シンガポール滞在日誌 BACK NUMBER(7/6-8/10)



同じ「体験」をしても「感じ方」は人それぞれ。でも実は、その人の「心理状態」の方がよっぽど大きく影響するんじゃないか、と思う今日このごろである。
書き溜めてくると「同じテーマ」のはずがどこか前とは違う。それが本当は一番おもしろいことなのかもしれない。(1997.7.6)


B.B.Q.(8/10)
建国記念日(8/10)
失楽園(8/3)
読書(8/3)
仏様(7/27)
自動車(7/27)
国境(7/20)
M(7/20)
吉野屋(7/13)
税金(7/13)
外気食(7/6)
七夕(7/6)




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8月10日

<B.B.Q.>

さて、たまには職場の仲間でも呼んでホームパーティーでもするか、と軽く声をかけたのが事の始まり。せっかく今住んでいるアパートの敷地の片隅に「バーベキュー・コーナー」が設置されているんだからこれを利用しない手はない、と決めたまではよかった。

でも、今までまともにバーベキューをアレンジしたことがないのに、月曜日に思い付いてその週の土曜日に10人近くを招待するのは無謀である。「焼く場所」だけあってもどうしようもない、そんな簡単な事に気づいたのは家に戻って家族会議を開いた時。

まず、燃料は何を使うのか、炭にしてもどこで手に入るのか見当もつかない。他の「器材」もそもそも何が必要なのだろうか。日本のアウトドア・ブームの記事を読みすぎていたためか、スポーツショップでも行けば「簡単に」そろうと思っていたが、運動があまり活発じゃないこの国で、そんなものがそろうわけない。

残された日々は5日間。こんなことなら「お盆明け」にすればよかった。ちなみにシンガポールでも特に中国系の人々には「お盆」の習慣が色濃く残っており、陰暦で数えて一ヶ月程の「先祖供養」がある。今年の場合8月3日に日本で言う「迎え火」で始まるのだが、街角で紙を燃やすのは「里帰りしている先祖の御霊」を楽しませるためらしい。

日本でもお盆に海に入ると「霊に足を引っ張られる」などと言って、水遊びをやめさせたりすることもあるが、それはここでも同じ。お盆期間中、夜遊びに出かけるのも控える「習わし」まであるらしい。やっぱり同じアジア人、文化の底流は同じだと改めて認識してしまう。

それはさておき、一度決めてしまったものを「覆す」わけにもいかず強行突破。「あそこならありそう」な場所に会社帰りに寄ってみれば「どんぴしゃ」。西洋風大型スーパーなのだがBBQグッズ一式ほとんどそろってしまった。あとは肉や野菜にBBQソースを選ぶだけ。意外と順調にそろって拍子抜け。

考えてみれば、近辺のアパートではBBQコナーくらい珍しくもないのだから、ちょっと探せばどのスーパーでも品揃え多く取り扱っていた。やっぱり「その気」にならないと意識しないものである。

いろいろ「初期投資」も含めて買い揃えすぎてしまったが、自分なりに満足いく準備ができた。肉の仕込みや野菜の串刺しも、初めてにしては上出来と自己満足。少しというかだいぶ多く作ってしまった。まあ、足りないよりいいか。後は客人を待つばかり。

当日は「炭火起こし」に時間がかかった以外は極めて順調。なにより、「頼りないホスト」を気遣ってか、みんな総出で手伝ってくれたのがうれしかった。自分たち家族を除いてほとんどがシンガポーリアン。英語・中国語・日本語が交じりあっていても「同じ目的」に3時間ほど熱中出来たのは子供にも「いい体験」だったはず。また是非ともやりたくなってしまった。

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<建国記念日>


7月4日を知っていても、8月9日が建国記念日と知っている人は少数派であろう。他でもないシンガポールの「National Day」の事である。アメリカの場合、古くは独立200年記念で日本でも大騒ぎした思い出があり学生時代から「その日」を意識したが、近頃でも「7月4日に生まれて」や「インディペンデンスデー」なんかの映画などでやたらと取り上げるから、すっかり記憶に定着してしまった人も多いことだろう。

シンガポールの場合マレーシ連邦から別れたのだが、必ずしも「望んで」独立したわけではなく、「独立記念日」というより「建国記念日」と言った方が「しっくり」くる。その「感情」はテレビで観ていた「記念式典」にも現れていた。

軍隊の「マスゲーム」がオープニングに登場するのはともかく、パラシュート部隊によるパフォーマンスでも、「自国の国旗」以外にフィリピンやタイ、マレーシア等々近隣の国々の国旗も大々的に扱われており、「独立・敵対」ではなく「協調・融和」が全面に出ている。式典中の歌や宣誓の言葉などもマレー語やインドの言語がちりばめられており、一緒に観ていたシンガポール人ですら「テレビ解説者」の英語しか理解できない場面もある。

