シンガポール滞在日誌 BACK NUMBER(5/25-6/29)



ホームページを作って、はや2ヶ月が経とうとしている。
こうやって書いていると「同人誌」や「自分史」を自費出版したりする人の「気持ち」がわかってきた。自分の考え方や捉えかたを紹介できる「場」があり、いろいろな方から「意見・感想」をいただけるのはすばらしいことである。しかも日本・シンガポール間の「距離」を全く感じないのは「インターネット」ならではである。
でもゴルフ同様「基本」は「肩の力を抜いて...」(1997.5.25)


スキンシップ(6/29)
帰国子女(6/29)
日常生活(6/22)
オーチャード(6/22)
愛知万博(6/15)
タマゴチ(6/15)
夏休み(6/8)
ボーナス(6/8)
ファッション(6/1)
日本人観光客(6/1)
PADI(5/25)
標準語(5/25)



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6月29日

<スキンシップ>

この前乗ったバス。冷房が入っていない路線バス。すべての窓が開けられて、決して涼しいとは言えない風が吹き荒れている。今さっき暗くなったばかりの街の「余熱」がまとわりつくように肌を包む。

なぜだかこのバス、どことなく「なつかしい」。小さい時日本で乗ったバスに似ている。いや、待てよ、そのものに違いない。窓の造りもいすの配置にも面影がある。さすがにシートや床は張り替えられているが、どう見ても昔日本で走っていたバスである。

10年以上も前だが、日本から中古のバスを援助するという話を聞いた覚えがある。こんな形で「再会」するとは思ってもみなかった。それに、ほんとにこんな「かたち」で利用されているとも気づかなかった。今ではシンガポールのバスの中でも「古株」。エアコン付きのバスに押されて「引退」する日も近いはず。

シンガポールで放映されている「テレビコマーシャル」に公共交通機関を取り上げたものがある。セピア色の「回想シーン」で昔の「バス事情」が映し出される。来たバスに学校から家に向かう子供たちが我先に乗り込んで行くのだが、ぎゅうぎゅうづめでひとり押し出されてしまう「僕」。排気ガスを撒き散らして過ぎ去っていくバスを寂しげに見送って、ふと気づけば「あこがれ」の彼女も乗れなくて「ぽっつり」。お互い目を合わせて微笑み会う。

シーンは現在へ。今はこんなに近代的になったとばかり、地下鉄やエアコン・バスが映し出される。確かにそれ自体はいいことだと思う。でも、どうも釈然としないものが残る。今の子供たちにあの「ほのかに甘い」思い出をつくることができる「チャンス」があるのであろうか。そんな疑問が頭をもたげてくる。

以前の日本には、そして多分シンガポールにも、「街」に「スキンシップ」が溢れていたと思う。近所を歩いているだけで「心触れ合う」何かがあった気がする。「近代化」は一人一人を「快適」にするために、一人一人を「ばらばら」にしていった。「ウェット」な世界から「ドライ」の世界へ。

シンガポール観光に「トライショー・ツアー」がある。自転車に「いす」をつけそこに観光客を乗せて市内観光するのだが、途中交通量の多い道路を通る。ちょうど「バス路線」にもなっているので、なんとも滑稽だが「観光客」が「見世物」みたいな図式になってしまう。「街」と触れ合う為にわざわざ「人力観光自転車」に乗り込んだはずなのに、バスから見下ろされ、排気ガスをかぶるとは思っていなかっただろうに。

でも今日「トライショー」を見る気持ちはいつもとどこか違う。そうか、自分も彼らと「同じ」空気を吸っているんだ。窓から吹き込む、排気ガスと余熱で「肌」に「まとわりつく」風。そして「昔の記憶」がよみがえる「車体」。やや薄暗い車内の蛍光燈に映し出されるいろいろな「肌」の人々。

なんだか今まで気づかなかった世界がここにある。もしかしたら、自分が「街」の「スキンシップ」を求めていなかっただけなのかも知れない。もっと近くで、もっとゆっくりと「街」に触れ合えば、今でも「街」とスキンシップできるのかも...そんな思いを抱いたバスであった。

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<帰国子女>

帰国子女という響きには一種独特のものがある。自分が学生の時の印象は、軽やかに英語やフランス語を操り、身のこなしもどことなく洗練された人々。未知のものを経験し、身に付けている事への憧れの気持ちも含まれていたのかもしれない。まだまだ周りに一般的ではなく「希少価値」であった。

今は帰国子女を「創り出す」立場。シンガポールで出会う日本人の子供を見る「視点」も知らぬ間に「親」している。日本にいれば気にしないような事まで気になってしまう。そういう意味では、「教育制度」のことがすごく「気になる」一人かもしれない。

シンガポールの「教育熱心」は有名。ついこの前、世界中の「天才・秀才」を集めて開催されたコンクールでも、数学などの科目でシンガポール代表が日本代表を押え優勝している。近ごろ韓国やシンガポールの台頭がめざましく、日本やアメリカは苦戦している模様。人口比率で考えれば明らかにシンガポールがNo.1かもしれない。

でもその「生息」は「よくわからない」。つまり、ほとんど接触する機会がないのである。日中、外で遊んでいるのは日本人と西洋人の子供ばかり。土日の繁華街で親子連れのシンガポーリアンを見かける程度である。それでもたまにバスで乗り合わせる彼らの姿は...眼鏡をかけて肥満体の「がり勉君」である。

シンガポールのガイドブックによれば、10歳前後から「将来」の振り分けがなされるから、小さい時からものすごく「英才教育」。英語・中国語を両方読み書きできるようにして、学習塾の他にピアノまでやらせているみたい。しかもその「結果」を日本で言う小学校4年生までに出すとなると、国民的「お受験」現象もうなずける。小さい時から遊びもせずに「そんなに詰め込んでどうするの」と言いたくなるが、小国家ゆえに「選択の余地」も多いとは思えない。

