シンガポール滞在日誌

毎週日曜日更新 (SINCE 30 MARCH 1997)


11月28日

<裏話>

シンガポールは金融・交易の中心地。東南アジアでの地位は揺るぎ無いものになりつつある。そのシンガポールで大きな話題となる「事件」が先日あった。

それは、ゴーチョクトン首相が、ある夕食会でぽろりと後継者問題を口にしたのである。次の首相がリーシェーロン副首相であることに何の疑問もない、と。リー副首相とは誰もが知っているリー上級相(元首相)の長男である。

ただ、すぐにというわけではなく、2002年の選挙後に交代という話しらしい。それにしてもこうやって「既成事実」作りをしていくあたりが、さすがに巧妙である。当のリー副首相は現在MAS(シンガポール通貨庁)の議長として、シンガポールドルの域内でのプレゼンス向上で実績を上げつつある。「親の七光り」と言わせない為のアピールを兼ねているのだが、やはり「世襲」の域を出ない。

それでも「既成事実」となれば、そのうちそのことが「紛れもない事実」となるのである。したたかである。「したたか」という点では、他のアジア諸国もしっかりしている。というより、日本人が世間を知らな過ぎるのかもしれない。

例えば、インドネシア。資源はあり人口も多いが、はっきり言ってどうしようもない国である。貧困に喘いでいること自体は可哀相かもしれないが、自分たちがそういう状況で出あることを恥じるわけでもなく、その日暮らしができればそれでいいと考える人が大勢を占めている。

インドネシアの駐在員から聞いた話しでは、親戚の一人でもまともな職に就いたら、親子親戚兄弟すべてが、当然のごとくその「労働者」のお世話にになって生活を始めるらしい。お世話する側もされる側も「労働者」が職を失うまでそんな「芋蔓生活」が続き、お金が無くなって生活に困り出すと次なる「芋蔓」を探す。国中がそんな生活をしているから、援助してもその「金蔓」が無くなるまでそれを当てに生活する。そういう国がインドネシア。

そんな国に日本はなぜ大量のお金を注ぎ込むのか。その理由は簡単。自民党の裏金作りに便利なのである。ODAで渡した現金を、政治献金の名目でインドネシア政府高官から受取る。それだけの仕組みである。インドネシア政府にODAで注ぎ込む「理由付け」は「資源のない日本が安定的に資源供給を受けることができる国」だから。もっともらしく渡されたお金の一部が廻りまわってそれを判断した自民党有力議員に渡るのである。

この「流れ」では一見日本の政治家がしたたかに見えるが、目先の裏金に踊る政治家をうまく利用して、それ以上の「袖の下」を得るのはインドネシアの政治家。しかも資金源泉はすべて「日本人の税金」。知らぬは納税者ばかりなり。

知らぬついでにもう一つの裏話。日本の銀行の不良債権がどう処理されているか。

一昨年襲った東南アジアの金融危機で、日本の銀行はご他聞に漏れず不良債権の山をアジアでも作ってしまった。その事は不幸な事実。その後邦銀各行に公的資金が注入され、何とかそれら不良債権の山を片づけたのはご存知の通り。その判断自体は間違っていない。

問題はその処理の方法。何とか不良債権を「片づけ」たくて、二束三文で「債権」を米系の証券会社とかに売却する。例えば10億円の債権を1億円で売り払う。そうすればバランスシートから「不良債権」は消え、ピカピカの1億円が手元に残る。それで日本の銀行は万々歳。

問題はその後。その「不良債権」を1億円で買った某米系証券会社は、不良債権の「債務者」である当の本人(例えばタイの会社)に、例えば3億円で買わないか?と持ち掛けるわけである。その「債務者」は10億円の借入れが「合法的に」3億円で買えるのだから、大抵の場合はその話しに飛びつく。そうすれば某米系証券会社は2億円を懐に収め、「債務者」も7億円分の借金が棒引き。それが工場建設資金なら、7割引で工場が買えたことになる。

では、彼らの儲けの合計9億円はどうやって産まれたか?答えは簡単。邦銀の稼いだお金と公的資金のおかげ。結局は「日本国民様」が負担させて頂いているのである。考えてみればアジアの金融危機は米系ヘッジファンドの仕業。その後始末でも米系証券会社が暗躍。

アジアの地元民には「借金棒引き」の手助けで生かさず殺さず。結局日本人の財布から米国人の懐に「合法的に」お金が渡ったのである。その結果がいまだに史上最高値を付ける米株式市場。おめでたい話しである。

