シンガポール滞在日誌

毎週日曜日更新 (SINCE 30 MARCH 1997)


6月13日

<日本人会>

5月から7月にかけて、シンガポールは一番暑い季節になる。「季節」のないはずの国なのに、微妙な温度差や日差しの強さの違いを感じる事ができるようになってくると、「シンガポール通」の域に達している気がしてくる。

その時期を選んで、というわけでもないのだろうが、このタイミングで日本人会主催の運動系の大会がいろいろと開催される。ソフトボール大会・バレーボール大会・サッカーボール大会・卓球大会、等々。どの大会も驚くほど多くの参加者で賑わう。日本人人口比率で言えば、ものすごく高い参加率と思われる。

一番多いのは、何と言ってもソフトボール。リトルリーグでソフトボールを楽しむチームも多いし、中学・高校といった学校単位での参加もある。社会人チームも結構あり、一般の部だけで40チームはある。ソフトやバレーの場合、女性を数名含めるルールになっており、もちろん社会人と小中学生は違うグループで争うので、家族ぐるみで楽しめる。

東京にいる時には、家族サービスしたくても時間や体力的に難しいと感じていた人も、オフィスと住居が近く、さしたる通勤ラッシュもないシンガポールでは、その気になれば家族と触れ合う時間が倍増する。しかも、安全と言えどもやっぱり外国。自分がついていかないと不安という気持ちもある。休日も半分はゴルフやショッピングしても、月に一度の日曜日ぐらい「イベント参加しよう」という気になるものである。

自分は、この数週間にソフトボール大会とバレーボール大会そして卓球大会出場と、どっぷり「日本人会」している。子供はまだ小さいので自分や妻が参加するのだが、子供も一生懸命応援してくれるし、勝敗よりも「体力維持とダイエット」に主眼を置いている自分にはちょうどいい運動である。

結果は、飲み友達と去年に引き続き参加したソフトボールチームは「1−8」で初戦敗退。バレーボール大会には、なぜか正規メンバーになってしまった卓球同好会で結成した、その名もずばり「ピンポンズ」先発として参加したものの、ママさんバレー部に惜しくもセットカウント「1−2」で、これまた初戦で消えてしまった。

ところが、卓球は粘りを発揮して、ダブルスは夫婦共にそれぞれ同じコンドミニアムの人と組んで「ベスト4」。参加チームは一般男女それぞれ20前後あり、しかも対戦相手は両方とも優勝チームとなっている。シングルスの方も1〜2回は勝利して、ここ数ヶ月の練習成果としては満足行くものであった。ちなみに自分は去年もこの大会ダブルスで3位入賞しているが、この時はパートナーと対戦相手に恵まれた感が強かった。今回もパートナーには恵まれたが、前回以上に「貢献」できた気がする。

柄にも無く「成果発表」してしまったが、つい先日まで「その手の行事」に対し「斜に構えていた」自分が嘘のように、結構喜んで参加しているのである。部活動に熱中した学生時代を懐かしむ年齢になったせいもあるだろうが、こういう営利活動とは全く無縁の団体競技の楽しさが心地よいのである。現に、卓球同好会メンバーの職業や住所はほとんど知らない。名前と電話番号、そして週一度の練習だけが接点である。

今迄同じ日本に住んでいても一度も顔を合わせたことのなかった人たちが、異国の地で団体競技に汗を流す。職場や年齢は違っても、スポーツ・趣味が同じで、しかも一緒になって喜び悔しさを分かち合う。思い起こせば、これほど伸び伸びと大きな声で叫んだり笑ったり悔しがったことが社会人になってからどれだけあっただろうか。グランドや体育館で転げ周り、タオルやTシャツが絞れるぐらい汗を流したのは、どれほど以前まで記憶をたどらなければならないだろうか。

スポーツはすばらしい。そういったスポーツに参加する機会を与えてくれている「日本人会」にも感謝である。言葉は悪いが、やっぱりこういう組織は精いっぱい「利用」すべきだと思う。こういう活動はとかく「日本人臭い」ので敬遠する人が多いのも事実だが、「食わず嫌い」は自分の損である。「日本人臭さ」は「日本人の感性・知恵」でもあるのだから。



<ホーカー物語2〜感情>(第二十九話)

「はずかしい」

素直な一言が「感情」に火を付ける。そのまま正面を振り向かせて抱きかかえ、そしてキスする。

唇を離すと、小春は僕の服を脱がしにかかる。わざと何もせずに突っ立ち、小春にされるがままになる。いつしか一糸纏わず抱き合う二人。そのまま熱いシャワーを浴びながら、お互いの体を温め合う。