映像に映し出される人々も、マレーやインド系の子供たちが中心であり、軍隊の「指揮官」たちもほとんど「非中国人」。人口の大半を占める「中国人」色はできるだけ「排除」されているのがわかる。あたかも日ごろの「被支配層」のための式典のようである。マイノリティーあってのシンガポールであることは明らかであるが、本当にこの「層」の人々と同じ「シンガポーリアン」であると意識しているのか少々疑問である。

上を赤、下を白に色分けし、赤の部分には白色で星と月のデザインがほどかされている「シンガポール国旗」。何気に国旗に意味があるの?と聞くと「星は正義と調和と..で...」とスラスラ答えが返ってきた。その国旗がこの一週間そこらじゅうではためいていた。ビルというビルにデコレーション付きの国旗、HDB(政府分譲団地)には申し合わせた配列の国旗が数十枚づつ、どこもかしこも「建国記念」一色になる。

花火が上がるころ、シンガポール国立競技場のメイン会場ではコンサートが始まった。中国系の女性歌手が歌の合間に「誕生日おめでとう」と言っている。「シンガポールは私より若いのよねー」と言い出して「ぎくっ」とした。どう見ても20代後半にと思っていたからだが、本人恥ずかしげもなく「32歳なのー」。同じ年とは思わなかった。シンガポールの独立は1965年8月19日。数ヶ月の違いであるが、自分が生まれた時「シンガポール」という国がなかったとは認識していなかった。

自分より年下か...そう考えると「そのわりに結構しっかりしてるんじゃないか」などと思えてきてしまう。ちょっと待てよ、自分の国はいつ誕生したんだっけ。そもそも建国記念日なんてあったけ、と慌ててカレンダーをめくってしまった。そうそう2月11日でした。祝日なんだからしっかり覚えているはずなのに。それだけ印象に薄いのかもしれないけど、そんなこと意識しなくていいほど、長い歴史の国に生まれたことが誇らしかったりする。

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8月3日

<失楽園>

人並みに愛情を受けているつもり。経済的にも、社会的にもほとんど不自由を感じない。いや、むしろ恵まれていると思っている。それなのに心には満たされない部分がある。何かが足らないのだがその「何か」がわからない。

今に始まったことではないはずだが、近頃特に意識する人が増えている「精神状態」なのではなかろうか。毎日、人と沢山出会っているはずなのに「心に残る」出会いが少ない。自分の視界に入っている「人々」は挨拶をしても無視されるか、「なぜ?」という奇異の目を向ける人たち。

幾千、いや幾万の人と「無意味」な出会いを繰り返す毎日に、心の「かさかさ」が気になりだした世の中。そんな日常に「失われた楽園」が必要なのかもしれない。その楽園では「人の心」に潤いをもたらしてくれる。しかし、温かく自分を必要としている人の心にしか、その「秘密の潤い」は存在しない。

「失楽園」が日本で流行る理由はよく分かる。このせちがないご時世、不倫のひとつでもして「燃えて」みたい気もする。舞台となった鎌倉も軽井沢も馴染みのある土地だっただけに、リアリティーがあって「いけない」連想をしてしまう。それならついでに「シンガポール版失楽園」は可能であろうかと考えてしまう。

結論から言うと「無理」。「ウエット」がストーリーの中心に据えられた「失楽園」は「ドライ」なシンガポールに向かない。もちろんここにも「恋愛」は存在するし「不倫」もあるかもしれない。でも「女」が強すぎる。

地域のコミニュケーション・センターはあるし、そこでカルチャー講座もある。そこで出会った美しい人妻に「不倫しませんか?」。「なぜ?」「いや、あんまりお美しいんでつい誘ってみたくなったんです。」「不倫してなにするの?」「まあ、たまにお会いして、お話しできるだけでも、気分が変わっていいんじゃないかなと思って...」「それであんた楽しいの?」「まあ、はあ」「はあ、とは何?。楽しいかどうかもわからなくて人を誘うの?」

ここまででも「会話」が続けばいいが、人妻と分かっていて誘った時点で「警察沙汰」になるか、少なくてもその友人も含めて「しかと」されるのが「おち」だろう。こんな年中暑い国で、「ウエット」な感情などうっとうしいだけである。

しかも、この物語の背後には川端康成の「雪国」を連想させる、美しくも厳しい「冬」が存在する。別荘にしても「冬の軽井沢」に「開放感」はなく、それが二人の気持ちを「内向き」にさせていく。でも、季節もなくリゾートと言えば「海」というこの国では「ずるずる」と引きずり込まれるような「めくるめく愛」は「汗ばみそう」。