しかも、彼らには「義務教育制度」がない。日本では小中9年間ほぼ無料の教育を受ける選択肢があるが、それをシンガポール人に話したら「うらやましい」とうなだれてしまった。収入に占める「教育費」がいかに大きいかがわかる。裕福な家庭の子供は「より高等な教育」を受ける機会に恵まれ、その上「外で遊ぶ」ことなく「スクールバスの通学」が一般的なシンガポールでは、本当に早いうちから「友人」の範囲が限定される気がする。

日本の歩いて通学する「集団登校」などの制度は、体力作りや友達の交流にはよかった気がする。ランドセルをじゃんけんで一人に持たせたりするゲームは、スクールバスでは体験できない。同じ地域に住む子供が同じ学校に「無料」で進学できたのも、地域社会の「一体性」を経験できるいい機会なのかもしれない。アメリカやシンガポールのように「軍隊の存在」などで「国家」を意識することのない日本では、町村単位の「地域への帰属意識」が意外と重要な役割を担っているのかもしれない。

また、日本の小学校や中学校の授業風景は「軍隊みたい」と言われる。ではなぜ軍隊では「そういった教育」が必要なのか。日本などの一部を除いて、軍隊の「重要性」を認識している国にはちゃんとその答えがありそうだが、「規律」や「集団行動」を学ぶこと自体は「悪い事」とは思えない。問題はみんなに「強制する」ことだろう。

でも、日本にもシンガポールにも共通して問題に感じることは、「勉強」や「スポーツ」が将来にどう「結びつく」か、そんな「視点」での「教育」しかされていない点である。自分たちの「結果論」に基づいて「こうすべき」「ああすべき」が「まかり通りすぎている」。どちらの親も「もう一度やり直しの自分」を描きすぎている気がする。それで本当に子供の為になるのか。もちろん簡単に答えが出るはずもないが、一緒に考えてやる「姿勢」の方が実は一番大切な気がする。

どれだけ多くの「視点」「感情」「人と接する手段」を持ち、それらを「自分の物」にしているか、それが「個性」「人格」の違いなら、そういう面での向上を望むのが大切だと思う。それが「家庭」でも「学校」でも「地域社会」でも子供たちに本当に「望む」べきことなのではないだろうか。

「教育」を語りはじめると「むずかしく」なってしまう。ましてや「14歳の狂気殺人」を目の当たりにすると、自分の受けてきた「教育」にも疑問を覚えてしまう。ただ、どんな場合でも、結局自分の子供が「いい」学校に入れればいいんじゃないの、という「結論」が「暗黙の了解」とならない事だけは望みたい。「帰国子女」が戸惑い孤独を感じることのない「あたたかい」教育現場があるとありがたいのだが、むずかしい注文であろうか。

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6月22日

<日常生活>

「住めば都」とはよく言ったもので、人間どこでも生きていられるし結構楽しく暮らせるものである。特に人口が密集している地域などは全く問題無い。人が集まるのには「それなり」の理由があるからである。

生まれてはじめて降り立った「東北の地・仙台」。そこでサラリーマン生活をスタートさせた時も、最初は「長く辛い冬の生活」を想像して不安を抱いていた。しかし実際には「冬」に意外と雪が少ない上に、「夏」が涼しくとても気持ちがよい。夏の終わりの田んぼで、稲穂が「深く首を垂れている」姿には新鮮な感動があった。「うまい米」というのがこういうものだと教えてくれたのも仙台。「米所が酒所」という「単純な事実」も実感した。住んでみないとわからないものである。

今の生活は「打って変わって」赤道のほぼ真下。夏が当たり前。シンガポリアンの子供が、冬の日本に遊びに行ってはじめて発した言葉が「飛行機の外の方がクーラーが効いているね」なんて話も、当の本人には真面目な意見なのだと容易に想像がつく。でも、こんな暑いところで生き延びられるのかという点は簡単に解決されても、どうやったら「快適に過ごせるか」となると、やっぱり「住んで」みないとわからない。

シンガポールに人が集まる「それなり」の理由は「風」だと思う。高気温・高湿度のこの国でも、家の中で窓を開けて「自然風」を通せば結構いつでも涼しい。海風なのか何なのかよく分からないが、いつもどこからともなく吹いている。家のつくりも「窓」が大きく、コンクリートにペンキを塗っただけの壁。床もタイルやフローリング、大理石なんかが一般的で、風が「すっきり」通る構造である。

異文化での食生活は、口に合わない人には死活問題。この前インドのムンバイ(旧ボンベイ)で働いている学生時代の友達に会ったが、彼はシンガポールへ6ヶ月に一度「健康診断」と「買い出し」の為に家族連れで来ている。その目的ゆえに、日系デパート大丸と同じビルにあるホテルニューオオタニに宿泊。滞在期間の3日間のうちに、段ボール6箱分の食料をドライアイスづけにしてインド宛て送付するという。それが彼らの唯一「口に合う」衛生的な食料。大丸の地下食料品街もそういうニーズに慣れたものらしく、気軽に引き受けてくれると言っていた。

インドならそうでもしなければ「生きて」いられないのもうなづけるが、そういう面ではシンガポールは「寄港地」になるくらいであり、非常に恵まれている。「日本食」にこだわると「かなり」高くつくが、なんでもあるのだから文句はない。日本の食材なら「KIMISAWAYA」が代表的で、広範囲の品揃えをしている。このスーパーにはデリバリーのサービスがあり、資格は「日本人」であること。当然日本語の申込書しかないのだが、シンガポールでちょっと変な気もする。

余暇の過ごし方という点では、海外旅行はシンガポール人の間でも人気。淡路島程度の広さの国の中に生まれた時から住んでいれば、国外に出たことがない方が異常かもしれない。JALとかと違って、シンガポール航空はエコノミークラスにマイレージを付けないのも、単なる「自衛策」なのかもしれない。ちなみにSQのスチュワーデスの給料が下がるそうで、そうなれば客に対するサービスを低下させるそうである。