バスタオルでお互いの体を拭きあい、自然の成り行きであのダブルベッドに体を埋め合う。

「うーん、眩しい」

何時の間にか周りはすっかり明るくなっている。カーテンの隙間から差し込む朝日がちょうど自分の顔を直撃している。ふと横を見るとかわいい寝顔の小春がいる。タオルケットに包りながらこちらに顔を向けて横に体を丸めて寝ている。

ふと、眠い頭にいたずら心が芽生えてくる。つんつんと小春の顔を突っついてみても、ぴくりともしない。何か仕掛けて、寝起きの小春をびっくりさせてやろう。そう考え出すと急速に頭が回転しだすから面白いものである。

そーっと小春の包るタオルケットを剥がしていくと、綺麗な裸体が朝日の元にあらわになる。日の光の中で彼女の体を見たのは、実は昨日の朝の出来事だったとは。とても信じられないような時間が経過していることに、今更ながら驚き、そして再びこの芸術的な生命体と裸の関係であることに、喜びとそして優越感に似た満足感を抱く。

しばらく見とれていたが、このままでは面白くない。一層の事自分だけきっちりと服を着て、クールに「何で裸で寝ているの?」とベッドサイドのソファーから寝起きの小春に声を掛けてやろうか。でも、肝心の服は、無残にも脱いだ時のままの形でバスルーム近くに点在している。

小春の体を大の字にしてベッドの四隅にくくりつけて動けなくしておいて、「氷の微笑」よろしく振る舞うのもなかなかだが、それでは立場が逆である。その状況で「くすぐり」起こすのもいいかと思うが、「趣味」を疑われると後々の小春との関係に影響しそうである。第一縛る紐のようなものが見当たらない。

そうか、妙案!やっぱりここはボディーペインティング、つまり「落書き」に限る。すっぴんの小春を自分が「綺麗」にお化粧させてあげよう。いつも自分で自分の顔描いていても飽きがくるだろう。偶には気分を変えて、中学の美術で平均点すらつかなかった自慢(!?)の色彩感覚と構成力で、小春を改造してあげよう。

そう思って見渡すと、実に「芸術活動」に適した部屋であることがわかってくる。鏡台には色とりどりのお化粧品が並び、下着や服がいっぱい詰まった洋服タンスが並んでいる。しかもサイズ・色そしてお肌の相性すら完璧に考えられたものが揃っているのである。

(次回へ続く)



6月6日

<STAR WARS>

タタターンターン、タタタターンターン.....

あの懐かしのテーマソングに乗せて、始まり方もそのままに、STAR WARS が帰ってきた。EPISODE 1。先日、全米で公開された後、初めての「海外上映地」が実はシンガポールなのである。封切りは6月3日、自分は翌4日の夜8時ごろからいつもの映画館に足を運んできた。

アメリカでは徹夜でチケットを買い求めたり、プレミアムが付いたりと大変な盛り上がりを見せたみたいだが、シンガポールでの扱いは意外とクール。ごく一部で記念イベントが開催されたり、通常は「前売り」は前日しか行わないところも STAR WARS EPISODE 1 だけは1週間前から発売していた。

それでも、チケット売り場に行列はできなかったし、当日も映画館は7割方埋まっていた程度で、子供連れが多くて結構騒がしかったのが残念だったが、それでも映画そのものは「懐かしさ」半分「感心」半分で楽しめた。ここでストーリーを語るのは「ルール違反」ぽいが、「どうだった?」と聞かれればちょっとコメントしてみたくなる。

まず、予想通りジョージルーカス監督の「ねらい」が明確なので、「あー、また、どうせー同じ調子でー」と勘ぐっている人は「その通りだから、あまり過度な期待を抱かないように」と言っておきたい。監督の「ねらい」とは、一世を風靡した原作の「香り」をそのままに蘇らせて、オールドファンを映画館に引き戻す事。そしてオールドファンの子供世代も巻き込んでこれから続くであろう EPISODE 2以降の「固定客」を作っておこう、というもの。

もう最初の字幕を見ただけでその「ねらい」は誰の目にも明らかなのだが、そこからがスピルバーグの「巨匠」たる所以。なかなかうまく引き付けてくれる。ストーリーは「期待通り」のものだし、エンディングも「いかにも」なのだが、「映像力」で「魅せて」くれる。そう、STAR WARS 第一作の「リメーク」と言うのが当たっていると思う。

あの時代、その時点で最新の特撮技術を投入したのだろうが、今の時代なら「こんなことも表現できるぜ」というものがそこかしこに散りばめられている。正直言ってどこからどこまでが「実写」でどの部分が「特撮」か明確に区別がつかないのである。あと、コスチュームもどんどん日本の着物や和装の要素が取り入れられている。「女王」の衣装だけでも結構楽しめる。