そう考えると「失楽園」はすごく日本的であり、実は日常的に日本人が求めているののになかなか手に入りにくくなってしまった「ウエット」さが、「心身」ともに描かれている物語なのだろう。彼らが二人で真夏の太陽の「ハワイ」でも旅行したら、あそこまでエスカレートできたか...ふと思ってしまう。

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<読書>


時間があるのに「時間が作れない」のが読書時間。日本にいた時は週に2冊ペースで読めたけど、ここでは一ヶ月に2冊がいいところ。その差は、単純に「通勤時間」の差。就職して以来、地方にいた数年を除いて平均通勤時間は1時間を軽く超え、ひどい時には2時間近かったから、その半分近くを読書に当てていた。

読むジャンルは特定しない。強いて言えば直近に読んだジャンルは避ける。経済や政治も読めば、恋愛小説もエッセイでも何でもOK。一時期「失楽園」と人気を二分していた「少年H」もこちらで友人に借りて読んだ。ちなみに「H」をシングリッシュでは「ヘイチ」と発音する。これを知らなくてシンガポール人に、日本ではSEXのことを「Hする」って言うんだよね、と聞かれて「ヘイチする」なんて言わないよと答えてしまったことがある。

昔から暇さえあれば「お気に入り」の本屋で「楽しい一時」を過ごしている。東京なら銀座線・神宮前駅近くの地下にある本屋さんやベルコモ地下に、毎日入り浸っていたこともある。不思議なもので、日々少しずつしか変化しないはずの陳列棚で「目に留まる」本は変化する。ゆっくりいろいろな分野を見渡して、気になった本を5〜6冊は流し読みすると、あっという間に1時間は過ぎてしまう。

ここシンガポールでも、本屋さんには困らない。紀伊国屋書店がそこら中の日系デパート内に支店を出しており、どれもほとんど日本と変わらない品揃えと新鮮さを誇っている。ちなみに日本のTVドラマや映画も、ほとんどタイムラグなくレンタルで手に入れれるが、いわゆる「盛り上がり場面」は「えげつなく」検閲されており、興ざめのケースも多いそうである。

シンガポールで買うと日本の本は円貨の約2倍ぐらいする値段であり、そのことを文句言っていたら、シンガポール人が買う本はもっと「高く」つくらしい。たまたま同じ作者の同じ本を比べたら、日本語訳で5千円くらいした本が、英語で書かれた原書なのにもかかわらずシンガポールでは1万円近くしていた。

1時間も電車に乗ると国境を渡ってしまうような小さい国で、当然ながら通勤時間は短くなり、「貴重な」読書時間もなくなってしまったが、その代わり休日の昼間の読書が増えた。

夏休み的読書。

海やプールが見える部屋の片隅で、ビール片手に風に吹かれながら読む本は、また格別なものである。

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7月27日

<仏様>

人間、困難に直面するとどうしたものかと「苦慮」する。その表情はというと「眉間に皺」を寄せた姿が頭に浮かぶ。「考える人」の像を思い描く人も多いかも。前傾姿勢で周りから視野を遠ざけた視線が、床の上をはいつくばっている。

そんな現世の「苦慮」や「煩悩」を絶ち、心の平和を勝ち得た人が「仏様」なら、少なくとも困難に立ち向かう時、いかに心の平穏を保つ事ができるのか聞いてみたい気もする。

何も今更、宗教めいたことをぬかしてウンチクをたれるつもりはない。こないだうち、「みけん」に「しわ」を寄せる出来事が続いてしまい、少しでも頭の疲れを取ろうとプラスチックの定規みたいなもので「眉間」をマッサージしながら、自分には難しい資料を読んでいた。

不思議なもので思いのほか集中できて、いろいろいいアイディアも浮かんできたのだが、しばらくしてトイレに立ったとき自分の姿を鏡で見て笑ってしまった。「眉間」が真っ赤になっていて、ちょうどインド人が付けている「紅の飾り」みたいになってしまっていたのだ。

さっきからかれこれ30分以上擦っていたものが、少しぐらい水で冷やしたところで一向に引かない。顔の真ん中だし眼鏡をかけているわけでもないので、はっきりいって異様に目立つ。なんともしようにない状況に置かれて、ふと頭に浮かんだのが「仏様の姿」だった。

インド人とかが眉間に紅を付ける理由をよくは知らない。でも、直感的に「仏様」の眉間にある丸い「印」を真似ていると理解していたので、昔「仏様のおでこ」の真ん中が赤かったのを弟子たちが見て「高貴な方に自然と現れる印」と信じ、少しでもその「悟りの域」に近づきたい一心で「紅」を付けはじめたと、勝手に想像してしまった。

