シンガポール滞在日誌

毎週日曜日更新 (SINCE 30 MARCH 1997)


10月17日

<中日ドラゴンズ>

まずは優勝おめでとう!そして日本シリーズがんばれ!

何を隠そう、我が家はドラゴンズファン。ここシンガポールからも日々戦況を気にしていたが、ついに巨人の追撃を振り切って優勝。うれしい限りである。しかも年間通じて首位の座を一日しか譲らずに、81勝と大台乗せの制覇はやはり価値がある。開幕12連勝からして「今年は」と期待させてくれたが、そのまま裏切らないでくれた。

今年のドラゴンズは今迄と大きく違ったと思う。一番大きな変化は「名古屋ドーム」の誕生。広々として綺麗な球場の出現は「野武士集団」と呼ばれた中日打線から「全員野球」型のラインナップへの変化を余儀なくさせる。

かつては「落合・大豊」という主砲に山崎や外人助っ人の「破壊力」が売り物で、エラーやミスも多いが狭い名古屋球場に突き刺さるホームラン攻勢で、文字どおり「一発逆転」が「魅力」だった。しかし、昨年のパターンは前半の「大量リード」を守り切れず、逆転負けを期するケースがすごく目立っていた。

昨シーズンの覇者「横浜ベイスターズ」は「佐々木大魔人」が際立ったが、セーブポイント争いという点では中日の「宣」も終盤までいいところまでいっていたものである。ところがその「宣」まで結び着かない試合はほとんど負け試合。中継陣が崩れるパターンである。

その点今年は違った。落合・正津・サムソンの「右・左・右」リレーが面白いように決まった。宣まで回さなくても勝ことができたのである。そう言えば、優勝翌日の中日スポーツを読んでいて印象に残った記事が一つ。「宣・サムソン」の両投手に打者の「リー」を加えた韓国人3選手を地元韓国では「三銃士」と呼んで連日活躍が報道されていたそうである。

その活躍が実を結んで優勝したことを心から喜んでいる様子が、韓国スポーツ新聞一面で報道されている。ちょうど野茂や伊良部の活躍を追っかけるような感覚か。しかも優勝試合でサムソン・宣がリレーされて締めくくられたことが韓国では評価されたみたいである。これはまさにうれしい「副産物」の感がある。

打線はというと、どれも「小粒でぴりっと辛い」タイプ。主軸の関川ですら正直最初の内は「SEKIKAWA Who?」状態。福留はルーキーながら徐々に存在感が増してきて、ゴメスも地味ながら要所で一発打ってくれた。

6月に日本へ帰国した際、神宮球場で「中日対ヤクルト」戦を観てきたことは先日お話した通りだが、やはりあの時の「予感」は当たっていた。選手が野球を楽しみ、一人一人が工夫して打席やフィールドでプレーしている印象がすごく強かったからである。やはり勝つチームは違う。

一日だけ「天下」を譲った阪神も、最初は野村監督の采配でいい雰囲気だったが、やはり「監督夫人」が監督本人の集中力を削ぎ「足を引っ張った」感が強い。その点星野監督夫人は日本制覇を夢見ながらこの世を今年去った。その夢の実現の為にも、監督の集中力と闘志が燃え上がったと思う。

こうなれば行くしかない。日本シリーズ優勝。4連勝、負けても1つまでで、是非とも名古屋ドームでの胴上げをしてもらいたい。来年は2000年であり「辰年」。ドラゴンズで1900年台最後を飾り、ドラゴン・イヤーでスタート。GOODなシナリオである。



<ホーカー物語3〜床屋>(第一話)

「HAIR CUT、SHAPMPOO、SHAVING?」

いつもの店員が鏡の中で背中越に声をかけてくる。馴染みの床屋、BARBER MINAMI。オーチャード通りのTAKASHIMAYAの4Fに店舗を構えている。DAIMARUにもあるが、自分はいつもここ。日本人駐在員の大半がこの店のどちらかを利用していると思われる。理由は簡単。日本の床屋で修行を積んだ店員が「日本流の髪型」を実現してくれるからである。

言葉も「KARIAGE(刈り上げ)」「横、真っ直ぐ?」「バリカンOK?」等々、片言ながらそれで十分分かり合える指示で、後は余分なことを言わなくても手を動かしはじめてくれる。日本の散髪屋より効率的かもしれない。

ふと鏡の角を見ると、小春が雑誌を読む姿が浮かんでいる。興味深そうに写真週刊誌をめくっている。日本人が読む時でも記事より写真へ目が行くぐらいだから、違和感なく「眺めている」のだろう。「FRIDAY」という表題が見えた。もう一度小春の顔に視線を上げると笑顔がこちらを向いている。

洗い終えた髪の毛に整髪料をかけながら、指先で頭皮をマッサージしてくれる。その指が首筋に行き、肩にかかる。何とも幸せな気分である。さっぱり整えられた頭が鏡に現われるころに、

