シンガポール滞在日誌 BACK NUMBER(8/17-9/21)

毎週日曜日更新 (SINCE 30 MARCH 1997)



「ブス(BUSU)」って言葉は、響きは悪いけど悪気はない言葉だと思う。だって「ぶすっ」としていることが多ければ、いくら「美形」でも意味がないから。だからその人に「いい表情」を見せて欲しい時に、「ぶす!」と面と向かって言ってその人を挑発するのに使えばいいんじゃないのかな。そういう意味でシンガポールには「BUSU」が多い。(なんちゃって)(1997.8.17)


ホームページ(9/21)
「スピードの経済」(9/21)
HAZE(9/14)
橋本「改悪」内閣(9/14)
たこ焼き(9/7)
土地利用(9/7)
フルーツ(8/31)
車通勤(8/31)
夏祭り(8/24)
サービス(8/24)
ホンキー(8/17)
シングリッシュ講座(8/17)



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9月21日

<ホームページ>

深く考えても始まらないから、とりあえずスタートさせた「J-KUMA WORLD」もかれこれ半年。この度なんとかリニューアルオープンとなりました。引き続きご愛顧の程よろしくお願いします。

思えばシンガポールに赴任してまる3ヶ月経った時、「皆さんの記憶にあるうちにシンガポールでホームページ(=HP)を作ります」と送別会で「宣言」してしまったことが、ふと頭を過った。ちょうど、2ヶ月程遅れて合流した家族の荷物が落ち着きだしたころである。

そういえば、ああ言った手前何かHP作成に参考になる日本語の本を買ったことを思い出し、段ボールの奥の方から見つけたのが「作ろう・魅せるホームページ・実践テクニックガイド」である。これが優れもの。ホントに「これ一冊」ですぐに作ることができた。

この本との出会いはシンガポールへの出発を3日後に控えた昨年12月の末。寒い中、近所の横浜そごうに行き、本屋に並んでいた何百冊という「この手の本」の中から一冊だけ選び出した。アスキーとかならともかく、「インプレス」など聞いた事ない出版社だったが、ちらちら見ただけで心引かれるものがあり、こちらでは手に入らないと思った「imidas」とか辞書と一諸に購入し、そのまま船便の荷物に紛れ込ませることになった。

実はこの本、最後まで読んだのはこの9月になってからが初めて。最初に立ち上げた時は前の方の50ページぐらいをサーっと読み流しただけ。本を発見して1時間もしない内に、ふーん簡単そうだなーと思い、すぐに付録のCDーROMをコンピュータに入れてソフトをダウンロード。本当に必要最低限の機能だけマスターして、漠然と描いていたHPの構想をキーボードで入力していたら、知らぬ間にできていたというのが実感。

プロバイダーにデーターを「転送」するとか、そもそもそういった「容量」を与えられているのかすらわからず、少し行き詰まったのがその日の夕方。本を開いて6時間ぐらい経過したところである。早めの夕食を食べながら、プロバイダーのHPを見る事を思い付いた。何か手がかりがあるはず。

さすがはシンガポール最初の日本語サポート付きのプロバイダー STAR PORT である。日本で so-net を使っていたので、同じ sony の系列ということもあり余り考えずに申し込んだが、月々の基本料金の中に「個人HP用の容量」が含まれていることをスターポートHPで確認。データの「転送」方法まで記載されており、あっさり障害は取り除かれた。

こうやって3月23日(日曜日)一日でHPは完成した。プロバイダーに転送が完了したころには日付が変わっていたので「SINCE 24 MARCH 1997」としてスタート。もちろん「技術的」な趣向はどこにも施されてなく、「自分の文章を発表する場所」を確保しただけの次元だったのは否めない。それでも、東京の同僚の手前も然る事ながら、それまで九ヶ月程の間「情報の受け手」の立場ででしかなかったインターネットとの関わりが、「双方向」になった喜びがあった。

面白かったのが、HP本の39ページに「さっそく友達にも”ホームページができた”と知らせたい気持ちで一杯でしょうが、ここはグッと我慢です。以降の章を読んで...(中略)...人に楽しんでもらえるようなHPにしてから、友人を招待して驚かせましょう」とある。まさに自分に当てはまっており、我慢が足らずに発表してしまった手前週に一度でいいからコンスタントに内容更新しようと心に決めた動機ともなった。

今回かなり多くの「技術」を読み取った上で、この本で言うところの「ようやく発表できる次元」となったと思っている。さすがに今回はまる二日かかった。この48時間ほとんど眠らず、大好きな食事も忘れて没頭してしまった。完成した今こうやって文章を書いていると、つくづく奥の深い「お遊び」だと思う。

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<「スピードの経済」>


師匠の本にコメントするのもおこがましい気もするが、せっかく身近な人が出した本なのだから「あとがき」みたいなことを書いてみたい。

「スピードの経済」を手にしたのは9月に入ってから。出版されていることがわかっていても、注文してからすぐには入手できないのはやはり海外ならではの事情である。ちょうど会社の上司がシンガポールから広島に出張した際、書店で「平積み」になっていたのを購入してきたので「予定」より早く読む事ができた。