それでは普段の暇な時シンガポールでは何をするか。日本人は「観光地」気分でやることが多いとしても、現地人はどうするか、これを考える時に意外な事実がある。年中暑いんだからいつでも泳げる、のは事実でも、泳ぎが得意なシンガポリアンは少ないみたい。聞けば「プール」がそれほど一般的でなかったからだそうな。街においしく安い食べ物があふれている、のも事実だが、料理が得意なシンガポール人に会った事がほとんどない。食べ物の世話は家の内外を問わず「外国人労働者」と「夫婦どちらかの母親」。

だからといって料理もスポーツも今一つ関心が薄いというわけではない。いわゆるグルメ情報には詳しいし、スポーツではボーリングが人気みたい。以前、会社でボーリング大会をやったら「MYボール」を持ってきたシンガポール人が4人に1人ぐらいいてビックリ。今の日本ではとても考えられない熱の入れ様である。あとディスコやカラオケも若者の流行。バーとかも、数は少ないものの結構いけるものもある。「帰りのタクシー」も含めて、全般的に「財布の心配」をしなくていいのも東京とは大きく違う点。

いろいろありそうで、でもなにもしなくても「ぼーっ」と過ごせる国だから、趣味やスポーツがなくても、それでもそれなりに楽しく過ごせる国なのかもしれない。

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<オーチャード>

シンガポールには日本以上に「表と裏」があるかもしれない、と感じさせるのは外国人労働者の扱いである。中国人独特の「したたかさ」がなせる技と見た方が理解し易いかもしれない。つまり、お金を持っていようともそうでなくとも、外国人を「利用しよう」という気持ちが非常に強い。

「お金を持っている外国人」には、生活環境を整備することで「暮らし易さ」を提供するように見せかけて、一般のシンガポール人家庭ではもう普及している「ケーブルテレビ」が、都心部近くの賃貸マンションでは見れなかったりする。持ち家比率が90%近いこの国で、賃貸に入居しているのは日本人などの外国人だけ。一部の「金持ち中国人」の格好の投資対象にされ、賃料水準も非常に高く設定されている。

シンガポール人の間でもゴルフをプレーする人が増えたらしく、島内にある数少ないゴルフ場も、会員権やプレー代金が高騰している。中でも値上がりがひどいのが「名義書換料」。法人で購入していても、名義人の例えば支店長とかが交代すると「名義書換」せざるを得ない。明らかに、頻繁に出入りする外国人を締め出して、シンガポール人の手に移る事を画策していると思われる。

「お金がない外国人」にいたっては悲惨である。毎朝夕、工事現場までトラックの荷台に「山積み」にされて移動するマレーシアやインドからの肉体労働者には、「同じ人間」としての尺度をあてていない気がする。雨の中、屋根も付いていない車で肩を寄り添い会い、ごみ用のビニール袋を頭にかぶせる姿は、見ていても気持ちのよいものではない。

工事現場もすごい状況らしい。暑い国だから、水溜まりとかですぐに「ぼうふら」がわき「テング熱」などの媒体となる蚊が発生する。安全対策などほとんどないから、よく人身事故も起きるらしいが、うわさで聞くだけであまり報道されない。情報統制されていることもさることながら、シンガポール人にはあまり関心がないからと思われる。

情報が統制されていると感じる大きな原因は、シンガポールには新聞社が実質一社しかなく、しかも政府系だからである。与党政府への批判が載る事はなく、投書や意見すらあたりさわりのないものだけ取り上げられる。だから、自分たちが知り得る範囲以上に「損」している気がする。

休日のお昼ごろ、シンガポール屈指の繁華街「オーチャード通り」には、何処からともなくフィリピン人やマレーシア人の若い男女が集まってくる。「アマさん」と思われる女性が圧倒的に多く、友達を捜しながらベンチや木陰でたむろしている。精いっぱいの「おしゃれ」をしているのに歩道でおしゃべりしているのは、お店に入るお金がないから。一部はオーチャード近辺に広がる芝生にビニールシートを広げて、にぎやかに騒いでいる。時間の許す限り「同郷の友」と語り合うのが唯一の楽しみなんだろう。

他の外国人労働者と同じく、日本人もシンガポリアンにうまく利用されているのかと思うと、あまりいい感じはしない。でも、自分たち日本人のことを振り替えると、戦後日本の復興に手を貸したアメリカ人も同じような気持ちで我々を見つめているのかもしれない。自分の国益には敏感だが、進出してくる国の利益には無頓着。メリットがあるから進出している、のは真実でも、それだけではない気がする。お互い一国では生きていけないのだから。

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6月15日

<愛知万博>

2005年の万博が愛知で開催されることが決まったみたい。

やったね愛知万博!おめでとう愛知万博!がんばれ愛知万博!

考えてみれば、長野オリンピックといい、ワールドカップサッカーといい、そしてこの愛知万博といい、今世界的に注目されうるイベントを10年以内に日本ですべて見れるのは凄い事である。少なくともここシンガポールでは有り得ない事である。

愛知県、中でもその中核都市である名古屋市にはとかく地味なイメージがある。もともと政治文化の中心・東京と、商人の街・大阪の間に挟まれて、トヨタに代表される製造業中心の堅実な気風上に、その存在が時に忘れられがちである。今回の「開催地決定」のニュースでも、「五輪誘致でソウルに負け、ワールドカップサッカーの会場選考にも漏れて、三度目の正直でようやく勝利を手にした」などと「解説」されて、どちらかというと「同情」的である。

