シンガポール滞在日誌

毎週日曜日更新 (SINCE 30 MARCH 1997)


2月7日

<引越>

家が無事決まれば当然「お引越し」が行われる。日本国内では幾度となく体験したが、シンガポール島内で「本格的」な転居は初めてとあって、なかなか面白かった。

まずは、引越し業者の選定。見積もりを出させて「値段と質」で一番割安なところを選ぶのは日本と同じなのだが、やっぱりローカル(シンガポール人経営の地場)業者は評判が悪い。引越し作業中に貴重品を盗まれたとか、禁煙ゾーンで咥えタバコのまま荷物の搬入を行っていたとか聞くと安心して任せるわけにはいかない。

「貴重品」といっても、パスポートや現金、宝石類は誰でも自分で管理して気をつけているものであるが、ちょっと高価な靴や洋服、お皿といった次元でくすれられても、その場ではとうてい気づかない。しかもそういった業者の作業員は英語すら通じないアジア周辺国からの「出稼ぎ」的労働者が大半である。

まあ、自分には盗まれたり壊されて困るような「高価な代物」がほとんど見当たらないが、やっぱり気持ち悪いので世界の「日本通運」と日本人が地元で経営していて評判高い「クラウンマン」に絞り、引越し希望日に空きのあった「日通」に決定。何だ、日本からシンガポールへ移転した時と同じになってしまった。

引越し作業自体は日本人に教育訓練されたと思われる数人の作業員が「日通」らしい手順で進めて行くので落ち着いて見てられる。オフィス移転とかでもよく利用した覚えがあるし、だから以前「日通提供番組」で「ラジオインタビュー」とかにも出演者に選ばれたのかなー、と考える余裕があった。

しかし、引越しは「移動」という物理的作業より、「住所・電話番号変更」という問題の方が大きくのしかかってくる。日本にいた時よりよく利用している各種クレジットカードだけで10件近く。子供の学校や新聞・日本人会・免許証、ケーブルテレビに至るまでその数30は超える。日本でも手間がかかることに変わりないのだが、ここでは英語で行う面倒くささと、本当にちゃんと手続してくれるのか今一つ信用できないシンガポール人相手である。

例えば郵便局の配達先住所変更の手続には「手数料」を取る。一ヶ月当たり30ドル(2500円」ぐらい。早めの住所変更を促す為の料金徴収なのだろうが、これが全然当てにならない。実際自分でもそのまま「元の住所」に届けられた郵便物を以前の住人に転送してあげたりしたことが幾度もある。

先日「引き渡し」で以前住んでいたアパートに足を踏み入れたら、何と配達先指定の郵便がドアの下の隙間から差し込まれている。銀行からの住所確認を兼ねた残高明細の通知書で、本来そこの居住者に「手渡し」できなかったら「配達依頼先」に差し戻すべきレターである。この分では新しいクレジットカードとかも「誤送」されるかもしれない。

小さい国だけに便利なこともある。ガス・水道・電気はまとめて「POWER SUPPLY」と呼ばれており、手続は一括で終了。しかも料金の銀行自動引き落としの指定も変更しなくて済む。電話もエリアによって最初の3桁が決まっているので、エリア外の転居では番号変更を余儀なくされるのだが、手続はほとんど電話一本で終わる。

ケーブルTVに至っては、自分でアダプターをアンテナに再接続して見れればOK。月々の請求書送付先を変更してもらえばいいだけ。政府系のサービスはとことん合理的である。「印鑑」がいらない社会だから楽なのかもしれない。

とにかく、1週間ぐらい費やして何とか落ち着いてきた。新居・旧居共にご近所でお世話になった人たちには「引越しあいさつ」してきたし、子供も新居の周辺で友達ができはじめたみたいである。慌ただしい中にも、新年(旧正月)を迎える準備ができてきた気がする。



<ホーカー物語2〜湾岸>(第十三話)

「ねえ、外にでましょう」
「どこに?」
「カラオケ行かない?」
「ほう、どんな曲を唄うの?」
「日本の歌も唄えるわよ」

こんな眩しい太陽が空に昇ったばかりの土曜日だから、日本だったらドライブしたり外でバトミントンでもしようか、という発想になりそうなものだが、年柄年中繰り返される天気だから別に「勿体無い」という気持ちにはならない。むしろ日差しが強すぎる間は室内に居るに限る。

二人そろってエレベータに乗り込み、コンドミニアムの外でタクシーをひろうことにする。美人が手を挙げるとすぐにタクシーもつかまるのは、女性が社会進出著しいシンガポールでも、タクシードライバーは圧倒的な男性社会である証拠かもしれない。

小春の住むイーストコーストから繁華街のオーチャードへ向かう高速道路は、日本でいう「湾岸道」である。横浜から東京を抜けて千葉に向かう「高速・湾岸」ほどの規模も距離ももちろんないが、ダイナミックさと景色の爽快感はそれほど引けを取っているとも思えない。