第一作でもお馴染みの「チャンバラシーン」は、それなりに迫力がある。戦闘シーンは娘曰く「テレビゲームみたい」。緩急つけた内容構成で、非常に理解しやすい。映像はきれいで無駄がない。まあ、総合的にはよくできた映画である。

どんな年齢層でもそれなりに楽しめるので、家族連れでもアベックでもOK。この夏、日本でもブームを巻き起こす事は確実である。



<ホーカー物語2〜濡衣>(第二十八話)

強い雨に打たれながらコンドに滑り込む。どうせ「ずぶぬれ」になるなら開き直って歩いてしまえばよさそうなものだが、なぜだか息を切らしながらゴール。本能的な行動なのだろう。

「すごいね」
「足元に水溜まりができてるわよ」

ホールからエレベーター内、通路から扉の中まで、二人の軌跡を白日の下に知らしめるがごとく、しずくを滴らせながら小春の部屋に辿り着く。まだ二回しか訪れたことがないのに妙に懐かしい気がする。

「すっかり濡れちゃったわね」
「あれー、その服濡れるとセクシーだね」
「何言っているのよ」

室内の明かりに照らし出された小春の体。白っぽい布地が肌にまとわり付いて、体の線を浮かび上がらせている。心なし白色が光って見えるのは、小春の体の白さのせいなのだろうか。

「私について来て」

小春はメインベッドのバスルームへ向かって行く。この前来た時には一歩も中に入ることができなかった「神聖なる空間」に、偶然立ち入るチャンスが訪れたのである。

しゃれたカバーに覆われたダブルベッドに、クッションやぬいぐるみが並べられた気持ちよさそうな3人がけソファーが見える。家具は木目調の落ち着いた色で統一されており、高級というより上品さが漂う空間となっている。

「ねえ、ちょっと手伝ってくれる?」

先にバスルームへ入っていた小春が声を掛ける。扉は開かれたままなので、軽く押しただけで小春の姿を確認できる。

「どうしたの?」
「服が体中にまとわりついて脱げないのよ」
「そういうお手伝いならお任せあれ。」

いそいそと歩み寄って小春の脱衣に協力する。

「あっ、それはいいわ」

と言い終わる隙も与えずに、背中のホックを外し、そのまま下の方の下着も引き摺りおろす。

(次回へ続く)



5月30日

<横文字文化>

このところNHKの英語ニュースを見ることが多く、その中で著名人のインタビューを幾つか見る機会があった。そのうちの一人が新横綱「武蔵丸」で、もう一人がユニセフ親善大使「アグネスチャン」である。二人とも普段は日本語でインタビューを受けているので、日本語の時と英語で話す時の違いがなかなか面白かった。

武蔵丸はハワイ出身で英語はネイティブ、アグネスチャンも香港人だから英語には小さい時から親しんでいたことは容易に想像つく。実際何不自由なく英語のインタビューに受け答えをしていた。内容はともかく英語を話す時の表情は、よりその人の「素顔」に近いせいか妙に「知的」に見えるから意外な感じ。いや、地が知的だからこそ二人とも「著名人」として生き残っているのだろう。

ただ、画像を観ていてふと「日本語を話す時」との大きな違いに気が付いた。それは英会話では二人とも「首を横に振っている」のである。その逆に、日本語の時には「首を縦に振って」会話している。それはそのまま日本人同士の会話と西洋人同士の会話にも現れている。

日本人は比較的「根が素直」で純真であり「性善説」を好むと思う。だから、もちろん個人差が大きいが、人の言う事を肯定的に聞き入れる傾向が強いし、いわゆる「真に受ける」タイプが多い。ところが西洋人は基本的に「狩猟民族」であり、油断させておいて「油揚げ」を奪い取ることを得意としている。逆に言えば、隙を見せるお人好しは「生き残る資格がない」という世界に存在している。「性悪説」という言葉も元来西洋人の為に存在すると思う。

だから、というわけでもないが、深層心理で「肯定的に話しを聞く」人は「首を縦に振る」だろうし、そういう人が日本人では多数を占めている。西洋人は「まず疑ってかかる」から、とりあえず人の話しは「否定的に聞く」ので「首を横に振る」ような気がする。

ついでに考えられるのが、「縦文字文化」と「横文字文化」の違い。アルファベットは言うまでもなく文章を「横方向」に書くので、新聞を読んだり勉強する時は常に顔を「横に振る」。日本語は「縦書き」でも「横書き」でもどちらも対応可能だが、普段よく目にする新聞・週刊誌・文庫本・単行本のたぐいは、数式やアルファベットが多用されているものを除きほとんどが「縦書き」。難しい本を読んでうつらうつら寝てしまうまでもなく、首を縦方向に動かすことが習慣化しそうなものである。

