シンガポール滞在日誌

毎週日曜日更新 (SINCE 30 MARCH 1997)


7月25日

<大運動会>

「ボランティア精神」など、自分のどこにもないと思っていたのだが、やっぱり友人・知人の家族や身内が参加するイベントともなると、似合わないことをしてしまう。もちろん、本当に「他人」が助かると感じることを献身的に手弁当でサポートするような「ハイレベル」なボランティア活動ではなく、単なる労働奉仕の次元である。

本日朝9時から、シンガポールでは日本人会主催の「大運動会」が盛大に開催された。年に一回の行事であり、地場大学のグランドを借りて盛大に行われ、来賓にはASEAN外相会議で高村大臣が来星中にも関わらず、橋本在星全権大使も登場する本格的なものである。

イベントは「綱引き」や「スエーデンリレー」等オーソドックスなものから、だんご三兄弟をもじったような競技まで23もあり、それでもそれぞれの参加者は未就学児から一般人それぞれ最低100名は下らない。パン食い競争用のパンは実に1300個用意して、そのほとんどを消化してしまった。のべ3000人規模の、正に「大運動会」である。

そして自分は、日本人会の運動部所属卓球同好会メンバーとして「用具係り」スタッフに駆り出されたのである。その人数もいろいろな同好会・部活動の応援合わせて200名近く。「用具係り」だけでも3班15名ずつ45名の大所帯である。幹部の人たちは2月ごろから半年近くの歳月を費やして仕事の合間に会議を重ね、いろいろな手配をしてきたそうであるから、本当に頭が下がる。

まあ、そういう「事情」も、自分が当日ちょっとだけ裏方を「齧った」から知ったようなものである。もともと「大運動会」など興味なく、参加者募集のパンフレットもさっーと見て捨ててしまったのに、終わって見ると朝7時から夜6時まで炎天下でイベントを見守っていた。それでもなかなかの満足感である。「ボランティア」とは不思議なものである。

それにしても、3万人弱の日本人人口のシンガポールで、2000人以上が同時に一個所に集うのはすごいことである。しかも、皆すべて海外で生活し英語なり中国語を操り、企業を代表し、現地スタッフを指揮する立場の人たちやその家族ばかり。自分はともかく、これだけの優秀な人材が結集するのもすごい。

しかも、出張や他の行事など万障繰り合わせての登場である。子供にせがまれたり、家族に日本文化を感じさせたいという気持ちの賜物という気がする。それだけ「運動会」には秘められた魅力があるのかもしれない。自分の子供も最初は嫌がっていたくせに、結局参加できる全競技にエントリーしている始末。これだけ暑い南国の太陽が照り付ける中でも、元気よく飛び回っていた。

裏方として用具の出し入れやセッテイング・進行までやっていても、どの参加者も一所懸命競いながら、心行くまで楽しんでいるのを見るのは気持ちよいものである。特にパン食い競争など本当に面白い。自分はパンを吊るした竿を支える役をしていたのだが、これが当たり。

男は老いも若きも対抗心のみであるが、女の子の場合、小学生低学年はきゃっきゃ喜んではしゃぎ、高学年にもなると人前で大口開けてアンパンを捕まえることに「はじらい」を感じるようである。ところがこれが一般女子、つまりその大部分が「母親」ともなるとこれがすごい。

バーゲンセールに押し寄せるがごとく地響きとともに殺到し、皆に一つずつあると分かっていても、身近の一つのパンを相手を押しのけながら大口で奪い合うのである。椅子の上に登って竿を持っている自分には、歯の矯正から喉ちんこまで丸見えで、普段はまず見る機会のない異様な光景である。

人間も所詮動物、と感じる瞬間。生存競争を勝ち抜く為の「本能」をくすぐられるとすべてを忘れて集中できるのである。子供を傷付けない為に順位を付けない運動会を開催する学校が日本では増えているらしいが、それでは全く意味がない。勝利の喜びを味わう為に全力で頑張り、一方で転んでしまって泣きながらビリでゴールした子供には拍手で迎えてあげる。それがよさであり、日本人の運動会である。

まだまだ自分が知らないシンガポール生活の側面、そして日本人の良さを感じた一日である。何事も経験。どんなことでも首を突っ込んで行けば、何かしら視野が広がりそれだけ「生活」を楽しむ要素が増えて行くと思う。まあ、ボランティア自体を文字どおり「自主的に」行うことは今後もまずないだろうが...。



<ホーカー物語2〜家庭>(第三十二話)

「きれいだー」

にっこり微笑んで小春が唇を動かす。

「私の方がちょっと色彩センスがあるかもね。」
「恐れ入りました。」
「分かったら後始末なさい。」
「はー、了解いたしました。」

ふざけあいながら片づけ合う二人。余分なじゃれあいをしているうちに、お日様はすっかり高いところまで昇っている。

「なんだかお腹すいたねー」
「そりゃー朝食も食べてないもん」
「どこか食べに出ようか」
「賛成、近所のホーカーへ行こうよ。」
「行き付けなの?」
「週末はほとんどそこよ。」

