「ラグビー日本代表のW杯進出」は、決定の瞬間をサッカーと同じく自分の眼で見る事ができたから。アジア大会もシンガポールに程近いバンコクで開催されていて、それなりに日本人も活躍していたので候補にしたのだが、圧倒的人口の中国はともかく、「兵役免除」の懸賞付きの韓国選手と決勝で対戦して負けるケースが多く、どうも「ハングリー精神の違い」が気になって素直に喜べなかった。

でも、スポーツはやっぱりすばらしい。鑑賞するばかりでなく自分も運動すればちょっとは痩せるのだろうが...これは来年の課題となりそう(例年恒例???)。

<今年のワースト5>
@日本長期信用銀行・日本債権信用銀行の国有化決定
A未成年者の凶悪犯罪
B株価低迷
C毒物事件
D貸し渋り

長銀・日債銀を始めとする金融機関の問題は、今更繰り返すまでもなく今回の不況の「根元」を示していた。良くも悪くも「超日本的」な解決であり「患部」に手が届いたという意味で象徴的な出来事だったと思う。

政治に最後まで翻弄された長銀には多少の同情を寄せる向きも多いが、「政治家の闇金庫」故に奉加帳方式で延命させられて「のうのう」と生き延びる日債銀に「違和感」を覚えていた金融関係者も少なからずいただろう。やり方や時期に異論はあろうが、少しはまともな路線に向かいつつある。もう3年早く同じ判断をしていれば、今ごろ日本は景気回復していただろうが...。

しかし、Dの「貸し渋り」という言葉だけはいただけない。本当に物事の本質を弁えたネーミングなのか。マスコミの良識を疑うようなこの言葉の「一人歩き」に、日本的社会の難しさを感じる。

銀行側の主張は「貸出先選別」、借りる側の主張は「傲慢な借入金回収」。それぞれ台所事情が苦しく、それぞれに正当な理由はあるのだから、「貸し渋り」などという「借りる側」に同情的な言葉で社会を扇動するのは止めてもらいたいものである。どんな理由であれ「金を返さない事に味方してくれる」と短絡的判断をする一部の低次元な事業主に「モラルハザード」を産む恐れが非常に強いことを、もっときちんと認識すべきである。

シンガポール近隣諸国でも、経済が根本的に「いかれつつある」インドネシアのような国では、たとえ手元に現金があっても銀行借入れを平気で踏み倒すやつらがいかに多い事か。こんな国、こんな会社どうなってもいいと開き直るやつらが勢力を増すと「信用社会」はいとも簡単につぶれてしまう。そんなことを日本で起こしてもいいのだろうか。その点をマスコミもきちんと判断してほしい。

Aの未成年犯罪はとても恐ろしい。「学級崩壊」という現象と並べて今の日本で一番最初に対処して適正方向に向けるべき問題である。特に印象に残っているのは、数ヶ月前に宮城県石巻市でおきた学生による公園での浮浪者集団リンチ事件。29歳という年齢で浮浪者していたこともショックだが、あの俳優の中村雅俊を排出した平和な石巻で起きて、しかも集団で上半身裸にした上にオイルをかけて火を付け、重傷を負わせたというから身の毛もよだつ事件である。

いろいろな経済メジャーニュースに押されてほとんど取り上げられなかったが、以前勤務した宮城県の、平和な漁港の石巻で起きた事件だけに強い記憶がある。遠洋漁業の基地でもあった歴史から、屈強な漁師でも手におえない「虫歯」の治療の為に歯医者の数が人口に比べて非常に多い街。緩やかな傾斜地に建てられた家々からは海が見渡すことができる街。そんな街にまで「すさんだ不況」が寝食しているのかと実感したものである。

「株価低迷」はそのものずばり。景気が回復・下落する時、伝統的には「金融株」が先導すると言われている。今年は上昇どころか下落一方。アメリカのダウでも一時の暴落時には金融株が一斉に売られた。バブル時までとは言わないが、金融問題一段落ということで、来年は皆の顔が明るくなるくらいまで日本の株価も上昇してくれるといいのだが...。

今年の文字に選ばれたと言う「毒」。Cの毒物事件も暗い世情を如実に物語っている。つい昨日も、インターネットで知り合った女性に薬剤師だった男性が青酸カリ入りのカプセルを送り、自殺幇助の疑いで本人「自殺死亡」のまま検挙されたという。どこまで連鎖するのやら。ちなみにこのホームページでそういうことが行われる可能性は...ないだろうなー。

同じインターネット利用なら、昨日NHKでやっていた番組(本当によくNHKを観ている実態が浮き彫りに...実は今年から視聴できるようになって本当にうれしい。)で、「禁煙マラソン」なるものをやっていた。ある医者のホームページを中心に、200人あまりの患者=禁煙志願者たちが、お互いに励まし会いながら「禁煙」を成就するというもの。この手の話しなら大賛成である。

ちなみに自分はタバコを吸わない(20歳で止めました。「成人とは分別を持つ事」との信念で...なんちゃって?)ので、「ダイエット・マラソン」なんていうのはどうだろうか。痩せた方がかっこいい、スマートになれば昔買った服も蘇る、と思いつつも誘惑に負けるあなた。「その一口がブタになる」の格言が身に染みるそこのあなた。僕と手を結びましょう。

励ましあって痩せた暁には皆でプールサイド・パーティーをする。日本や世界各地にいる人も常夏のシンガポールに集合して、ボディーラインを自慢しながら来年の今ごろ祝杯を上げましょう。応募者はメールにてご連絡下さい。お一人でもいれば「特設ページ」を開設します。最初は参加者だけの「内緒」。みんなうまくいきだしたら公表します!!!。さあ、また忙しくなりそうだー!?