ところが、そこには隠された秘密があって、弟子たちにあまりに「仏」と崇められて弱ってしまった「仏様」が、「苦慮」の末「眉間に皺」が寄ってしまったことを隠そうと、一生懸命「目の間」を撫で回していたら、しまいにはそこだけ「真っ赤」に腫れ上がってしまった。

自分の姿を水に映して見ると、隠しようもない「赤い丸印」がぽつり。そこで開き直った仏様。涼しい顔して座禅を組んでいれば、誰にも気づかれることはないと「悟り」、弟子たちが来ても何食わぬ顔して「瞑想」していたら、弟子たちは何の疑いもなく「高貴なお顔」と捉えてくれたのである。

これが「仏様のお姿」の隠された由来だとしたら、何とも人間ぽくって楽しい気がする...などと想像して「にやにや」してしまった自分は、いったい何者かと思う今日このごろである。

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<自動車>


シンガポールの車は高い。そういってしまうと「身も蓋もない」が、そんなに高いのになんでこれだけのシンガポーリアンが「政府に文句をつける」ことなく「購入している」のか、その理由を考えてみる価値はありそうな気がする。

シンガポールにおける車の「有効度合い」はかなり高い。狭い国とはいいながら、繁華街の広がるエリアはそれなりに大きいし、一日中「自分の影」を意識しないぐらい「真上」から降り注ぐ日の光は、少し歩いただけですごく体力を使う。しかも一度雨でも降ろう物ならスコールとなり、傘を差してもずぶぬれになる。まさに「降ればどしゃ降り」。

タクシーも捕まらず、地下鉄やバスを利用しても駅から家までで十分「水も滴るいい男」状態になるとわかっているので、結局降り止むまでボーっと待つしかない。これは車を持たない者に共通の状態、とくればどこもかしこも「座れるところ」はいっぱいの人だかり。ホントにどうしようもない。

そんな時「車を持っていれば...」としみじみ感じるのであるが、とはいえ「先立つものがない」。借金してでも買う価値があるか、との問答に行き着く。こうなると「切迫度」の違いという気もするが、その次元まで考えさせられる「値段」なのである。

例えば、6年乗った何の変哲もない「4ドアセダン1800cc」が500万円と聞いて「安い」という感覚。日本ならほとんど「スクラップバリュー」しかなくとも、ここなら10年目に政府が100万円くらいで買いとってくれるので、新車1000万円の車なら「あと4年乗れる」価値が500万円でも不思議ではない。

なら、3年落ちの車を800万円で買ってその3年後に500万円で売り払えたとすれば、3年間の「コスト」は300万円、年100万円と考えると、確かに「馬鹿高い」とは言えない。しかも、駐車場代はほとんど「ただ」で、車検もそれほどコストがかからないとなれば、東京とかで「お車様」の為に月4万円とかの「場代」を払うことを思えば、むしろ安いかもしれない。

もちろん中古の「カローラ」クラスに800万円出すのには抵抗感がある。でも、そうやって「買える人」を限定することにより、渋滞を解消して本当に必要な人かお金の余っている人にだけ車を与える政策も、悪くはない。

日本でこの制度を導入しようとすると、ユーザーサイドから文句がつく前から経団連の会長さんを中心に猛反発を食らいそうである。なぜなら売り上げ激減が目に見えているからである。でも、ちょっと待ってくだされ。なにも損だけさせようという考えではありませぬ。安く良質なものを200%ぐらいの税率つけて客に販売した後、その税金の半分を各企業に還元するしくみにすれば、一台当たり収益は驚異的によくなるし、もちろん税収も増える。

その上、公害は減るし無駄な道路工事も減る。自動車メーカーの収益力がアップすれば、海外輸出を自主削減して貿易不均衡も一気に解消。経済の縮小均衡なんて議論も出そうだが、自動車の渋滞や騒音、特に暴走族や用のない車利用が減ることで、どれだけ人々の行動効率があがり、生産性を向上させる事ができることか、それを考えるだけでも、メリットの方が有り余る気がする。

ちと横暴な話にも聞こえるが、例えば税金などで意図的に「たばこ」の値段を吊り上げ、喫煙を抑制させようとしている国も、ここシンガポールをはじめアメリカなども含めて結構あるようであるから、あながち世界的にみても「変な理屈」ではないと思う。規制緩和にあえて逆行する「発想」も、時にあってもいいのでは。

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7月20日

<国境>

ここには、日本並みの渋滞がある。本来3車線の道路には、なぜか4列以上の車が帯をなしている。その渋滞の先端は一見料金所みたいだが、なんかどこかちがう。車窓の横には「海」があり、この橋に沿う形で太い管(パイプ)が3本と鉄道のレールがある。歩道を歩く人の姿も時折みかける。