一読しての感想は「すっきり飲み込めた」である。普段からホームページなどで著者の「意見・考え方」に触れているし、「語り口」もちょっとだけ「よそ行き」にしているだけだから、何の違和感も感じない。日ごろ感じた事を書き留めていって、それがそのまま本になってしまうのは、なんともうらやましい展開である。しかも「本職」や「経験」から少しも逸脱していない分野で成し遂げられるのがすばらしい。

普段、本を読む時には「その世界に浸らせてくれる」とか「自分とは違った視点や知識を与えてくれる」ことを期待するものだが、今回に限っては少々勝手がちがう。書かれている内容自体は既に本人や本人の著作物などから見聞きした内容で、自分にとって別段目新しいものはない。

言い換えれば知らぬ間にどっぷりと「YCASTER WORLD」に浸ってしまっている証拠なのかもしれない。それだけに、自分と同じ出来事を体験した時の、著者の「捉え方」がどう違っていたのかへ興味が移っていく。いかに体系的に物事を整理し見渡しているか、それが面白い。

何より、著者がCOMPACのノートブック・パソコンを初めて購入し、試行錯誤しながら「もの」にして行ったプロセスを身近に見ていたし、ホームページ開設の為に1週間の連休を取って無事立ち上げに成功したのもついこの間の気がする。ひとつひとつに一喜一憂し、尽きる事のない「好奇心」の賜物が、実はこの本自体なのかもしれない。

考えてみれば、自分もパソコン購入したのが昨年のゴールデンウイーク明けで、ホームページを更新しだして半年も経たないのだが、随分世界が広がったと思う。友人・会社の同僚問わずインターネットを始めた人は、久しぶりの電話でも「いつもホームページ読んでいるよ」と切り出してくれる。海外で英語の日常生活を送っていながら、英語の記述がないホームページというのは著者ならずとも反省すべき点かもしれないが...

本書の中で、グローバルスタンダードがいかに重要であり、その確保が命運を分けることになる点を再三指摘しているが、つまりは「いかに客観的・合理的かつ簡潔に相手を理解し、自分を理解してもらうか」が個人として常に心がけること、と置き換えられよう。これができなければ海外の職場では「意味のない外国人」になってしまう、というのも肌身に感じるところである。

今後のリクエストとしては、ホームページ等ではお馴染みの「デザート」部分を取り入れて本にしてもらいたいものである。本を貸してもらった会社の上司いわく「この本は我々の世代と若手実務世代をわかりやすくつなげてくれた」と喜んでいたが、今度は「OLと若手実務世代の架け橋」となる本を、OLが喜ぶ「甘み」を付けて執筆すれば、時代の流れに焦燥感を持つ30歳近辺の働く女性に感謝されること請合いである。

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9月14日

<HAZE>

HAZEと書いて「はぜ」...さかなのはなし、ではない。ヘイズ(「もや」の意)という一種の公害である。これがこの一ヶ月程シンガポールに蔓延している。

度々地元の新聞でも取り上げられており、例年の季節的なものらしい。空一面「たき火の煙」のような「もや」が覆い、ひどいと一日中お日様が見えないこともある。原因はインドネシアなどの「焼畑農業」。草木を焼き払った「肥沃な土地」で、作物をつくる原始的な手法である。なんだか小学校か中学校の教科書に写真入りで載っていたのを覚えているが、今時まだそんなことをやっているのかと驚いてしまう。

しかも当の農民たちは新聞の取材に対し、「昔からずーっとやっていることをやって何が悪い」との弁。そう言われればその通りだが、このHAZEが原因で気管支系に障害をきたす人も多いので事態は結構深刻である。「花粉症」がないシンガポールでほっとしている日本人の中でもこの思わぬ「落とし穴」にはまってる人もいる。

一説には「焼畑農業」の影響は20%ぐらいで、大半は大地主が「金になる木」を植林するために、うっそうと生い茂った野生の草木を「どさくさに紛れて」焼き払っている為らしい。確かに、植物は「育てるもの」という考えが「日本的な発想」であると思い知らされるほど、この地域では草木は「嫌というほどすぐ育つ」ものである。

以前日本でも中国の砂漠から砂が飛来する「黄砂」現象があった気がする。日本も大陸の「自然」の前では無力なものと感じたが、周辺国とは一味違う都会的なシンガポールでもこの人工的「自然現象」に為すすべもない。

このヘイズ、地元住民にも迷惑だが観光客にも悪影響がある。せっかく「南国の太陽」と「きらきら光る砂浜」を期待して来たのに、毎日どんより曇っていては気分転換にもならない。何を隠そう自分もその「被害者」なのである。わざわざマレーシアまで船に揺られて5時間弱も旅してたどり着いた「TIOMAN島」も連日のヘイズ。せっかくのリゾートもただの海辺になってしまう。