ホーカーセンターも、立地によってだいぶ違う。オフィス街と観光地と庶民が普段使うところの3つに大別できる。観光地はいづこも同じで値段ばかり高くておいしくない。オフィス街は競争が厳しいので美味しく安い店しか生き残っていないが、土日に休業する店が多い。HDBの中、1〜2階に設置されているようなホーカーは、値段は一番安く味もまずまずの飽きない味付けで、何より週末に早朝から営業しているのがうれしい。

「歩いて行けるの?」
「あそこらへんだから、すぐよ」

小春が海岸線と反対側のHDB群を窓越しに指差している。

「よし、すぐ出発だ」
「OK、その前に洗濯機をもう一度回しておくね」

何か小春と家庭を築いているみたいである。しかも違和感がない。

(次回へ続く)



7月18日

<東京事情5〜鉄道員>

言わずと知れた浅田次郎の直木賞受賞作「鉄道員(ぽっぽや)」の映画を日本で見てきた。シンガポールで原作を読んだ時に泣いた以上に泣ける映画に仕上がっている。浅田氏のコメントならずとも、これぞ日本映画という感じである。是非とも観てもらいたい。

日本では7月10日ごろから「スターウオーズ〜エピソード1」を全国的に封切りしたみたいで、宣伝や広告がいたるところに目に付く。何で日本の映画封切りはこうも遅いのだろうか。実際今上映している「交渉人(NAVIGATOR)」や「恋に落ちたシェークスピア」などは2ヶ月以上前にシンガポールで観てしまった。

これらの作品は「優秀」な部類である。よくできていて、日本人の感性に合っているものだけが選ばれている。これらの「秀作」に出会う為に、自分はシンガポールでいくつもの「駄作」と映画館で向き合っているのも、また事実である。日本での映画興行は「失敗」を恐れているようだし、実際「駄作」と付き合っていられるほど暇なお客さんは数少ないであろう。そういう意味では非常に消費者の立場に立った選別であるし、一方で日本人は「見る眼」を養う機会を失っている気もする。

シンガポールの場合、はっきり言って何の文化もない。だからすぐ「受け売り」的行為ができる。英語で作成されるほとんどのハリウッド映画は、シンガポール用に宣伝をアレンジし直さなくてもいいし、そのまま上映できるから早く封切りされて当然である。言ってみればハワイ州のアジア版である。

だが、日本には四季がありそこに生活サイクルがあること、そして「日本映画」があるから、ある程度「交通整理時間」は必要だろう。やっぱり「エピソード1」は家族連れで夏休みに楽しんでもらいたい映画だし、「恋に落ちた...」もアカデミー賞をあれだけ受賞しなければ、日本で流行ったか疑問である。そして「鉄道員」である。日本は映画という文化もきちんと日本流に咀嚼している国であると感じる。

つまり、日本は「ハリウッド映画の属国」でも「季節も文化もない国」ではない、だから日本のリズムで「外国映画」を取り入れているから封切りが遅いのである。なーんだ、そんな当然なことに気が付くのにだいぶ時間がかかってしまった。それでもまだ疑問は残る。なぜもう少し映画料金は下げることができないのだろうか、と。他の物価がだいぶ下がっているだけに違和感を覚える。

電子機器や飲食店のサービス、スーパーの商品に至るまで、だいぶ日本の物価が安くなってきた気がする。コンピューターがその機能向上具合に比較して急速に値下がりしており、非常にお買い得になってきているのはよく知られているが、それ以外の商品でも、やっぱり日本人はすごいと思わせる機能がさりげなく付いていながら、値段はそれほど高くないのである。

今回秋葉原で最新機器の数々を見て廻ってきたが、やっぱりすごい。人の賑わいもこれまたすごい。キャンペーンガールが街のそこら中に立っており、いろいろなハイテク体験をさせてくれる。あんなことできたらいいな、の世界がすぐそこまで来ていることを実感させられる。

金融機関も変化していた。一番うれしいのは郵便局でどこの銀行のカードでも使えるようになったこと。これは本当に便利である。振り込み等各種手続がインターネットや携帯電話でできるようになってきているし、現金引き出しを全国の郵便局でも利用できるなら既に日本の金融サービスは世界でも指折りだと思う。後は利用し易く安全好利回りな金融商品をたくさん提供してもらって、適切なアドバイスをいつでも受ける事ができる環境が整えば完璧である。

何だか日本も明るくなってきた実感がある。少なくとも正常に近くなってきた。昨年末の観察は正しかったようである。NHKの政治討論番組は、年金等で引き続きまともな論争を行ったりしているし、民放のワイドショーも呆れるほどばかばかしい「サッチー論争」を取り上げているし、これが「本来の姿」のような気がする。もちろん「サッチー」より少しはましな話題などいくらでもありそうだが...。