そんなこんな考えながらインタビューを観ていたが、そうか、それなら自分や周りの日本人にもその傾向が表れているかもしれない。そう思って英語を話す時の日本人を注意して見ると、結構当てはまるのである。すなわち、日本語では首を縦に振る人も、英会話では首を横に動かす人が結構多いのである。

一番顕著なのはインターナショナルスクールに通っている上の娘。日常的に「学校は英語・家庭では日本語」で会話しているので、たまに英語を話させると途端に西洋人の先生や友達の雰囲気そのままに首を横に動かしながらスラスラと綺麗な発音を繰り出してくる。日本語会話は親譲りの多少方言かかった日本語でよく肯く。

会社でも、英語力が高かったり海外生活が長いほど「英会話では横振り」をしている。海外にいても環境にあまり左右されないようなタイプ(自分のこと?)は、どちらで会話していても同じような動きをしている。

それでは中国語と英語を操るシンガポール人はどうなのだろうか。彼らの中でも社会的高地位にいたり高学歴になるほど英語を得意としているし、クラークレベルだと中国語の方を好む傾向が強いので、そういう意味でもインテリぶっているやつほど首を横に振っているように感じる。

アグネスチャンも香港ではシングリッシュならぬ「ホンキッシュ(香港人英語)」で会話するのだろうが、インタビューでは非常に滑らかなクイーンズ・イングリッシュを操っていた。嫌みがないのは彼女の知性の高さを表しているのだろう。

日本では英会話する日本人にお目にかかる機会は少ないかもしれないが、たまに海外旅行した時や「駅前留学」したときにでも周りの日本人の変化を観察してみると面白いかも。



<ホーカー物語2〜公園>(第二十七話)

夜のイーストコースト。海岸線の公園の駐車場は、アベック達が愛を語り合う車で深夜も混雑している。ラブホテルがないわけではないのだが、女性の方が積極的なシンガポールでは車を外で「揺らす行為」も、別段気にならないようである。

海岸は、ところどころ照明に照らされて明るいものの、満月でもなければやはり不気味である。昼間はサイクリングコースになっているロードも、時たまジョギングをする西洋人に出会うぐらいである。夜と言えども蒸し暑いが、それでも赤道直下の太陽を浴びながら走るよりましである。

こんな感じで夜の海風に吹かれるのは、ビンタン島での「あの夜」以来。こことは世界地図上では「誤差」ほどの距離しかないはずなのに、何かどこか違う。「旅行者」と「住人」の違いも大きいだろう。でも一番大きな違いは、二人の距離感かもしれない。

物理的に「これ以上ない」まで接近するのかしないのか、できるのかできないのか、という不安に似た感情の高まりを内包して歩いていたあの時と、再び「確かめ合う」かどうかを漠然と意識している今の二人とは、やはり違う。

今夜の月は、と見上げてみると、雲に掛かってよく見えない。暗闇の中で海が「ごーっ、ごっー、ごーっー」とうなり声を上げる。引き込まれそうな錯覚に小春の手首を強く引き寄せる。ちょうど上げ潮に乗った小枝のように、小春はいとも簡単に自分の腕の中に引き込まれてくる。

勢い余って砂浜に倒れ込む二人。上になった小春の唇をそのままやさしく唇で触れる。さっきまでの恐怖感は、二人の周りだけ「聖域」として近づけない空間に変化している。

足元からうなり声をあげて魔の手を伸ばすさざ波も、潮風に身を震わせる頭上の木々の脅え声も、二人を包み込んだまま地底に葬り去ろうとしている背中の砂浜も、この二人の空間に立ち入ることは許されない。

「ずっーと、こうしていたい」

小さな子供が親に抱かれるように、小春は目をつぶってつぶやく。

朝日が昇るまでずっーとこのまま抱き合っているのも、気持ちいいかもしれない。このまま...。

ぽつ、ぽつ、ぱら、ぱら、ばら、ばら...

小春を抱く腕の上や、おでこに水滴を感じる。海からの生暖かい風に流されながら、雨しずくが二人を突然おおいだす。

「雨だ」

言うが早いか二人ははじけるように飛び起きる。ちょうど心地よく眠りに付きそうな、そんなまどろんだ雰囲気から急に現実に引き戻された軽いショックと、やばい、という感覚が二人の反射神経に「急発進」を促したようである。

「走ろう」

手に手を取って、小春のコンドミニアムへ一目散で駆けて行く。それでも雨脚はあざけり笑うがごとく二人を追い抜き、そして覆い被さる。

スコール。南国であることを強烈に思い出させてくれる自然現象である。予兆があった時点、例えば風向きの変化や雲の動きといった本当の初期の時点での判断を誤ると、全身ずぶぬれを覚悟しなければいけない。我々は、「その時点」で眠りの中にいたことに今更ながら気が付く。