<ゆく年くる年98>

以前、まだバブル真っ最中のころにヒットした曲に「プレゼント」とかいうタイトルの歌があった。「あなたが私にくれたもの...」といいながら、軽快なメロディーに乗せてすごい趣味のブランド服や製品名を次々に挙げていく曲。物欲だけは満たしてくれそうな彼氏なのだが、どこか違うと感じている女心を表している。

「バブル時代」を象徴するような歌詞だが、今の時代にもそんなことしているやつがいる。何を隠そう、自分のことである。今年は吹っ切れたように「物欲」に走った。買ったものを挙げると...

自家用車・携帯電話・電子ピアノ・ステレオ・ゴルフ「フルセット」・FAX・ケーブルTV・高級卓球ラケット...などなど

まあ、このうち車やピアノ・ステレオは中古品だからたいした金額じゃないのだが、「シンガポールで物を買っても結局処分しなければいけないから投資はやめよう」とのたまっていた自分が嘘のような「投資熱」である。

理由は簡単。欲しかったから。じっくり考えて、欲しいと思ったら買う。結果は「吉」である。どれも十分活用している。行動しようという時に自然と手に入れたくなるものは、できる範囲内で「自然に」手に入れればいい。「将来」に不安を感じても、「過去」に価値を見出してもあまり意味がない。

自分にはなかなかハードな一年だったが、とても充実していて自分に試練と「プラスの経験」を与えてくれた。来年もチャレンジするに限る。世の中急激に「変化」しているのだから...そうそう、これは「変わった」と思ったのが「e-mailのクリスマスカード」。昨年あたりから友人に送ってもらうケースが増えてきて、その「数」も「内容」も充実の一途なのだが、今年は「飲み屋」からも届いた。しかもシンガポール人が経営するカラオケ屋のママからである。

片言の日本語がしゃべれることは知っていたが、冗談半分で教えたアドレスに「ローマ字」で関西弁風のコメントを載せて送ってきたのにはびっくり。「不景気風邪」が吹き荒れるシンガポール日本人社会の片隅で、しっかり生きていこうという意気込みが感じられる。

たくましく生きなきゃ。皆様にもよいお年をお迎え下さい。



12月20日

<東京定点観測>

毎年同じ時期に東京へ降り立つと、街の変化がよくわかる。友達と待ち合わせをしても、その目印の店やビル自体が別のものになっているから嫌でも気が付く。そこまで大きな違いでなくとも、街を行き交う人々の表情が去年とは明らかに異なることがよくわかる。

「景気論議」と言えば、堺屋経済企画庁長官の「変化の胎動」コメントが賛否両論の論議を巻き起こしている。年明けに「桜の咲く頃には景気回復...」なんてのたまっていながら、「消費税5%」パンチで「景気の頭」をノックダウンさせてしまった前任者や前政権の「二の舞」という意見と、「今度こそ」という願いにも似た発言賛同者に二分されている感がある。

考えてみれば「景気」なんて結局は「気の持ち方」。気前よくお金を使える気かどうか、だけの違いである。ごちゃごちゃ難しい数字や理屈を並べてコメントしても、庶民の気持ちが前向きに動き出さなければ一向に回復するはずがない。そこらへんを弁えた堺屋さんが、あえてああいう発言したのなら何とも面白そうである。

今回もその「庶民の表情」を直に見るべく、短い日程をやりくりしてどうにか(好きで??)昼や夜の街に繰り出した。観測地点は5つ。サラリーマンの街「新橋」、東京の顔「銀座」、接待の街「赤坂」、若者が集う「下北沢」、やっぱりまだ東京のファッション中心地「青山」。ほとんどが去年も貴重な東京滞在時間を費やした地点である。

まずは一年ぶりでも足が竦まない「新橋」へ。駅のキオスクでガムを買い100円玉を渡すと「105円なのよ」。いきなりのカルチャーショックである。キオスクで5円玉を授受した記憶など今までのサラリーマン生活で一度もなかった気がする。

気を取り直して飲み屋街へ向かう。2〜3年前にここで飲んでいたころはもうちょっと客足があった気がするが、どの店を覗いてもほとんど人気がない。中でもなんとか客が埋まっている店に6時に入って9時ごろ出たのだが、その間一人もお客が来なかったと思われる店が、その周辺にいくつもあったのには驚いた。

「なんだ、やっぱり不景気じゃん」と言いながら友人と銀座へ向かうと、やっぱり噂通り浮浪者の姿が目に付く。でも待てよ。行き交う人たちの表情が去年とちょっと違う。あの無表情で怒ったような雰囲気ではなくて、どことなく力が抜けてすっきりした顔をしている。もうちょっと見ていたくて「紅茶」が有名な店の窓に並んで座って雑談しながら1時間以上観察を続ける。