「CAUSEWAY」、シンガポールとマレーシアを結ぶ橋。「安い品々」とゴルフ場などの「広い場所」を求めて連なるシンガポールからの自家用車の列と、「資源」を満載したマレーシア側からのトラックの列。「太い管」には「水」が流れている。シンガポールへ供給される「源水」が2本と、シンガポールから輸出される「上水」が1本。この水がシンガポール全島の「生命水」である。

ここを「境」になにかが変わる、そんな期待を抱かせる国境。日本に生まれ育ったものには「馴染み」がないこの感覚。近隣しているのに「友好国」を分け隔てる必要があるのか、そんな簡単な疑問をそれこそ「簡単に」解決してくれる雰囲気がここにはある。皆が「高速道路の料金所」みたいに「我先に」列をつくり「スタンプ」と簡単な「検閲」を受ける。「サミット前」の東京で、そこら中で車両検問を受けるよりよっぽど「気楽」なムードである。

以前「アメリカ」から「メキシコ」へ「車」で越境したことがある。その時の状況にすごく似ている。これだけ「経済格差」があるのに「ひっきりなし」に往来する車。日本人とわかれば「パスポート持っている?」の質問に皆で「菊の紋印の赤い表紙」を見せただけだった。シンガポール−マレーシア間の場合、入出国スタンプを押されるだけ「厳格」かもしれない。

生まれてはじめて踏み入れたマレーシア。道路は左側通行でシンガポールとも日本とも違わず違和感がない。町並みや道路の様子もそれほど変わらないが、それも「CAUSEWAY」近辺のみ。徐々に「舗装道路」が狭まり、ジャングルの様な林とそれを切り崩した更地が広がる。道沿いにある集落は一雨降れば流されそうな貧しいものになっていく。

車窓からはほんの「断片」しか見えてこない。多くの日本人にとってゴルフ場へ行く道すがらの「風景」でしかなく、周辺住民にとっても我々は風景のひとつなのかもしれない。そんな思いにふけているうちに目的地到着。

ただの遊びと考えれば、シンガポールの生活で忘れていたものを思い出させてくれる。受け付けやレストランのウエーターが「笑顔」で応対してくれるし、冷房の効いた室内で「煙草」も吸える。そのたばこを含めて物価は安く、ゴルフ場から外を見た景色も「のんびり」とした草原である。高い建物はどこにも見当たらない。プレーも順番や時間を気にすることなく、到着順にやればいい。リラックスするために「遊び」に来るのなら、マナー以外に「気にする事」がないことが大切である。

シンガポールもある意味で「日本化」しすぎた国である。普段違和感を感じる事が減ってきたが、自分が「同化」したというより「日本と同じ物」をたくさん発見したことが理由である気がする。ほんの半日でも「国境」を渡る意味は、結構大きいものかもしれない。

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<M>


この形ではピンとこないけど、ゴールデンアーチのマクドナルドは世界で一番メジャーな食べ物かもしれない。購買力平価を論じる時でも「ビッグマック・プライス」は単純ながら最も説得力のある指数である。そのことひとつとっても、そのマーケッティング力と販売戦略はどこでも感心させられる。

ここシンガポールでもファーストフードの王座に君臨しているが、近頃ほとんどのセット商品を「値上げ」したのにもかかわらず、お店はかえって大賑わいとなっている。その秘密はディズニーのキャラクター商品。今まで$4.50のセットを$5にした代わりに、セットを買えば$2.95の追加でオリジナル・ぬいぐるみが買えるというわけ。

特に「くまのプーさん」シリーズが人気で、蜂蜜の瓶を抱えているものなど4種類すべてを集めるブームが起きているみたい。社内の女性でも、休み時間中に全国(といっても大した規模ではないが)のマクドナルドに電話してプーさんの在庫を調べて、わざわざ遠出してまで買いに行く人までいる騒ぎ。煽りを食っているのが男性職員で、食べたくもないのに女性陣に協力して「セット」をほおばっているやつもいる。

これに限らずここ数ヶ月のわずかな間でも、シンガポーリアンの食生活はだいぶ変わってきた気がする。例えば「高いコーヒー屋」もそのひとつ。もちろん日本の新宿や銀座の「場所代的高さ」と比べれば350円程度だから安いものとも言えるが、今ホーカーセンターで食べてきた「食事代」が300円くらいだったことと比べると非常に高い。イメージ的には日本の「喫茶店」となんら「変わらない」のだが、店員の「笑顔」の応対といい、店内に流れる軽快な「ミュージック」といい、今までにない「特殊」な世界なのである。