「コヒー or チャイニーズティー?」

と声がかかる。散髪後の一服である。清算を済ませ、小春が待つソファーに戻り、コーヒーを受取る。小春はにやっと笑顔を浮かべ、こちらにFRIDAYのページを向けてくる。「お色気」写真が掲載されている。

「こういう子が好きなんじゃない?」

見れば綺麗なおっぱいを堂々と正面にあらわにして笑顔でポーズを決める「かわいこちゃん」がいる。シンガポールではめずらく、「検閲」から漏れて切り取られなかったエロ写真である。小春自身あまり目にした事がないタイプのページであろう。

「気に入った?」
「何で私が?」
「それともライバル心が燃え上がったかな?」
「冗談じゃないわ」

怒った素振りの小春。ふくれっつらもかわいいものである。

(次回へ続く)



10月10日

<卑怯者>

安心してもらいたい。今特定の人を思い浮かべて「卑怯者」と言っているわけではない。「薄情者」「ならず者」...数ある「罵り言葉」が世の中には存在するはずだが、ここのところほとんどそういう言葉に触れる機会がなくなった気がする。

そもそも「卑怯」という感覚が今の日本人に残っているのだろうか。「薄情」と言う時の「情」がどれだけ社会に残っているのだろうか。それに引き換え「公平」「平等」「均等」といった類の言葉がすごくよく目に付く。「機会均等」「公平感のある」...社会人としては非常に「耳障りの良い」響きを感じるのだが、そういった表面上の「奇麗事」で世の中すべてを語る事ができるのだろうか。このごろふと疑問に感じる。

以前「阿婆擦れ」とか「売女(ばいた)」というのは「差別用語」として浸透し、そういう人たちが自分たちの周りから消えて行くと共に「死語」へと追いやられた。その言葉の真意やニュアンスは人により多少違うのだろうが、いづれにせよ「蔑み」の意味合いが強いから「死語」となりつつあるのだろう。自分が小学校ぐらいの時には「男尊女卑」「ウーマンリブ」などという言葉も耳にしたが、これも同様にほとんど使われない言葉になっている。

それはそれで世の流れからいっても当然かもしれない。そのこと自体は「お互いを尊敬しあう社会風土の醸成」という点で評価できると思う。ところが問題は、「卑怯者」「売女」という言葉の消滅とともにそういった感覚自体が「忘れ去られ」つつあることである。「卑怯」とうい言葉に何も感じなくなったら平気で「卑怯」なことをするようになるのではないか?「売女」が消滅して「売り」をする「女」が増えてはいないか?

ここシンガポールでは社会基盤が整備され、国民が豊かになるにつれ「犯罪」が減少している。特に観光立国でもあるので旅行者を巡る犯罪には厳罰が処せられる。だから表面上、少なくとも旅行者の目には平和で安全な国に写るはずである。ところが、そんな中でも増えている犯罪があるそうな。「レイプ」である。日本でも実は着実に増加しているそうだが、「レイプ」は全体の犯罪が減る中で「順調に」増殖しているのである。

「レイプ」は犯罪である。だから悪い。だから警察に捕まって刑務所に入れられる。...それだけの問題なのだろうか?もしそこに「卑怯」という感覚が宿っているなら、「犯罪以前」に精神的歯止めがあると思うのである。社会に「卑怯者」に対する「蔑み」の感情が残っていれば、「レイプ」には「警察」以上に恐い「社会」を敵に回す可能性を感じさせる、それが「抑止力」になるはずである。

「売女」も同じ。「売り」を平気でする女子中高校生は「援交」だの「乱パー」だの言っても所詮「売女」。法律に犯罪と明文化されていなくとも、警察に捕まらなくても社会的に「蔑まれ」るべき対象であり、社会的に疎外感を感じることにより「抑止力」が働く行動のはずである。

ところが、「売女」感覚の消滅で「売り」をする「女」に市民権が与えられ、女子中高生に至っては「売り」が「疎外感解消」のツールとなりつつある感じ。まあ、シンガポールに在住し、幸か不幸か直接「売り」女性と会って会話したことがないから、その実態や感覚をどれだけ理解しているか疑問であるが、娘を持つ親として少々放っておけない問題である。

社会全体が欧米流に「弱肉強食」化され、表面的な価値観が「画一化」されていくにつれ、弱者と強者の境目がくっきりつきつつある。日本が「国民総中流社会」などと叫ばれていたのはもうすでに「過去」であり、これからは当然ながら「差」がついて行く。その時「卑怯」「売女」といった感覚が、実は重要な物になってくるかもしれない。

なぜならこの手の言葉は「身分の違い」「生まれの違い」といったものがまだ表裏ともに社会に根を下ろしていた時に、そういったものを超える「普遍的価値」として産まれた言葉という気がするから。大名の子供だろうが農民の子供だろうが「卑怯」は「卑怯」、「売女」は「売女」なのである。たとえ社会的な成功者となっても「卑怯」な手段は戒められるべき。「卑怯」を「死語」にしてしまってはいけない、と思う今日このごろである。