とは言え、物事悪いばかりでもない。この「暑い国」が少しだけ涼しくなる。空気が多少匂うので気持ちいいとまではいかないが、エアコンを入れなくても過ごせる温度になる。ラジオでは外出を控えた方が良いとアナウンスしているが、要は外気にあまり触れなければいいのだから、普段暑さのあまり目的地間しか移動しないのをやめ市内観光というのもいいかもしれない。

シンガポール市内には有名なロンドン・バスと似た「二階建てバス」が走っている。この2階の一番前に陣取ってシンガポールの街を上から眺めるのも面白い。適当に来たバスに飛び乗って帰りは反対行きのバスに乗って来るだけ。よほど乗りなれていないとバスの路線はよくわからないから、意外な展開になかなかのスリルが味わえる。

普段見慣れている街並みでも「その裏側」まで見渡すと、結構工事現場が多い事に気づいたりするし、シンガポール人の日常生活が見えてくる。まあ、天気が冴えない時は「ノー天気」にいきましょう。

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<橋本「改悪」内閣>


日本からまたまた暗い話題。いつまで経っても「目先の事」しか考えていない政治家が、またまた分けのわからない理屈で「有罪議員」を「国務大臣」にしてしまった。どうしてそんな事がまかり通るのか、日本・シンガポール間という「距離」をおいて考えてもよくわからない。

今回特に期待していた「橋本政権」だから、尚の事「失望感」が強いのかもしれない。個人的には「細川内閣」がスキャンダルであっさり退陣してしまった時以来の「やり場のない怒りと脱力感」である。あの時も「時代が変わるかも」という期待感があり、2大政党時代への幕開けを誰もが描いていた気がする。

それが野党の「軽いジャブ」でノックダウン。所詮「お殿様」のお遊びだったのかとあきらめたが、今回はその時「下野」していた自民党の、与党奪回以来の本格政権。与党でないことの「つらさ」をかみ締めて、社会党の首相を据えてまで政権を取り戻した時の「謙虚さ」はどこに行ったのであろうか。

おまけに社民党やさきがけも「見てみぬ振り」的な態度。新進党も自滅していてはどうしようもない。いっそうのこと共産党に政権を取ってもらい、「ショック療法」でも受けた方がいいのではないか。日本の政治には、いつまで「消去法」の選択しかないのであろうか。

佐藤孝行さん。ロッキードで有罪になってなお、議員に留まれただけでどうして満足できないのだろうか。有権者の大多数の希望を奪ってまで「大臣」になるのが、それほどまでに「価値」があることなのであろうか。有罪が確定しても「罪」を認めない本人同様、「総務庁長官」になっても「国務大臣」と認める国民は少数派であろう。

仮に本人が「本気」で名誉挽回の為に「身を粉にした働き」をしているのなら、内閣という「表舞台」に立つ必要はない。世論も容認し、周りから押されてなおも「大臣の椅子」を固辞する姿勢が、政治家の立場を利用して犯罪を犯した者の「あるべき姿」であり、日本的な美学であると思う。それが日本人社会での「名誉回復」につながる道である。

もちろん、国際社会ではもっときびしい。ウオーターゲート事件で失脚したニクソンは、今講演会の講師として活発に活動しているらしいが、大統領までつとめた「有能な人」でも政治の世界に復活する「選択肢」は残されていない。日本は「開き直った」犯罪者に寛容な国だとしみじみ思う。

その点、シンガポールの政治家は優秀である。外国人から見てもわかりやすい議論を、テレビに公開されている場で堂々と論じている。小国であることの危機感の裏腹であることは間違えないが、5年から10年後のシンガポールの姿を真剣に語る姿は見ていて気持ちいい。立場ある人々が「責任ある発言」をぶつけ合うのが本当の「国会」であり、国民が誇りに思う「リーダーの集い」である。

これだけ「限られた地域」だからまともな政治ができるのかもしれない。ならなぜ「小選挙区」にしたのか考えて欲しい。国民の考えが反映しない国会・内閣は意味がない。

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9月7日

<たこ焼き>

将来チャンスがあればやってみたい職業に「たこ焼き屋」がある。昔近所の店で、みたらしや大判焼き(今川焼き)、お好み焼きなどに混じって作られている「たこ焼き」を、飽きもせずにずーと眺めていた記憶がある。それが潜在意識に植えついているだけのことなのだろうが、それ以来「縁日」や街角「屋台」とかで作られる「たこ焼き」たちを観察し続けている。

特に自分で「たこ焼き用の焼き型」を買って、家で自分自身も作るようになってからは、いろいろな店に立ち寄ってはその手順やコツみたいなものをじーっと見てきた。一言で「たこ焼き」と言ってもいろいろな種類があり、時々の流行がある。日本を出発するころかなり人気が定着しつつあった「京風たこ焼き」と、以前近所で見た「スーパーのたこ焼き」では、同じたこ焼きと呼べないぐらいの違いがある。