「食べ物」を口にする、という次元から、それ以外の付加価値が問題になってきている。一人当たりの所得が上がり、家も車もローンのお世話ながら取得でき、日常生活に困ることがなくなった今、彼らの関心が「付加価値」に向かってもなんら不思議ではない。

昔の話になるが、日本のマクドナルドは「銀座」に産声を上げ、歩行者天国に来る若者に浸透を図るとともに「ファーストフード」のステータス確保に成功した。しばらくはその「イメージ」で、近所の「食堂」より高くついてもお客さんが途絶えることが無かったが、「伸び悩み」が見え始めてサンキューセット(390円セット)を初めて導入。ディスカウント競争を仕掛け、いろいろな「企画」で常に業界をリードしてきた。

ここでは少しアプローチがちがうみたいだが、シンガポールの「時流」を確実に捉えて企画されたのが今回の「ディズニーキャンペーン」なら、その次が楽しみになってくる。でも待てよ、日本でも見たことがあるこの「現象」。そう「バブル前後」である。わけもわからず「ブランド品」を買いあさりだしたあの時期に似ている。そう感じるのは自分だけだろうか。

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7月13日

<吉野屋>

街角でどこでも目に飛び込んでくる「オレンジ色に黒字」の看板。大抵「コの字カウンター」に合わせて左右に別れている「自動ドア」の前に立つ。ここでいつものミステイク。おや、なんで開かないの?と、手元を見ると「この赤いボタンを押して下さい」の表示。ようやく「進入」が許される。

座る場所にはそれほどこだわらないが、やっぱり「ビットウィーン原則」。平たく言えば両隣の丸イスが空いているところに座る。昼時をはずせばいつもそれほど混んでいるわけではないが、がら空きのケースもめずらしい。どうせなら「ゆったり空間」で食べたいものだ。

店内をぐるりと見渡すと、うさんくさい「野郎」ばかりかと思えばそうでもない。けっこう「おやじねーちゃん」も「ぽつぽつ」いるじゃないか。しまった、あっちに座ればよかった、と後悔する間もなく「いらっしゃいませ、ご注文は?」とお茶持った兄ちゃんが来る。いまさら壁に張ってあるメニューを見ても「決意」の品はかわらないが、ちらっと見てから「大盛り、つゆだくで。卵もつけて。」

「大盛り一丁、つゆだくでーす。」と厨房に叫びながら、兄ちゃんの手は生卵に向かっている。カウンターの角でこつんと割って、プラスチックのいつもの器にすっと落される。右手は今解き放った卵の抜け殻を、斜め下のごみ箱に向けて「放物線」を描かせる動きをさせながら、左手で「器」がこちらに差し出される。多分ここに座ってから30秒も経っていないだろう。

奥では少し大き目のどんぶりにご飯が盛られて、牛肉を盛り付ける作業に進みつつある。ちゃんと「つゆだく」にしてくれるか、それをちらちら横目で確認しながら、こちらの「作業」も進める。何のことはない、卵をかき混ぜるだけのことだが...でも、どんぶりが運ばれてから始めたのでは遅すぎる。この空腹状態からすれば、黄身と白身がほどよく混ざり合う前に「ぶっかけて」食べてしまいたい衝動に駆られるからだ。

普通より数回多く「穴あきおたま」を上下させて、僕の「つゆだく」を作ってくれている。「つゆだく」とは「汁をたくさん入れる」ことを意味する吉野屋用語である。 玉子丼なんかもそうだが、上の「具」をちょっとよけて下のごはんをチェックした時に、汁の染みていない真っ白ごはんを見るとちょっと寂しい気分になる。最初はおいしくても後半予想される「無味」な世界。それを無くすのが「つゆだく」の本来目的である。

「はーい、お待ちどう様」の掛け声とともにポンと置かれた丼。先っぽが玉子で丁度いい具合に湿った箸をおもむろにぶっさして、左右に「きゅっきゅ」と揺らすと、今日のご飯の炊き加減と「つゆだく」度合いが確認出来る。よーし、まあ合格。間髪入れずにたまごを流し込む。

軽くかき混ぜたら箸を置いて、紅しょうがの入った黒箱のふたを開け、その蓋を受け皿にしながら一度にがっぽりと大量の紅しょうがを丼へと運び込む。もっこり山盛りになったのを見届けてそれらを元の位置に戻したら、最後の隠し味である「七味唐辛子」を上空から軽く振り掛ける。綺麗に彩りができたらこれで完成。後は、焦らされた気持ちを正直に解き放ち、本能のままに箸を動かすだけである。中味が消え去るまで「どんぶり」がカウンターに安住することはない。

牛丼の思い出。

「はやい・うまい・安い」の牛丼屋。もうすぐシンガポールはオーチャード通りにある、かの有名な「高島屋」内に近日オープンするという「未確認情報」。今から楽しみである。