中でも、シンガポールリバーの河口を横切るアーチの為に登る坂の、その一番高くなる近辺に差し掛かると、SHENTON WAY からボートキーへ連なる高層ビル群が突然「車窓前方」に広がってくる。昼間は赤道直下の太陽、夜はビルに灯る電気で光輝く「摩天楼」は、見るものを思わずうならせるものがある。

そして車の左側の窓からはマリーナ地区の緑が大きく広がっていく。以前は本当に「湾岸」に位置したこの高速道路も、領土拡張の為の埋め立てで必ずしも海岸の近くを走るわけではなくなったのであるが、その埋め立て地に「植林」された木々が南国の太陽でスクスク成長している。

地盤が固まるまで後5年くらいはこのままにしておき、計画では一大商業ゾーン建設を政府が行うらしい。そのころまでにこの「不景気」が収束してくれればいいのだが、日本のように「バブル期の構想」なんて言われかねない状況である。

ボーっと窓の外を眺めていたら、いつの間にか小春が腕を組んで寄り添い、頬を肩のあたりに乗せてきている。どこから見てもアベックの姿である。満更でもないが、このままこのタクシーが何かのトラブルに巻き込まれて二人の関係がクローズアップされたらどうなるのだろうか。ふとそんな不安も頭の中をよぎる。

(次回へ続く)



1月31日

<家探し>

2年なんて、実に早いものである。96年12月に当地へ足を踏み入れ、2週間強のホテル生活から前任者の住んでいたコンドミニアムに移り住んだのが97年1月。そこに「航空便」で送付した荷物が届き、次いで今のマンションに再び移り住み、船便の荷物を受け取ってシンガポールでの本格生活が始まったのが2月1日である。

旧正月前後に家族とも合流して、3月末にはこのホームページを立ち上げることになるのだが、もう随分昔の話しのような、つい先日のような。それでも、当初の契約期間である2年は着実に経過しており、「家探し」を経てこの度新居へ移動することになったのである。

本来、着任当初は前任者のコンドミニアムに住まわせてもらった方が精神的にも肉体的にもどれだけ助かるかわからないのだが、そのころのシンガポールはまだ経済成長の熱気冷めやまらぬ時期であり、家賃も「右肩上がり」が当たり前。自分の予算ではとても前任者のところには住めずに、泣く泣く転居したものである。

それが、たった2年の月日の間にシンガポールを取り巻く環境は一変。土地も車も現地人給料も下落して、家賃も当然ながら「借り手市場」に変化している。幸か不幸か、オーナーが借家人(つまり自分のこと)に何の了承もなく(契約書上は借家人の了承は必要ないと言われればそれまでだが...)今住むコンドミニアムを売り払ってしまい、契約終了時に立ち退くことを要求されてしまった。

また「流浪の民」へ逆戻り。しかし、前よりは知識的にも条件的にも格段によくなったので、これは「経済実態調査」のチャンスとばかり、いろいろ物件を見て廻ることにしたのが去年の11月である。

物件を探し始めてまず驚いたのが「空き家」の数。予算さえ合えば、いや多少予算オーバーでも交渉しだいでほとんどどこのコンドミニアムに「即日」入居可能なのである。シンガポーリアンは通常「HDB」と呼ばれる政府が建てた団地を購入して住んでいるので、「賃貸部屋」はほとんど非居住者、つまり日本人を初めとする「外人」がターゲットである。

ところが、在星外国人の数は今も着実に減少しており、不景気の煽りで「高給取り」ほどその減りかたが激しい。つまり「高級」と呼ばれたマンションほど家賃の下落が厳しいのである。だからその一部も我々庶民の「予算圏内」まで登場してくる。

しかも、日本の企業は余分な経費がかかり易い「家族持ち」は帰国させて、独身者や単身赴任者を増やし始めている。そうなると、ますます家族向けの「広めな部屋」にも借り手が付きにくく、マンション全体の家賃体系に「いい」影響を与えるのである。その上、交通の便が悪いところは「レンタカー付き」とか、近くにある会員制クラブの「会員証付き」、なんて物件まで登場する始末である。

面白い発見もある。西洋人と日本人では「住まい」に対する価値観に大きな違いがあるので、どんな物件でも自分がいいと思う家では日本人しか「競合相手」が登場しないのである。西洋人は「車社会」の発想であり、少しでも静かで広いプライベート空間を求めるのに対し、日本人は「利便性とステータス」が二大条件であり、車がなくても生活できる繁華街の近くを好む。

それに、日本人駐在員の「奥様族」にはブランド品のバーゲンを漁りまくる人たちが大勢いる一方で、現地人が利用する「ウエットマーケット」と呼ばれる卸市場で毎日買い物したり、ホーカーセンターで安くて美味い食事を探求する人も結構多く、HDBが林立してシンガポール人密集地と化しているところにも好んで住んだりする。

もうひとつ大きな基準は「学校」。日本人学校やアメリカンスクールの周りにはそれぞれの国民の駐在員が集まる傾向があるのは想像に難くない。バス通学と言えども、働く父親の「通勤」より可愛い我が子の「通学」が優先されるのは万国共通のようである。