こういう裏話。聞けば聞くほど怒りを通り越して「あー情けない」の一言。どうにかならないものか。



<在星冠婚葬祭メモ〜1>

シンガポールの冠婚葬祭。「ビジネスマンの心得」と題して結構為になる情報を見つけたので、3回シリーズで要約転記してみたい。

まずは「結婚式」。結婚披露ディナーはそのカップルとの親しさに応じて決定。最低50ドルからで、「4」がつく数字は避ける。赤いアンパオ袋に入れて、自分の名前を表面に書く。現金の代わりに本人たちが欲しいものをあげてもOK。トースターや炊飯器など、直接本人に聞いて買ってあげればいい。

披露宴は中華レストランやホテルのレストランが一般的。開始時刻は表示の1時間遅れが当たり前で、スピーチもないのが一般的だから、だらだら始まり三々五々に退散となる。服装は平服で構わず、ローカルはTシャツにジーパンというのもいる。「フォーマル」と書かれていない限り、正装は反って浮いてしまうので注意。

中国暦正月(チャイニーズ新年)の前夜に親族一堂が夕食を囲む習慣があるが、そのディナーに招待されたら、手ぶらでも構わない。気が引けるなら手土産にフルーツなどが最適。市販のクッキーはどこにでも買い備えられているので、クッキーにこだわるなら手作りの方がいい。

正月中に招待されたら、中国産のオレンジを必ず「2個」持参。先方も別のオレンジ2個を包んで帰りがけに渡してくれるので、ありがたく受取って帰ること。お年玉(アンパオ)は既婚者が子供や身内の未婚者に渡すもの。子供への相場は2ドル。大人の未婚者へはいくらでも構わない。女性の服装は白や黒を避け、できれば中国人が好む赤がいい。

出産直後のプレゼントは親しい人だけでよく、普通1ヶ月後に誕生日パーティー(ベイビーシャワー)を開くので、この時にベビー用品などをあげる。職場でお金を集めてゴールドのネックレスやブレスレットなどもよし。出産1ヶ月の祝いでは、職場や近所に幸運を表す赤く色付けした茹で卵とクッキーなどを配る習慣あり。

引越し祝いは家庭用品が最もポピュラー。ただ、広東系の人は時計や履き物、ハンカチを嫌う。特に時計は結婚祝いと誕生祝いとしても御法度。理由は時計を表す「鐘」と野辺の送りを意味する「終」の発音が同じだから。スリッパや靴などの履き物は「贈った相手が走って逃げる」、ハンカチは「悲しい時や葬式で使うもの」という考えから、贈物に適さない。



11月21日

<結婚式>

シンガポール人の冠婚葬祭にはだいぶ感覚が身について来た。シンガポール流の考え方に理解が深く(?)なったのかもしれない。しかし、シンガポールで行われる「日本人の冠婚葬祭」は、これが意外と難しい。

実は今日ある友人の結婚式に招待されたのである。日本人同士の結婚。新郎はシンガポール勤務で、新婦は現在は東京で働いているものの、小学校時代から10年以上シンガポールに住んでいたという「帰国子女」。だからここシンガポールで挙式するのは当人同士自然の成り行きだったのだろう。

自分の立場は新郎の友人。彼がこちらに赴任して2年目あたりである飲み仲間の会合で知り合い、かれこれ2年半くらい経つ。その間飲み会やゴルフでいわゆる「社外交流」してきた仲間の一人。まさかというのも失礼な話しだが、ここにいる間に彼が結婚を決めるとは思わなかったし、自分が招待されるとも思わなかった。

来賓の方々は半分以上やはり東京から来ているようで、その他にも香港やKL(マレーシア)等々からの日本人、職場の同僚のシンガポーリアンや新婦がシンガポールで生活していた時の英語の先生(イギリス人?)などかなり国際色豊かであった。

言葉は当然英語かと思いきや、やはり日本人主体だけあってほとんどが日本語。司会者も最初に「日本語でお許し下さい。わからない方は周りの日本人に通訳してもらって下さい」と英語で前置きするなどそれなりの配慮もあり。しかも仲人はおらず、主賓や友人代表の挨拶もほとんどなかったので言葉がわからなくても楽しめるように考えられていた上に、乾杯の音頭をとった会社の上司さんは中国語と英語と日本語で乾杯の発声をするなど、やはり一味違うものがあった。

しかし、やはり久しぶりの「日本人社会」には緊張感がある。まずは御祝儀。日本なら相場感があるし、ローカル(シンガポール人)相場もわかるのだが、シンガポールで挙式する日本人で、しかも地元から登場する友人の立場。日本から呼ばれた友人なら、旅費やいろいろな拘束もあるので事前に話し合いがあるのだろうが、会場のホテルまで車で5分ぐらいのところである。場所はシンガポール屈指の高級ホテル。さて如何に。

やっぱり結論がなかなか出せなくて周りに聞いてみたのだが、会社の同僚ならいざ知らずそういう立場で出席した経験を持つ人はほとんどいない。いても予め「会費」が示されていたという。