そして、極めつけは「鉄道員」。くどいようだが、久しぶりに日本人の「感性」を実感した秀作である。高倉健の偉大さ、存在感を見せ付けられたし、大竹しのぶや広末涼子、志村けんも良い味だしている。いろいろすごく楽しく充実した一時帰国であったが、一番の感動は「鉄道員」を観れたことだったかもしれない。



<ホーカー物語2〜芸術>(第三十一話)

怪訝な顔でベッドから這い出して、鏡の前に立つ小春。「固まっている」という表現がぴったりの状況である。

「お気に召しましたでしょうか?」

冗談ぽい軽口にも反応はない。繁々と自分の体を見詰めている。

「怒った?」

ついつい弱気な発言をしてしまう。見つめる目元から大粒の涙でもこぼれようなものなら、どう対処していいか妙案が浮ばない。相変わらず場当たり的な行動をしてしまう自分を反省してしまう。

「うーん、じゃあシャワーでも浴びようか?僕も手伝ってあげるよ」
「どうして?」
「えー?そのあまりに芸術的すぎるから」
「いいじゃない」
「えー何が?」

姿見の前で後ろを振り返って自分の体を確認する小春。心なしか表情が明るい。

「背中はあまり描かなかったのね」
「はい、お嬢様が仰向けにお眠りになられておりましたから」
「そこのバイオレットレッドで背中にリボンなんてどうかしら」
「結構かと存じます。」
「あーもっと大胆に、ダイナミックさが欲しいはね」
「こーんな感じですか」
「そうそう、お尻のところにリボンの先端を持ってきて、逆三角切り込みに...そうそう」

木目細やかな肌でリップスティツクの伸びがすごくいい。キャンパスとしては申し分ない。

「さあ、前の部分をちょっとばかり手直ししましょうか」
「はあ、如何様にでも」
「ちょっと立ってくれる、そう、真っ直ぐ立って」

そう言われると、心なしか余計な部分も「立って」くる。

「余分なことは考えないようにね」
「イエス、マダム」
「ガウンを脱いで」
「はい、奥様」
「目をつぶって」

と言うが早いか、小春が抱き着いてくる。そのままベッドに押し倒され、でも小春は体をくねくねさせながらしがみついてくる。

「奥様、せっかくの作品が崩れてしまいます。」
「ふふふ、こうすれば、もっと綺麗な作品に仕上がるわよ」
「あー、シーツが汚れます。」
「芸術には犠牲も必要よ。」

ようやく小春から開放された時には、自分の全身のみならず、シーツもカラフルな色で染まっている。だいぶ汗もかいてしまった。ふと、隣で息を切らしている小春に目をやると、日の光に全身からにじんだ汗、カラフルで上品な色が交じり合って、芸術的な色彩が放たれている。

アフリカの草原で天然色の動物が水飲み場で光り輝いている情景がこのようなものなのか、あるいは棟方志功が「弁天さん」を描いた心境なのかもしれない。画家の才能が少しでもあれば、いや、カメラがここにあれば、何十回と何百回とシャッターを切ったであろう。

(次回へ続く)



7月11日

<東京事情3〜顔黒>

「顔黒」と書いて「がんくろ」と読めるひとは流行に追いついている。見て字のごとく「顔を黒く焼いている」ことらしい。サラリーマンでも積極性や行動派を気取る為に日焼けサロンに通っているという話しを聞いた事があるが、当然のことながら街ゆく若い女性もそんなことをやっているのである。

面白いのは、鈴木その子人気に見られる「色白信仰派」も健在で、顔が黒色か白色かはっきり区別されるのである。友達同士同じ年頃の女性が渋谷の街を歩いていて、片方は「顔黒」で茶髪、ブルーのアイシャドーにパステル系のマニュキュア、下着風のワンピースに生足で底厚靴を履いて歩いているのに、もう片方は「色白の地膚」を生かした薄化粧に高島礼子風の黒髪、ナチュラルなTーシャツに短めの長ズボン、そしてやはり底厚な靴を履いているのである。

リゾート風のケバさも、アウトドア的ナチュラルなファッションも難なくこなし、共通の流行といえば底が分厚いサンダル・靴ぐらいで、それぞれ好き勝手な姿で街を歩いている。女の子特有の「おそろいファッション」感覚が気薄になってきた気がする。女子中高生の短いスカートにルーズソックスは、地方に行くほどまだまだ流行っているが、その「統一感」を楽しむ一方、普段着のファッションは自分の好きなものにしたい、と思っている感じがする。

ただ、東京のどの街を歩いていても気になるのは「お年寄り」が増えてきた事。若者が集まる場所に若者がいるのは何の違和感もないが、そんな中に混じって若者ファッションをしたがる高齢者が増えているのにはびっくりした。

例えば、リゾート風ケバ化粧に短めの長ズボンで底厚靴を履いた、目尻に沢山の「鳥の足跡」を付けたおばちゃんが、山手線に乗っていたりするのである。おじいちゃん・おばあちゃんが、汚い地味なカッコで街に溢れかえることを思えば、むしろいい傾向なのかもしれないし、本人も多少恥ずかしいらしく帽子を深くかぶっていたりするのがかわいい気もするが...。