やっぱり欠かせない「情報」は、今住んでいる人たちから聞く「評判」である。高温多湿で建物や金属の疲労が激しいこの国では、台所や風呂といった「水周り」に問題がある物件が多い。当たり外れもあるのだが、マンション施行の当初から「手抜き工事」などで「全館全滅」状態も間々あるので要チェック。他にも多々「チェック項目」が存在するが、それは生活実体験から来るもの。仲介業者はそんなこと教えてくれないし、気にもしないのが普通である。

最後にオーナーがどういう状況か、つまり人柄や経済的に問題がないかが決め手になる。オーナーとの相性もあるが、性格的に細々注文を付けてきたり、オーナーが修理すべきことをいくら訴えても取り合ってくれないと快適さが大きく損なわれる。それに、共働きが常識的なシンガポールで、夫婦のどちらかや二人とも職を失ったから今住んでいるコンドミニアムをレンタルに出すケースも急激に増えている。本人は親戚の家に「間借り」するみたいなのだが、そんなオーナーには多くを期待できないのは自明の理である。

ああでもない、こうでもない、と問答を繰り返し、さんざん探索、紆余曲折の末に今回の新居に落ち着いたのは今年に入ってから。見た物件総数は30以上に上った。これがベストの選択であったかどうかは、これからじっくり「感じる」こと。「転勤族」である限り、今後将来こういう家探しをする時期が幾度となく来るだろうが、また一ついい経験ができたと思う。



<ホーカー物語2〜胸境>(第十二話)

「胸の膨らみの硬さも、人によって差があるのは当然だろうけど、年齢によっても違うんじゃない?」
「そうね、私も人のことはよくわからないけど、年齢と共に柔らかくなってきた気がする。」
「そうなると、どこからどこまでが胸で、どこからが周りの脂肪なのか区別つかなくなるんじゃない?」
「変なところに気が付くわね。」

言いながら頭に浮んだのだが、以前日本で「寄せて上げてブラ」が流行したことを思い出した。ブラジャーを付ける時に周りの「お肉」も手繰り寄せれば、一サイズ上の大きさになると宣伝していた覚えがある。そんなのインチキと思いながらも、じゃあどこからどこまでがバストかと聞かれてもよく分からない。

「付けるブラジャーによって形が変わるような気がするんだけど」
「気がするんじゃなくて、本当に変わるものよ」
「そういえば、マリリンモンローもバストの形が崩れないように寝る時もブラだけは付けていたという話しだし。」
「そうなの?私も真似しようかなー」
「君の場合、もう少し歳をとってから考えてもいいんじゃない?」

どうもさっきから、このテーブルの向こう側に行くきっかけがつかめない。この状態で会話を楽しむのもいいが、「実物」がそこにあるのに「感触」を楽しめないもどかしさ。この前の手触りは...忘れてしまった。何がなんだかよく覚えていない。

「ねえ、そのままずーっとそこにそのまま座っているつもり?」
「どうして?」
「ちょっとこっちにこない?」
「昼日中からエッチなこと考えないように!」
「ちょっとだけ膝に乗らない?」
「その手には乗らないわ」

言うが早いか小春は奥の主寝室にスタスタ入っていってしまった。ご丁寧に、扉を閉める前に笑顔で手を振っていきやがる。お生憎様という表情である。これでは身動きできない。まさに生殺し状態である。

ふてくされて齧りかけのりんごを頬張っていると、ドアが開いてよそ行き姿の小春が登場してくる。服を着てなくてもいい女だが、着こなしスマートにアクセントを付けても「見栄え」する女である。

「美人は三日で飽きても、○○は三日で慣れる」なんて言うが、いつ見ても飽きない美人もいる。いや、これも結婚する前だけなのかもしれない。「その後」を自分で確かめることができないし、そのつもりも今は毛頭ないが、とても興味をそそる。

(次回へ続く)



1月24日

<ベストヒット>

PHIL COLLINS ... HITS、U2 THE BEST OF 1980-1990、 MARIAH #1's、ABBA....等々、TOWER RECORD や HMVといった「レコード店」の店先に並ぶ懐かしいミュージシャンの数々。

マライアはともかく、大半のアーティストは音楽関連の店をまだ「レコード店」と呼んでいた頃に人気を博していた面々である。CDがまだ走りで、レコードとCDと両方出版した経験を持つ人たちの「復古版」的CDが、今大量に安く売り出されている。

しかも、中味はどれもビルボード誌の TOP10 に入ったような大ヒット曲。それを、惜しげもなく満載して、お値段「S$19.90(=1,400円前後)」也。「この曲とこの曲が入ったCDは持っているけど、これはないなー」などと店先で少しだけ考えるのだが、「このプライスと内容なら...おっーフィルコリンズが TRUE COLORS を唄っているのかー、U2も一曲ニューリリースが含まれているぞー」と、思わず背中を押されてレジに向かってしまう。

こういうと変な喩えかもしれないが、長年働いて(活躍して)得たストックオプションを、価値が下がる前に売り払っているようなイメージである。そう言えばこのごろのダウジョーンズ市場も乱高下が続くし高値波乱の様相が強いなー、これならビルゲーツならずとも持株を売りはらって、オプション権も行使するに限る、と判断してもおかしくないな...などと勝手に連想してしまう。