まず、「たこ」の大きさ。昔は小さかったがバブル時代を境にして「大タコ」が当たり前になってきた。うちのタコはこんなに大きい、とPRするがごとく店先にタコを山盛りにする屋台も今では珍しくない。

お次はやっぱり「焼き型」。小さい半球形が縦横整然と並んでいて、その中でくるくる回転させて球形にしたのが昔の「たこ焼き」だった。しかし、スーパーで大量に販売するようになってからは、その「半球形の型」とそれと同じ大きさの「鉄板」を組み合わせ「蝶つがい」にした焼き型が普及し、底が平べったいたこ焼きが主流になる。

ただ、この形のたこ焼きがあまりにポピュラーになって、いかにもスーパーの「大量生産」というイメージが定着したことを避けようとしたのか、京風たこ焼きでは昔の「半球形のみ」の型が主流になってきている。昔の型と少し違うのは「大粒」になったこと。数を減らして作る手間を減らすのも目的だろうが、これが意外と味わいにも大きな違いをもたらしている。

そう、そこで核心部分に触れると、このごろのたこ焼きは「生地が柔らかい」。つまり、ソフトタイプが完全にトレンドとなっている。チョコレートでもクッキーでも大抵のお菓子がここ10年程でかなりソフト化したが、たこ焼きも例外ではない。とはいっても「歯ざわり」も大切な触感であることに変わりはなく、その結果生まれたのが「外はパリっと中はとろっと」タイプである。

「京風」と名のつく東京のたこ焼きも、外側の皮は「薄くてパリパリ」、内側はシチューみたいに「どろり」とした部分に「存在感のあるタコ」が「にょろっ」と登場する。昔は一口で「ぱくっ」とやってもそんなに熱くなく、お好み焼きのを丸くしたようなイメージの物が多かったが、今のは外側を触って「冷めている」と思い、大きな口で「ぱくり」とやると中が想像以上に熱くて大変なことになる。

このタイプのたこ焼きは、昔の小さい型で作ろうとするとちょっとむずかしい。火が透りすぎてしまうからである。もちろん、大粒の型を使ったらそれだけ火の透りが悪い分時間をかけて慎重に焼かないといけない。それならどうやったらうまくできるか...んー、そこがシンガポールに来てからも弛まぬ、たこ焼きづくりの「研究課題」となっている点である。

まあ、かなりのコツはつかんだが、それは将来に備えた「企業秘密」としておこう。

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<土地利用>


シェントン・ウエイ、シンガポールのビジネス中心地。この通りを挟んで高いオフィスビルが連なる。そのすぐ外側はかつて海であった。土をマレーシアから買い、長い年月をかけて埋め立て、今は芝生に覆われた広々とした土地になっている。国土面積が本当に限られている国が、合法的に唯一拡張できる手段である。

この土地、10年近くこのまま放置したあと地盤が固まったらビルを建設し、新しいビジネス中心地を造る予定らしい。そのためにイーストコーストと呼ばれる新興住宅地からシェントン・ウエイへアクセスする道路が拡張され、将来的には新交通システムも計画されている。シンガポール名物マーライオンも以前は海に顔を向けていたが、今はその橋の上に立って正面から見ることができるようになった。

10年以上前にロンドンへ向かうシンガポール航空の乗り継ぎではじめてシンガポールに降り立った時、唯一見た観光地が「マーライオン公園」であった。バスの乗り方もわからずホテルからずーっと歩いてきたのに、小さな敷地に大小二匹のマーライオンが背中合わせで立っているだけの公園。少々がっかりした思い出がある。その時はその「背中」を眺めただけだったが、今はその向こう側に2本も道路が開通し、しかももっと大きなマーライオンがリゾートアイランド・セントーサ島に完成している。

ビジネス・センターのシェントン通りとショッピング・センターのオーチャード通りの三角地点にブギスと呼ばれるエリアがあり、ここを「ネオン街」にして一大歓楽ゾーンにしようという計画もある。シンガポールの街並みがきれいな理由に、電信柱やガードレールがないことが上げられるが、目に飛び込んで来るような「ネオン」や派手な「看板」がほとんどないのも、落ち着いた景観に貢献している。その規制を緩和する地区をつくり、観光客や若者にエネルギーを発散させる場所を提供するのがその目的。

ここに来てから一度も「墓地」をみたことがないと思っていたら、都市計画にかかる墓地は移転させられているみたい。墓地の上にビルやアパートを建てるのはあまり気持ちがいい話ではないが、シンガポール人もその点は気になるらしい。そういった土地を利用する際は「霊魂」を鎮めるために茶色のビルにするという。オーチャードの中心的存在の日系Tデパートも、そんな理由で墓石のような茶色のビルにしているとのこと。

なんでも計画通りに作った街がその計画通りに繁栄するか少々疑問である。でも、シンガポールから「計画都市」を取り上げたら、ただの熱帯地域。近頃「暑い気候」がシンガポールの嫌いな点に上げるシンガポール人が増えていると聞く。エアコンの普及や海外旅行で「快適な気候」を知る機会が多くなった為らしい。国民の期待を背負い、快適な都市空間を作るのは重要な政策であることに間違いなさそうである。