東京より東に住む人には、箱根の「関」の西だから「関西」に分類されそうになるが、「関西」はあくまで「中部」あるいは「東海」地方の西をさすのであり、愛知県も長野県も「中部地方」なのである。「長野五輪」と「愛知万博」で「TOYOTAの本社がある地域」ではなく「中部地方の愛知県の中に豊田市がある」と世界中に正確な認識をしてもらいたいものである。ちなみに豊田市はその昔、市におけるTOYOTAの存在があまりに大きいので、市の名前を「豊田」に変えた経緯がある。

そういう意味ではシンガポールは東南アジアの「KEY」となる位置にあり、中心部という点では地理的に「名古屋」と「シンガポール」は似ている。そういえばその他の点でも結構似ている、と思う今日このごろである。

まずは人口。「シンガポール」も「名古屋及びその周辺の人口」も共に300万人前後。シンガポールの都市計画は世界的にも有名だが、名古屋も実は典型的な計画都市であり、「100m道路(道幅が計100mあり、片道6車線で中央分離帯に公園がある)」や「地下街」の発達が有名。公共交通機関より「自家用車」の方が移動しやすい点も似ている。

気質的にもシンガポール人は同じ香港などの「中国人」と比べても、概して「おとなしく」、「保守的」であり、質実剛健・石橋を叩いても渡らない「名古屋人」と通じるものがある。思えば最高学府の「シンガポール大学」卒業生も名古屋大学の学生と雰囲気が似ている気がする。

「夜が早い」のも同じ。どちらも繁華街があるにはあるが、今一つ盛り上がりにかける上に早々に閉店してしまう。それから気候も、名古屋の夏は湿度が高く「もわっ」と暑いのが一緒。シンガポールの肉類では「チキン」がうまいが、名古屋もチキンのトップブランド「名古屋コーチン」の産地。

その昔、アメリカの「シカゴ」が、気質的に「名古屋」と似ていると思ったが、地理的に「中央」に位置すると「左右に流されまい」と「堅実」になるのかもしれない。今シンガポールもタイやマレーシアといった周辺国の急成長に追われて、小国ながら生き延びていく努力をしている。「愛知・名古屋」にはその「兄弟分」として、まさしく「自然と共生」しながら発展していく姿を、2005年の万博できっちりと示して欲しいものである。

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<タマゴチ>


シングリッシュ名「タマゴチ」本名「たまごっち」のブームはシンガポールにも起きつつある。久しぶりに日本から「明るい」話題が来た感じ。僕自身、日本を出発する時にはその「存在」を知っていたので、今更飛びつくつもりもない。「タマゴチ」知っているか、とシンガポリアンによく聞かれるが、家に「生きてる」たまごっちが2匹もいるから興味ない、と答えている。

こちらで最初に売り出されたのは二ヶ月程前、日系デパート高島屋で200個ぐらい販売され、売り出し30分も経たずに「完売」。買った人のほとんどは「在星邦人の家族」つまり日本からの派遣社員の奥様族だった模様。でも、その後の販売では明らかにシンガポール人に普及し出したし、海賊版の「普及」も数多く見かける。

大人も子供も関係無く「ブーム」になっている感があるが、シンガポール周辺の国の中には既に「規制」の動き。といっても小中学校内の話だが、授業に集中しない生徒が増えたとの理由で校内持ち込み禁止にしたみたい。教育面では「死んでもすぐ生き返る」ことが批判されているようだが、身近な家庭の実話で、飼っていたハムスターが死んだ時「いつ生き返るの?」と真顔で子供に聞かれて驚いた、という悪影響もあるみたい。

一度「ご臨終」したら、せめて1日ぐらい生き返らないようにすれば、少しは「死」を「考える」機会になりそうだし、生き返るまでの日数を「3日」にしたら「キリスト復活」を連想して宗教関係者やキリスト教圏の国々で売れたりして...

シンガポールではさまざまな日本企業が進出したり、日本製品が売られていることもあり、一般的な「知日度」は高いほうだと思われる。近所の幼稚園の子供の「アンケート」では「すし」が一番ポピュラーみたいだが、食べ物では他に「たこ焼き」や「今川焼き」が有名。いつでも行列ができる賑わいを見せている。

インスタントラーメンもどこでも売られているが、面白いのが「内外価格差」。例えば Nissin「出前一丁」の場合、日本から輸入されたものと現地生産されたものでは、内容・味がほとんど全く違わないのに、価格が5倍以上ちがう。もちろん日本からの方が高い。

辛いものを好む土地柄で、ジャパニーズ「わさび」は隠れた人気商品。「しょうゆ」「からし」「味の素」まで日常生活に浸透しているみたい。こちらの食べ物に「キャロット・ケーキ」というのがあり、シンガポール人に「うまいから食べてみろ」といわれたが、なんで「にんじん入りのケーキ」を主食でたべるのかと聞いたら「日本のお好み焼きだ」と言われた。「サテー」と似ている「やきとり」、天ぷら、とんかつまで日常的。

「製品」でなく「食品」が市民生活に根づいてくれると「浸透度」がかなり高まった気がする。もちろん「KTV(=カラオケのこと)」や「アニメ」の普及も大いに貢献している。これに新次元の「おもちゃ」タマゴチ。こういう「進出」は大歓迎である。

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6月8日

<夏休み>

先週からこちらの学校は「夏休み」。日本人学校でなくとも「春休み」「秋休み」とか呼ぶらしい。じゃあ、いつからいつまで休みなの、とシンガポリアンに聞くと「4週間の休みの後10週間授業で...」と指折り数えている。年間52週を週単位で分けているらしい。「呼び名」だけ「夏休み」。でも、一番長いから皆いい思い出があるみたい。

その時期に合わせてか、こちらでは映画「Shall We ダンス?」が上映されだした。「うなぎ」といい「失楽園」といい、日本映画界も話題が増えてきてうれしい限り。この三作とも「役所広司」というのも面白い。個性的な顔のわりには、いろいろな役柄に「溶け込める」器用さがある。