<パソコン教室>

各家庭に一台から各人に一台となりつつあるパソコン。シンガポールでもパソコン教室はおお賑わいのようである。

このホームページを閲覧している人は、パソコンについての初歩的知識をマスターし、自分の目的に合った利用法を考えはじめているか、もっとそれ以上に上級な人のはず。だから今更「パソコン教室」に通う必要は感じないだろう。そこらの感覚は「自動車学校」に似ているのかも。

これだけパソコンやインターネットが普及し、仕事のみならず私生活にも深く浸透を始めると、よほどの「堅物」でない限り自分もパソコンに触れてみたいと思うはず。自動車と同じで「運転できる人」と「できない人」の差は歴然で、何も高度な知識がなくても操れるのに、どうも機会(まさに機械?)がなかったり、自信がなくて焦っている人も多い。

自分の場合、幸いにもパソコンレベルのコンピュータを扱うのが結構好きなので、日進月歩のソフトやハードをキャッチアップしていくことがそれ程苦にならない。だから、「扱えない人」の気持ちがわからなくなりつつある。でもこのごろパソコン教室に通い始めたり学校でパソコンの扱い方を習いはじめた家族の「体験」を聞くにつけ、パソコンが生活必需品になっていることを痛感する。

シンガポールでもExcel・Wordといったパソコンソフトの利用方法を教えるスクールや教室がたくさんあるが、もちろんいずれも英語か中国語での学習。多少日常会話能力を身につけた人でも、コンピュータ言語に馴染みがなければパソコン教室の「敷居」は高い。逆にある程度の知識があれば普通の授業よりわかりやすいはずだが、そういう人は自分で本やマニュアルを買って知識を深めることができる。

そこで人気なのが、シンガポール日本人会主催のパソコン教室。日本人インストラクターが優しく丁寧に日本語で、しかも会員価格で教えてくれる。だから駐在員の妻を中心に大入り満員なのだそうである。もちろんその中に混じって白髪交じりの背広姿の人もいるそうだが。

まず、「はじめてのパソコン」といった本当の初級クラスでは、パソコン電源の入れ方や「ダブルクリック」を「体験」するそうである。まあ、当然そういうレベルもあると思うのだが、その「ダブルクリック」が最初は生徒の半分もできない、というから少々驚き。自転車に乗るのと同じで、自分の体験を過ぎてしまって忘れているだけかもしれないが、やはり何回やってもできない人はいるらしい。

それに比べて、子供の学校でのパソコン体験を聞くと、これもまた驚く。「吸収力の速さ」は子供の特権なのだろうが、ほとんど先生や友達の見よう見まねでどんどん新しい機能を覚えて行く。「どうしてここをクリックするとこうなるのか」という疑問は持たずに、何が出るか、という「探求心・好奇心」が全面に出て、おもしろがって学習していく。

例えば子供用ディズニーのお遊びソフトをインストールしてやると、ほとんど使い方を教えるまでもなく、一人で夢中になって遊んでいる。数日後にはどういう内容が含まれていたか子供本人に聞く始末である。もちろんダブルクリックなど自然に身につけている。

会社では当然ながらE-MAILやEXCELを多用し、子供は日々新しいパソコン知識を身につけてくる。主婦やお年寄りもうかうかしていられない世の中。パソコン教室の全盛期はまだまだ続きそうである。



10月3日

<若乃花と日銀>

「若乃花」に元気がない。3場所連続休業の上、先場所はフル出場の末の負け越し。ここ4、5年ない「珍事」だそうな。進退伺いを出した形だが、どうやら引退はしないらしい。

片や「日本銀行」も元気がない。先日「効果が説明できない政策は取らない」などと気持ち良い「痰火」を切って「金利政策を変更しない」と宣言したまではよかったが、円高が進むは株価は千円以上値下がりするはで、市場には非情なしっぺ返しを受けた。しかも政治家たちに「付け入る隙」を与えかねない状況に追い込まれてしまった。

この2つの「事件」。全く違う「土俵」の話しながら、なぜだかすごく似ている気がしてならない。どちらも非常に日本的な「生真面目さ」故の行動であり、こう言うと当人には気の毒な響きがあるかもしれないが、どうでもいいところで自ら追い込まれる立場に立って、その結果「受ける必要のない」批判を受けた、と思うからである。

「生真面目さ」。日本人の美徳であり、日本人のアイデンティティの一つと言ってもいいかもしれない。実直さ、素直さ、育ちの良さ、線の細さ、押しの弱さ、自己主張のなさ...、どうも流れがおかしくなってきたが、「生真面目さ」の「表」から「裏」に存在する「事実」だと思う。つまり良い面、悪い面、併せ持つ「生真面目さ」の「悪い面」が今回クローズアップされ、そして批判へつながった。