それよりもっと許せない現象は、若い女の子の「うんこ座り」。どこでもところ構わず地べたに座り込む姿は、何ともみっともない。階段の角にでも座り込んでアイスクリームでも食べながら友達とおしゃべりするくらいならともかく、混んでいる電車や駅のホームでヤンキーよろしく、しゃがみ込んでしまうのは止めてもらいたい。

実はシンガポールのチャンギ空港でもそういう日本人女性を見かけたのである。日本へ向かう飛行機に乗る時、空港の「動く歩道」を2人の20歳そこそこと思われる女性が「この空港広いねー」などと言いながら歩道上で「うんこ座り」しているのである。しかも、「動く歩道」はどの国でも大抵片側を急ぐ人の為に開けておくものであるが、2人並んだ「うんこ座り」女性がブロックしてしまい、その後ろに列ができてしまっているのである。

周りを見渡すと、彼女たちだけでなく、他にもちらほらと同じような光景を目にした。迷惑なだけでなく、警戒心もない、世間知らずの温室育ちという日本人に対するイメージが助長されそうで、同じ日本人として非常に情けなくなる。

まあ、もちろん悪い面だけではない。立ち寄った「松屋」では、シンガポールのホーカー並みの値段で若い女の子の「笑顔とお茶のお替わり」まで付いてくるのは、日本ならではのサービスであり、未だ健在である。コンビニも本屋も親切だし、電車は正確だし、携帯電話のみならず小さなノートブックパソコンを公園のベンチで広げてe−メールをチェックする姿もちらほら見掛ける。安全で快適な生活はやはり世界一であろう。

そういえば、携帯電話のマナーは車内でうるさいほどアナウンスしているが、気を使っているのは半分というところ。でも、夜の山手線でコールが入った携帯に「おはようございます」とうれしそうに挨拶していたちょっと美人の女性はおもしろかった。自分は業界関係と言いたげに周りの反応をさりげなくきょろきょろ気にしながら、業界用語で話しをしているのである。自己顕示欲の小道具としての携帯は、いつになっても変わらないかもしれない。



<東京事情4〜カイロ>

カイロプラクティツク、略してカイロは、いつも東京に帰ると立ち寄るポイントとなっている。ちょっと前なら「整体師」と呼んでいたが、「按摩さん」が「マッサージ師」と呼ばれ出したころから「カイロ」の方が一般的になってきた気がする。

別に今現在体調が悪いわけではない。以前シンガポールにに赴任して1年ぐらいした後、何も無理をしたつもりもないのに腰痛と肩凝りがひどくなり、このカイロで診察してもらったのである。その時うそのように腰痛と肩凝りが消えたので、健康診断のつもりで通っているのである。

いつもまず服を着替えた後、アシスタントの人が軽く全身マッサージで体をほぐしてくれる。その後に先生の指示で、診察台に寝たり、立ってお辞儀をしたりして、背骨や体のバランスを見てもらうと、体のどの部分がおかしいか分かるそうである。

腰痛は背骨と骨盤の一部が歪んでいるのが原因で、「ぼきっ」という感じで体をねじられたり骨を指で押えられているうちに治療終了。肩凝りは、腰痛と同じく過度のストレスと姿勢の悪さからきており、背中全体に「緊張の張り」ができているのが原因との診察で、骨盤から肩甲骨にかけて指圧を受けた。治療はこれだけ。後は説明と生活習慣に関するアドバイスをもらうだけなのだが、これが非常に効く。

正直言って診察当日は「効き目なし」と思ったものの、マッサージと同じような料金だから、ちょっとかわった指圧を受けたと気にしなかった。ところが翌朝、ふと気が付くと腰痛がうそのように消え、肩凝りも気にならないレベルまでなくなっているのである。

考えてみれば当たり前である。何らかの理由で背骨が歪んだり、骨組みのバランスが崩れれば、体調が悪くならないはずがない。生活環境が変われば、仕事をしたり本を読んだり食事したり、あるいはテレビを見る姿勢すら変化する。今迄と違う無理な姿勢を長く続けると、腰痛や肩凝りになっても何ら不思議ではないのである。

ただ、その先生曰く、整体師のレベルにも非常に差があり、専門に研究を重ねている人もいれば、ただ資格を取ってマッサージ師レベルに甘んじている人も多いので、ちゃんと見極めて診察を受けないと反って悪化するよ、とのこと。おっしゃる通りという気がする。下手なマッサージを受けた後体調がおかしくなったという経験も何度かある。

ただ、カイロなど通常はおじいちゃん・おばあちゃんの行くところというイメージがあったが、ところがどっこい、半分以上20〜30歳台の人なのである。しかも男女半々といったところ。スポーツや交通事故の後遺症治療はじめいろいろなケースがあるようなのである。