その店の内もそうだが、諦めとは違う、もう少し柔和な表情をした人が多い。泣いて泣いて泣きはらして、ようやく気持ちの整理がついて明るい表情を取り戻したような、そんな雰囲気である。もうくよくよしたり不安に脅えても仕方が無い、なんとかなるさ。そんな気持ちが自然に出ている。

この印象は、その後の赤坂・青山・下北沢でも覆されることはなかった。いや、むしろその感を強くした。下北沢の若者は、やっぱり元気だったし、行列のできる店もある。以前とそれほど変わらない値段でうまい店は繁盛している。無駄なお金は使わない。でも、自分に価値あるものは、節度を持ってお金を使う。そんな当たり前な光景がどこにでも広がっている。

ようやく成熟したのかな。ようやく乗り越えてその先に進みだしたのかな。そういう気がする。昨年の「底の見えない恐怖感」とは明らかに違う。むしろ急激な経済危機に直面しながらもたくましく生活していた「バンコクの人たち」の表情に近いものを感じた。

この感触を「変化の胎動」と表現したのなら、自分もそれを支持する。今回はついつい調子に乗って昨年の2倍近い「飲み代」出費をしてしまった。これで日本の再生間違いなし???



<ホーカー物語2〜食卓>(第八話)

その彼女が住む建物が視界に入る。こうやって休みの日の朝から通いつめることになるとは、家族を見送った数週間前には想像も付かなかった。

セキュリティーに部屋番号を伝え、タクシーはゲート内へ。エントランスのインターフォンでボタンを押すと小春の明るい声と共にロックが解除される。エレベーターを降りると小春がドアを開けて待っていてくれる。先日初めてこの部屋に招き入れられた時のような心臓の高鳴りが再び訪れる。

「おはよう」
「いらっしゃい」
「手ぶらで来ちゃった」
「そんなこと気にしないで、さあ入った入った」

小春はノーメークに普段着らしい服装である。シンガポール人の中には「京劇」に登場しそうな化粧で頬に紅を入れたり目を黒色でくっきり浮かび上がらせたりする女性も多いが、小春はいつあってもナチュラルなメークである。だから「すっぴん」でも全く違和感がない。ちょっと幼く見えるだけである。

「二日酔いの割にはすっきりした顔しているじゃない?」
「いやだ、ちょっと顔が腫れちゃっているし、お化粧もしていないからあんまり見ないで」
「いいや、いつ見ても美人だ。今日も会えて幸せだ」

日本語で「幸せ」というとなぜだか「演歌の世界」とか何となく「空々しい」雰囲気を持つ気がする。でも英語で「ハッピー」と表現すると「クリスマス」とか「新年」の挨拶的に口にできてしまう。日本人的な「奥床しさ」の中では「幸せ」という言葉を軽々しく人前で語る気にはならないからだろう。ここらへんの文化的違いは言葉によってうまく使い分けるに限る。

「朝から何言っているのよ。ごはんできているわよ。」
「おー、いいね。その響き。」
「言っときますけど、私はあなたの奥さんでも愛人でもないですから。」
「じゃあ何なの?」
「さあ?よくわからない。でも、一緒に朝食を摂る。」
「そうか、あやしい関係だ。」
「いいわね、その響き。」

お互い顔を近づけて、目を見詰め合ってしまう。本当にあやしい。

テーブルにはモーニング・サンが差し込み、トーストの小麦色や彩りのいいフルーツの色々、オレンジ・ジュース、コーヒーの濃い褐色、ミルクのホワイト、すべてが明るく楽しげに交じり合っている。

楽園の朝食、とでも形容したくなる「暖かい食卓」に吸い込まれるように着席する。コップに注がれるコーヒーの香りが、バターを滑らかに転がしたトーストの香りとハーモナイズされる。そして今さっき絞ったという粒入りオレンジが、かわいいグラスいっぱいに満たされていく。

(次回へ続く)



12月13日

<非常口>

今年もこの時期に東京出張。年一回でも同じ時期に帰国できるのはうれしいことである。たとえそれが寒い時期であっても、いや、寒いからいいのかもしれない。普段着るはずもない冬服をタンスの奥から引きずり出し、チェックする項目は3つ。

この湿気が多い国で虫食いやカビが付着していないか。この時期の日本に着て行って恥ずかしい色合いでないか。そして一番重要なチェック項目は「着れるか」。今まで数々の衣服を、流行遅れになったとか、傷みが激しいとかいう理由ではなく、「サイズが合わなくなった」というだけで諦めてきた歴史の1ページが、ここで新たに捲られるかどうかの「重要判定審議」が繰り広げられる。

今年も辛うじて審査基準に適合する衣服を「発見」できた喜びを、いつものスーツケースに詰め込んで、旅支度の第一歩が刻まれる。次のステップは買い物リストの確認。家族及び周りの人から「ついでに」と頼まれる品々も、一覧にしてみると数十品目に及ぶ。これでせっかくの土日も泡と消える。

これらのリストを眺めて、買い物する行き先を頭に浮かべるのが最終ステップ。いったい出張の目的は何かと問われそうだが、不意を突かれれば「買い出しです」と素直に答えてしまいそうである。いつもながら出張先へのシンガポール土産で埋まったスーツケースの半分が、帰りには「リスト上の品々」に入れ替わる。