(次回へ続く)



5月23日

<星人考察>

シンガポールで生活する時の大原則は「自己責任」。外国人に限らず、シンガポール人自身も自分の行動の責任は自分に帰属する、という意識が強い。そのこと自体はすばらしいカルチャーだと常日頃感じるものである。

例えば、日本では金融派生商品つまり「デリバティブズ」に関しても、投資家の「自己責任」などどこへやら、「専門家が勧めるから安心して投資した」などという理屈で「損失責任は販売者にあり」などという判例ができてしまう。全く馬鹿らしい理屈が罷り通ってしまう。「甘えの構造」の弊害である。

社会が未成熟であったり社会的認知が進んでいない時期には、政府や公共機関による消費者や投資家保護がなされて然るべきである。しかし、成人が自分で「選択して」自分で「納得して」自分で「意思決定」したことが、失敗した後になって屁理屈をつけて「ごね得」などという風潮が罷り通ってしまったら、誰もまともなアドバイスをしてくれる人はいなくなる。

自分の意志で行動するには、少なからず自分自身で勉強したり下調べをする必要がある。その結果他人より高利回りを享受できたり、安く物が購入できたりできるのである。そんな当たり前のことが、日本ではまだ常識ではなく、このシンガポールでは国民のほとんどが理解している。

もちろん、「自己責任」が浸透していればそれだけですばらしい社会か、と言われれば難しい面もある。自分で責任をとれば何をしても構わないという「自己中心主義」や、他人のことには関心がない「排他主義」、自分の利益だけを追い求める「利己主義」として強く意識される場合も多い。

よくあることだが、店員に「これを探している」と聞いても平気で「知らない」と言い切る。手の平を上に向けてくるくる回しながら「在庫はない」「今度いつ入荷するかわからない」と平然と言われてしまうことを、我々は「いつものきらきら星(童謡)だ!」などと笑って過ごしている。これが日本人感覚なら、本当に商売する気があるのかと疑問に思うところだが、答えは「ない」のである。給料をくれる「ボス」以外に気を遣う必要はないし、なければ「顧客の自己責任」で他を探せばいいのである。

名前についても、シンガポールには独特の文化がある。ニックネームがビジネス上でも罷り通ってしまうのである。親から付けてもらった名前は「登録上の名前」であって、JHONとか Mariaなど、物心付いてから自分が気に入った名前を「通称」としてしまうのが一般的。その結果どうなるかというと、名刺や公式書類上の名前と、給料を受取るときの「登録上」の名前が違っているのが普通なのである。日本では一部の芸能人にしか通用しないようなことが、日常的に認められている。

言葉に関しても、シンガポール人は平均的に母国語と英語の二カ国語を操れるという点ですばらしい教育水準を保っている。だが、語学教育を「自己責任」で行っているシンガポール人も多い。例えば片親がマンダリン(中国語)で子供に話し掛け、もう片親が英語で子供に接しているケースが多いようである。

だが、所詮親が話す言葉は「シンガポール英語」(シングリッシュ)とシンガポール中国語である。第二外国語としては優れていても、決してネイティブの「マザータング」とは違う。よく恥ずかしげも無くそんな発音で子供を「教育」できるものだ、などと日本人英語(ジャポニッシュ)しか話せない自分でもよく感じる。他人の英語の欠点は分かるものである。

シンガポールは、国として立派に発展している。それは疑う余地のないところである。でも、どんなに優れた社会でも、いつかは制度的に限界がくる時がある。シンガポール人、いや、シンガポールに生活する人々は、「自己責任」の原則できっちり行動できる気がする。しかし、シンガポールという「国の発展」に「自己責任」を求めたとしたら、その時の「自己」とは何を指すのか。「国あって国民なし」などとならなければよいのだが。それが「死角」かも知れない。



<ホーカー物語2〜酒場>(第二十六話)

さっきから調子良く飲みすぎたのが祟ってトイレが近くなって、度々小春一人を残して席を立つ。そんな数回の中で、用を足して席に戻ると、そこに自分の席がなくなっていることがある。小春に声を掛ける男が陣取っているのである。

「EXCUSE ME」

男の背後寄って行き、ちょっと大き目の声でそう言えば、大抵の場合は席を明渡してもらえる。ところが、年期の入ったコケージョンが相手となると、時たまやっかいなことになる。聞こえているくせして、小春の目を見詰めて熱心に語り掛け続けるのである。小春に話し掛けようとしても、

「今日は僕の奢りだから、シャンパンを開けてくれ。君との出会いに乾杯しよう。」

などという台詞をはいて居座るのである。こうなると相手の肩に手を掛けるか、それとも、小春の肩に手を掛けるしかない。このごろ傷害事件が起きると「雇用ビザ」に影響することを知っていてわざと挑発するシンガポール人が増えているらしいし、腕っ節では西洋人に敵いそうもない。となると、