健康に気をつけるのはいつからでも早すぎることはない。人間ドッグで科学的な数値を突きつけられても、食べ物やアルコールに気をつかうぐらいしか参考にならない。たまにはカイロのようなところで「生活習慣」のアドバイスを受けるのもいいものである。



7月4日

<東京事情1〜ホテル>

日本を離れて2年半経つが、初夏に東京を訪れるのは今回が初めて。毎年12月ごろの出張で東京に戻るのも「定点観測」としては興味深いが、梅雨時から真夏にかけての「開放されて行く」雰囲気もいいものである。特に梅雨の晴れ間のすがすがしい風は街を歩くによし、昼寝するによし、食事するにもよし、である。

今回の東京拠点は銀座のホテル。東京の安宿をシンガポールでインターネット検索していて発見し、そのまま申し込んだもの。夏休みや冬休み近辺には東京都心部のホテルはプロモーションで意外と安く宿泊できるのである。考えてみれば「帰省」で東京の都心に来る人は少数派だし、ビジネスも閑散としてくる。

東京郊外の、例えばディズニーランドのようなところなら夏休みは書き入れ時だろうが、新橋駅徒歩3分のホテルでは「ビジネス」以外ほとんど用をなさない。そんな場所でも、友人や会社の同僚と久しぶりに飲んだりするには、実は持ってこいなのである。新橋はご存知のように銀座8丁目の隣なので、4丁目のSONYビルで待ち合わせなら歩いて行ける。

丸の内の本部に顔を出すによし、久しぶりの横浜を見てくるにも東海道線・横須賀線も使えるし、営団銀座線で青山・渋谷方面でタウンウオッチやスポーツ観戦もできる。実際、国立競技場ではサッカー・シドニー五輪一次予選をやっていたり、秩父宮球技場では第一回日韓ラグビー定期戦、神宮球場で「中日対ヤクルト」と目白押しである。

何を隠そう「ドラゴンズファン」の自分としては、是非とも快進撃を続ける今年の中日を目の前で観てみたいと日本に帰国してきたわけだが、生憎地元「名古屋ドーム」で開催される試合は一ヶ月先まですべて売り切れ。当日券も開門2時間前には並ばなければいけないらしく、あえなく断念。今年低迷のヤクルトとの試合なら空いているだろうと神宮まで来たのが正解。それでも外苑前の「ダフ屋情報」では中日の3塁側にはプレミアムが付いているらしい。

余り券を持っている一般人(ダフ屋さんには相場情報しか聞かないのが流儀?)から、東京者には人気のない3塁側ベンチ裏特等席を定価の半値近く(それでもダフ屋の買い値と売り値の折半)で入手して名古屋出身の友人との観戦に成功。試合もドラゴンズの圧勝で申し分なし。

ついでに神宮・青山近辺のお店探索もして来たが、以前出入りしていた店はどこも健在でうれしくなってきた。街並みもほとんど変化なし。経済停滞の裏腹かもしれないが、それでも空き店舗が目立つわけでもなく、寂れているわけでもない。いくつか入った馴染みの店では、メニューを大幅に入れ替えていて、単価をだいぶ落していた。価格とともに質も落した店は「負け組」、味を維持した店は「勝ち組」の顧客状況だったのが印象的である。



<東京事情2〜ラーメン>

日本の国民食と言えば、今や「寿司」と「ラーメン」が両横綱の感がある。東の伝統的横綱は仙台発祥の「回転寿司」で爆発的勢力拡大に成功し、ここシンガポールでも10以上の店舗が進出している。どこでも新鮮で一定品質の寿司が世界各地で食べれるようになったのはすばらしいことである。

片や「ラーメン」は、日本人の住むところ「らーめん屋あり」の状況なのに、シンガポールにある「日本ラーメン」はどこも味がぱっとしない。いや、仮に全く同じ食材を使って、例えばあの「天下一品ラーメン(いわゆる天一)」を再現したとしても、どうしても納得できないのである。

このごろはどこの名産物でも「インスタント化」したり、「産地直送」を取り扱ったりしている。生麺タイプや濃縮スープの出現でほとんど本場そのものの味が家庭で楽しめるし、その状況はシンガポールでも同じなのだが、水加減や茹で具合に細心の注意を計っても、どこか違う。やっぱり気候や雰囲気の違いなのだろうか。

これは実に面白い対局である。寿司は品質を一定に保って鮮度を上げて、おいしいお米を使えば自ずと美味い寿司になる。たとえ機械が握っていようとこの道ウン十年の職人が握ろうとも、ネタとシャリの善し悪しに敵うものはない。そういう意味では世界中に「おいしい寿司」を提供することは可能だし、世界各国の人に健康食として受け入れられる素地がある。

だがラーメンは、極めて日本的な食文化であり、シンガポールのらーめん屋で現地人に出くわすことは希である。寿司が地元民で賑わうのとは大きな違い。やっぱり日本に帰った時口にしたい食べ物のナンバー1は、ラーメン。この意見は海外に生活する日本人の大多数だと思う。