まあ、失礼のない程度で金額を決めて、その次ぎは御祝儀袋。こちら流のアンパオ(赤袋)にすべきか「熨斗袋」にすべきか。「悩み」は尽きない。同じ熨斗袋でもご存知のように「結び切り」と「蝶結び」がある。こちらでは出産祝いの方が一般的なので手持ちはほとんど「蝶結び」である。

そして服装。「こちら流」なら極端な話しジーパンにTシャツでもいいぐらいラフだし、色も自然体で構わないのだが、今回はどうすべきか。一応礼服は持っているが、黒色はローカルなら嫌がる、避けるべき色。普通の背広だと東京からの来賓と釣り合わないかも...。女性ならパーティードレスや着物などを着るのも一案なのだろうが、普段服装に無頓着なだけにこういう時に辛いものがある。

いろいろ考えた末、めずらしく前日に散髪にまで行って当日出席してみると、そこはやはり日本人社会の日本人結婚式。よかった、という感じである。寒さが日増しに深まる東京からの来賓者は「友人テーブル」にもおり、彼ら・彼女らの「旅行者気分」と言うのが妙に初々しく感じるなど、なかなか楽しかった。

ただ今回の圧巻は何と言っても新婦の父の歌。カラオケは結局一曲もなかったが、歌は彼のアカペラ一曲のみ。しかも誰も知らない「家秘伝の歌」らしく、新婦もその妹さんも今日初めて聞くらしい。歌詞も節回しも馴染みが無いせいかあまりうまいとは言えないのだが、妙に心に染み入る声であった。言葉がわからない人たちも皆一様に涙を浮かべたり拍手喝采していた。

自分も娘を持つ父親の立場として、妙に心に感じるものがあり、両家を代表した挨拶は新郎の父に譲るとしても、こういう形で「表現する」というのもすばらしいと感じたものである。会場を出る際にも新婦の父に「歌、よかったですよ」と声をかけると、今にも涙が溢れそうな表情が印象的であった。

いろいろあった結婚式。もう数十回になるし、会社同僚・友人・親族、はたまた「本人」等々いろいろな立場で出席したが、毎回いろいろなドラマがある。さすがは人生の「門出」である。



<地名>

今迄気が付かなかっただけのことなのだが、シンガポールの地名も公用語と同じく幾つかの言葉が混じっている。英語が多いのは当然のことながら、マレーシア語や中国語もある。例えば、自分の住んでいるところの住所は「JALAN MENBINA(ジャラン・メンビナ」と言うのだが、これはマレー語で JALAN は「通り」の意味。だから「メンビナ通り」。

この前会社の同僚と話していて、どこに住んでいるの?と聞くと「BUKIT MERAH(ブキ・メラ)」と呼ばれる地区だという。土地鑑ができてきたとはいえ、メジャーな通り名と地下鉄の最寄り駅から判断しないとやっぱりわからない。そこでどこら辺か尋ねると「あなたの住んでいる隣地区」だという。

「あれ、でも地下鉄の駅で言うと RED HILL が隣駅だけど、そこから近いの?」と問い返すと「RED HILLも BUKIT MARAHも同じだよ」と笑われてしまった。よく聞くと、BUKITはHILL、MERAHはREDという意味のマレー語。地下鉄の駅だけなぜか英語読みで決まってしまったが、昔からこのあたりは「ブキ・メラ」と呼ぶそうな。

ついでにこのブキ・メラを地図で見てみると、中国語読みの欄には「紅山」と書かれている。BUKITが「丘」でMERAHが「紅」なら「紅山」は意訳である。他にも「BUKIT〜」と呼ばれる地名はたくさんあるが、それらはほとんど「武吉〜」と発音で書かれている。例えばBUKIT PURMEIは「武吉宝美」との表示である。

狭い国、と言ってしまえばそれまでだが、地区によって似たような地名がたくさんある。それを少しでも多様に見せる工夫ともとれるが、シンガポール人はほんとうに誰でもそういったことまで知っている。すごく「土地」というもに対する執着心が強いのである。

しかも日本と違ってすごく合理的に見ている。狭い土地面積だから、利便性がよかったりメジャーな商業地区に近いと値段が高いのは日本とほぼ同じであるが、古くなったマンションの建て直しなどには、面白い程「合理的な割り切り」がある。

例えば、あるHDB(公団団地)を立て替える計画ができたとする。そうすると政府が住民と話し合って「立退き料」を提示し、一棟ごとそこに住む住民すべてが近隣のHDBへ移動するのである。改修工事が終わればまた「同等」の所へ移転できるらしいが、その「立退き料」がすごくオープン価格で、納得感のあるレベルを最初から提示するらしく、古くても立地のよいところほど高額らしい。