ちなみに「18KG」だったスーツケースが帰りの計量では「27KG」。JALだし、日本から出発する便は「旅行に向かう人」が主流で、皆の荷物がまだ軽いので見逃してもらえるのだろうが、毎度5〜10KGの重量オーバーをする「割引エコノミー」客など、いつかブラックリストに載りそうなものである。

その上で文句を付けるのは忍びないが、自分の体が大きくなったのか、いつも利用しているTGとかSQで採用している最新機材の設計が座席スペースを広くしているから感じるのか定かでないが、JALのボーイング747型機は座席空間が非常に狭い。どれほど狭いかというと、自分の場合普通に座ると隣の人と両肩がくっついてしまって、お互いに腕が肘掛けまで下りないのである。

もちろんこのギャグみたいな状況には、ちょっとした理由がある。禁煙席で「非常口」をリクエストしたのである。そう、スチュワーデスが離着陸時に座る反対向きの簡易椅子がある空間の、出入口横の席。スッチーとお話できるチャンスがあることも然る事ながら、足元の空間が非常に広いので、足置きと座席幅を除けばビジネスいやファーストクラス並みの姿勢が取れるのである。

航空会社の方も、そこに体の大きな男性を座らせれば、万が一の場合でもドアの開閉やダスターシュートの補助、乗客の整理に協力を求めることができるので、積極的にそう誘導しているようでもある。その「罠」にはまって3人掛けの「真ん中」ながらそこに決めてしまったのである。

「非常時のご協力のお願い」が日本語と英語で両面に書かれた黄色い紙を手に飛行機に乗り込んだまではよかったが、左右の男性が自分より数段「体格の良い」人とは想像もしていなかった。不覚である。でも、後の祭り。

自分が思うのと同じように両隣の日本人ビジネスマンもしまったと思ったかもしれない。でも、彼らには窓側・通路側という「逃げ道」がある。そっちの方向に向けば「呼吸」できるし「拡張」もできる。自分にはその選択肢はない。ただ肘掛けにほとんど触れる事もできない体勢で正面を見るしかない。

足を伸ばす「特権」は、一応享受できるが、上半身が「良い体格」な人が「細い脚」のわけもない。ちょっと足を広げただけで触れ合う位置になってしまう。しかも、こんな密集状況は正視に堪えないのか、正面に座って憩いを与えてくれるはずのスチュワーデスまで我々と反対側の席に二人腰掛けていて、こっちには誰も来ない。

「深夜の地獄」。本当に情けない。両隣の「ぬくもり」が気になって一睡もできない。しょうがないからカクテルをオーダーして座席を離れ、非常口に寄りかかって後ろを見れば、満席のシートにぎっしり並んで眠る人々。なぜだか彼らの肩は触れ合う事もなく睡眠を楽しんでいる。不眠症の人の苦しみが少し理解できる気がしてくる。

もう発狂しそうな気分に陥っていると、外は暗いのに機内に明かりが点る。もう朝食の時間なのである。今度こそダイエットして座席にスペースを作ってやるぞ、と先程心に誓ったはずなのに、しかも全く眠っていない状況で、なぜだかすべてを綺麗に平らげてしまう自分。悲しい性である。

しかも、ちょっと動かせば隣の肘にあたる状態での食事は、左手は胸元に畳み込み、右手の手首から先だけを動かして食べなければいけない。おかゆというメニューもあって箸は諦めスプーンですべてを食べる。こう言うと失礼かもしれないが、身体に障害ある方々の大変さがちょっとだけわかる。本当に不自由である。

何とか食事を終えて左右を見渡せば、同じ状況で食事した「同士」もやっぱり綺麗に平らげている。こういう体型を維持する必要条件なんだと妙に納得する。こんな滑稽な食事は二度としたくない。早く日本の土を踏みたいと願っていると、隣の方がスチュワーデスに「子供のおもちゃ」をリクエストしている。

機内サービスでちょっとした遊び道具をもらえるのはよく知られていることだが、こんな環境で一晩過ごし食事した後で自分の子供にちょっとしたお土産をあげたいと考えるとは、自分より数段心優しい父親なのだろう。見習って自分もリクエストする。もうちょっと早く気が付いてこれをきっかけにスッチーと会話していれば....、もう遅い。飛行機は成田空港に無事着陸をすましたところである。

久しぶりの東京。スチュワーデスたちに笑顔で「行ってらっしゃいませ」と送り出され、空港に降り立つと冷気が身に染みる。そう、しゃきっとしなければ。買い物リストの品々を家族や会社の人たちが待っている。あれ、何が目的だったけー???