どうしてか。それは簡単である。勝負に負けたから。7勝8敗でも負けは負け。横綱でなければ角番か転落が待ち受けている。日銀も同じ。円高を誘発し、国民の資産である株価を大幅下落させたから。日銀の役割は小難しい議論をしなくても明白なはず。それは「日本国民の利益」を守ること。理屈に筋が通ろうが通らなかろうが、利益を失う行為は許されないからである。

優しい人はこう言うかもしれない。若乃花は最後まで土俵に留まり続けることで横綱の意地を見せたかったと。千秋楽、武蔵丸との横綱対決で見せた粘りが何よりの証拠であると。でも、優勝して「四横綱の責任を果たした」と言った武蔵丸の方が上。横綱は勝ってナンボの世界なのである。だから「強い横綱」でなければ出場しなくても許されるのである。何場所でも休場すればいい。曙だって何場所休んだことか。

我々が若乃花に期待するのはその「技」であり、「粘り」である。それがなければ初めから勝負は見えている。全勝で意気盛んな雅山にやる気を失わせる程残念がらせた「変化」で手中に収めた勝利など、糞食らえである。あそこで胸を貸して散って行った方が大相撲全体がもっと盛り上がりを見せたはずである。そう、プロだから盛り上がりに役割を果たせないなら「舞台」を降りるべきである。無様な姿など見たくもない。もちろんファンの一人としての意見だが。

日銀も「よくぞ独立性を守った」という意見と「失策」という見解に真っ二つに割れたが、市場の反応を見るにつけ「賛美派」が力を失っていった。景気が良い時にそういった態度を示すことは誉められることだが、ようやく「病み上がりのリハビリ」状態でそういう「正論」を振りかざすのは大人げない。

日銀は昔から彼らの内輪で、公定歩合上げを「勝ち」、下げを「負け」と表現してきた。金利を引き上げる状態は景気の過熱やインフレ抑制だから、それを押える行為はそれ以前の政策が「景気をよい方向に導いた」結果と考えているからだろう。その逆に金利を低下させるのは景気刺激策、つまり国民資産が芳しくない状況にさらされている故の政策なのである。

金融の量的緩和やら「非不胎化介入」やら重箱の角をつついている感が強い議論に「効果が説明できない」と切る捨てるのはいいが、逆に今迄もこれからも「効果を説明できる政策のみとる」などと揚げ足を取られかねない方向に矛先を向けるのは何とも愚かである。

専門家なら誰だって為替介入を利用した「非不胎化介入」など金利が実質0の状況で効果を発揮しないことなどわかっている。でもそれが日米協調介入の条件となっているのなら、それを逆手に取って市場を「金融緩和」した気にさせればいいだけの話しである。新聞の見出しに「金融緩和」「日米協調介入が現実味を帯びて大幅円安へ」と騒がれるだけで頭を擡げかけていた日経平均に再び「飛躍」の原動力を与えたはずである。まさかと思うがそれがもう一段の「負け」と思って止めたなら、それほど情けない話しはない。

そう言う自分も「政策変更なし」の一報を見て「日銀もやるな」と呟いた口である。それは中長期的な視点で見た話し。自分のアクションは円買・株売りである。そしてその「生真面目さ」が命取りとならないことを願った。

シンガポールの新聞にもよく投資型金融商品の宣伝が出ている。「フグ刺身のご案内」という日本語の見出しをつけて「日本株投資」を勧誘したり、どこも日本は「買い」と考えている様子。そう、日本への期待感は本格化しているのである。

若乃花は来期も強制「休場」だそうな。弱い「若」など見たくないからゆっくり休むのは大賛成。元気な「若」が一年に一度でもいいから千秋楽まで優勝争いをして、そしてその技を見せてほしい。それだけで十分。国民は「若乃花」にも「日銀」にも「腰に粘りのある生真面目さ」を期待しているのだから。美徳「生真面目さ」を強いものとして印象づけてもらいたいものである。



<ホーカー物語2〜恋人>(第三十八話・・・第二部<完>)

表通りを自動車が静かに通り過ぎる。先程から何台も通り過ぎている。二人の沈黙は続く。

バクテイの肉を丁寧にしゃぶり、スープを追加で注いでもらう。二人黙々と食事を進める。「A PART TIME LOVER」。にんにくと黒胡椒のスープの味わいとともに、心に染み渡る。

「そろそろ戻ろうか」
「そうね、マイタン(お会計)!」

店主とマンダリンでやり取りして会計を済ませ、帰路につく二人。

お互い顔を合わせることなく、ゆっくりとした足取りで人通りの少ない裏道の、しかし近道である通りに向かう。

「PAPAPA, タッタッタタラター、PAPAPARAーPAPA...」

スティービーワンダーの名曲、A PART TIME LOVER を口ずさむ。「会う時だけ恋人」という言葉が頭の中で反射してる間に自然と口からこぼれだした。ほとんど無意識である。