しかも「立退き料」は新聞などにも公然と載っているので、自分の家を売る場合でもその「建物の価値」に「立退き料」を加えた額で取引きされるのが一般的なのだと言う。日本のように立ち退きを拒み続けると「ごね得」みたいに高額の立退き料が取れるのと大きく違う。だからHDBはすごく流動的なのだそうな...。

話しがだいぶそれてしまったが、とにかく地名には意外とマレー語が多い気がする。そうか、ここは35年前まではマレーシアだったんだ。そう考えれば BUKIT MARAH を RED HILL と地下鉄の駅名表示に使う気持ちもわかる気がしてくる。そう、ここはシンガポールなんだから。



11月14日

<日本株>

シンガポールに住んでいて、日本がうらやましく思う事。以前はそれほどなかったのだが、このごろどうも日本の方が、東京の方が面白そうな気がしてならない。「平和ボケ」と言えば日本の代名詞みたいなものだったが、今やシンガポールの方がもっとぼけている。本当の危機・不況を体験した今、日本が眩しく見え出した。

企業人として、リストラや倒産、合併は「最大の危機」だが、それは同時に「最大のチャンス」。まあリストラとかの「当の本人」でないから言えるのかもしれなないが、失業率が5%近辺まで上昇したと言っても、まだ95%に人は企業内で活動しているのである。もちろんそれぞれ給与が減ったり処遇が悪くなったり苦労はあるだろうが、少なくとも「今迄の自分」を振り返るきっかけになることは確か。

そしてそういう「血」が日本企業で流れだした結果、今「日本株」の動向が非常に面白くなってきた。今の日経平均株価18千円台の水準をどう考えるか人により様々であろうが、個人的には今後も上昇していくと思う。しかも「平均株価」より「個別銘柄の動き」が面白そう。たとえ「平均」が変わらなくても、株価の動きは今後もすごく活発になり、結果として徐々に下値を切り上げて行くイメージである。

例えば銀行株。大手銀行と呼ばれる銀行も。つい最近まで19行あったのが今は17行。しかも合併でその数も半減する見込みである。その「激動」の銀行株も、一年前と比べて平均で2倍以上に上昇しているのである。もちろん2〜3年前の水準に戻ったと言ってしまえばその通りなのだが、風説や社会不安を反映して地獄を見るような「下値模索」をした後に、ようやく上昇基調に転じたのである。

銀行の世間評価はここ数年で地に落ちた。それは事実であるが、その一方で銀行に早く立ち直ってもらいたいという願いもある。その期待感とそれに答えようとする銀行側の努力が、少しはマーケット評価に結びついたのだろうが、その「期待感」だけで2倍である。富士銀行などに至っては底値の4倍以上で推移している。銀行預金金利が低いとぼやくなら、「銀行株」を買った方がどれだけマシであったことやら。

まあ、銀行株の場合、富士・IBJ・DKBの3行統合や、住友・さくらの合併話しで大所の流れが決まったし、勝ち組・負け組の選別もほとんど型が着いた。その意味では今後このような「倍々ゲーム」は望めそうもない。今後日経平均自体の上昇に合わせる形で上下動を繰り返すと考えるのが自然である。

もちろん、自分は株屋さんでもないし、アナリストでもないので「感覚」で述べている部分がほとんど。外れていたらゴメンナさい、の域を出ないが、日本にいるより外から見ている方が「わかりやすい」のも事実。自分自身も投資をしたいと考えているのだが、「非居住者」の壁が意外に厚くて困っているところである。日本国内に住んでいない、というのは不便なものである。

話しを戻すと、それではどういう銘柄が今後有望か。ヒント(キーワード)は2つあると思う。一つは「強いものは益々強く、弱いものは益々弱く」。もうひとつは、「下克上にチャンスあり」である。何だか株式新聞でも書いている気分になってきたが、この2つの「ヒント」でフィルターにかけると、自ずと投資適確銘柄が選別できると思う。

一つ目の「強いものは...」は、そのままずばり。勝ち組・負け組の区別が付いたら、敗者復活の大穴を狙うより、「勝ち馬に乗る」が鉄則。競馬みたいな話しだが、「大穴狙い」は所詮銭失いなのである。ただ、勝ち負けが流動的なら個別銘柄というよりその業態に投資するかどうかを考えて、銘柄はどれを選ぼうがそれほど問題ではない。相対的に株価が安くても、必ずしも「負け組」とは限らないのだから。ちょうど昨年から今年の銀行株全般にあてはまる。