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<税金>


SINGAPORE BUDGET DAY と、ホワイトボードに緑色で書かれた文字。

今月のスケジュールには、各国の経済指標の発表予定やいろいろな覚書きが記されているが、そんな中でも一際目立つ文字である。しかも、クラーク(雑用係)の女の子の筆跡で。

今まで一度もシンガポールの経済成長や貿易収支について語った事がない彼女が、何で今更シンガポールの予算になんか興味を示すのか。からかい半分に聞いてみたら、そんなのあたりまえじゃない、という顔をされてしまった。どうやら予算の中味というより、来年の所得税率が関心の中心みたいである。

このごろは所得税率はそのままで、減税だけたまに実施してお茶を濁しているらしい。今回の焦点は法人税が変更されるかどうかで、所得税率の軽減は FAT DREAM(かなわぬ夢) よ、と付け加えた。この時期にボーナスを手にした後に「契約更改」をするシンガポーリアンが多いみたいだが、そのタイミングで税率の発表もあるらしい。ついでに言えば、MID YEAR SALEと称してこの時期バーゲンセールをするデパートも多い。

シンガポールの所得税率がどうやって決まっているのかわからないが、ほとんどすべてのシンガポール国民が関心を持って発表を待ち一喜一憂する。そんな姿を見て驚くと同時に、「当たり前」のことに関心を抱いたことのない自分にも驚いた。

今自分の税率が何パーセントで、雇用保険や厚生年金保険を含めて幾ら払っているのか、それを正確に知っているサラリーマンはいったい何人いるだろう。えーこんなに引かれるの?と給料明細を見てしかめっ面することはあっても、でもそれだけ。ほとんど「青少年の喫煙」に対する問題意識レベルである。

シンガポールのそういったシステムでいいと思うのは、年金制度である。詳細まではよく知らないが、おおまかに言えば「貯金」と同じで自分が積み立てた分だけファンドが増える。いわゆる個人年金の発想。どこかの国みたいに、世代間の軋轢や政治家の超法規的措置に脅かされることがない。

この国には医療保険制度がなく、医者は自分の力量に応じた価格体系にしているみたいだが、それら支払いの還付請求が自分の「納税額の範囲」でできるらしい。全般的に働くものに有利な、クリアーな制度である。少々老人の待遇が気になるところであるが。

何も急に自分の納税額を確認するつもりにはならないが、せめて何パーセントぐらい納税や社会保険で強制的に徴収されているか把握しておかないと、税制についてまともに語ることができない、と感じた出来事だった。

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7月6日

<外気食>

シンガポールに来てから、レストランで食べる「外食」も増えたが、「オープンエアー」で食べる「外食」というか「外気食」も増えた。

日本では、スポーツ観戦やお祭り、夏のビヤガーデンでもない限りめったに「外気食」はしない。外で食べていて「気持ちよく」感じる季節が短いし、東京なんかでは屋上でも利用しない限り場所がなく、どうしても「室内食」となる。

それに引き換えシンガポールには、ホッカーセンター(屋台村)をはじめゴルフ場の食事休憩コーナーや住宅街にある食堂まで「外気食」が一般的。商店主にとっては、歩道や道路まで「せり出せる」からより多くのテーブルを置けるし、みんなが食べているものがそのまま店のPRになるというメリットがある。もちろんエアコンがないので「合法的」に喫煙ができるのもいい、という人もいる。ただ、人がまだ食べているのに「ここぞ」とばかり吸いはじめる「マナー違反」もよく見かけるが...

ただ「外気食」と聞いて、パリのシャンゼリゼ通りのような「カフェテラス」をイメージすると、とてつもない「落差」を体験することになる。ホッカーセンターを代表とするシンガポールの「外気食」に用意されているのは、パリの「優雅なコーヒー」ではなく「口に放り込む食い物」である。

お昼時のホッカーは戦場である。さー今日は何を食べようかーという会話は、オフィスや家から「現場」に到着するまでに必ず「結論」を導いていなければならない。「現場」では誰かが必ず「テーブル」をキープし、テーブル番号を確認した他の面々はすぐさま「意中の店」へ一目散。

オーダーを終えて帰ってくると、今や顔馴染みとなってしまった「ジュースおばちゃん」が一杯60セント(50円)の「サトウキビの絞りジュース」をトレーに載せて売りに来る。ジュース店でも「出張販売」合戦が熾烈で、お互いの縄張りや馴染客を奪うと「紛争」が起きてしまう。あっちのサトウキビも飲んでみたい、などという「浮気」は常連客には許されない。