「小春、そろそろ席を移ろうか」

という穏便な語り掛けでその場を離れることになる。君主危なきに近づかず、である。「ボディーガード」も結構タフである。

「そろそろ帰ろうか?」
「少し酔っちゃったわ。潮風に当たりたい気分。」
「それじゃ君のコンドまで送っていくよ。あそこの海岸線でちょっと涼もうか」
「賛成!」

湧き出るように増えて行く空車タクシーに、もう既に12時を廻っていることを知る。

(次回へ続く)



5月16日

<時代的服装>

このごろシンガポールの街を歩いていて、黒っぽい服装の女性が増えたと感じる。黒のスーツ上下やダークグレー・ダークブラウンといった色調が目に付くのである。白のブラウスと合わせるオーソドックスな組み合わせも多いが、暑い気候のせいかノースリーブで合わせているケースも多い。

つい1・2年前までは、トロピカルな色調が多く、やっぱり南国と思わせるようなオレンジとか黄色・ライトブルーといった「原色系」が目を引いていた。足元も素足にサンダルといった感じで、ほんとうにこいつらオフィスで働いているのかと、日本人の「お堅い」目には違和感が残る服装も多かった。

今は、ダークカラーに素足ではシャビーな印象を受けるせいか、この暑さは変わらないはずなのにストッキングを履くようになって、そうなるとパンプスや黒っぽい革靴が主流を占めるようになっている。以前の「開放感」に比べると多少なりともシックなイメージを強調し、落ち着きが出てきた。

社会には「色」がある。皮膚の色も社会を象徴する「色」だし、建物の色にも地域特有の「色」が存在する。空や海の色のように違いがないようで実は大きな違いがある「色」があれば、そもそも色や形が無数にあるためにそれほど地域差がなさそうなのが、雲の「色」という気もする。

こういう長い時間かけて育まれ、そして変化して行く「色」がある一方で、例えば女性のファッションや車の色のように、比較的短期間で入れ替わって行く色もある。各種デザイナーが考え出したトレンドであろうが、むしろデザイナーが時代を反映させた結果が「流行」となり、象徴される「色」となっていくと思う。

そういう観点から言えば、シンガポール女性が「落ち着き」を演出するようになったのは、この経済低迷が大きく影響している。ビビットカラーからイメージされる「攻撃性」は、隙あらば転職を繰り返し「高地位・高収入」を目指していた2〜3年前には似合っていた。しかし、今は転職はおろかリストラに脅え、オフィスで合わせる顔もほとんど変化しないような環境で、職場での協調性や女性的なしとやかさを引き出すシックな色調の方が、それこそしっくりする。

車も、ネコも杓子も「ベンツ」という考えが変化して、街中ではワゴンやオデッセイのようなファミリータイプの車が徐々に増えており、それに合わせて白色の車が減っている。白色のベンツは似合っても、白色のパジェロやオデッセイはあまりイメージできない。ただ、車の輸入量とスクラップ量を完全に政府がコントロールしている国なので、日本のように車にトレンドが現れるのはだいぶ時間がかかる。日本の場合バブル期に70%以上の新車が白色だったのが、今は半分以下に落ち込んで久しい。

ただ、面白いことに「色」とは関係しない「香り」といった分野が急速に注目を集めている。日本でもバブルが崩壊した直後あたりから「アロマテラフィー」とか「お香」がブームになった。ちょうどそれと同じようなタイミングで、「香り」を扱う店が急速に増えている。やっぱり不景気になると家に篭る時間が長くなるので、そういうものが流行するのだろう。

そう言えば、家庭的な色彩ってどんな色だろう。家庭によって大きく異なるだろうが、やはり社会によって基調となる色が違うと思う。日本はなんといっても「木目調」と思う。木々の素朴な色を活かしたたたずまいには底堅い人気があるし、木の温かみを活かした家具も多い。

シンガポールの場合は、あまり一般家庭を見る機会はないが、やっぱりコンクリートの白壁に赤色の中国飾りがイメージされる。中国人は赤色が好きである。

シンガポール女性のカラー。なんとなくお化粧をしたりファッションに気をかける女性が増えてきた感じがするし、なにより表情の硬さがとれて、だいぶ落ち着いてきたのはいい傾向である。それはシンガポールが先進国の仲間入りをしつつあることを示すのかもしれない。

太陽を見上げるような「右肩上がり」の成長が終わり、視線が少し下に向いてきた時、偉大なる大地が目の中に飛び込んでくる。太陽のような「ビビッド」から大地のような「ダークカラー」へ。シンガポールにも時代の節目ができて来ている。



<ホーカー物語2〜雑踏>(第二十五話)