考えてみると、「BEST」なんて出版する時の状況は、「峠」を超えた直後か「隠居生活前」の貯えを考える時期である。なぜなら、絶頂期に「ベスト」を編集したらヒット曲がちりばめられている今までのCDには見向きもせずに、そのCDだけ買ってしまう危険があるから。「勢い」があるうちは、ヒットしそうもない曲との「抱き合わせ販売」でも売れそうなものである。

アーティスト個人としての「ピーク」もあろうが、これだけいろいろな人が一斉に「過去の総決算」を行うとなると、どうもアメリカという国自体が一旦ピークを迎えている気がしてならなくなる。どのアーティストもアメリカでの活動に今終止符を打っても後悔しない状況にしているとも理解できる。

もっと大きく捉えると、20世紀末的な行動かも。2000年の直前には「現金」を持つ人が増える見込みだし、彼らも作品を現金化しているのかも。だってコンピュータが動かなくなったらどんなクレジットカードやキャッシュカードも意味を持たなくなるし...もしかして、CDにも2000年問題が絡んでいたりして...ははは、考えすぎか。

それにしても、「名曲」はいつまで経っても名曲である。自分の学生時代の思い出と絡んでいるから、なお更よく聞こえるのだろうけど、この時期にこんな形で「総集編」を手にできるとは思ってもみなかった。自分には非常に喜ばしい現象である。



<ホーカー物語2〜肩凝>(第十一話)

「うまいもんだね。」
「こうやって剥くのは得意なの。小さい時からよくやったわ。」
「最後まで切らずにできるの?」
「当然。」

丸いりんごから一筋の赤い紐のような皮が垂れ下がる。白い部分が広がる赤いりんご。小春の肌の色に溶け込んで行く。そしてどこまでも続く赤い帯だけが浮かび上がる。

「僕は不器用だから、そうやって皮を剥けないんだ。」
「そうなのよね、日本の男性って、自分で果物の皮をうまく剥ける人が少ないみたいね。」
「そう。小さい時は母親、大人になっても彼女か妻に剥いてもらうから。」
「一人暮らしとかで食べたくならないの?」
「どうしても果物食べたければ、缶詰かバナナかな。」

そうこうしている間に、りんごは完全に小春と「同化」している。

「はい、どうぞ。」
「おー、ありがとう。」
「丸ごとでいいでしょ?」
「うん、これで十分。」

小春の体の一部を差し出された錯覚に陥る。もう一個を手にとり剥きはじめる小春。何回見ても飽きない光景である。

「ちょっと、かじったままよだれ垂らさないでよ。」
「おーっと、失礼。」

見とれてしまってまたアホ面さらしてしまった。小春はクスクス笑っている。笑うと当然のことながら「おっぱい」も揺れる。骨が見えそうなぐらい痩せているのに、どうやってくっ付いているのか不思議なぐらいふくよかな胸である。しかも、先がつんと上を向いている。

「ねえ、そういう物を胸に付けていると肩がこらない?」
「そういう物って、バストのこと?」
「うん、どうやってその突起物を重力に逆らって維持しているのかなーって思って。」
「そうね、あんまり深く考えたことないからよくわからないけど、確かに肩凝りはあるわ」
「だってさ、例えば重たい荷物を壁にそって上から持ち上げるとするじゃない」
「荷物じゃないけど、まあいいわ」
「そのロープが肩までつながっていて、背中の方で固定されたとすると、結構な負担だよね」
「つまり、おっぱいを支えている筋肉が肩をてこにして持ち上げているということ?」

自分で胸から肩にかけて筋肉の筋を確かめるように撫で上げる小春。無意識ながら、いや、だからこそ何とも色っぽい。

「そう思うと肩が凝ってきそうね。」
「それに、もう一つ不思議なことがあるんだけど」
「好奇心旺盛ね」

(次回へ続く)



1月17日

<空間>

「この列車、間もなく発車します。お乗り遅れないよう、比較的空いている扉口にてご乗車頂きますようお願いいたします。」

東京でJRや地下鉄に乗って通勤する時に、耳にタコができるくらい聞かされた駅員のアナウンスである。特に朝のラッシュアワーの混雑は「異常」である。小田急のように特急が線路上で「渋滞」するような過密ダイヤでも、身動き一つできないくらい混み合う車内。吊革を握ることができた人に寄りかかるように電車の揺れに身を委ねる人々。

東京の電車内には「快適空間」というものが存在しない。というより、そもそも通勤時間の空間には快適さを求めていない、と考える方が正しいかもしれない。本当に混雑が嫌な人は時差出勤するなり転居することを考えるだろう。ラッシュアワーの大多数はそんなことより「朝のもう一眠り」とか「一時の我慢」を選んでいる。

ところがそれが「世界でも一般的か」と言えば、そうでもない。発展途上国の一つのはずのシンガポールでも、車内でお互いの体が触れ合うくらい混み合うことはほとんどない。そんなに混み合うのなら、次の電車まで待とうとする。中が空いているからと日本の感覚で入口の人を少しでも押そうものなら、皆に睨まれるのが落ちである。