「PAPAPA, TOTOTO-TORUTO、PAPAPARAーPAPA...」

小春が小声でつぶやき返す。二人並んで歩きながら、お互い目と目と軽く合わせる。

声はだんだん大きく、そしてハーモニーになりながら、体を揺すり「空気のマイク」を取る。ちょうど裏路地で人気がないことも二人の気分を膨らませる。ラジカセを大きな音でかけながら街を歩いているニューヨークーの黒人の気分である。

そのまま守衛室を通り抜けると、ガードのインド人のおじさんも笑顔で体を揺すりながら手を振ってくれる。小春もマライヤキャリーばりのきれいな声と体の揺すぶりで微笑みを周りに振りまく。

エレベーターに乗り、ドアを開いても踊りながら、そしてベッドの上に「着陸」する。

「いい気分だ」
「ひゅー」

なおも体を揺する小春を捕まえて、熱烈なキスをする。息が続かなくても二人の目線が合おうとも、笑いをかみ殺しながら、唇を合わせ続ける。

長いキスが終わっても、お互いの首に両手を当てあいながら目と目をじっと見合う。

「MR PART-TIME-LOVER」

小春の小さく、しかししっかりした口調の言葉が発せられる。

「MISS PART-TIME-LOVER」

その後の言葉は覚えていない。二人熱く熱く抱き合い、日が暮れるまで求め合い、愛し合った。心からのリラックスが、至福のひとときが、繰り返されながら...。



(第二部<完>...近日中に第三部がスタート。お楽しみに!)



9月26日

<GAME BOY>

子供の誕生日プレゼント、と言えば体裁がいいのだが、自分自身も興味があったので買い与えたのが「GAME BOY」。任天堂、いやいや「NINTENDO」の超ヒット商品である。

コンピュータ・ゲームには昔から馴染みがある。いわゆる「インベーダー・ゲーム」世代。小学校の低学年の時に近所の「バッテイング・センター」で見かけて、やってみたのが最初である。それまではキャッチボールやドッチボールなどに興じていた餓鬼どもが、物珍しさでゲーム機の周りに雁首並べていたのが今でも思い出される。

20年以上も前の当時も一回100円だったから、子供ながらに「高い」と感じたものだが、それでもテレビを斜めにしたような画面の中で自分の意志通りの動きが展開される世界は、すごく新鮮に感じた。それがやがて「ギャラクシー」という「規則性」が大分複雑化したゲームが登場し、車やバイクといった種類が開発されたのである。最近ではゲーム機で「演奏」を楽しんだりするのが主流みたいだが...。

その流れの中で自分の家でもゲームができる、という「ファミコン」の登場も驚きだった。それというのも、インベーダーゲームに「はまった」近所のおじさんが、白黒のテレビぐらいの大きさのゲーム機を100万円ぐらいで購入したという話しを聞いたことがあるからである。それが小遣いやお年玉を貯めれば買える金額のゲーム機がそれから数年で開発されたのである。

しかし、それを実際に自分が購入したのは、何と社会人になり結婚してからである。今ここシンガポールにもその「スーパーファミコン」を持ってきた。SEGA「サターン」、プレーステーション、NINTENDO64など、4〜8ビッドで始まったゲーム機も、64ビッドを超え128〜256ビッド世代に移り、一昔前のパソコン並み機能も持てるようになってきた。

そこで今回購入したGAME BOY。プレステなどに比べてポケットサイズである分、ソフトも単純なものしかないだろうし、動きも限定されているのだろうなどと考えていたのだが、浅はかであった。すごいのである。少なくとも今もっているスーパーファミコンより数倍性能がいいのである。

まずびっくりしたのは「カラーディスプレー」。サウンドのみならず「バイブレーション」機能まで付いているのである。つまり視覚・聴覚に「体感」まで加わって、しかもポータブル。子供が外に出る時にも持っていきたい気持ちがよくわかる。これは面白いわ。

ソフトも充実している。GAME BOY本体を近所の店で買った時に「割引価格だからどれかソフト1つ買ってくれ」とセット販売で渋々買った85ドル(5000円ぐらい)のソフトには、何とゲームが128種類搭載されているのである。しかも、ポケモンやテトリスといった人気ソフトのスーパーファミコン版等がずらりと並んでおり、まさかロールプレーイングまでGAME BOYでできるとは思っても見なかった。

そんなこんなで小学校1年生の娘と仲良くGAME BOYで遊ぶ日々。人には言えない光景だが子供の口を封じるわけにもいかない? その上、実は内緒の話し、「子供のクリスマスプレゼント」と称してSONYのプレーステーション2にも手を出そうとしている。

ただ、先日SONYから「プレステ2」は来年3月発売予定と発表されたので下の娘の誕生日祝いか?と作戦の練り直しを迫られている。ついでに今回の台湾の大地震で半導体やメモリーチップ生産に悪影響が出たら、ひょっとすると発売日が再延期される可能性もある。