「もう一杯飲んでから外に出ようか」
「そうね、まだ飲み足らないわね」

窓の外を見ながら飲めるハイチェアに座って夜景を見下ろす。夜になっても衰えない賑わいを見せるオーチャードの一角に、若者が大勢集まっているところが目に入る。

「あれって、何の集まりかな?」
「あー、あれはディスコの前よ。だいたい夜の9時ごろオープンして、11時くらいから盛り上がるのよ。」
「小春もよく行くの?」
「たまに友達に誘われて行く程度だけど」
「ナンパされたり?」
「よく声はかけられるし、ドリンクもおごってもらうけど、それだけ。」

情景が目に浮ぶ。

「どんなやつが声を掛けてくるの?」
「そうね、やっぱり多いのがコケージョン(西洋人)かな。彼ら結構しつこいから嫌なんだけど、よく図々しく付きまとってくるわ。シンガポーリアンはそれ程でもないけど、あんまり話しをしていて楽しいタイプは少ないわね。」
「コケージョンは雰囲気を作るのがうまいよね。初対面でもさりげなく密接な空気をつくる気がするけど?」
「好みの男性ならそれもいいんだけど、途中から「そちら」に強引に引き込もうとするから最初から突き放して置かないと後でめんどくさいのよ。」
「ドリンクをおごられるのも大変だね」
「今からちょっと覗いてみる?」
「おー?男達の視線が恋しくなったか?」
「ちょっと体を動かしたくなっただけ」
「よし、お付き合いしますか。」

眼下に見える距離でも、近づくのには結構時間がかかる。溜まり場には独特な雰囲気が付物だが、拳銃を持ち込んだりドラッグに溺れているようなやつを見かける事が全くないシンガポールでは、健全な娯楽と化してしまう。顔つきに裏表を感じさせない若者が今日もストリートで友達と談笑している。

「やっぱり年齢層が低いね」
「そうね、こういうところに臆せず出入りできるのもそろそろ限界かも」
「あれ?意外と弱気だね?」
「このごろ声を掛けられるのも、いかにも年下っぽい子が増えてきたから、ちょっと足が遠のいていたの」
「そういう理由が多いみたいだね」
「でも、こういう雑然とした雰囲気は好きなんだ。シンガポールじゃほとんどこういう所ないし。」

香港とよく対比される。いかにもアジア、いかにも中華的な雑然さの香港と、計画都市でぺんぺん草も生えないような街のシンガポール。同じ中国人が建設した都市とは思えない。

「ふーん、それで僕を連れて久しぶりに来てみたかったんだ。」
「ちょっとはボディーガードとして役立ちそうだしね。」

さっそくドリンクの注文を聞きに来るバーテン。もちろん話し掛けるのは小春である。

これがユーロビートなのかハウス系なのかちっともわからないが、よくMTVで流れている曲が耳に残る。酔っ払いながら、あるいは周りの音楽で聞き取れないせいか、だんだん大声で会話を始める周りのエネルギッシュな雰囲気を楽しみながら小春とドリンクを重ねる。

(次回へ続く)



5月9日

<賃貸契約>

どんな国でも「良い面」と「悪い面」がある。言葉では分かっていても、日常生活の端々に「日本なら」と思うことがある。それほど日本を美化しても、今度日本へ戻った時に「イメージギャップ」に苦しむかもしれないが、それはそれで将来の楽しみでもある。

在星生活が2年以上過ぎてくれば大抵のことに慣れてくるが、「契約」習慣の違いはいつまでも残る。特に、仕事上の出来事ならともかく、個人生活に関連する「契約」には、どうしても感情的な「しこり」が続く。今回は「賃貸契約」つまり「間借り」の話。

2月に晴れて新居に移り住んだのはいいが、相変わらずぱっとしない景気が続いており、当家の「オーナー様」もこのアパートを「手放したい」などと考え始めたのである。借りる前からその兆候がなかったわけではないが、その時の仲介不動産業者曰く「今手放したら損失が大きすぎるから、これから賃料収入も入ることだし、当分売る事はないと思うよ」。

確かに彼の説明は的を得ていた。オーナーがこの物件を賃貸投資物件として購入した3〜4年前に比べ、実に3〜4割以上値下がりしているのである。ちなみに賃料もその間3〜4割程度下落している。まあ、それでこの家に移り住めたのだが。

イメージ的には日本のバブル真っ只中の「高値掴み」をしてしまい、慌てて売りに廻ったが、自分の希望売却価格では誰も寄り付かず、仕方なくまた賃貸にまわしたらしい。ところがオーナーにしてみれば「焼け石に水」の賃料では「投資物件」としての妙味どころか損失拡大になりそうなのである。