シンガポールの地下鉄は日本のゼネコンが手がけたと聞くが、「仕様」は日本のものとは違い、ロンドンの地下鉄(UNDERGROUND)に近い。一番の特徴は、通路の部分に所々鉄パイプ(支柱)があることと、つり手が中央部分に一列(日本だと通常二列はある)しかない。つまり、座席に挟まれた空間にたくさん人が入ると、どこにもつかまることができなくなる可能性が高いのである。

しかも、日本の通勤列車と違い皆が背広やスーツを着ているわけではなく、インドの民族衣装やマレー系のラフな服装など様々で、とても「寄り添い合う」雰囲気ではない。その結果、ラッシュアワーでも座席に腰掛けている人は足を組んだり新聞を広げたりして「快適空間」を楽しんでいる。しかも一時間も乗車すればシンガポール一周してしまう地下鉄通勤での風景である。

確かに特殊事情もある。シンガポール人は時間にルーズなことを気にしない。出社時間に遅刻したり、ビジネス初対面の約束時間でも平気で遅れてきても謝罪すらしない。時間を守るより自分のペース、自分の空間を守るのである。それがいいかどうか一概には言えない。個人の選択というより「社会の選択」である。

もちろん、ビジネス上の約束時間を守るべきかどうかは、まず議論の余地なく「守るべき」だろう。だが、「自分の空間を守ること・認め合うこと」というのはその社会や風習が決めることだと思うのである。

先日あるオーストラリア人と会話をしていて、シンガポールには「ボデー・スパイス」がない」と言われた。最初は何のことだかわからなかったが、オーストラリア訛りの英語でボデー(Body)・スパイス(=スペース、Space)、つまり「体と体の空間」が「アジア」にはほとんどないので、それに違和感を感じると言うのである。彼曰く、例えば店先で行列を作る時でも人と人との間隔が狭いので居心地が悪いのだそうだ。彼の感覚では前後1メートは離れていないと嫌だと言う。

そうか、日本の学校で「整列」を学ぶ時、自分の両手を前の人の肩の方へ向けて間隔を測ったものである。地域によって違うかもしれないが「小さく前にならえ」という指示では肘を自分の脇腹へ付けて前の人との間隔を測り直し、前に詰めたものである。

彼の言う「1メートル」は彼(=大男)の手の長さであり、小柄なアジア人とは「間隔(=感覚?)」が違ってもおかしくない、などと思ってしまったが、じゃあ普段両手が前に伸ばせるくらい前の人と間隔を取っているかと言われれば考え込んでしまう。

快適空間に「個人差」は当然あるが、社会によってもやはり違いが大きいのである。シンガポールの地下鉄でも耐えられないオーストラリア人は、東京では必ず「発狂」するだろう。そう、日本人ももう少し「空間」に気を使ってもいいのではないかと思えてくる。居住空間・車内空間・オフィス空間・ビル空間・建物空間...従来とは違った切り口の空間が現れると、すごく違った気分になりそうである。



<ホーカー物語2〜胸元>(第十話)

「どうしちゃったの?」
「だから言ったでしょ、気分転換だって」
「それにしても...」
「何かご不満?」
「いえ、まさか。どうぞお掛け下さい。」

正面に座った小春の上半身が見える。形の整ったふくよかな胸元。いつものように背筋をすきっと伸ばしているので、乳首を突き出しているように見える。確かに「気分転換」になる。

「たまにはこういうのもいいわよね」
「いつでも WELCOME です。」
「ちょっと視線が下の方向いているみたいだけど?」
「あーいや、その、綺麗だなーと思って。」

女性の裸を見る機会はよくある、いや、あったという方が正しいかもしれない。シンガポールの街には「その種」の刺激がほとんど全くないので、このごろはめっきり目にする機会が減ったのは確かである。だが、だからと言って女性の裸体に赤面する程うぶではない。

しかし、素っ裸の女性とテーブルで食事する機会など...記憶する限りない。水着がせいぜいである。だから、パンを噛んで咀嚼しそして飲み込むまでの、そのいつもと全く変わらないはずの動作が、新鮮な姿となって目の前に飛び込んでくる。

口を動かす度に微妙に揺れ動く乳房。そんなこと、今まで「覆われて」いて気が付きもしなかった。女性の喉元がこんなに軽やかに滑らかに動くのも、今まで気にも留めなかった。そこには日常の「非日常」部分がある。

「そんな姿でよく食事するの?」
「まさか。これが始めてよ。」
「何か堂々としていて、とてもそんな風には見えないけど...」
「だってこの食卓にいるのは、あなたと私だけ。気にするものはないわ。」
「それって、僕を男とも思わないってこと?」
「ふふふ、男とも思わない人の前で、ヌードになるわけないじゃない。」

何とも釈然としないが、それが「非日常」というやつかもしれない。

「どうも落着かないなー」
「どうして?」

微笑む小春。どうも彼女は目の前でおどおど座る自分の反応を楽しんでいる様に見える。目線がそわそわして、何をどう食べているのかおぼろげな男の「心の乱れ」をわかっていながら逆なでする。