そんなわけで日本滞在中一日1回はラーメン屋に出入りしていた。メジャーどころから「新規開拓」までさまざま。東京のメジャーと言えば、やはり秋葉原の「九州じゃんがら」???好みは人それぞれ。とんこつ系が好きな人、あっさり東京ラーメンがいい人、海 鮮・塩ラーメン系、みそ味にしょうゆ味、京風などもある。ここらへんは意見が幾つも分かれるところだろう。

新宿の「熊本桂花ラーメン」、飯田橋の「ホープ軒」、三軒茶屋の「天一」、三田の「ラーメン二郎」。自分で書いていてどうも体育会系の店が多い事が気になるが、数あるなか限られた日程で2回行ってしまったのは「九州じゃんがら」。

この店の人気は衰えることを知らない。長い行列の間読んだこの店の出版物によると、東京進出して20年ぐらいの歴史があるらしいが、ブレークしたのは7〜8年前だろう。秋葉原本店の次に原宿1F店・2F店が出来たときわざわざ食べに出向いたまでは覚えているが、赤坂店に銀座店まで拡張していることは、今回初めて知った。

スープのタイプも、代表作の「じゃんがら(あっさりマイルド)」に加え、「ぼんしゃん(こってり)」と「こぼんしゃん(クリーミー)」まで出来ていて、それぞれの店舗で食べれる味が違うらしい。基本の秋葉原「じゃんがら」を「全部入り」で堪能した後、銀座で「ぼんしゃん」を試してみた。どちらも申し分なし。ついでに待ち時間も30分ほどで変わらなかった。銀座店は宿泊ホテルから徒歩5分ぐらいなので、今度の出張でもここに泊まろうかと思ってしまう。

もちろん、荻窪とかの大街道沿いの店に車で乗り付けて、深夜に行列作って一杯のラーメンを待つのも「風情」がある。他に、名古屋でもいくつか店を廻ったが、「味仙(みせん)」は今でも行列ができる台湾ラーメンの店である。本当は九州や札幌まで出向いて、その土地にあったおいしいラーメンを食べ歩きたいものであるが、それは次の機会を待とう。



6月27日

<ペリエ〜前編>

日本ではこれからビールの美味い季節が到来する。シンガポールは年中暑いから、年中ビールが美味い。この単純な理屈が、中年の体には命取りになる。気分に任せて冷蔵庫を開けると「飲んで下さい」とばかりに並んでいるビール。「そう言われちゃーしょうがない」と手にとって口に運ぶ。「命取り」と分かっていても止められないのも現実である。

ところが、そんなライフスタイルにこのところ大きな変化が訪れたのである。今迄と同じように、仕事帰りやスポーツ後に冷蔵庫に向かうところまでは同じ動作。中から冷たい飲み物を手に取って口に運ぶ動作まで、実は今迄と全く違いがなく、その後の満足感にも何の変わりもない。違うのは、手にしている飲み物のラベルに「perrier(ペリエ)」という文字が刻まれていることだけなのである。

「ペリエ」とはフランス産の「炭酸水」のトップブランドで、日本でもかなり馴染みが出て来たと思うが、ミネラルウオーターほどポピュラーな飲み物となっていないようである。正直言って、自分もつい先日まで「こんな炭酸水飲むやつの気が知れない」と思っていた口である。

思い起こせば、最初にこの「ペリエ」と出会ったのはヨーロッパ一人旅の時。もう実に15年近く前である。貧乏旅行でバックパック一つ背中に背負って、一日20ドルぐらいの予算で一ヶ月以上放浪生活していた。もちろんその20ドルでホテルと3回の食事代に市内観光費用も含まれている。各国間の移動だけは「ユーレルパス」という一定期間乗り降り自由のフリーチケットを使っていたので、お金を計画より使いすぎた時にはよく「夜行列車」で宿代を浮かす、などという奥の手を使ったものである。

そんな旅行のある日、花の都パリに辿り着き、何とか一泊5ドルほどの安宿に3日間ぐらい落ち着くことができたので、ツイン部屋を安くする為に共同で借りたルームメイトとシャンゼリゼ通りまで食事に出かけたのである。そのルームメイト君とはその日が初対面の日本人貧乏旅行者で、同じく一人旅をしている仲間。安宿の受け付けの順番待ちでたまたま前後に並んだだけの仲である。

そんな彼とせっかくのパリだから奮発して「レストラン」に行こうという話しになり、それでも予算が知れているから慎重に「安そうな店」を選んで入った。出されるメニューは当然フランス語であり、英語でもよくわからない自分にはちんぷんかんぷん。彼とて同じレベルで、仕方なく「貧乏旅行の基本」を思い出して前菜(サラダ)からスープ、メイン、ドリンクに至るまですべて「メニューの一番上」を指差してオーダーしたのである。