<ホーカー物語2〜情婦>(第七話)

「どこがいいかな−?」
「うーん、ちょっと難しい選択ね。」
「どうしよう」
「ねえ、今から私の家に来ない?おいしいサラダを作ってあげる。トーストにハムにオレンジジュース、ヨーグルトなんてどう?」
「あれ、どこかのホテルのモーニング・メニューみたいだけど、シェフ小春なら、一味違いそうだ。」
「それじゃ今からすぐに来て。用意しておくから。」

んーん。何も違和感がない。自然な朝に感じる。本当に現実だろうか。

コンドミニアムの表通りに出ると、強い日差しの中を車が往来している。数時間前、ほんの数時間前にタクシーに乗せられ、自分の部屋に戻ったばかり。あの暗闇がもうこんなに明るい世界に変わっている。

手を車道に向かって斜め上に持ち上げて、タクシーを止める。車体全部が黄色の「イエローキャブ」とか、青色の「コンフォート」タクシーもあれば、今止まったタクシーのように上半分が黄色で下半分が黒色の「イエロートップキャブ」など、数社の寡占市場ながらも、どこにでもタクシーは行き来している。

驚く事に、人口当たりのタクシー数は、東京とさほど変わらないらしいのだが、普段見かける頻度といい、利用する回数といい、東京で生活していたころとは比較にならない。タクシーの車種はほとんどトヨタのコロナかクラウン。日本のタクシーでもクラウンかセドリックが主流らしいからほとんど遜色ないのに、どうしてこれほど「身近度合い」が違うのだろうか。

そう言えば、ニューヨークのタクシーもイエローキャブなんていったなー。あー、あっちが本家本元か。日本人女性がアメリカ人を漁って誰でも「乗せる」ことを嘲笑して「イエローキャブ」と呼んでいることもすっかり有名な話しである。今乗っている「イエロートップ・キャブ」なんて、もしニューヨークのタクシー界に登場したら、日本女性もすっかり積極的になって「男の上に乗る」ようになってしまった、なんて陰口を叩かれるのだろうか。

それに比べてシンガポール女性には浮いた話しを聞かない。シンガポールに在住するどんな日本人男性に聞いても、シンガポール人との「情事」など想像もつかないと答えるに違いない。それぐらい「難しい」問題である。まず「気が強い」。いや、強すぎる。ちょっと意見が違うと「偉そうに」反論してくる。

何が「偉そうか」というと、わかりきっていることや正論を「自分は正しい」という面して先生口調に抜かしやがるのが「可愛げ」ない。その上自分の行為には甘く、遅刻や割り込みなど「当然」という顔していつでもやってみせる。もうちょっと周りに気を使ったらどうかと言いたくなるが、そんなニュアンスを伝える英語ももどかしい。

じゃあ、それを補うだけの知性や容姿があるかと言えば、まあ「NO」と言いたくなる。もちろん個人差が大きいが、小学校でほとんど一生の進路が決定してしまう教育システムの弊害で、一部のエリートを排出する一方、大部分の「敗者」が町中でたむろしている。スタイルのいい女性と「開き直っている」女性の差も大きいし、ごく一部の美人と「眼鏡&ノーメイク」の「あきらめ派」との落差も激しい。

そんな女性達が一様に「シングリッシュ」で生意気にまくし立てれば、日本人いや、多分世界中の男性からあまり「好かれない」タイプの「女性像」が産まれてもおかしくない。結局シンガポール人同士の結婚に行き着くらしいが、「家庭内暴力・いじめ」で夫が被害者になる比率が他国に比べかなり高いらしい。「やっぱり」という感じである。

そんな環境下、小春との出会いは「革命」に近いものである。彼女が純粋なシンガポーリアンかどうかはさておき、シンガポールで出会った中国人女性として彼女は格別な存在。これはまさしく幸運なんだろう。でも、この国では少なくとも「シンガポール人との浮気の一つもありえない」と夫婦共に信じている一般日本人家庭には、衝撃的なニュースでもある。しかも誰もがそういうことが起きても納得してしまう存在である「小春」。

(次回へ続く)



12月6日

<仕種>

「文化の違い」。この永遠のテーマは、いつでもどこでも考えさせられる。中でも仕種や慣行は、何気ない状況で飛び出すだけに「違和感」も強く感じる。

例えば数の「数え方」。日本人は普通、じゃんけんのパーの状態から親指を曲げて一として、順に小指まで折り曲げ五とする。いわゆる「指折り数える」時の仕種。もちろんその逆に、グーの状態から「人差し指」を伸ばして一から数え、四までカウントしたら最後に親指を持ち上げて五とする場合もある。

それに対し、アメリカ人はじめ西洋人は一般的に、グーの状態から親指を相手に突き出す動作から始めて、小指まで「突き出し」て五まで数える。日本人が「指折り招き入れる」のに対し、攻撃的というかアピール主体の数え方に感じる。仕種に関してどちらがいい悪いなどと言うつもりはないが「あー日本人じゃない」と感じる瞬間である。

シンガポール人の場合どうかと言うと、自分たちの第一言語を英語にするくらいだから、当然西洋的なカウントをする。自分など写真を撮る時に日本人的に「人差し指から薬指まで」立てて1から3までタイミングを取ったら、シンガポーリアンに大笑いされてしまった。それぐらい珍しく写ったらしい。

では、ほとんど中国人が占めるシンガポールには「中国式」はないのか、と言えば、一応あるらしい。しかも片手で12まで数えることができる。その方法は、パーの状態から親指を使って各指の「腹」の部分を親指で触れて行くのである。