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8月31日

<フルーツ>

年中おいしいフルーツが手に入るのは「南国」の特権であろう。どれも食べごろのフルーツが所狭しと店先に並ぶ光景をよく見かける。くだものの王様と称される「ドリアン」はシンガポール人でも好き嫌いが分かれているらしいが、この個性的な果物を除けば、どれも日本で馴染みのあるものばかりである。

ちなみに「ドリアン」好きに言わせれば、あの臭い匂いなど関係ないみたいで、ようは食べる「習慣があったかどうか」が問題みたい。日本の「納豆」と似た感覚で、日本食が好きでも納豆が好きな外人はほとんど見たことがないのと同じで、ドリアンの匂いが好きな日本人もお目にかかったことがない。

市販で売られている「家庭用」フルーツはともかくとして、ホッカーセンター(屋台)とかで販売しているフルーツは、みなきれいに皮が剥かれており、そのまま食べるかジュースにするかのチョイスがある。彩りよく並べられたフルーツは適度に冷やされており、どれも頃合いよいものばかり。だいたい一種類50セントから1ドル(50円前後)で、二種類も買えばデザートとして十分な量がある。

これを単品でも、またいろいろな組み合わせでジュースにもできる。マクドナルドのLぐらいの大きさで1.5ドル前後。氷も入っていて熱い料理などに特に合う。その組み合わせは、例えば健康には「にんじんとりんご」とか、甘いのが好きな人は「パイナップル・オレンジ」、まっとり系は「バナナ・メロン」などもいける。天然ジュースは後味もよくてすっきりする。

このフルーツ、シンガポール流の食べ方と言えば、やっぱり「TAKE AWAY」。つまり持ち帰りである。最初 TAKE OUT とか TO GO とか言っても通じない。「TAKE AWAY」と言って一口サイズに切ってからビニール袋に入れてもらうのである。これに串を刺してもらって歩きながらパクツクのがこちらの流儀。男女人種関係なく昼時の「フルーツ食べ歩き」人口は多い。

シンガポールに来た当初は「だらしがない」と感じたが、日本でも新宿の「高野フルーツパーラー」あたりで一串100円でパイナップルが売られているのを思い出した。すごい人気で今も続いていると思うが、アイスクリームとかと同じで日本でもフルーツに「食べ歩き需要」が大きい気がする。日本には高野フルーツパーラーみたいな店が少ないだけなのかもしれない。

このフルーツ、いいのはアイスクリームみたいな「人工糖分」を摂らなくても、口直しもできれば「おやつ」にもなることである。油っ濃い食事が多いから、胃を休めてくれて丁度いい。地元民は、通でなくとも「体を冷やす」フルーツと「体を温める」もの、「便通を促進するもの」と「下痢を止めるもの」などをきっちり組み合わせて摂取しているみたいだが、まあその辺は適当に、食べたいものを適量採ればいいと思う。

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<車通勤>


日本の都心部では考えられないのが「車通勤」。渋滞もひどければ車を置いておくところもない為だが、シンガポールでは結構多い。

地下鉄もバスも満足に利用出来ない地域がまだまだ多いし、そもそも地下鉄が整備されだして間もないので、少し豊かになってきたらバスから自家用車に乗り換えるのは自然の流れである。それをサポートするように、一定水準以上の社員に駐車場を用意している企業も多い。夫婦共稼ぎで会社が近所なら何かと便利だし、交通費を会社が出さないのが一般的なのも理由だと思う。

そんな彼らの行動パターンは、まさしく「家と会社の往復」になってしまう。ちょっと会社の同僚と飲みに行くにも、あらかじめ互いに了承を得なければいけないし、ほとんど毎日夕食も「外食」という家庭も多いので、誘う方もよほどの理由がなければ声がかけづらい。

面白いのが、政府の高官もそれを気にしているらしく、こないだのナショナルデーの非公式の晩餐会でも、リー上級相からそういうスピーチがあったと「うわさ」になっている。このリー上級相、いわばシンガポール建国の父的存在であり、いまだに国民的ヒーローの扱いを受けている。当然人望も影響力も強く、表向きの議論とは関係なく彼のコメントひとつで「政治」が動く事もある。

そのスピーチの内容だが、香港とシンガポールでこのごろ「情報スピード」に差があるらしい、という。その原因は「会社と家」の往復ばかりしているシンガポール男性が増えて「情報交換の場」が減ったからではないか、という内容らしい。「奥さん」の目など気にしせずどんどん飲みに行くように、などとまで言ったとか言わないとか。もしかしたら「会社の交際費を多く認める」といった「政策」まで登場するかもしれない。