「どうしてって、そりゃ目の前においしそうなデザートが見え隠れしていると、メインディッシュを早く終えたくなってしまう。」
「そうね、おいしそうなフルーツだもの。」

そう言いながら、りんごを手にとりナイフで皮を剥きはじめる。小さく赤い西洋りんごが白肌をあらわにする。そうか、フルーツは女性を連想させるものなのかもしれない。どんな奇抜な色をしたフルーツでも、中から現れる果肉は「どぎつい」ものをほとんど見かけない。

どんな服を纏っていても人間は人間、フルーツはフルーツなのである。わかったようなわからないような...この「非日常食卓」のおかげで、どうやら思考回路もおかしくなってきた。

(次回へ続く)



1月10日

<有事>

国家のレベルでも、会社のレベルでも、もちろん個人のレベルでも、他国・他社・他人に頼れるものとそうでないものがある。個人や会社はともかく、国家のレベルで保たなければいけない水準、つまり他国には助けてもらえないものが欠乏しているとき、単純に考えて「危険な状態」といえる。

例えば、「国家防衛」などは明快である。他国の侵略に対抗できる状態でなくて、国家と呼べるであろうか。日本人には耳の痛い問題であり、歴史的経緯から単純に「防衛力強化」 などと言えない。でも、中国や北朝鮮、そしてここシンガポールは財政が許す限り、何も迷うことなく強化している。

中国の「広大すぎる」防衛地域に比べ、シンガポールの防衛は、これだけ国土が極端に小さいので一見無駄にも思えるが、ところがどっこい気合だけは入っている。

モデルとしたのはスイス。「永世中立国」スイスの国防は徹底されていることで有名で、隣接する各国との間のトンネルは戦車の進入に備え「爆破」する用意があるし、食料は保存食をたっぷり貯えてそれを日々の献立にも加えて常に「有効期限内」を維持していると聞く。阪神大震災で「非常食」を用意したのにそれ以来一度もチェックしていない家庭(自分のことか)とは大きな違いである。

まあ、島国シンガポール、すぐに食料が傷むこの国では、そこらへん省略しているらしいが、「防空体制」だけはきちんとスイスをモデルにしているらしい。詳しい航空機の数は公表していないが、島内北部のある地区に秘密の「地下貯蔵庫」及び「滑走路」を用意して有事に備えている。

もちろんそれだけではない。他の国と防衛協定を結んで戦闘機を国外で預かってもらっているのである。その上、常時軍人を各国に「留学」させて訓練を受けさせたり、その戦闘機を自国の為に出撃できる体制にしている。小さいながらも、例えば湾岸戦争時のクエートのように、アメリカや国連軍の出撃を待つまでもなく、自分の国を守ろうという意欲がある。

軍事面以外でも「国家の自己責任」事項は結構ある。例えば年金制度や社会保険、そして健康保険。目には見えにくいが教育、特に「母国語教育」「歴史教育」「社会習慣」などがあげられる。

シンガポールも、今は経済発展の余韻で「経済優先」の「つけ」に気が付いていないが、自分の国に歴史はおろか「言語文化」が無い事に唖然とする時がくるだろう。なにせ母国語的に読み書きできる言語が一つもないのだから。英語は所詮「シングリッシュ」で、中国語は「亜流」。意志疎通はできるが相手をうならせるような次元のものは何もない。その証拠に、この国で日本でいう「短歌・俳句」や「詩」といった文化や「論壇」といったものを聞いた事がないし、まず成り立ち得ない。

でも、日本もその点怪しいものである。子を持つ親の立場になって子供の教科書を手にした時、みんな一度は驚くらしい。内容のほとんどが、自分が使っていたころとほとんど変わっていないことに。これだけ社会が変わっているのに、「教育」は進化していないのである。

EXCELやWORDを使えたり、インターネット・e-mailを利用することなど常識となりつつあるのに、それを「教育」するに至っていない。これだけ老人が増えているのに「老人介護」を学校では教えない。世界一といわれる「貯金大国」なのに、その資産を運用する術を教えようともしない。少なくとも今の「金融経済」がどう成り立っているかぐらいイメージさせる授業があってもよさそうなのに。

大人が興味を感じないような授業内容を、子供が好奇心を持って捉えるのだろうか。生活に直結することをもう少し教えてもよさそうなものである。それに何十年も変化しない科目も有り得ない。歴史は「認識・解釈」の変化で変化するし、言葉も変化して行く。科学・技術の世界など言うに及ばない。そういったバランス感覚のある教育を行ってもらいたいものである。

「経済発展」した国は今一様に「国家」として重要な岐路に立たされている。はやく「危険な状態」を認識して前に進んだ国家が、21世紀を生き残れる。



<ホーカー物語2〜朝日>(第九話)

「お待たせ」
「いただきます」
グラスを軽く差し出して、目で食前の挨拶を交わす。

「ここは最高だね」
「この休日の朝日で、私は生き返るの。」
「同席できて光栄です。」
「ご一緒できて、うれしいわ。」

こんな毎日が過ごせたら、さぞかし満ち足りた日々であろう。でも、待てよ。じゃあ普段の生活はそんなに不満があるのだろうか。家族に囲まれて、笑顔で食事する光景も捨てたものではない。どちらも甲乙つけがたい。