まあ、関係ない人にはどうでもいいと言えばどうでもいい話し。しかし、プレステ2は一昔前のパソコンレベルである「インターネット通信機能」等も搭載され、ビデオCDも観れるそうであるから、最新鋭のパソコンは必要ないけどインターネット程度は始めたがっている主婦に買い与えるのもいいかもしれない。いろいろ理由を付けて買ってはそれに最初に熱中してしまうのは誰か、自ずと答えは見えているのだが...。



<17317071>

17−31707−1。日本で言うポケベル、シンガポールで言うぺージャーでこんな電話番号がメッセージで流れたらどう思うだろうか。ちなみにシンガポールの国内電話は7桁。ぺージャーとハンドフォン(携帯電話)だけは9から始まる8桁の数字が割り当てられている。つまり1から始まる8桁の電話番号はシンガポールでは実在しないのである。

これは今シンガポールの電話会社「SINGTEL」が流しているコマーシャルの一場面なのである。図書館の中で勉強している中学生ぐらいの女生徒のぺージャーに「17−31707−1」とメッセージが着信し、何の意味か考え込んでしまったが、ぺージャーを逆さまにしたら答えがわかった。そのことを親に話したら、なぜだか今度は親が考え込んでしまった、というストーリー(落ち)である。

この数字の羅列をデジタル的に書いてみて「逆さま」、つまり上下反対方向から見てみると「I LOVE U 」となる。「17」でUやVに読ませるのがアイディア。日本でも子ギャル文化の一つとしていろいろな「数字遊び」「数字伝言」が流行っていたが、シンガポールにもそれを「伝播」させる意図を感じるコマーシャルである。

シンガポールの携帯電話やぺージャーの普及率はものすごいものがある。先程の「SINGTEL」の対抗馬として登場した「m1」はシンガポール島内99%のカバー率と割引作戦で急速に成長し、それを受けて立った国営系のSINGTELとの激戦によりほとんどの社会人家庭に1台以上普及している印象を受ける。

3年程前にシンガポールへ来た時はまだ「m1」が産声を上げたばかりのころであり、まだまだぺージャー利用者も多かった気がするが、やはり一度携帯電話を手にするとぺージャーは廃れる一方である。地下鉄構内や地下鉄車内の広告でも、「FOREVER PAGER」などと銘打って、フォーエバーではないものの3年間無料使い放題のぺージャーが3万円程で売り出されていた。

そんな中「子供たちの遊び心」に訴えかけて最後のぺージャー需要を掘り起こそうとしているあたりがよく見て取れる。コマーシャルはその他にもいろいろなパターンがあり、それぞれシングリッシュで心地よいテンポの楽しくほのぼのした内容のものばかり。シンガポールの「文化」も少しづつ成熟しつつあることを感じさせる。

映画前のひととき、映画館で上映されたコマーシャルの方が妙に印象に残った。ちなみに観てきた映画は「SADA」。そう、大林監督、黒木瞳主演の、阿部定をテーマーにした映画である。時たま日本の映画が上映されるし、この前見た中山美穂主演(ダブルキャスト)の「ラブレター」は非常に感動した。満員の映画館の7割ぐらいを埋めたシンガポール人も、上映終了後しばらく座り込んで余韻を楽しんでいた。

今回は「I LOVE U」のぺージャーの宣伝の方が「SADA」より上。「LOVE LATTER」といい「LOVE」は強し。SADAにも愛があるって? 不倫はダメなんじゃないかなー?



9月19日

<歴史教育>

「ごめんなさい。この子今日学校で日本軍の侵略について習ってきたから、日本人を見ると恐がるのよ。」

昼下がりのバス停で偶然一緒になった子連れシンガポール人の言葉だそうだ。小学生ぐらいの子供はお母さんの後ろに隠れて口もきかずにじっーとこちらの様子を見ていたそうである。

普段シンガポールで生活していて、「反日感情」や「日本人嫌い」に出くわすことはほとんどない。しかしそれは表面上だけの話しであり、歴史や過去の経緯をきちんと理解し知識を身につけていれば、いろいろな国の人に対しそれぞれ先入観を持つものである。その「先入観」が肯定的か否定的かはともかく、その国の人たちを理解する上でのベースになる。

昔から日本のイメージと言えば「富士山・芸者」であり、ちょんまげ姿に刀を持ち歩いていると信じている西洋人が今でも少なからずいる。考えてみれば、アメリカ人などの友達に喜ばれる「日本的なお土産」は、今でもお相撲さんや富士山、着物姿の日本美人をデザインしたTーシャツやのれんであり、自分たちも知らぬ間に「イメージ助長」に一役買っている。

そこまで極端ではなくても、その国のイメージなどそれほど変るものではない。アジアは日本の近隣であり、物理的に近い分いろいろな交流があり、戦争体験以外にも日本を理解するチャンスがあるとは思う。でも、小学校時代から教えられた「イメージ」がそれほど簡単にぬぐえるとは思わない。