確かに日本人をはじめとする「外国人」や若者を除けば、家庭持ちのシンガポール人男性が飲んでいる姿をあまり見掛けない。飲むエリアがちがうのかもしれないが、そんなに「選択の余地」がある国でもなく、夜のホッカーとかで妻と食事を取っている「主人」ばかり目に付く。そういうのに慣れていない日本人には、なんとも「息がつまりそう」な光景である。

もうひとつ驚きのが「週末ファッション」である。日本人の「常識」で考えると、週末どこかに遊びに行くから「ドレスアップ」とか「アウトドア・ファッション」となりそうだが、彼らはとにかく「ラフ」になる。週末どちらかの実家に「帰省」する人が多いからである。「家に帰ってくつろげる服」が基準になる。

飲みに行くわけでもなく、週末海外に旅行するわけでもないのなら、おのずと行動範囲は限られる。実家に行けば久しぶりに「家庭料理」が食べられるとくれば、夫婦二人で家にいてもしかたがない。子供がいればなおさら、たまには「アマさん」の手から開放してやり、自分の両親に可愛がってもらうのもいい、となる。

こんな風にどっぷり「家族生活」に漬かっているのも気楽で居心地がいいかもしれないが、なんか違う気もするのは「人種」の違いであろうか。

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8月24日

<夏祭り>

昨日、日本人会の恒例「夏祭り」があって、大勢の人出でにぎわった。年中「夏」と言ってしまえばそれまでだけど、不思議なもので「祭り」と聞けば「その気」になるのが日本人である。一人10ドルの前売券はほぼ即日完売で、当日券もあまりなかったみたい。

場所は空港で有名な「チャンギ」の近くにある、シンガポール日本人小学校チャンギ校。そこに白くモダンな建物がそびえている。さすがは国外最大級の日本人学校である。グランドも広く水はけよく作られている。その校舎をふんだんに使って「夏祭り」は開催された。

祭りに付物なのは「夜店」と「盆踊り」。それに在校生の「パフォーマンス」が加わった構成。「夜店」は日本人会が用意したと思われるものと、協賛企業が出しているものがあって、「夜店のプロ」がいない分どうしても迫力不足なのは否めない。それでも長蛇の列ができている店も多く、ついつい覗いてしまいたくなる。人気なのは「プリクラ」系の出し物と「昔懐かしい」系のもの。特にプリクラ系は「お家芸」の企業も参加しているので、素人ならずとも「釘付け」になりそうであった。

「食べ物系」夜店は、これもなかなか充実のラインナップ。主食として「讃岐うどん」や「ざるそば」、「焼き鳥」もあれば「今川焼き」もある。おにぎり、枝豆、わたがし、みたらしだんご、あんこもち、やきそばにお寿司。大抵のものはそろっていて、しかもなかなかの「お味」である。かき氷もあって、ゆかた姿の女の子でごったがえしていた。

服装といえば女性は半分近く「ゆかた」姿。特に中学生以下の日本の女の子は、8割以上着ていた気がする。シンガポール人や西洋人も多数おり、浴衣姿もめずらしくなかった。みんな「うちわ」片手にのんびり過ごしており、これに「花火」でもあれば最高であるが、そこはシンガポール。個人の花火は禁止されている。

「在校生パフォーマンス」は盆踊りの前に1時間程その舞台で行われ、ストリートパフォーマンス系から伝統系までテンポよく登場した。大半が女性主体のグループだったが、やっぱり「アムロ系」が目立った。和太鼓の「おばさんグループ」も登場し健闘したが、日本ならどこの街でもいそうな「近所の祭り好きおやじ」がいれば引き締まったのに、と感じてしまった。

絞めはやっぱり「盆踊り」。「炭坑節」から「大東京音頭」、「どらえもん音頭」等々、1時間以上繰り広げられた。民謡同好会のおばちゃんたちのリードもよく、300人以上の人が輪になって踊りつづけた。自分もこんなに集中して踊ったのは初めてである。

こうしてまたシンガポールの一日は暮れて行った。

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<サービス>


中国人は「サービス精神」に欠ける、と感じている人は多いはず。一方で日本人のサービスが「過剰」と意識している人もいると思う。でも、サービスには「送り手」と「受け手」がいて初めて成り立つのだから、「送り手」だけ見ていては誤解だけ生んでしまうかもしれない。

中国社会でも日本人社会でも、もちろん欧米社会でもそれぞれの価値観の中で社会がうまく成り立っている。サービスについても、「需要と供給」が長い歴史の中で「均衡点」を見つけたのが今の姿であろう。その「均衡点」がどこにあるか、勝手な見解だがサービスの「送り手:受け手」の割合で言って...