映画、読書、部活動、宿題、アルバイト、合宿、旅行、海...いくらでも連想される「夏休み」。日本では期間が長い上に「日中時間」が長いことから「冬休み」とかより実際に活動出来る時間が長く、他の休み以上に印象を強くしている。シンガポールの「日中時間」は、というと、年中ほぼ同じ。朝7時に「急に」明るくなって夜7時を回ると「すっー」と暗くなる毎日。

12時間づつ昼夜がある感じだが、それなら朝6時から夜6時の方が「本来の姿」の気もする。日本にあれだけ近い香港や北京と時差が同じ「−1時間」にしているところが「ミソ」なんだろうが、これらの国に「遅れを取りたくない」という気持ちと、「サマー・タイム」的発想なんだろう。非常にいいことだと思う。

そういえば、「夏休み」に何をして過ごそうか、と考えていたころと、シンガポールに来てから休日どう過ごそうか、と考えるのがすごく似ていると思う今日このごろである。せっかくお日様が「らんらん」してるんだから外で遊びたい、でも...暑いから日陰で昼寝でもすると気持ちよさそう。せっかくのチャンスなんだからいろいろやりたい、でも...そんなに「あくせく」出回る必要もあるまい。こういった「相反する」気持ちに揺れながら...でも「楽な道」を選びがち...やばい体重が増えてしもーた!という連続。

よっしゃちょっくら運動でもするか、といろいろやってはみるが、共通する「落とし穴」。「ビール」が「うまく」なってしまう。かまわず「気持ちよく」飲むと、日本よりかなり高い「酒代」と「ビール腹」のみ残る結果に...まあいいか、と言いつつ日本から持ってきた服が「着れなくなる日」を恐れる日々である。

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<ボーナス>

そろそろボーナス・シーズンである。シンガポールでも、少なくとも日系の企業は現地社員を含めて、この時期にボーナスをもらえるみたいである。でも、日本のボーナスは「本当のボーナスか」と言われると、「生活給の一部だよね」と答えたくなる。独身だったころはともかくとして、家庭を持ってからは「支給される前に」もう使い道が決まっている。

生活していくのに必要最低限の賃金+αが「生活給」なら、総収入に占める「生活給」の割合は確実に増えている、というのが日本にいた時の「実感」。もともと「月給=生活給」で「ボーナス=余剰金」であったはず、というより「あるべき」なのに、そんなこと言っていたら「ボーナス温存」のために「貧しい」生活を強いられる。それなのに消費税は上がるし...と、日本にいたら「ぼやいて」いたかもしれない。

別に「働けど働けど我が暮らし楽にならず...」などと愚痴るつもりはない。「消費税」が導入された時から「ボーナス」の支給が「本来のもの」になるべきだった、と気づいたのである。簡単に言えば「欧米型」の課税体系に変えた段階で「賞与」も欧米型に変質すべきなのである。ようやく「ストックオプション制度」の導入で色めきだっている企業もあるが、右肩上がりの収入増が期待できなくなった時点で、みんなの「やる気」のでる給与体系にすべきなのである。

「生活水準がある程度保証されている国」が「先進国」であるのならば、ちゃんと働いている人の「月給」で「日常生活に必要で、ある程度予定されている支出」が賄えて当然のはずである。その上で「ボーナス」が本来の趣旨である「余剰金の分配」であり「能力に対し公平」に支給されているのならば、「企業業績が悪いから」とか「景気が悪いから」との理由でその部分がある程度カット、というより今までもらえた部分が「追加」されなくても文句は出ないはずである。

ついつい力が入ってしまうが、日本の社会全体がそういう風に変わるべきなのである。もともと「間接税」が撤廃されて「消費税」に移行した段階で、「その物の本来価値」と「社会コスト=税金」が切り離され、消費生活の方は「透明度の高い」ものに変化した。もちろん、サラリーマンの収入には非常に「透明度の高い」課税が行われている。しかし「製品価格」と「サラリーマン収入」では根本的な違いがある。「製品」を買う時のような「高機能・高品位」つまり「高付加価値」に対して「より高いお金を支払う」、といった概念が希薄なのである。

「もの」の値段は、例えば「お酒」なら、まずそれ相当の「価格」があり、「銘柄」や「年代」「産地」「製造元」「瓶のデザイン」等々の違いで見事なまでの「価格体系」ができている。「酔って気持ちよくなればそれでいい」人には「安酒」、「雰囲気や舌触りまで楽しみたい」人には「高級酒」が用意されている。

つまり、「製品」の世界では完全に近い「料金体系=所得体系」ができており、酒税とかを除けば、ほぼ一律の「課税(消費税=所得税)」がなされているのに、「サラリーマン所得」は、ぞーっとするような「累進課税」と「付加価値の値段」が明示されない「所得体系」のまま、「品質低下=生活水準の切り下げ」だけさせられている気がする。

ある韓国人と話しをしていて「韓国の会社では部下を連れて飲みに行き、おごってやる”文化”があったのですが、このごろ飲み代も高くなるし企業業績も悪化して収入が減ったんで、すっかりそういったコミュニケーションの機会も減っちゃったんですよ」と言われびっくりした。

驚いた理由は、ひとつはいわゆる「飲みニュケーション(=飲んでコミュニケーションを取る事)」が韓国でも行われていたことだが、つい最近まで頻繁に「おごってやれる」だけの「所得差」があったこと。会社同僚の上下間でも、学生の先輩・後輩間でもそうらしいが、日本では「収入」に差が少なくなって「肩書き」を除けば「私生活」など「大差」がなくなって久しい気がする。昔は「肩書き」に「高収入」の裏付けがあり、自分との「落差」が「尊敬」を生み出していたと思うのだが、「肩書き」はともかく「高収入」には「不公平」という言葉が先に出るようになってしまったと思う。