もうひとつの「下克上」は「序列」が固定化している銘柄で特に面白そうである。例えば今脚光を浴びている「損害保険」業界。長年、東京海上・安田火災・三井海上・住友海上で序列が決まっていたが、三井を軸とする合併話しで東京海上の「不動の一位」に変化が現われ始めた。こうなると、株価の序列にも当然変化が起きる。

こういう場合、自分なら「東京海上売り」の「安田火災・三井海上・住友海上買い」みたいなシナリオを考えたりする。業界再編は今の株式市場では「買い」を意味する。その時の中核銘柄が大幅に買われて、それまでの「首位」の株価がほとんど変わらなかったりする。まだまだそういう業態はありそうな気がする。

とやかく言っても、日本株は面白そうである。勉強不足なので、実際無け無しの貯蓄で株を買うにはもう少し慎重に研究した方がいいだろうが、あまり石橋を叩き過ぎても、砂埃ばかり(?)でつまらない。2000年を迎えることだし、いっちょ一山当てて、景気良くなりたいものである。



<ホーカー物語3〜冬場>(第五話)

ぼさぼさしている間にちょうど客が回転したらしく、結局団体に続いて自分たちもすぐに着席することができた。

この店の特徴は「みそかつ」であろう。名古屋を地場にするポッカが経営するだけに、名古屋名物の「みそかつ」が食べられるのである。八丁味噌を多少甘めにアレンジした独特の味噌が、さくっと上がった豚カツに非常に馴染む。当地でも人気らしく、つい最近伊勢丹スコッツ店内にも出店されたばかりである。

「このテーブル洒落ているわよね」
「こういうのを堀こたつって言うんだよ」
「堀こたつ?」
「一種のストーブだよ。冬場、足元を暖めるんだ。テーブルの上にふとんをかけたりするんだ。こういう畳や背もたれが和室風で、日本の冬場を思い出すよ。」
「日本の冬か、行ってみたいなー」

言葉に詰まる、とはこのことか。目の前にいる日本人に案内してもらえば、パッケージ旅行では味わえないものがあるのは自明の理。日本風に言えば、さながら温泉場不倫旅行といった趣である。「そのうち案内してやるよ」と言いたいところだが、日本に妻子を残しながら「日本への不倫旅行」を口約束するわけにもいかない。

「何黙っているの? 心配しなくても友達と行くわよ。」
「その時には旅行プランのアドバイスしてあげるよ。」

ちょうど配膳がはじまった。救われた気分である。

「ねえ、奥さんいつ帰って来るの?」

(次回へ続く)



11月7日

<フランス>

今世界で一番ホットな国と言って過言ではないだろう。ワールドカップ「サッカー」フランス大会を開催国優勝で飾り、そしてラグビーでも決勝でオーストラリアに敗れはしたものの、あのオールブラックスを破り堂々の準優勝。

どちらも本選出場は果たせたが本大会予選敗退の我がアジア代表・日本とはちょっと違う。本大会出場を日本代表が決めたシーンをそれぞれマーレーシアとシンガポールでスタンドまで駆けつけて応援しただけに強い関心があったのだが、テレビで本大会を観戦するにつけ、アジアで見せた強さはまだまだ世界では通用しないことを実感したものである。

もちろんフランスのすごさはこの2つの「ワールドカップ」に限らない。ブランド、格式・伝統といった「文化の香り」もろもろすべての面で、昔と変わらぬイメージを保ち続けながら、その一方で変革している。

例えば「英語」。以前はフランス人たるものアメリカ人のように文化のない民族が使う言葉など口にできない、といった態度をとるのが一般的であった。しかし、今は多くのフランス人、いやヨーロッパ人が英語を操るようになった。通貨ユーロによって国境の垣根が低くなり互いの意志疎通が必要になった時、やはり国際語としての英語が急激に浸透したようである。

ビジネスの世界でも、日本では今「日産」の建て直しにルノーから送られている取締役にしても、その方法はともかく日本人とは一味も二味も違う手腕を発揮している。サッカー日本代表監督もフランス人。

すべてに共通しているのは、「ポイントを押えている」ことである。決して恐面でもなく、前評判が非常に高いわけでもないが、押えるところを押え、集中力で突破している感じがする。ちょうどフランスのワインのように、シャンパンのように口当たりがいいものから、まったりとした赤までそろえ、人を優しく迎えておいて足がもつれるぐらい酔わせる力がある。

ここシンガポールも人口の割にはがんばっている。一応サッカーのプロ「Sリーグ」があるが、スポーツでは限界を感じたらしく、今は「芸術」と「正しい英語」に注力している。そう、英語である。シングリッシュと馬鹿にしながらも、やはり彼らの英語力はすごい。「外国語」でありながら国民のこれだけの割合で英語が浸透しているのは驚くばかり。