「いつもこんな風にセットするの?」
「ふふふ、まさか。あなたが来るから特別よ。」
「そうだよね、一人だと落着かないよね。」
「その通り。お気に入りのマグカップにたっぷり注いだミルク入りコーヒーと、バターをたっぷり塗ったトーストだけで十分。」
「じゃあ、これは二人の世界なんだ。」

そう、二人だからそこに生まれる世界。自分一人でも、子供がいても全く違ってしまうこの世界。それぞれに特徴があり、それぞれに味わいがある。そこに小春がいて、自分がいるから、今輝いている空間なのである。

「こういう光景って、そこにいる人で全然違ってくるだろうね。」
「私もそう思う。今日見る光景も...。」

そう言いながら、窓辺の景色を眺めている。ボーと見ていたかと思うと、突然こちらに向き直って眼を輝かしている。

「ねえ、ちょっと席外すわね」
「ああ」

冷やしてあるフルーツでも取りに行くのだろう、ぐらいに思っていた。でも彼女は寝室の方に向かって行く。なんだ、トイレか。早飯早糞は武士のたしなみ、なんていったらしいが、日本人でも男でもない小春が突然「催した」のだとすれば、何とも面白い。こいつには女性特有の便秘も関係ないのかなーなどと想像してしまう。

一人食卓に残されて、そんなことを想像しながら待っていると、不意に後ろから声がする。

「ねえ、変なこと想像しちゃだめよ」
「えー?何のこと?」

しまった、頭の中を読まれたか。

「ちょっと気分を変えてみようと思っただけだからね」
「どういう意味?」

そう言いながら振り返ると、そこには一糸纏わぬ小春がいる。朝日に輝く白い肌。思わず椅子から転げ落ちそうになる。

(次回へ続く)



1月3日

<おめでとう!>

皆様、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

今年は楽しく幕開け。久しぶりの麻雀を年越しで開催して、主催者(自分)の優勝にて新年を飾ったのである。牌を握ったのも3年ぶりで、もちろんシンガポールでは初めての体験。面子も皆久しくやったことがないので、賭け事もなくチョンボも「OKラ!」の大らかマージャンであった。

しかも、パイをどちら周りで積もるのか誰も定かな記憶がなく、順番を回す方向(逆時計周り)で最後まで通してしまった。未だに半信半疑ながら、牌を積もってくる方向は時計周りが正しいのでは?と思うのだが...。まーいいか。

紅白も初めてシンガポールにてライブで見た。日本の視聴率も過去最高らしいが、シンガポールでもNHKが視聴できる家庭の間違いなく7〜8割の人が見ていたと思う。我が家でも子供を含め実に10名!が一台のテレビの前に陣取った。もちろん「年越しそば」を食べながら。

「郷にいれば郷に従え」と言うものの、シンガポールの正月は「旧正月」で、あと2ヶ月程先の話。新年を迎える「儀式」は広場で行う「カウントダウン」と「花火」ぐらい。それも今年は雨と不景気で「湿りがち」。やっぱり日本人同士集まって楽しく新年を祝うに限る。

今年こそ景気がよくなって「日本が光り輝いている」「日本が羨ましい」「日本人であることがうれしい」と感じるようにしてもらいたいし、しなければならない。

さあ、出陣だー!!



<固定観念>

現代の日本人とシンガポール人、いったいどこが違うのだろうか。よくわからない。ただ、今どちらの方が楽しそうに生活しているかと聞かれれば、答えは間違えなく「シンガポール人」だと思う。

例えば生活の「有効時間」。仕事に向かう姿勢はともかく、その前後の時間は明らかにシンガポールの方が快適。職場への時間も距離も圧倒的に近い。一年通じてほぼ変わらない朝7時から夜7時までの「日照時間」。だから大抵の人は日の出と共に起床して、軽く運動や食事をしてから通勤できる。帰りも5時から6時の間には退社して、共稼ぎの夫婦共々待ち合わせてディナーにも行ける。その後夜9時までは通常営業しているデパートでショッピングもでき、深夜まで興行の最新映画も見れる。

「日常生活水準」にしても、例えば食生活は選択肢も多く、安くてうまい。家は一家族当たり120平米ぐらいのイメージ。それ以外の選択肢がないのは国土面積故で解決不可能だろうが、東京のマンション事情に比べれば悪くはなさそうである。家電も大型ビジュアルオーディオをよく買い求める姿を目にする。東京だと置くスペース確保だけで頭が痛くなりそうなサイズのものである。

今や進化のバロメーターと化したインターネット利用環境も、通信のインフラ整備が進み、当たり前の様に56Kの速度環境が整っているし、通話料も電気代も非常に安い。インターネット普及率があっという間に日本を上回って当然である。英語教育のおかげで、アメリカで開発されたソフトを安価ですぐ手に入れ、利用できることも強い。