なぜ「一番上」か。理由は簡単で、普通「安い品」がメニューの上位になっているし、安い中でもその店で「一番のお勧め」が書かれているケースが多いからである。そうやって選んで運ばれて来たものは、キュウリのサラダにコンソメスープ、白さかなのソテー、そして「ペリエ」だった。今でも覚えている。

まあ、雰囲気だけでも味わえればという次元なので、お腹さえ一杯になれば内容など何でもよかった。しかし、この「ペリエ」という代物だけはどうしても頂けない。ただの水のはずのミネラルウオーターが店のメニューになっていることすら、まだ驚きだったころの話しである。「ミネラルウオーター」だけはメニューの中で何とか読めたので、少しだけ色気を出して「水」より少しだけ高いこの「ペリエ」というものをオーダーしてみたのである。

ところが、である。グラスに注いでみると「泡」が出る。「スプライトみたいなものか」と思いながら口に含めると、何とも苦い味がして、その後ののど越しは「水」なのである。スプライトやラムネ水のように良く冷えて透明で甘い炭酸水ならいざ知らず、甘くもない「出来損ない」にお金を出して、パリのレストランで食事をしているのかと思うと、とんでもない無駄使いに感じたことを今でも覚えている。



<ペリエ〜後編>

そんな記憶が、15年近くたった今でも鮮明にイメージとして焼き付いており、街のスーパーで見かけても「ペリエ」を買う事はなかった。

ところが、ある日自分の家の冷蔵庫に「ペリエ」が冷えている。聞けば友達の引越しを手伝った時に日本へ持って帰らない食料品の一部をもらってきたとのこと。「因縁の対決」である。だが、今度は「コスト」がかかっていない分、比較的冷静に「試飲」する気になった。

よく冷えた一本の瓶を開け、飲んだ時の感触は「美味い」。本当に美味く感じるのである。喉にぐぃっとくる感触は、アサヒのスーパードライにも匹敵する勢いがあり、舌もぴりぴりするような炭酸の辛みがありながら、食道を通過するころには「おいしい水」の感触なのである。

ミネラル水でありながら、なめらかで上品な味わいの美味しい水を、ビールの飲み心地で楽しめる。これは画期的なことである。なぜなら、自分のビールの味わいは「喉越し」がほとんど8割を占め、「こく」「味わい」はそれほど重要な要素ではない。暑いシンガポールで汗を掻き、「冷えた炭酸」が喉を直撃する心地が喜びなのである。

ビールで酔っ払うことはほとんどない。酔いを楽しみたいならワインなり日本酒なりの方がいい。しかも、レストランとかで酔っ払うと非常に後が辛い。冷房の効いたお店の外に出た時の、あのむわっーとした熱帯特有の湿気を帯びた熱風が、酔いを「気持ち悪いもの」に変えてしまうからである。それもあって外ではビールをよく飲む。

それが、家に戻っても「習慣化」してしまい、つもり積もった結果が「人間ドック」の検査結果に集約されてくる。γGTPだのGOPやGPTといった数字が異常値を示し、体重のみならず体脂肪率も上昇する。脂肪肝と診断されても、自覚症状がないからどうしてもあの「快感」が忘れられない。かといって水やお茶ばかり飲んだり、ジュースを代わりに飲む気にもならない。

ところが、この「ペリエ」、すばらしい「代替物」なのである。「ビール」と同等の快楽をもたらしてくれて、しかもカロリーなし。悪酔もしなければ車も運転できる。おまけにお酒の値段が異常に高いシンガポールでは、ビールよりすごく経済的なのである。

それにさすがに「フランス産」を感じさせるのは、食卓に置いた時のこの緑色のボトルが、何とも上品で食欲をそそる色合いにしてくれるのである。グラスに注いだ時の音も軽やかで、透き通った色はどんな食材ともマッチする。食文化の国フランスで生き残ってきた飲み物の「底力」を感じずにはいられない。

そんなこんな出来事が起きたのが3ヶ月くらい前のこと。それ以来、家にいる時にビールを飲むことはほとんどなくなった。誰に強制されたわけでも、自分で我慢しているわけでもない。現に今でもビールが5本以上よく冷えた状態でペリエの横の冷蔵庫室内に眠っている。ついでに言えば、普段だったら1ヵ月分のビール2ケースが、3ヶ月前と同じ状態で倉庫の中に眠っているのである。

もちろん、ビールが嫌いになったわけではなく、外で友達と飲む時には今迄通り楽しくビールを口にしている。それでも週に3〜4日くらいビールを飲まなくなっただけで、先日の「検査結果」は飛躍的に好転したのである。体重も5KGほど自然に減少。身動きもよくなり、週末のスポーツも楽しさが増して来た。いやー、非常に「好循環」である。

こうして15年来の「ペリエ事件」は無事解決され、今では毎週末にスーパーで買い貯めする始末である。何とも不思議な巡り合わせ。中学校の同窓会で昔嫌いだったやつが、すごく美人で気立ての良い女性に生まれ変わっていたような感じである。その女性は昔も今も同じ人間のはずなのに...。