日本の場合、サッカーは日増しに力強さが備わりつつあり、頼もしい限りである。これも国際的な舞台での活躍に触発された若い世代の成長によるところが大きい。しかし、小学校から英語学習が始まったりしているらしいが、相変わらずお金と情熱をつぎ込んむわりに、根本的な英語力の上達は計られていないようである。それはそうであろう。日本では英語を使う機会が少なすぎる。チャンスがなければ意欲もわかない。

そういうシンガポールに住む「日本人家庭」でも実は「英語教育」が頭の痛い問題なのである。日本人が同じようなところに集中して住んでいることもあり、日本人の友達も多く、英語を話す必要がほとんどないのである。だからせっかくの日本人小学校での英語クラスもほとんど役に立たない。それでも日本へ帰れば「帰国子女」。そのギャップに悩むのである。

「英語とサッカー」。その両方に共通するのは「国際的舞台」が用意されていること。そこで交流する事で視野が広がり、いい意味での影響と経験が積まれるのである。言うはやさしいが難しい現実。だが、「フランス」の行動に注目する事でもっと他の展開がみつかりそうな気がする。「英語」は国際語であって「アメリカ語」ではない。そろそろ「アメリカ」から乳離れして、もう少し広い「世界」を見据える時であると思う。フランスが今、熱い。そんな気がする。



<ホーカー物語3〜餌食>(第四話)

「例えば、化粧っ気のない人やきっちりメイクしている人で、大きな差があるんだよ」
「ふーん、どんなふうに?」
「ばっちりメイクしている女性は仕事が丁寧で、髭やうなじを剃る時でもものすごく慎重だけど、すっぴんさんは男っぽいっていうか手際がいいというか、スピード命的な雰囲気があるね」
「どんどんお客さんを片づけていくような感じね」

個々の顔が浮んでくる。

「そうそう、店のオーナーにとってはありがたい存在だろうし、こちらも時間がない時には助かる。それにそういう女性ほど力が強いからマッサージが気持ち良かったりするんだ。」
「一長一短ね」
「その通り。だから指名しなくても気にならないのかも知れない。」

TAKASHIMAYAは広い。床屋からしばらく歩くと同じ階にレストラン街もある。

「お腹空いたね」
「よし、とん吉でも寄って行くか」

有名なとんかつ屋である。ちょうどお昼時で長い列ができている。何気なく列の後ろに付くと、日本語で話す声が聞こえてくる。

「高島屋」と聞くと観光客も安心するのか、日本語団体客もよく目にする。胸に「I’ll」とかのバッチやシールを付けているので一目でわかる。しかも団体で所構わず大声を出すし、誰かが指を差そうものなら一斉に振り向いて人の顔を覗き込んだりする。本人には悪気がないのだろうが、あまりお近付きになりたくないものである。

ところが我々の組み合わせにちょっと興味をもった一人がこそこそと話しながら、こちらの様子を伺い始めた。とたんに好奇心の餌食となる。どこから見ても日本人顔の自分だが小春は中国系美人。このカップルが日本人かシンガポーリアンか、はたまたその組み合わせかが知りたいらしい。

「結構待ちそうね」

小春がしゃべりかける。その英語を聞いて、今度は自分の返事に聞き耳を立てているのがよくわかる。

「どこか他の店に行く?」

ざわめきながら目配せしている。

「クリスタルジェードで中華を食べてもいいわね」

「どちらでもいいよ」

そう言いながら自分も聞き耳を立てる。何となくざわめきはシンガポール人カップルとの「判定」に傾いたようである。「日本人に似た人もいるのね」「同じアジア人だからねー」などという会話が耳に飛び込んで来る。自分の英語の発音がよほどローカライズしてきているのか、それともよほどナチュラルな光景だったのだろうか。喜んでいいのか...。

(次回へ続く)



10月31日

<頭>

はい、「頭を動かさないようにして」。

ゴルフ?バレエ?柔道?...実はどんなスポーツでも当てはまる気がするこの言葉。もちろん「物理的に動かさず」にという話しだが、それと同時に「頭の中身」は回転させなければいけないのも共通している。スキーでも剣道でもサッカーでも「頭」が無駄な動きをせずに「軸」を持った動きをしていると上手そうに見えるし、実際そういう選手が強い。

サッカーの中田選手がいつも背筋をぴしっとさせて周りをよく観察しながらパスを受け、そして鋭いパスを出す姿は有名だし、バレエを見に行って頭がふらふら動くようなバレりーナーを見たことがない。それだけ重要なポイントであることは間違えない。

では組織の中の「頭」はどうであろうか。いわゆる「マネージャー」「ヘッド」「リーダー」いろいろ呼び方はあるが、役割は同じ。人間の頭と同様、物理的に動かさずに「動かす」ことが求められている。体を動かさず「使う」もの、それが「頭」。