近頃の「肩書き」は徐々に「実力」を反映したものにかわりつつあるのだから、「生活給」に大差をつけなくとも、実力社長や部長には「どーん」とボーナスを出してもいいのではなかろうか。自分の上司が「今日は俺のおごりだ」とばかり、「ポケットマネー」で赤坂の料亭一晩借り切りのパーティーでも「無料」でやってくれれば、「妬み」通り越して「忠誠心」が高まり「勤労意欲」まで沸きそうなものである。パーティーは、もちろん家族や恋人同伴OKで。

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6月1日

<ファッション>

「ファッション」などといわれると「無縁」と答えそうになるが、「自分の事」を棚に上げれば結構語れてしまったりする。「ファッション」を口にしたり実践する人にしても、僕のような「観客」がいなければつまらないはずである。「プロ」同士で意識しあってもエスカレートするばかりで結局「金と暇」が物を言う世界に突入してしまう。本来「ファッション」は「自己表現」であり、すべての意味で「自然=ナチュラル」が基本だと思う。

ここシンガポールの「ファッション」事情を考えると、いろいろなハンディーが見えてくる。常夏だから「夏服」しかいらない為「季節を先取りする」ことができない。これは、パリのファッション・ショーとかが1〜1.5年も先を意識したデザインを常に提案することを見ても、「進化と先取り」を旨とするファッション界において致命的なマイナス点かもしれない。

インド人の「サリー」の様に「独特かつ排他的」服装が「ファッション」の必要性をなくしている面もある。あと、シンガポール人共通の「文化的・伝統的」衣装がないため、「美の基準」が認識されていないことも大きいと思う。シンガポール航空のスチュワーデスの制服が「イメージ」としてはあるが、市内で見かけた事など一度もない。

街角を歩いている人たちの「ファッション」を観察すると、男女共通なのが「眼鏡」のデザイン。細長い「ウルトラマンの目の形」といえばわかるだろうか。その大きさが概して小さく、「眼球」分しかレンズがないように見える。流行なのだろうが、どちらかと言うと「老眼鏡」的デザインで、しかも男女とも少なくとも半分以上眼鏡をしている。

髪型は「おかっぱ」が目に着く。暑いせいで「ロング」の選択肢がほとんどないため、カーリー・ヘアーやポニーテールはほとんど見かけない。男は「短髪」が多いが、「散切り風」の「おかっぱ」も見かける。ヘアースタイルに時間をかけていそうなのは男女とも少数派。カチューシャやヘアピンのたぐいもほとんど見かけない。

服装は、これも男女共通で、Tシャツやポロシャツにジーンズ・綿パン姿が圧倒的に多い。ビジネスマンは「長袖」のカッターシャツにスラックスが通り相場だが、女性はミニスカートがやたらと多い。個人的に「目に入り易い」という説もあるが、いわゆる「超」ミニでノースリーブ、生足に黒く「ヒールの太い」革靴、服の色は「原色系」が多い。

服についてもう少し言うと、どうして「ああいう」色の服を選ぶのか「わからない」ものも多い。日系デパートとかで見ても「ああいう」色が多いのは、日本で売れ残った「夏服」を販売している気がしてならない。「ああいう」色とは、一般的な日本人が好む「中間色」ではなく、みどり・オレンジ・赤といったどぎつい色のこと。ファッション店でディスプレーするには綺麗だけど、実際に買っていく人を見たことがないような色の服を、日本人と同じ「黒目・黒髪」のシンガポール人が着て、似合うとは思わないのだが...

足元でいえば、男女とも靴下を履いている人は少ない。ビジネス用の「黒革靴」を除けば、紐付きのサンダルや「つっかけ」が圧倒的に多い。「運動靴」は子供と西洋人だけである。あと、ちょっと話が外れる気もするが、「プロポーション」は概していい。上から下まで「すらっとした」感じの人が多いが、若年層、特に小中学校ぐらいの子供の「肥満」がすごく多い。全体的にいえるのが「運動不足」。スポーティーな人をほとんど見かけない。

こうやって見るとシンガポール・ファッションの、ある特徴に気づく。男女差・年齢差の喪失、つまり「ボーダーレス」化がアメリカや日本同様、いやそれ以上に進んでいることである。もともと「冬服」より「夏服」の方が「ボーダレス」しやすいが、女性の社会進出が先進国並みに進んでおり、「活動的」な女性が多いことが原因だと思う。女性のファッションについて言えば「社会的地位」が高い人ほど「身なり・振る舞い」が好感を持てるものになる。「知性」が「姿」に現れるとでも言おうか、自分の「魅力」の引き出しかたを知っている気がする。

ただ、辛口のことを言うと、シンガポールで「思わず振り向いてしまう」体験は、ほぼ皆無。つまり、「垢抜けた」人を見る機会がほとんどない、のは残念である。「眼鏡」を「コンタクト」に替えるだけでも違ってくる気がするけど、そんなことは「ネバーマインド」。あっ、そうか。「ファッション」が「こだわり」とすれば、シンガポール精神「ネバーマインド」とは相反する概念。そもそもそんなものを受け入れる土壌がないのである。本人が「快適」な服装なら構わない。なんだ、結論は僕と同じじゃないか。

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<日本人観光客>

「民度」という言葉がある。「その地域に住んでいる人の経済力や文化の程度」というのが定義だが、海外を旅行したり生活すると結構意識することである。自分の国以外の人と接する機会が増えたり、異文化との交流を通して徐々に「熟して」いくと思われる。

ここ十数年の間に、日本人の「民度」はかなり「向上」した気がする。その一方で、いろいろな「偏った」イメージが世界中に定着している。例えば「金持ち」「英語が苦手」「だまされ易い」「警戒心がない」「団体で行動する」等々、旅行代理店や雑誌で「海外旅行の手引き」などで繰り返し取り上げられている。「海外旅行」とは、訪問国の「民度」を知ると同時に、自国の「民度」を紹介する機会であることを考えると、この「偏った」イメージはどことなく「恥ずかしく」もあり「真実」として自分を見直す機会と捉えることもできる。