各指には関節が3つあるので、手のひらを開いて見ると各指3本の筋で3個所に別れて見える。そのひとつずつを親指を使って、人差し指の「一番上」から「三番目」まで1〜3を数え、次に中指の「一番上」から「三番目」まで4〜6を数える。この「親指ポイントアウト」を繰り返して小指の「三番目」まで行けば「12」を片手で数えることができる。

言われてみれば、なかなか明快。5本の指を目にして「12進法」を発想するなど中国四千年(?)の歴史を感じる。ちなみに「893さん」は日本式なら5まで数えられても、中国式では10か11しか数えられないのかなー、というのは考えすぎであろうか。

あと、異文化といいながらすっかり違和感を感じなくなったことには、食事方法がある。ホーカーから安いレストランまで食器の王様は「スプーンとフォーク」。この赤ん坊から老人まで使いやすい組み合わせで食事する姿は、もうすっかり生活の一部である。

ところが、未だに抵抗感があるのが「ビニール袋ジュース」。日本なら縁日の金魚すくいで使うようなビニール紐付きビニール袋に、ひしゃくのようなものでソヤビーン(豆乳)を注いでもらい、50セント(約40円)払ってオフィスへの帰り道すがらにストローで飲む姿は、どうしても真似したくない「文化」である。

あと「携帯電話」の使い方。日本でも携帯の利用マナーがうるさく批判されているみたいだが、この国はそもそもマナーという発想に乏しいからやりたい放題である。車を運転しながら電話するのは「当然」として、電車でもバスでもオフィスでも、映画館、階段、エレベーター、トイレ、レストラン、授業中でも、何でもかんでも「有り」。それを指摘したり批判するどころか「競って」そういうことをしている。

でも、実は、そういう自分も先日「携帯電話」なるものを買ってしまいました。ついつい魔が差したのでですが...半年後には自分も大声で所かまわず話す姿が目に浮ぶ...???。



<ホーカー物語2〜記憶>(第六話)

夢の中をさまよっている。気持ちよさそうである。

「だだっこさん、もうお休みの時間だよ。電話切るよ。」
「いやだー。来てくれると約束しないと電話切らないもーん。」
「わかった。じゃあ、レコード止めて、僕を外に迎えに行く支度をしたらもう一度電話してよ。」
「よし、それならいいわ。」
「僕も支度があるから、着替えたらベットに横になって5分してから電話するんだよ。」
「わかったわ。それじゃまた後で電話するわよ。」

ガチャガチャと受話器を置く音がして切れた。本当にまた電話があれば出かけるし、なければこのままベッドで寝てしまおう。何となく気持ち良く眠れそうな気がする...。



トゥルトゥルトゥル、トゥルトゥルトゥル、トゥルトゥルトゥル...

なんだうるさいな。もう少し寝かしてくれよー.....うーうーんん??、あれ、どうしたんだ?

トゥルトゥルトゥル、トゥルトゥルトゥル、トゥルトゥルトゥル...

あー、電話か、あっ小春からか?

「もしもし」
「ハロー、グッドモーニング」
「おはよう、小春ちゃん。」
「ああ、起きていた?」
「うーん、まあ。」
「あーそう。あのー、ねー、昨日私なんか言っていた??」

うーん、確かに何か会話していた気がする。でも、ここは自宅のソファーの上。電話機のすぐ横で寝ていたみたいである。電気もクーラーも、扇風機まで点けっぱなし。寒かったのか、クッションを3つくらい抱えて、新聞まで体の上に乗っている。そうか、あのまま寝てしまったのか。

「あー、何か外はもう明るいみたいだね。」
「そうよ、今は土曜日の朝9時。私もさっき起きたところよ。でも、ベッドに潜って寝ていたのに、外着に着替えたままなのよ。」

おー、そんな展開だった気がする。

「んー、何だったけ。今から会おうとか言っていたんだっけ。」
「うーん、それがよく覚えていないのよ。あなたから電話がかかってきて、レコードを取り替えたところまでは覚えているんだけど...。」
「まーそんなことどうでもいいんじゃない。それより朝ご飯は食べたの?」
「いいえ、まだよ。ちょっと昨日のワインが残っている気もするけど、なんかさっぱりしたものを食べたいわね。」
「おー、それはいい。どこに行こうか?」

そう言いながら、頭の中はレストランのリストがくるくる廻り出す。なかなか良い店が浮ばない。「こってり」したものや「辛い」ものならどこにでもあるが、日本人好みの「繊細」な味は、やはり日本レストランか「家庭の味」だけである。かといって朝早くから営業しているところは思い当たらないし、自分のレパートリーは「ラーメンとチャーハン」ぐらいである。

(次回へ続く)



11月29日

<合理的駐車>

何もかも金銭的時間的合理性を求めたがるのが「シンガポール人」という人種のようである。いつもはこれと言って批判的にも好意的にも感じているわけでないが、先日ちょっと変わった側面を見る事ができた。

いつものようにコンサートの予定など入れてしまい、シンガポール島内では1、2を争うコンサート・ホール(ビクトリア・ホール)に出かけたのだが、開演時間を少々過ぎてしまい車の置き場所に困ってしまった。ちょっと離れたところに公共駐車エリアがあるのだが、「子供の為のコンサート」なので公演時間も1時間ぐらいしかなく、悠長なことをしていてはコンサートが終了してしまう。