日本人=6:4
欧米人=5:5
中国人=4:6

という気がする。つまり、日本人の場合「送り手」が「受け手」の要求以上にサービスを提供して「当たり前」。それに対して中国人は「受け手」からサービスを要求しなければ「送り手」は「手を抜いたもの勝ち」の状態となる。その点欧米社会は「対等」が原則であり、サービスに関してもフィフティーフィフティーと思う。

だから、サービスの受け手である日本人旅行者が、シンガポールみたいな中国人社会に来ると「送り手4」:「受け手4」の関係となり、日本人にはサービスが悪いと不満が残り、中国人は「主張しない方が悪い」となる。その逆に日本人企業がこちらに進出して中国人消費者を相手にすると「送り手6」:「受け手6」になり、折角良質なサービスを提供しているのに「想像以上」の要求やクレームに直面してしまうし、中国人消費者も「主張が受け入れられない」と双方に不満が残る。

同じアジア人だし見た目に西洋人より近いから、中国人の方が親近感が沸き易いのだが、そう思って近づくと欧米人以上に「感覚の違い」を感じる結果となる。

西欧人の「対等文化」はその歴史が物語っていると思う。中国人もあの人口では「自己主張」しなければ誰も相手にしてくれないし、いちいちそんな主張を相手にしていたら「仕事にならない」から、そういう「送り手・受けて」関係が生まれたのであろう。

そうすると日本人の場合「士農工商」制度が影響しているのでは、と思う。「商人」の立場の弱さは、たとえ経済的影響力が大きくなっても変わっていない。「士」がいない今、「農民」が「実態以上の」政治力を握っているし、「工」つまりメーカーも国の基幹産業として「存在感」がある。サービス産業の「商」は努力すれどもあまり社会的に認められない。ちょっとうまくいくと「某悪徳代官」や「裏社会」に付け込まれて信用を落すのが正に「おち」である。

そんな「へりくだり商人」と「節操があるけど過剰サービスに慣れた消費者」の「いびつ」な関係が、海外では「日本人にストレスが溜まり易い」文化を生み出している気がする。まあ、日本人消費者の立場で言うと、いちいちクレーム付けるのも面倒だし、「過剰サービス」に慣れちゃうと海外生活でもしない限り「抜け出せないぬるま湯」的なのも事実。国内は「文化」としてそれを「ドラスチック」に変える必要もないし「外資」の日本進出で「過剰サービス」は変質していくはず。

例えば外資系銀行のサービスが邦銀のサービスよりいいという評が多いが、「サービスの種類・視点の違い」が新鮮なのだろう。車で言うと「スポーツカー・ブーム」とかで日本の道路事情に関係なく「かっこいい・ハイスピード」の車が騒がれたのと同じ。もちろん、一部は根づいたし日本のメーカーも大きな影響を受けて変化したのも事実。

それまで「低燃費・高出力」とか「低価格・高品質」とかにだけに着目していたのが、それは「前提」の上で「かっこよい」車を造り出している。金融も今までの信用(残っていれば?)を「前提」にニーズにあった「スマートなサービス」を提供すればいいだけである。

日本人も「過剰サービス」を必要としない世代が増えてきていると思う。「サービス不足よりサービス過剰の方がいい」というのは間違いで、「不足も過剰も適切ではない」と割り切って、送り手も受け手も「無理をしない」関係を目指すべきである。

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8月17日

<ホンキー>

シンガーポリアンも耳慣れるまで変だったけど、ホンキーっていうのもピンと来ない。シンガポール人のライバル、香港人のこと。国のサイズや発展段階、同じ中国人社会ということで、何かと互いが気になるらしい。

まずは言語。香港は中国本土返還で「母国語回帰」を意識して北京語熱が高いみたいだが、今までは「広東語」中心。それに対しシンガポールはホッケン系が主流みたい。共に北京語を共通語として理解でき、全般的に「話言葉」として使うだけで読み書きは不得手。英語も日常語として定着しているのは同じだが、香港人の方が早口でイギリス的英語の発音という印象。

中華料理では、「本格派」の香港に対し「融和」のシンガポールという評判が一般的である。シンガポールはマレー系やインド系のメニューと肩を並べる形で中華が存在するから、どうしてもそういった味に流されてしまい、「極める味」という発想がない。やはり、本当においしい中華を食べたいなら香港、とシンガポール人も認めている。

服装は、これも多少季節感がある香港に軍配。香港では気温が少しでも下がってくると、「毛皮」とか「ブーツ」というファッションを楽しむ女性で溢れかえるみたいだが、シンガポールではありえない話。ほとんど化粧をしていない顔のシンガポール女性にもだいぶ慣れたが、吊るし物のブランド品スーツに「がり勉眼鏡」をかけて、ビーチサンダルみたいな草履でオフィス街を蟹股歩きするのは止めて欲しいと思ってしまう。

でも、もちろん都市計画はシンガポールの圧勝。こんな国土面積で「余裕」を感じさせる土地の使い方は見事。ディズニーランド的開発とでもいおうか、地域のテーマが明確に区分されているから無駄な動きをしなくて済むのがいい。ただ、どこも人工的過ぎると言ってしまえばそれまで。街の魅力とか面白味という基準では、観光客のリピーターを見ても香港有利となる。