休日は家族揃って「海外旅行」が一般的。年2回ぐらい2週間休暇を取って行くシンガポール人もめずらしくない。行き先はオーストラリアや香港・東京など。ヨーロッパに行く人も多い。しかも日本で言うOLだけでなく、どの階層にも共通している。

片や日本は...何ともお寒い。店にある商品の種類は豊富かもしれないが、公共サービスを含めすべてが高い。映画館やデパートその他の娯楽施設の営業時間も短いし、ケーブルTVや衛星放送もようやく最近普及率が上がったばかり。娯楽もゲームと風俗ばかり元気で他はぱっとした話題を耳にすることもない。

ところが、経済状態はと言えば、シンガポールも日本同様に楽観できたものではない。不動産や車の価格の大幅下落で、一般シンガポール人の資産と借金のネットは、ほとんどが「0」に等しいかマイナスになっていると言われている。つまり債務超過の自己破産状態。

社会保険制度もシンガポールにはほとんどない。失業保険もなければ国民健康保険制度があるわけでもない。すべてが自己責任。その点、日頃の負担は厳しいが日本の方がよさそうである。それなのに、日本人の表情はシンガポール人より暗く感じる。そこはかとない恐怖感を抱いている感じがする。

その違いは、どうも「固定観念の違い」から来ている気がしてならない。シンガポールにはそもそも「固定観念」が希薄であり、日本人は亡霊のように抱いている。それはあらゆる面で見られる傾向であり、今までは日本人の「美徳」であった面が強い。だから本心では捨てたくない「固定観念」を、今日本人は捨て去ろうとしているし、そうせざるを得ない状況に追い込まれている。

例えば「罰則」。以前の日本なら「常識」で片づけられた問題がそうではなくなってきている。行き過ぎた規制の一方で野放図すぎる側面も多々見られる「社会制度の疲弊」も然る事ながら、どうして両親や地域社会が子供たちを叱ったり注意したりして「導こう」という態度がないのか。少年法改正は致し方ないとしても、その前の段階で何か地域コミュニティーの場が持てないものなのだろうか。

シンガポールに「罰則が多い」というのは有名な話し。地下鉄やバスの車両で飲食したら「罰金 S$500」とか、ゴミの投げ捨てには罰金の他に「労働奉仕」など、事細かく決められており、罰も必ずどこかに明示してある。ご丁寧に英語のみならず標識や、中国語やタミール語でも併記されているケースも多い。

しかも、罰金や納税をしない者は、シンガポールから「出国できない」。小国を逆手に取った発想であるが、これが効く。駐車違反の罰金滞納でも、大事な出張や休暇の帰国が「足止め」されるのである。ここまで徹底されれば、少なくとも人目のある範囲での「違反行為」はほとんどない。あっても「マナー違反」だけである。

その点、日本には「常識」「遠慮」「社交性」「道徳」があった。そんなこと「罰則」に掲げなくても誰の異論もなく「非常識」の一線が存在した。今は、「誰がそんなこと決めた?」「そんなこと何処にも禁止と書いていない」などと平気で言ってのける人たちが多い。親や周りの人たちも、今まで「常識」であったものにいちいち「理由」を付けて説明する手立ても持たず、ただ無視するか哀れみの眼を向けるのが関の山である。

その延長線上が「援助交際」であり「学級崩壊」であり、そして「切れる子供たち」である。それは「常識」を教える親・社会が消滅しつつあるのに、明確な「ルール・規範」を示さない、あるいは「権威失墜」した「国家権力」の問題であり、その双方が責任を擦り付け会っているから起きる問題である。

その一方で、今の日本社会には「誰が決めたわけでもない」固定観念が多すぎる。例えば、生活保護を受ける人は、本当に「貧しい人」でなければいけないのであろうか。定年まで勤めるつもりの人が、失業保険料を支払う必要があるのだろうか。その逆に、転職予定の人が退職金を前提とした給与体系に甘んずる必要があるのだろうか。

まだまだある。受け取れる金額もわからない年金に掛け金を払い続ける必要があるのだろうか。国会議員に対する政党助成金を、支持政党関係なく自分の税金を通して支払わなければならないのか。なぜ減反政策で「働かない農民」まで税金で補助する必要があるのか。

低次元かもしれないが、なぜ「真面目」に働かなければいけないのか。公務員には関係ないだろうが、なぜ有給休暇をすべて消化してはいけないのか。なぜ定時退社してはいけないのか。もっといろいろ、それぞれの環境や立場で言いたい事ややりたい事があるだろうに、なぜ押し黙ってしまうのか。どうして「人目」を気にし過ぎるのか。

こういう不満がある、と考えること自体「固定観念」だと言われては元も子もないし、一部社会や会社で改善されてきていることも知っている。でも、今ここでこういう問題ひとつひとつにきちんと向き合い、少なくとも問題の所在を明らかにして行く作業を開始しなければ、我々の生活は一向に改善されない。もっと今の社会の仕組みに疑問を抱き問題提起しなければ、自分の知らないところで大きな不利益を被る羽目に陥る。

もっと主張しよう。建設的な意見を尊重する社会を作ろう。それがこれからの日本人に求められる姿であり、再び日本を輝かす原動力となる。







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