しょうがないから家族だけチケットを渡し正面入口で降ろして、自分だけ駐車場を求めてさまようことにした。ビクトリア・ホールの周りは見事なぐらい路上駐車の車が取り囲み、一寸の余裕もない。しかも駐車は一重ではなく、道幅の広いところは「二重・三重」の駐車が「整然」とされている。近所で交通整理しているガードマンに聞くと「お前もそこに駐車したら?」などとのたまう。

よく見れば、車一台分が駐車できるスペースがある。でも、そこに駐車すると明らかに周辺10台以上が全く動かせなくなる「ツボ」の位置。常識的に考えてとても置く気にならないが、コンサートはちゃくちゃくと進行していることを思うと選択の余地はなさそうである。ここは罰金覚悟で駐車してみる。パーキングエリアの外だから、チケットも置かずにコンサートに向かった。

途中からだが、予想通り「芸術などには金をかけない」シンガポールらしいコンサートを見て急いで車に戻ると、何という事もなくそのままの状況である。考えてみればコンサート目的の人以外ここに車を置くはずもなく、歩道に近い方に止めていても遅かれ早かれ自分の車は救済されるのである。なーんだ案じることなかったと思い車を進めると、警察の車が2台取り締まりに来ている。

しかし、二重・三重などいかにも「違法」な駐車を取り締まるわけでもなく、正面入口で警告灯を回転させながら、「今から取り締まるぞ」という姿勢だけアピールしている。コンサート終了後に「もたもた」せず、速やかに車を移動させることを促している様子。周りのシンガポール人も急ぎ足で車に向かう姿が見える。

うむ、これはなかなか「合理的」である。コンサート会場に車で乗り付けたい気持ちは皆同じ。地下鉄やバスの便が不便なコンサートホールだし、タクシーもつかまりにくいと来ている。しかも、公共駐車場からは離れていて、コンサートホールの駐車場はほとんどない。もちろん拡張スペースもない。その答えが「黙認」なのである。

コンサートの間だけは「駐禁」を大目に見る代わりに、終了後には速やかに移動し、近所や他の車の迷惑にならないように促す。非常に合理的で無駄がない。ついでに利用者の不満もない。警察と車住民の間にそういった暗黙の了解があるのなら、シンガポールにも粋な面があるではないか。

規則がそこら中に転がっているシンガポールで、何となくほっとする出来事であった。



<ホーカー物語2〜悪酔>(第五話)

「いいや、無理だろうね。」
「あら、あっさり白旗降るのね。」
「ごめん、君とは遊びじゃないけど本気でもない。」
「妙に神妙ね。」
「そんなに攻めないでくれよ。君だってわかっているくせに。」
「わかっているわ。」

急に黙り込む小春。静けさがあたりを漂い始める。電話口からはクラシック音楽がゆったりと流れる。

「会いたかったのよ。ずっと...。」
「えー?」
「ずっーと、あなたの電話を待っていたの。」
「そんな...。」
「おかしいでしょ。たった一晩過ごしただけなのに。でも、何だかずっーと忘れられないの。」

猛攻の後、突然「お涙」とはこちらがびっくりしてしまう。

「ワインで悪酔いしてしまったのかな?」
「いつもはそんなことないの。あーあの、いつも誰にでも抱かれるわけじゃないのよ。」

ちょっとろれつが変な気がもする。

「そんなことは分かっているよ。」
「でも、今回はなぜだか寂しいの。」
「いい女がどうしちゃたの?」
「なんだか、自分でもわからない...。」

頭の中がくるくる廻ってしまっているのが、手に取るようにわかる。

「ねえー、今からこっちにこない?」
「えー何言ってるんだよ。こんな夜中に。」
「いいじゃない、どうせヒロシも独り寂しくしているんでしょ。」
「行きたい気持ちは山々だけど、そっちに着いた時にはもうぐっすり寝ちゃっているんじゃないの?」
「そんなことない。ちゃんとエントランスで待っている。」
「だだっこみたいに言わないの。」
「だだっこだもーん。」

(次回へ続く)



11月22日

<サーカス>

「サーカス」と言っても動物とか空中ブランコを使って楽しませてくれるサーカスではなく、円形になっている交差点のことである。シンガポールに一個所だけ「ニュートン」と呼ばれる交差点に残されている。5方向からその円に進入し、5方向に抜けることができる。

首都高速の環状線と言えばイメージしやすいだろうか。いつでも隙があれば進入し、自分の行きたい方角に抜ける。「時計周りに廻る」ことと「外に抜ける車が優先」というルール以外はすべて自分の判断。空いている時には非常に効率的だが、混雑している時には収集がつかない。だから、ピーク時間だけ「信号」が点滅する。

シンガポールの道路はイギリスをモデルにしているので、以前はそこら中にサーカスもあったらしいが、今はここだけ。マーレシアから「輸入」している飲料水が通る太いパイプが埋設されている上に川まで流れているので、他の個所みたいに「立体交差」にできないらしい。

そこをオーチャード通り方面に抜けて行くと、今年も「クリスマス・デコレーション」の季節がやって来ている。道路を横断するイルミネーションは左右に立ち並ぶビルにまでつながり、夜ともなれば一面の「光の渦」と化す。もう3回もこんな光景を楽しめることになる。