普通、つまり「日本の常識」なら賃貸に回した時点で「売却」の矛先を収めそうなものなのだが、そこはシンガポーリアン、あくまで自分の「希望売値」での売却を不動産業者に依頼してきたのである。しかも、シンガポールには日本のような「借地借家法」が存在しないので、オーナー側に合理的理由、つまり「売却希望」のような事態があれば、借主はそれに協力しなければいけないのである。

それはどういうことかと言うと、日常的にオーナーと契約した不動産業者が「購入希望者」を引き連れてきて、自宅の隅々まで開放させられ、「見学会」を開催するのである。そこに「プライバシー」とか「迷惑」などという言葉は存在しない。ただ「契約書」に則って、購入者が観たい時に見せに来るので、それに協力するのである。

ひどいケースでは、一年以上毎日のように人が出入りして、しかも日曜日の夕方とか夜中とか、とんでもない時間に「アポなし」で登場する業者もいるらしい。もちろん、そのことでノイローゼになった日本人主婦もいる。まさに我が家もそうなりそうな事態に陥ったのであるが、実は前々回に家を借りていた時に少しの期間とはいえ同じような経験をしていたので今回は心ばかりの「先手」を打っていた。

どういう対抗手段かというと、この家を仲介した業者に「あなたが交渉の窓口になって、最大でも週に一度、決められた時間にのみ購入希望者を連れてくるようにアレンジする」という「契約」を結ぶことを条件にこの家の契約を結んだのである。つまり、厄介な問い合わせや頻繁な往訪を避ける為に、業者間で話しをまとめてもらって、我々の「被害」は最低限にしたのである。

この作戦は「成功」と言える。週一回1時間程度決まった時間から20〜30人のシンガポーリアンが家中を徘徊することを我慢すれば、とりあえずオーナーに「協力した」ということで「契約違反」にはならない。業者にしてみても、他社に抜け駆けされて手数料を儲け損ねる心配がなければ慌てる理由はないから、それほど不満もないらしい。

我々の方も「日常生活」の一部にしてしまって、「あんな身なりのシンガポーリアンが買えるはずないから、あいつは冷やかしだ」とか「あれは、いかにもリッチな中国人タイプだ」などと「品評会」する余裕すらできてきた。ただ、今も値下がりしつつある不動産を「言い値」で買う人などいるはずないのに、「売却希望」を出し続けるオーナーも困ったものである。今後も「冷やかし」のシンガポーリアンが増えども、まともな「投資家」は登場しそうにない。

HDBという「自宅所有者」が8割を超すシンガポールでは、今後も「借地借家法」など制定されないだろうし、「これって外国人いじめだよね」と仲介業者に愚痴ったら、「契約に則って見学会を開いている内は賃貸契約も保護されるからいいけど、オーナーが破産して「競売物件」なんかになろうものならもっと悲惨だよ」と言われてしまった。ごもっとも。こうなりゃ、シンガポールの景気が少しでもよくなってオーナーの希望価格で売れることを祈るのみである。



<ホーカー物語2〜蓑虫>(第二十四話)

「何か、すごく差があるね?」
「最初これを差し出してくれたんだけど、もう一杯私の彼にも、っていったら、一人じゃなかったの?なんて言いながらそれをくれたのよ。」
「そうか、十分よくわかった。」

「彼」という言葉。「ダーリン」でもなく「スイートハート」と言われた訳でもなく、「マイ・フレンド」を勝手に「彼」と解釈しただけなのだが、彼女の口振りが「かれ」と素直に理解させた。

「そろそろ上映ね」
「このままグラスを持って入れるんだよね」

座席に着くと、小春がごそごそ何やら取り出し始める。先程買い物した時の包みである。

「あれ、大きな布だね」
「そう、インド人の着るサリーよ」
「ほう、今度は防寒具持参てわけか」
「そっちの端を持って、こうすれば二人で入れるわ」

二人大きくゆったりしたソファーで、ドリンク片手にくつろぎながら「タイタニック」を観れる。もちろん抜群の音響と大きなスクリーンを前に、何ともくつろぎの空間である。

「ねえ、そっちに行っていい?」

映画が始まって30分もしないうちに小春はこちらのシートに移ってくる。二人並ぶのは難しいが、小春を膝に乗せてサリーを上から掛ける。みの虫の夫婦、いやカップルみたいになりながら、いちゃいちゃする二人。

お互いの温もりを楽しみながら、凍てつく海に投げ出されたタイタニック号の乗客のパニックを見守る。他の映画館でもビデオでももう何回も見たはずなのに、こんな台詞があったのかと思う場面が幾つか見つかる。それ以上にこんな幸せな状況がこの映画をもっと楽しくさせる。

さすがにエンディング近くには「みの虫」を止めて、身形を整える。

(次回へ続く)











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