人間の「頭」は意外に重たいそうである。個人差はあっても体重の1割以上を占めるそうな。だから背骨もしっかり頭を支える構造になっている。その背骨が何らかの理由でずれたり曲がったりすると、頭をうまく支えることができなくなって体調を崩したり、痛みに苦しむことになる。

自分にも経験がある。ぎっくり腰でもないのに「腰痛」が徐々にひどくなり、ゴルフなどのスポーツはおろか座っている時ですら痛みが引かなくなってしまった。最初は体重が増えたから、とか、過労かな(ガラにもない?)などと考えていたのだが、どうもおかしい。結局カイロプラクティクスに出向いて「腰骨の歪み」を直してもらったら、うそのように痛みが消えた。

その時の医者のアドバイスは、座る時に足を一方向だけに組んだり、肱掛椅子のどちらかに体を傾け続けていませんか?」というもの。おっしゃる通りである。それから意識的に背筋を伸ばすように心がけているが、気が付くといつも同じ方向(自分の場合は右)に重心を傾ける姿勢をしている。

それだけ頭と体のバランスは大切。どうもどこかの健康組合に寄せられているメッセージみたいになってしまったが、肉体的な活動をするにしても、机の前に向かうような仕事をするにしても、そのことは同じ。

そう言えば、ある人に大学院(MBA)の授業で最初に教えられる言葉を聞いて妙に納得した。それは「マネージャーとは、目標の達成を人(部下)を通して実現する人のことである」というもの。マネージャーが動いても労働力の一人にしかなれないが、頭が体をうまく使えば、自分が体として加わる以上の成果が期待できるのである。

スポーツの世界でも、このごろしきりと「指令塔」という言葉が登場してくる。昔で言えばリーダーシップとか指導力という言葉が使われたのだろうが、あえて「指令塔」というのは、「リーダー」という言葉に含まれる「人格や人柄の優秀性」という要素よりも「的確な判断とその指示」という「役割」の方が重要視されている気がする。

そう、「求心力・統率力」としての「キャプテン」と「頭」としての「指令塔」は別人物でもいいのである。人格形成が重要な要素となる学校のクラブ活動などでは「キャプテン」が重要かもしれないが、プロの世界では「指令塔」の方が重要。日本も「プロフェッショナル」というものが本当に浸透しだしてきたのかもしれない。

頭を今更「良く」するのは無理かもしれないが、「うまく回転させたい」と思う今日このごろである。えーっ?スイングの時まだ頭が動いているって?頭空っぽにしていたのになー...もっと悪いって?...失礼しました。



<ホーカー物語3〜刈上>(第三話)

「ねえ、今のお店でヘアカットしてもらう人は決めているの?」

店の外に出てしばらく歩いたところで小春が口を開く。言われてみて、今迄美容師というか理髪師の名前など気にしたことがなかったことに気が付く。

「えー、そんなこと考えたこともなかったなー」
「女性はほとんどお気に入りの美容師を指名するけど、男性は気にしないみたいね」
「シンガポールではどうなっているか知らないけど、日本では美容師と理髪師という区別があって、髭剃りとか刃物を使うものは理髪師しかできないんだ」
「ということは、男性は理髪師、女性は美容師にお願いするってわけ?」
「そこまで厳格な区別はないけど、そういう傾向が強いよね。だから、美容師には有名人がいても、理髪師で名前が全面に出ている人はいないなー」

自分で話していて実は初めて実感していた。日本で流行っていたカリスマ美容師は存在しても、「カリスマ理髪師」など聞いた事がない。よくて近所の散髪屋のおやじやおばちゃんの顔が思い浮かぶぐらいである。あー、「セルビアの理髪師」なんていう変な映画を見た気もするが...。

「でも、同じ理髪師でも上手い下手があるんじゃないの?」
「そうだね。毎回通っていると何回か同じ人にやってもらったことがあるけど、いつも手際がいい人もいれば、のろのろやっている人もいる」
「じゃ、いい人の名前を覚えておいて指名すれば?」
「うーん、そんなことできるのかなー。それにそこまでこだわるほど微妙なヘアスタイルじゃないし」
「それはそうかもね」

僕のうなじの「刈り上げ」を気持ちよさそうになで上げる小春。今迄お世話になった女性たちの顔を思い浮かべる。そう言えば BARBER MINAMI は全従業員が女性である。年齢層はお世辞にも「かわいい」とは言えないが、40〜50代と思われる比較的品のいいおばちゃんたちである。

「でもさー、女性の理髪師って特徴が顔に出ると思うんだ。」
「どういう意味?」


(次回へ続く)