シンガポールに来る観光客の国別第一位は「日本」である。市内いたるところで日本人観光客を見かける。「住人」の目で見た「日本人」は...やっぱりその通り。「イメージ」は一向に変化しない「事実」である。でも、その「意味合い」が変化してきている気がする。例えば「団体行動」が今まで「ネガティブ」に捉えられていたのは、「集団心理」によって周りの迷惑を顧みない行動が目立っていたからである。大人数で必要以上に騒ぐ日本人を見るケースが少なくなってくれば、そんなに問題視される「いわれ」はない。今や韓国・台湾・中国といった国の「団体客」の方が「目に付く」ようになってきた。

警戒心は、とやかくいっても付いてきたと思うし、「英語」も「物売りの片言日本語」に対抗するぐらいの会話力なら誰でも持ち合わせて来ている。これら以上に「進歩」したのは「態度」。どの日本人も「落ち着いた」物腰で、旅行を自然に楽しむ人が増えた気がする。

しかし、善悪両面あるのは「金持ち」。世界中どこでも日本語を話せる人が増えたのは「日本人の金目当て」が多分にあるが、日本人には「金しか期待していない」という態度もよく見かけるのは残念である。これは日本人のお金の「使い方」に一番の原因があると思う。「旅の恥は掻き捨て」が減った分「旅の”金”は掻き捨て」が横行しているからである。

「価値」あるものに「お金」を使うのは構わないが、その「価値基準」が「日本」にあり「訪問国」にないのが問題。多少高いかな、と気づいていても「まあいいか」と支払ってしまう「態度」が、数いる観光客の中で唯一「スペシャル・プライス」を提示され続けることにつながっている、ということに早く気づくべきである。

では、シンガポール人の「民度」はどうであろうか。自国内に「異人種・異文化」を内包しているだけに、「外人」の扱いには慣れている気がする。一応「英語」がしゃべれて、外国人の日常生活に困らないだけのハード・ソフト両面がそろっているのは評価できる。だが、だからといって素直に「高く」評価する気にならない。しかも、長く滞在すればするほどそう思う。

知れば知るほど「表と裏」が見えてくる、とでも言おうか、時たま住んでいることの「息苦しさ」を感じるのである。日常生活における様々な規制や罰則は周知のことであるが、その他にも、例えば、衛星放送の受信が禁止されている。先日のバリ島に行った際には「NHK衛星放送」の「ふたりっこ総集編」を観ていたから、日本の衛星放送受信も物理的には不可能ではなさそうなのにダメ。どこでも一皮向けば「ダメ・だめ・駄目」とでも書いてありそうである。

小中学校の規則でもあるまいし、そこまで「優等生」的ルールづくりをしなくてもいいのに、と言いたくなるし、必要以上に「圧力」をかけられると、どこかで吹き出しそうに思う。我々は所詮「外国人」だから時間が解決してくれるが、「右肩上がり」の経済成長が途切れた時、一般のシンガポール国民がどう動くか今から不安な気もする。

しかも、もうひとつ不安の種がある。シンガポール人の「子供」。今現在の成人はある程度熟した「民度」を感じるが、「メイド」の存在で本来親子間で継承されるべき「民度」が欠落している気がする。今時、レストランや海外旅行まで「メイド」を連れて行く国民などほとんど聞かない。自分は「楽」でも、自分のことすら自分でできなくなってしまったら、その国民の「民度」は「知れている」。

「民度」と「民度」のぶつかり合い。その「民度」こそが「海外」における「その国民」の「存在意義」だと言える。だとしたら、スランプでも世界第二位を維持している経済大国であり、アジア最初の先進国の国民として、それにふさわしい「民度」になりたいものである。踏み込んだ「その地」の「その人」にとって「自分自身」が「日本」なのだから。


P.S. 先週「バリ島」旅行をしてきました。こちらもご覧ください。

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5月25日

<PADI>

一年前には考えもしなかったこと。周りでやっている人がいても「独身貴族」ぐらいしかできないと思っていたこと。それがなぜかここで実現してしまった。何を隠そう「ダイビング」のことである。「PADI」とはアメリカはカリフォルニアに本拠地を置くダイビング団体であり、ダイビングでは世界最大の組織である。

きっかけは旅行情報誌「地球の歩き方」で「バリ島」の研究をしていて、「4日間」で「ライセンス」が取れるという記事を読んだから。ちなみにこの「地球の歩き方」シリーズは、創刊間もないころから旅行に愛用しており、十数年前にヨーロッパ一人旅したころは「ヨーロッパ」で一冊だったのを覚えている。それはともかく、常夏の国にいるならマリンスポーツのひとつぐらい始めたいと思っていたから、すぐその気になって「バリ島旅行計画」を考えはじめたのだが、大きな問題が出てきた。

家族をホテルに残して一人だけ4日間もスクールに通えるか、という点。とは言え家族全員で習うわけにもいかない。「バリ島旅行」だけをフリーで申し込んで迷っていたら、「シンガポールでライセンスを取ってから、バリ島でダイビングすればいいじゃん」の先輩の一言。「一応、生命に関わることだから、日本語で受講した方がいいよ」とも付け加えられた。

あーそうか、と頭を切り替えて、近くのダイビングショップに飛び込んで「日本人インストラクター」のことを聞いてみたら、島内に一個所だけ「日本語講習」をやっているところがあります、とのこと。さっそく電話番号を教えてもらって店と連絡を取り、講習を受ける事にした。あと2人集めれば通常料金で自由な日程を組める、との誘いに5月の土日計5日間のスケジュールを決めてしまった。

なんとか2人集まり講習開始!ちなみにインストラクターは普段モルジブで教えている、僕より1つ若い女性。内容は...