韓国人にしても、シンガポールと同じで「旧日本軍の侵略」に関しては日本人には想像つかないほど教育されているらしく、韓国人が多く集まる場所に無防備に出向くと時たま冷たい視線を向けられることがある。

それでは日本の歴史教育はどうか。我々は良くも悪くも我々祖先のしてきたことを受け継ぎ、その「資産」を受け継いで生きている。例えば「菊の御紋」のパスポートはどの国でも信用され日本人であることで不愉快な扱いを入管で受ける事はまずない。その「地位」は自分が生まれてから今迄どれだけ努力しようとも一夕一朝で得られるものではない。先祖の「資産」そのものである。

その一方で「旧日本軍の侵略」という「負債」もある。自分は歴史の勉強が実は大嫌いで試験に最低限必要な程度しか学習しなかったし、今でもほんの限られた知識しかない。「旧日本軍」の「進攻」が「侵略」なのか西洋からの侵略に「対抗」したものなのか議論できるだけの教養を持ちあわせない。それでも、戦争は「勝てば官軍・負ければ...」の世界。勝敗が覆されない限り「侵略」という「事実」も変化しない、と理解している。

祖先の遺産を引き継ぐ時、資産だけ手にして負債を放棄することは許されない。日本人として両方とも引き継ぐか、日本人であるこをやめて両方とも拒否するかの二つに一つである。ところが、今の我々日本人にはその感覚がかなり欠如している。なぜなら、資産の内容も負債の内容も正確に理解して、それに基づいて行動している人がほとんどいないと感じるからである。

それはやはり「歴史教育」に問題があるのでは?と思う。半ばドロップアウトした人間が言うと説得力がないかもしれないが、アウトラルピテクスや北京原人、卑弥呼や和同開寶など、どうでもいいのである。もちろん教養としては知っていた方がいいかもしれないが、「歴史」を学ぶ上でもっと優先的に教えるべき内容があるはずである。「和同開寶」など今では「日本最古の貨幣」の座を譲り渡してしまったことから考えても、考古学者の「推論」を学ぶ前に「事実」を教えるべきである。

例えば、学年の最初には「近代」を教え、「現代」までをゆっくりいろいろな考え方を紹介しながら学んだ後に、「終戦記念日」のある夏休みには「戦争」の意味を考えさせる。2学期は中世以降を学習して、冬休みには「百人一首」や「お正月」を通して日本の伝統文化に触れさせる。そして3学期に古代以降を教え、春休みの自由研究で近所の遺跡めぐりでもさせればいい。意外とどこにでも遺跡や旧所名跡は存在するものである。

とにかく重要なことは、どういう歴史・過去を「資産・負債」として引き継いだ人間が「日本人」であるか。そこをしっかり認識させる教育が必要であり、できれば他の国についてもある程度個別に学ぶべきである。

成人シンガポーリアンは知識として「旧日本軍」を知っている。現実に出会う日本人からは「旧日本国軍人の蛮勇」を想像できないないのかもしれない。いや、いつそういう姿を我々が表に出すか、「あの子」のようにじっーと様子を伺っているのかもしれない。我々はそのことをきちんと受け止めるだけのものを持ち合わせているのだろうか。情けない話しだが、自分には自信がない。近代を学ぶ前に学年が終わってしまった、などと言い訳はしたくないのだが...。



<ホーカー物語2〜沈黙>(第三十七話)

「小春と親密になるほど避けられない問題という気がするんだ」
「A PART TIME LOVER、っていうのはどう?」

いきなりの直球である。その語感はスティビーワンダーの名曲を思い出させる。WOMAN IN RED とかいうCDだったっけ。

「つまり、時間で割り切った関係ってこと?」
「会う時だけ恋人、っていう感じかな」
「でも、そんな関係で本当に割り切れるの?」
「それしかないじゃない。」

珍しく二人の間に沈黙が訪れる。

(次回へ続く)



9月12日

<紀伊国屋>

先月は、シンガポールに在住する日本人が注目した2大新店舗オープンがあった。ひとつは、大きな波紋を呼んだ先日の「KIMISAWA(キミサワ)」閉店の後にISETAN(伊勢丹)地下にできた「新スーパーマーケット」の開店、もうひとつはシンガポール最大の日系デパート「TAKASHIMAYA(高島屋)」の中にできた「KINOKUNIYA(紀伊国屋)」書店である。

キミサワの閉店は各方面、といっても主に日本人社会の日常生活に大きな影響を与えた。未だに「利便性」「品質」という点で、往年のキミサワに優るスーパーマーケットが登場しないというのが共通認識である。その「跡地」に伊勢丹がキミサワを閉店に追い込んでまで店を開けるのだから、これは一応チェックする価値はありそうである。

ところが、残念ながら結果は「不合格」。厳しいようだが、キミサワと比較するレベルの店ではない。そこらにあるスーパーに多少日本直輸入製品が多い、という次元で、新しいコンセプトや日本人が喜びそうな新企画はどこにもない。あえて良い点を挙げるなら、子供用のカート(買い物篭)を用意していることである。