10月24日

<摩天楼>

このところシンガポールは涼しい。雨季に入ったこともあり毎日のように雨が降るし、雲も低く垂れ込めている。ぎらぎらギンギンに照り付ける太陽が、別に恋しいわけではないが、今一つシンガポールらしくない。

そのことと関連しているとはとても思えないが、日本からの訪問者にも変化が現われており、結構よく知り合いが訪ねてきたり、自分の会社以外を含めた出張者も増えている。オーチャード通りには日本人旅行者をよく見かけるし、高校生の修学旅行と思われる学生も制服姿で見かけることもある。

日本は秋の行楽シーズンかもしれないが、それにしてもここ数年では一番旅行者や訪問者が多い気がする。やはり日本の景気は回復しているのだろうか。

シンガポールはもともとアジア地域の「首都機能」と「観光拠点」として生き延びていこうという考えがある。だから世界でも有数のホテル群を国際空港からのアクセス抜群のところに設置し、国際会議やセミナーが行いやすい環境を整えている。

空港から30分でしかも1000円程度の交通費、英語が話せる運転手で道は整備されていて眺めも良く、渋滞もほとんどない。一年中気候が安定しているからいつでも夏服を用意すればいいし、荷物も軽い。台風や地震といった自然災害もほとんどなく、治安もいい。数えれば数えるほどメリットが浮ぶ。

しかも、たまに訪れた者にはナイトサファリやセントーサ島で寛ぐ場所もあるし、のんびり南国気分を満喫したい人には近隣諸国のリゾート地、例えばバリ島やプーケットに出向くもよし、オーストラリアのパースやゴールデンコーストも行きやすい。モルジブ諸島やモーリシャス諸島にまで足を伸ばすもいい。

ハワイやグアムに飽きた人や、アメリカやヨーロッパまではちょっと費用がかかり過ぎる。それならアジア、という人が増えた気がするし、ここシンガポールにはそれを受け入れるだけのインフラがある。

昨日たまたまゴルフでインドネシアのバタム島までフェリーに乗ったのだが、たかだか40分程度フェリーで海を渡っただけで、ここには南国の貧しい生活がある。もちろんシンガポールからの旅行者で潤っているから、乞食や物乞いに取り囲まれる心配はない。しかし、治安が悪化している首都ジャカルタや東ティモールも(今のところ)同じ国であり、それを感じさせるようにインドネシア国軍の兵士たちが拳銃や機関銃で武装してフェリー乗り場近辺を警備している。

そのフェリー乗り場からはシンガポールの摩天楼が良く見える。同じような南国の島であるはずなのに、シンガポールには50階ぐらいのビルが10も20もある。片やこの島では5階建て以上の建物を見ることはなかった。穀物ができそうもない粘土質の土地が、赤茶色の地膚を見せている。

やっぱりシンガポールはアジアの奇跡である。日本もすごい国だといつも感じるが、やはりシンガポールもすごい。久しぶりにそんなことを感じた。このシンガポールでは珍しい「涼しい海風」のせいかもしれない。



<ホーカー物語3〜片付>(第二話)

「そろそろ行きましょうか」
「おいおい、ちょっとコーヒー一杯飲み干すまで待ってくれよ」
「じゃあ、私が飲んであげる」

言うが早いかコーヒーをごくごく飲む小春。冷めてきてちょうどいい飲みごろなのだろう。一気に飲み干してしまった。

「さあ、行きましょうか」

手早く読んでいた本を重ねて本棚に返しに行く。通常シンガポール人は自分の出してきた物を返すことなどしないだけに、小春の動作が新鮮に写る。

「ちゃんと返却するんだね」
「当然よ。でも私の友達はしないけど。」

にこっとウインクする。いつもどきっとさせられる瞬間である。これが自分だけに向けられる仕種だけに「男を狂わす」武器になる。自分だけなのか「自分だけ」と信じ込まされているのかわからないし、それを確かめる手段もない。

「シンガポールに住んでいる日本人も本を片づけるわよね」
「そうだね。一種の習慣かな」
「日本じゃそういうの厳しいの?」
「別にシンガポールのように何でも罰則があるわけじゃないけど、そうするものと教え込まれて来た気がする。」
「いいわね、そういうの。私は日本人との付き合いが長いからこうなっただけだと思う。」
「シンガポール流に流されるのは簡単だけど、それじゃアイデンティティがない。」
「ふーん、そういうものかなー」

旅の恥は掻き捨て、なんて言葉があるが、シンガポールに長く住んでいると「旅行者」ではなく「日本国代表」みたいな気持ちの方が強くなる気がする。いや、むしろ「現地流」に染まって行く部分と「日本人アイデンティティ」として逆に強く意識される部分が明確になってくる。そんな気持ちが強いせいか、日系の床屋や食堂では日本にいる時よりもマナーが良くなる気がする。

(次回へ続く)















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