政治は好対照。「自由の香港」対「規制のシンガポール」。どちらも民主主義を唱えながら両極端である。自国の通貨さえ民間銀行に発行させている香港は、税金も含めて「国の関与」がほとんど感じられない。それに対しシンガポールは規制がないものを探す方が難しい。ある大臣の息子がMAS(大蔵省)に入り、親の威光で将来が約束されていたのだが、あまりに多くの規制を管理しなければいけないのに「嫌気」して辞職してしまったそうな。

そんな対照的な彼らも、ジャッキーチェーンの話になると親近感が高まるみたい。やはり中国というかアジアを代表するスターをことのほか誇りに思っており、御法度の「暴力シーン」もジャッキー系の映画は大目に見られている気がする。その裏腹に、彼が酔ったふりをしてよく女優たちにキスしたりタッチしても誰も文句が言えない、とかいう嫉妬的「うわさ」も流れている。

女性はどちらも「気が強く、たくましい」が、「勝ち気」では香港女性が上手らしい。あるシンガポール人が、自ら女房の尻に敷かれるシンガポール男性の多いことを認めつつも、それでも香港より「まし」と語る。彼曰く、飲んで遅くなると遅かった事から責め始める香港女性に対して、出費さえ少なければシンガポール女性はあまり旦那を責めることはしないらしい。共に女房の顔色をいつも伺っている姿に違いはないそうだが...

いづれにせよ、これだけの人口でこれだけ存在感がある国(地域)に発展したのだから、世界的にも希な成功例であることは確かである。そして、よきライバル関係は、よき発展につながる例とも言えるのではなかろうか。

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<シングリッシュ講座>

はい、皆様お元気でしたか?一週間お疲れ様でした。本日は遠路お集まりいただきありがとうございます。日曜カルチャー・スクール「シングリッシュ」のお時間です。そうそう、ちゃんと標記しないといけないですね [SINGLISH]=SINGAPORE+ENGLISHです。まあ多少綴りを間違えても「ネバーマインド」でまいりましょう。

さて、人口300万人のこの島で、公用語として使われていることはもうご存知でしょうが、最初に少しだけ「生い立ち」をおさらいしておきましょう。

もともと中国語やマレー語を話す人々が「英語を公用語とする」という大号令のもと、小学校に入る前から「シンガポール人」の先生に「英語」を教えてもらうことによって「シングリッシュ」の定着が図られました。まあ日本人が学校で「英語」を教えてもらう過程でも全く同じですが、所詮第二言語なんだからついつい「母国語」が混じってしまう。その交じり具合も、中国系・マレー系といったシンガポール人の中の割合に応じているみたいで、やはり圧倒的に「中国語」の影響が大きい。

だから「イントネーション」の発想を「英語」から「中国語」に変えないといけません。妙に気取って「YOU ARE BEAUTIFUL, AREN'T YOU?」などと付加疑問文(ですよね)にしたりすると、「はあっー!!!?」と聞き返されます。「何、もそもそ言っているの?」という意味です。このときの「はあっ」の発音は、そうですね、歌手?の和田あきこさんが言うみたいに「下腹部に力を込めて、鼻と口から半分ずつ一気に抜く」ような、ちょっと威嚇ぎみの、言葉が悪いですが人を馬鹿にしたような雰囲気で口にします。

では何が悪かったかと言いますと、彼らは「センテンス」よりも「単語」を重視して会話をしていますから「疑問文は語尾を上げて」という原則を貫かなければ、質問かどうかわからないのです。そりゃそうですよね、英語と中国語を混ぜて会話するのに「文章」として捉えようとすると、語順やイントネーションで「矛盾」が出た時わけがわからなくなりますからね。

つまり、よく分かる平易な単語で疑問文は語尾を上げることを意識すれば、イントネーションは気にしなくて構いません。

では、代表的な語尾である「ラ(了)」の使い方に移りましょう。OK、NO といった言葉に付けるのみならず、あらゆる文末に登場する言葉ですが、その使い方は日本人にはいたって簡単です。日本語の「ね」と同じだからです。もうお気づきと思いますが、今日こうやってお話していると、どうしても「ね」が多くなりますよね。(あっ、また使ってしまいました)

少し丁寧にしたかったり、優しい語調にしたい時に日本人が「ね」を使うように、文の最後で自然に「ラ」をつければいいわけです。友達どうしや恋人同士だと甘ったるく「ラー」と伸ばせば雰囲気が出るでしょう。ああそれから「ラ」の代わりに「ヤ」を使う事があるので注意して下さい。代表例は「SORRY YA」です。「ごめんなさい」の丁寧形で「そー^りー^やー」とゆっくり言えば「どうも申し訳ございませんでした」となります。

今日は初級講座ということで、基礎的な文法や語調を学習しましたが、すべての基礎は「ネバーマインド(気にしない)」に通じていますので、くれぐれも家に帰って復習などしないようにしてください。誰ですか「YES RA」なんて言ったのは。YES にはあまり付けません。同意語の OK に「ラ」を付けるように...しまった、先生こそ「NEVER MIND」でしたね。それでは、また。



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