そうこうする間に「ブツ」がスーッと到着する。少々汁がこぼれようと「指」がご飯につっこんだ状態で差し出されても、怒るどころか驚いてもいけない。相手は次々舞い込む客のオーダーを順番どおりに「片づける」ことに集中しているのだから、平然と「金」を差し出さなければならないのである。その「出し方」も財布からではなく、あらかじめほとんどお釣のないお金を「手に握る」か「胸ポケット」にでも忍ばしておかないと、催促の「手」が目の前にぬっーと突き出されてしまう。

「さーあたたかいうちにお先にどうぞ」などと促すまでもなく、来たものは来た順に食べる。ほとんど会話もないまま「口にほお張る」のである。食べるのが遅い人間の「ぶつ」デリバリーが最後になると目も当てられない。飢えた野生動物のようなやつらが次々手を動かす姿は、恐怖の時間空間へと誘うことになる。なぜなら、我々の背後にはもう次なる「野獣集団」が、テーブルの空くのをひたすら待ち続けているのである。

なんとか卓を「同時」に囲む事が出来ても、油断は禁物である。箸やスプーンを置いたら最後、片づけおばちゃんの「手」が伸びる。「お食事はお済みでしょうか」なんて声などもちろんないままに、おばちゃんの「終了認定」で本人の意志とは関係なく小皿やどんぶりが重ね合わされ、残飯入れへと運び去られる。あっ、と思わず叫んでも「後の祭り」。あんたこの状態でも食べたいの?とでも言いたげな冷たい視線が投げかけられる。 こうなったら、おばちゃんの手元が狂って汁を服にかけられないことを祈るのみである。

こうして「卓を囲むメンバー」の「一角」が崩れると、後ろで待っている奴等が仲間内で「こいつらもう食べ終わるから集結しろ」なんていうかけ声を交わしはじめる。せっかくの「獲物」を奪われまいと、すぐ後ろにぴったりと寄り添い「ほら、あいつもう食べ終わっているでしょ」などと「指差し確認」されてしまう。

それでも「早く抜け出た者」はまだいい。オーダーで出遅れた者や、ゆっくり食べる事を好む「弱者」には、容赦ない「威圧」の視線がそこら中から降り注がれる。一挙手一動作に寸分の「無駄」も許されぬ状況に耐え兼ねて、箸を「手放したら」その時点で我々の「食事時間」は終わりを告げる。テーブルからあらゆるものすべてが消え去るのに1分とかからない。あとはただ「立ち退く」だけである。

「外気食」は時に人々を「野生」に戻すのかもしれない。まあ、そんな光景も「生きていく醍醐味」と思えば、また楽しいものである。

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<七夕>


季節は「たなばた」。笹の葉に願い事を結び付けて、夜空を見上げ「年に一度の再会」ドラマを思い描いたのはいつのことだったろうか。「天の川」が天空に流れ、星が輝く「砂」となってそれを引き立てる。「仲秋の名月」とは一味違う空気が闇夜に充満しているのを感じる一時である。

シンガポールにも「七夕祭り」がある。シンガポール日本人会が主催しているイベントで、室内に笹の切り株を用意して、集まった子供たちに「短冊」を書かせるのである。考えてみれば「七夕」にイベントは少ない。これと言った「食事メニュー」があるわけでもなく、彦星も織女星もサンタさんのようなスーパー「スター」にはなっていない。

もっとも、サンタさんのイメージである「赤と白のスーツ」に「白い髭をたくわえた風貌」は、だいぶ以前にコカコーラ社が自社ブランドのイメージカラー浸透のために作り出した「キャラクター」らしいから、まだ「色」のついていない彦星・織女星は「ねらい目」かもしれない。

では、「七夕」の本来の目的は何なのだろうか。たまには辞書でも引いてみるか、と見てみれば「五節句の一つ。七月七日の夜、織女星にあやかって女児の手芸の上達を祈った祭り。織女星の祭り。」とある。そうか、そんな話もまだ「がき」のころに聞いた気もする。どおりでどちらかといえば「地味」な祭りである。

以前住んだことのある仙台は「七夕」が有名だったが、東北の他の祭りと日程を合わせる為に「八月七日」を挟む3日間を強引に「七夕」にしていた。祭りを少しでも盛り上げようと「動く七夕」という「奇策」まで考えて、七夕を単なる「飾り物の祭り」にしないようにしている。ちなみに「動く七夕」は、綺麗に七夕飾りをほどこした大型車の上で七夕衣装の「七夕レディー」が踊るパレードのことである。その甲斐あってか例年ものすごい数の観光客が訪れている。

シンガポールに季節がないから、だから反って「季節のイベント」に敏感になる。シンガポールに住んでしみじみ「季節のありがたみ」と「日本人と四季」との結びつきの深さを感じてしまう。なんとなく、今年は自分でも「短冊」に願い事を書きたくなってきた。

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