今年のテーマは「TOY」、おもちゃである。オーチャードの左右に点在する道路照明にはピノキオとか電車をイメージした飾りが施され、ほとんど例外なく「HITACHI」の文字が付いている。そう、あの「日立」がメインスポンサーとなっているのである。今年の決算は厳しかったと聞くが、そんなこと「どこ吹く風」といった感じの太っ腹である。

そう言えば、ライバルの東芝も長年続けた「サザエさん」の独占スポンサーの地位を譲り渡し、共同スポンサーになったなんていう噂も耳にする。もう2年近く見ていないから確認はできないが、日曜日夕方の最後の「ほのぼのお笑い」時間として貴重な番組である。思えば自分が小学校の時から見ていた気がする。

オーチャードをスコッツ通り方面から東へ進むと、やがてあの「高島屋」が見えてくる。あくまでも噂だが、今年もなかなか思うような業績を上げることができなかったとか。もちろんどこのデパートも売り上げ急減らしく苦しいという話しだが、「あの」高島屋でも例外ではないと言うのが厳しい。でも今はクリスマス・セールの幕が開き、店内は子供連れで一杯。

伊勢丹・高島屋を横目に更に東へ進むと、パラゴンSOGOが登場。そのまま進めば、やがて倒産した「ヤオハン」跡地に駅ビルが建とうとしているのが目に入る。大丸がそこに入るという噂も...。そのまま構わず進むとまたもやシティーホールのSOGOが見えてくる。その斜め前は有名なラッフルズホテル。

ここまで来てもまだクリスマスデコレーションが沿道を賑わしている。もちろん提供は日立。もう少し海の方まで進むと、戦没者を祭ったモニュメントが見えて来る。日本軍の戦火で倒れたシンガポール軍の鎮魂碑である。そこにラッフルズとかウエステイン・ホテルに宿泊した日本人観光客が群がる。

どこまで「日本」が影響しているのか計り知れない。観光も産業も商業も、そしてクリスマスの「夢」までシンガポールに提供している日本人と日本企業。日本本土の不況の足音が、東南アジアの「不況音」と合わさり大通りを「闊歩」しているこのシンガポールでも、まだ「夢」がある気がする。

そうか「サーカス」が起点だったか。子供のころ見た「キグレ・サーカス」の夢からだいぶ「現実」を歩んできた。いつまでもあの「夢」は心に残っている。その「夢」を自分の子供たちにも絶やさないようにと、みんながんばっている。現実がいくら厳しくても、いや厳しいからこそ「夢」は大切である。

「サーカス」を車で通りながら、そんなことを思い浮かべる。



<ホーカー物語2〜結婚>(第四話)

「一人で生活を初めてから、考え方とか変化してきた?」
「あら、急に難しそうな話しね」
「いやー、夜は長い。ちょっと哲学してみるのもいいんじゃない?」
「うん、確かに一人でいろいろじっくり考える時間は増えたわよね。」
「例えば?」
「一言では言えないけど、これからどうしようかなーとか。」

ちょっと意地悪な気もする。でも、こういう話しを面と向かってできなくても、電話線を通すと不思議に素直に語れることもある。このいい女がどんなことを考えて生活しているのか、好奇心がふつふつ沸いてくる。

「結婚とか考えないの?」
「まあ、やけにストレートな質問ね。」
「美人の結婚観なんて滅多に聞けないから。」
「またうまいこと言って...いつまでも若くないぜ、と言いたいくせに。」
「そりゃそうだ。でもいろいろな年齢の重ね方があるしね。」

本心である。何も若いばかりがいいわけではない。実際老人が「もし自分が若ければ...」という時の若さは、必ずしも十代とかの若さでなく、20〜30代を指している場合が結構多い気がする。30代前半の女が一番魅力的だという声も多い。

「結婚とかも、自分を魅力的にする手段とは思わない?」
「どういう意味?」
「自分の価値観とは少なからず違うアイデンティテイーを持った人間と新しく生活を始めるというは、自分に違った側面を加えるチャンスだと思うんだけど。」
「そうかもね。自分の考え方だけでは発展も限られているかもしれないわね。」
「だからって君にすぐ結婚を勧めるつもりはないけど...」
「どうして?」

自分で話題を振っておきながら、ちょっと話しがまずい方向である。自分こそが家族持ちでありながら魅力的な女性の誘惑から逃れられなかったのではないか。

「まだ君は家庭に納まらずに独身をエンジョイした方がいいんじゃないかな、って思ってさ」
「その方があなたに都合がいいから?」
「そう言われちゃうと苦しいけど...。」
「やっぱり私とは遊びだったのね」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあどういうつもり?」

いけない。どうも「お決まり」のパターンにはまりつつある。こんな絵に描いたような別れ方はしたくない。

「人生の一時期に巡り合った、ただそれだけ。」
「私は通過点なの?」
「そう、すべての出会いが長い人生の通過点だと思うよ」
「あなたの奥さんやお子さんとも?」
「そう、輪廻天象の一時でしかない。」
「本当にそう割り切れる?」

ぐうの音も出ない。後ろは断崖絶壁の「理屈」である。自分ではじめたチャンバラ・ゲームで相手に喉元を突かれそうになっている。

(次回へ続く)







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