6月20日

<JADAS>

「JADAS」と聞いて、あー、と分かる人は、よほどのシンガポール通である。JADASとは、 JApanese Dealers Assosiation in Singapore の頭文字を取ったものだと説明を受けても、やはりよくわからないのが普通。シンガポール日本人ディーラー会と訳された上で、シンガポールに拠点を持つ金融機関のディーラーの集まりだよ、とまで説明されて何となく分かってもらえそうである。

シンガポールのみならず日本国内外のメジャーな地域では、業界や取引先、大学などのOB会や組合といった単位での会合が結構ある。海外だと「日本人」という単位の「日本人会」が産まれてくるし、名古屋人会・鹿児島人会というような、いわゆる「県人会」みたいな集まりもある。また、同系列・グループ企業の社長や支店長クラスが集まるような「社交界」もある。

しかし、普段は「ライバル」として同じ仕事をしている「担当者・実務者レベル」の者同士が、企業グループや所属企業国籍に関係なく集まって「親睦会」を開催するというのは、この「JADAS」以外ほとんど聞いた事がない。もちろんそこでは「企業の利害関係」は度外視され、お互い対等の立場で交流が行われる。

このような集まりを、例えば比較的労働者が流動化、つまり転職が容易で日常茶飯事と思われるアメリカで考えると、同じ職種の勤労者同士が系列を超えて手を結ぶという点で、「全米自動車労働者連盟」のような存在と似ているのかもしれない。だが、この連盟は「労使関係」の枠組みの中でうまれた産物であり、ブルーカラーが力を集約してホワイトカラーに対抗する「手段」に過ぎない。

その点この「JADAS」に参加している人たちは将来「経営サイド」になる可能性があるし、共通の目的を持っているわけでもない。強いて言えば「情報交換」が目的である。

どうしてこういう「集まり」が成立するのか。理由は簡単だと思う。みな「ライバル」と言っても、各ディーラーは共通する「敵」である「マーケット」と対峙しており、不特定多数の参加者が織り成す「事象」を個別に予測して「収益機会」を狙っているだけだからである。「マーケット」自体は「0サムゲーム」つまり、誰かが儲かれば必ずその分誰かが割を食う世界だが、「マーケット」が広範な場合、あるところに集まった「一部のディーラーたち」すべてが「儲けている」こともあるし「損している」状態でもありうる。

言い換えれば、「ライバル」であっても必ずしも「競合している」わけではないので、「敵対心」より「仲間意識」の方が強いのである。これは、為替や金利やその派生商品(いわゆるデリバティブ)の市場がほぼ完全に「機会平等・恣意性の排除」がなされていることを証明しており、市場に向き合っている限り、同じようなことをしていても感情的に対立したりする可能性はほとんどないことを示している。

そう、ちょうど、ゴルフのようなスポーツと似ているかもしれない。試合中は敵対していても、試合終了と共に仲良くスコアのことなど語り合うことができる。しかも、「コンペ」みたいに多数の参加者がいる時には、実際誰と誰がどの時点でスコアを競い合っていたかよくわからないし、結局は自分との戦いと理解して「結果」を素直に受け入れることができたりする。

何となく「JADAS」からはじまり強引に「ゴルフ」まで導いてしまった気がするが、ここで何を言いたかったか、というと.....毎年恒例の「第十五回 JADAS ゴルフコンペ」が昨日開催されたのである。しかも、参加者総数30名弱で、大きい方から数えて「すぐ」のハンディーを頂いて、不肖私目が「優勝」してしまったのである。

いやー、長い道のりであった。何がって?.....2回目の「100切り」と、「優勝報告」に至る説明が.....失礼いたしました。



<ホーカー物語2〜作業>(第三十話)

「うーん」

自分の悪巧みを察したのか、突然小春が寝返りを打つ。それがかえって「作業」をやりやすくする体勢となることも知らずに.....。

「ベースカラーは、やっぱりショッキングピンクの唇」
「目鼻はくっきり際だたさないとね」
「うーん、隅土器みたいに女性であることも強調しておかないと...」

ぶつぶつ独り言を発しながら、安らかに眠る乙女にとっては、鬼のような「作業」が順調に進行する。

「真紅に白肌はぴったりの色合いだなー」
「肌の木目が細かいからか、それとも上質な化粧品のせいなのか、こんなに「のり」がいいなんて、本人も喜ぶだろうなー」
「ちょっとはずかしい所は隠してあげようかな。でもその前に...」

ほとんど終盤に近づいた時に、あまりの「違和感」のせいか体をくねらせていた小春が薄目を開けて周りをうかがいだした。

「ねえ、何しているの」
「何にも」
「何か変よ」
「あーっ、そのまま動かない方が、いいかもしれない」
「なんで?」
「いやー、その、シーツが汚れるから」

「どうして?」
「それは...」
「まさか、寝ている間にもう一度したの?」
「いや、そうではなくて」
「じゃあ何よ」
「自分で確認した方がいいんじゃないかなー」
「えー?」

(次回へ続く)











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