我が家の子供は喜んで一人一台ずつカートを押しながら親に買い物を促したのであるが、そこに思わぬ落とし穴。シンガポール人は「大人」もそのカートを使いたがるのである。理由は簡単、大人用のカートには1ドルコインが必要なのである。もちろん返却時に戻る仕組みになっているのだが、そのコインを用意したり、わざわざ返却場所まで押して行ってコイン回収したくないらしい。

おかげで、店内には腰を屈めて子供用カートを押すシンガポーリアンと、喜んでカートを押して遊んでいる子供たち、という異様な光景が繰り広げられているのである。幸い店内は広々としたディスプレーでそれほど邪魔にならないが、裏を返せば床面積に比べて品数が少なく、一個所で用事が済まないのである。残念ながら2回行ってみて二度と足を運ばなくなった。その結果、伊勢丹自体に行かなくなってしまった。

一方の「紀伊国屋」書店は、世界各地に進出しており、シンガポールにも幾つかの店がある。おかげで日本同様「立ち読み」などしながら楽しいひとときが過ごせるのであるが、この度できた「TAKASHIMAYA」店は、東洋一の床面積と蔵書量で来るものを圧倒する規模がある。こちらも8月8日の開店以来2回足を運んだが、1度目は人込みがひどくて早々に退散を余儀なくされ、2回目は落ち着いて見学してきた。

紀伊国屋の入口には「店内案内図」がパンフレット化されており、それを眺めてみると本はA〜Nのゾーンに別れて陳列されているのがわかる。最初入口から中を覗くと、すぐそこに向こう側の壁らしき本棚が見えたので、何を大げさなと思ったものである。しかしいざ入ってみてそれがAゾーンの区切りであり、普通の書店サイズの区切りがA〜Nまで14コーナーあるのである。しかも中に喫茶店2件やキッヅコーナーのたぐいまであり、本の一大アミューズメントゾーンと言える規模なのである。

パンフレットをよく読んでみると、この店はインターネット店ともリンクしており、紀伊国屋のホームページから注文・購入もできる仕組みになっている。インターネット店と言えども実際の蔵書保管スペースは必要であり、日本国内のように出版元や印刷所との提携もままならないのであろうから、倉庫兼店舗の発想なのであろう。

それにしても、英語本が33万冊・日本書は8万冊・中国本7万冊・フランス語とドイツ語の本がそれぞれ2万冊の合計52万冊は、ものすごい蔵書量である。専門書から漫画まで、その漫画も日本語から中国語まで、ほとんど思い付くジャンルすべてが網羅されている。

注目の開店は自分にとって一勝一敗。でも、食料品はそこら中で日本食料品が売られているし、ローカル食材も気にならない自分にとっては、この立派な本屋の開店の方がうれしい現実である。ますますシンガポール生活が充実しそうである。



<ホーカー物語2〜敬老>(第三十六話)

小さい時にはじゃれ付いてきても、思春期にお父さんを嫌うのは女性の一般的な「現象」らしいが、成人後にお父さんが好きかどうかには、結構差があるらしい。シンガポールの場合どんなものか。

「ちょうど過渡期なんじゃないかな」
「どういう意味?」
「シンガポール人といっても、大体は中国人でしょ。大家族が好きな中国人は、何かにつけ親戚・家族が集合するから、自然と敬老の精神が身につくのよ。」

確かに、シンガポール人は日頃のセルフィッシュな感覚からは想像つかないぐらい、子供や老人、妊婦といった弱者に対して優しく、積極的に座席を譲ったりする。

「ということは、一家の長であるおじいちゃんやおばあちゃんを大切にするわけだ」
「そう、そういう意味でお父さんを大切にする気持ちはあるけど...」
「だけど?」
「でも、シンガポールの男性って結構軟弱な人が多いし、お母さんも社会進出しているから、家庭内でお父さんが邪険に扱われていることも多いのよ。」

なんとなく日本の家庭も似たような状況に置かれている気がする。

「だから、お父さんという存在をだんだん意識しなくなっているかもしれないなー。」
「世に言う、父権の喪失ってやつかな?」
「そう、お父さんの影が薄いから、好き・嫌いという前に関係ない存在になってしまっているのよね」
「なんだか寂しいね」

顔を覗き込みながら、小春が優しく微笑んでくる。

「すぐにお父さんの顔になるのね」
「まあ、一応お父さんだからね」
「安心しなさい。私みたいにお父さん大好き人間もいるから」
「へー」
「私、前にも話したように各地を転々としてきたから、家族の団結が結構固いのよ。その分お父さんがすごく身近で温かい存在だったの。」
「それはよかった。」

自分もそういう「お父さん」になりたい気もする。しかしながら、その前に小春との関係をどう位置づけるかという、より大きな問題があることから逃れている気もする。

「小春のお父さんが僕のようなことをしていたらどう思う?」
「難しい質問ね。」
(次回へ続く)















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