一日目:まる一日の学科講習及びその内容に関する試験。50問中38問正解で合格となる。原付バイク検定試験並みの難易度で、48問正解にてクリアー。

二日目:一日中プールにて講習。最初に200m泳がされて面食ったが、ダイビングするための器材準備とその使い方等々を習い、立てば顔の出るところで潜る練習。その後、深いところでいろいろな緊急時に備えた訓練開始。

三日目:再びプール。最初に5分以上「浮かんでいられるか」試される。続いて前回より多少高度な訓練。潜水中に空気が不足したり、足がつってしまった時など、通常考えられる範囲の「遭難」がテーマ。

四日目:海洋実習。シンガポール南の船着場から1時間弱の「パラウ・ハンツーン」というスポットで実際に10mぐらいのところへ潜水する。2回ダイブして、内容はプールでやったことの実習。

五日目:最終日で、再び海洋実習。場所は同じで水深12mぐらいのところでトレーニング。この2ダイブにて講習終了!船内でライセンスの申込書に記入し、仮ライセンスの交付となる。正式なものは「写真入り」で後日郵送される。


まあこうやって見ると簡単そうに思うけど、そう楽なもんではない。やっぱり「器材」がないと「生きていられない」世界に入るわけだから、ふざけていると「命に関わる」というのが実感。タンクの空気は乾燥しているので、「水中」にいるのにやけに「喉が渇く」のも変な感じ。あと海水は「深いところ」でもやっぱり「塩辛い」(当たり前か)。

でも「シンガポール」を実感したのは最終日。なんと「タツノオトシゴ」を見てしまった。水深8mで体長5cmぐらいしかない「僕の干支」が、植物の枝につかまって浮かんでいた。素手で「やさしく」触れた感触は見た通りの「貝柱の薫製」的弾力肌であった。インストラクターも「初体験」とのことで、全員で10分以上観察してしまった。かわいらしい「目」が印象的。

こうやって晴れて PADI「Open Water Diver」に認定されたわけだが、考えてみれば個人的問題は何も解決していない。ただでさえ「ゴルフ」で家族の「白い目」にさらされているのに、これから先、一人だけ「ダイビング旅行」に参加できるのだろうか...これは「海」より「深い」問題かもしれない。

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<標準語>

「標準語」の定義は意外にむずかしい。日本語で考えても、どこの地域の言葉が「標準」なのか明確に示しているものはない。あえて言えば「NHK言葉」が全国的に流布されており、かつ、一般的に受け入れられていると思われる。そりゃテレビ放送だけで地上2チャンネルに衛星2チャンネル、FMにAM2つが全国隅々までカバーして朝から晩まで語りかければ、それが「標準」と信じてしまうのもうなずける。

しかし、例えば「人口」で考えれば「江戸っ子」言葉かもしれないし、日本の地理的中心だから「名古屋弁」かもしれない。関西生まれの人なら間違えなく「関西弁」と言うだろう。大阪育ちのある友人の「定義」は今でも覚えている。「関西の者が東京行ったかて東京弁に染まらんけど、関西に住んだやつは大阪弁つかうやろが」確かに関西のやつの「しゃべりパワー」は吉本ならずとも感心する。

ではここシンガポールの標準語は何なのか。国民全体に教育が行き渡っているという意味では「英語」なのだろうが、彼らの会話の半分近くは「中国語」だったりする。「英語」と「中国語」を比べてその時々に「使いやすい」か「伝わり易い」方を選んだ会話をしているようである。器用なようで、でもその両方が彼らには必要なのであり、それがいわゆる「シングリッシュ」なのである。

シンガポールのタクシーは「通りの名前か、建物の名前」を言えば目的地に向かってくれる。でも、例えば「マリーナ・サウス(Marina South)」と言っても通じない。「マリナ・サ」である。最初「South」の「th」がちゃんと発音できていないから通じないのか、と思って「舌を上の歯と下の歯の間に軽く挟んで、舌べろの左右から息を吐き出しながら奥の方に引いて...」などと考えて発音してもダメ。どんなに正確な「英語」の音を発しても「伝わらなければ」意味がない。「俺の発音がひどいからと言っても、おまえたちだけには発音をとやかく言われたくない!」と叫んでも仕方がないのである。所詮シングリッシュでは「正確ではない」のである。

この「シングリッシュ」、発音だけでなく言葉づかいも「英語」とは異なる。代表的なのが「CAN、CANNOT」。この単語だけで文章にしなくても「できる、できない」の意志表示できるのは日本人にもわかりやすいし、助かる。つまり主語述語がかなり省略出来る。「OK」も「了(ラ)」をつけて「オーケーラ」と言う方が感情がこもる気もする。

もうひとつ特徴的なのが「時制」。現在形・過去形・過去完了...なんて考える必要は全くない。どれで言っても通じてしまう。多分「季節」がないから過去の「時制」がはっきり記憶されていないせいだと思う。そんな文法なんかにこだわる前に、自分自身をきちんと理解してもらうことに注力したほうがいい。

それから「素人」にはむずかしいのが「イントネーション」。「中国語」のリズムで「英単語」も交えるから、最初に耳にする人はどこからが「英語」なのかわからない。「こいつら中国語で話して、俺をのけ者にしやがって」と思っていたら、自分に注目が集まっていてびっくり。実は英語で話し掛けられていた、なんてこともままある。

シンガポール人が「認めている」のか、はたまた「誇りに思っている」かは定かでないが、「シングリッシュ」は紛れもないシンガポールの「標準語」である。日本語にも「外来語」があり「カタカナ」言葉が増えているが、そういう「外来文化」と「既存文化」とが混成され、常に進化しているのが言葉である。もとが「英語」でも「公用語」となった時点で「自分たちの言葉」であり、その「進化」に誇りを持つべきである。「シングリッシュ」万歳!

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