横浜滞在日誌

毎週日曜日更新 (SINCE 30 SEP 2001)


2011年6月26日

<ソーラー発電>


先週の更新は、思わぬトラブルで途絶えてしまった。それは、インターネットが接続できなくなったこと。

6/19の朝にNTTから「回線停止工事が無事終了しました」というメールを受けた時、何か嫌な予感がしたのだが、まさか、本当に回線が切断されているとは思わなかった。何故なら、自分がNTTに切断工事をお願いしたのは、7/18付。ちょうど1年前の7/17にNTTへ乗り換えて1年経つので、わざわざ7/18を指定して切断をお願いしたのが6/11のこと。1カ月以上前に言わないといけないのかと思って早めに連絡をして、電話を受けたNTTの担当者も「そうですね、7/18付なら解約手数料もかからないですね」と確認してくれたのに、何を確認していたのやら。

半年ぐらい前に、入居しているマンションもau対応となったので、携帯も家電もインターネットもまとめてauにしようと、7/1にauへの移行工事をしてもらい、7/18にNTTは解約という段取りだったのだが、NTTに電話したら、「6/18付で解約を承っています」とのこと。もちろん抗議したら、「手前どものミスでした。至急回線の復旧をします」という返事を受けたのが6/19の21時ごろ。しかも、「本日中の復旧は難しいので、明日の朝一番でいいですか?」

NTT職員に父の日の日曜日の夜に作業させるのも可哀そうかな、と思って、明日の朝一番でもいいよ、と言うと、それでは工事が完了しましたらすぐにお電話します、とのこと。じゃあ、午前中に連絡もらえると妻に伝えておくね、と確認すると、「すいません、午前中は難しいと思うので、とにかく完了しだい連絡します」と言い張る。何が朝一番だ。

結局復旧したのは月曜日の15時ごろ。やっぱりまだ「お役人気質」が抜けないようである。

実は、先週のトラブルはそれだけではない。

まずは半年前に買ったパナソニックの冷蔵庫。台所の床に水が垂れているので、冷蔵庫を動かしてみると、下から水漏れの模様。早速「ヨドバシ」へ連絡すると、パナソニックの担当者が翌日駆けつけたまではよかった。ところが、「確かに水漏れしていますが、ここには水の配管がない箇所なので、、、、原因がわかりません。不気味ですね」とのコメント。メーカーの専門家が不気味に思うものが、ユーザーが不気味でないわけないだろう!というわけで、冷蔵庫は新品との交換となったが、半年くらい「若返った」だけで、この騒動と後始末はいただけない。

それだけではない。実はauからの携帯の請求書を見ていて、どうも思っていたより高いので、よく見たら、契約した時の割引サービスが付いていない。抗議したら「ご契約時に遡って料金計算をしなおして、来月以降のお支払から調整させていただきます」ときた。当たり前だろう!と、またもや叫びたくなったが、どれもこれも「原状回復」するだけで週末がすべて潰れてしまった。

いいかげんにしろ!と言えるのは、ここぐらいなので書いてしまったが、本当にこの国を代表するような企業が、どこもかしこもミスをするのはなぜなんだろう。自分の不徳の致すところもあるのだろうが、それだけでもあるまい。なんせお国のTOPですら、わけのわからない理屈で政権の座にしがみついているのだから。何かがおかしいのである。

今更、菅総理の悪口を書いても面白くないので、せっかく「政治空白」を作らない努力をしてくれたのだから、こんな政策をスピーディーに決めてほしいというリクエストを1つ。ちょっと建設的でしょ。

内容は、マンション屋上のソーラー発電に国が補助をして、自然エネルギー拡充を促進すること。ソーラー発電装置の購入や工事には半額程度補助をして、しかも発電した電気は原則全量電気会社が買い取るというもの。

なぜマンションかというと、どこのマンションも修繕積立金などのキャッシュを持っているので、理事会等で判断すればすぐ具体的に検討を開始できること。もちろん一時的に積立金が減少するが、ソーラー発電機をマンションで共有すれば、マンションの資産価値は上がるし、「発電した電気は買い取ってもらう」ことで、一時的な出費を数年の発電で穴埋めすることも可能だからである。もちろん、採算は国の補助があって初めて成り立つと思うので、買い取る電気は電力供給時の2倍の金額で買い取ることぐらいはしてもらいたい。

マンション側も、共有部分の電気はソーラー発電で賄って出費を抑制できるし、この夏に噂されている「計画停電」時にも威力を発揮できる。なぜなら共用部分の電気は蓄電で賄えばいいし、各家庭にも一定割合の電気を配分することも可能である。周りの家や道路が真っ暗になった計画停電時に、煌々と光るマンションは、「白亜の殿堂」と呼ばれる?かもしれない。少なくともご近所から羨望のまなざしを受けること請け合いである。もちろん、オートロックや防犯装置も動いているので、防犯上もいい。そもそもそういうマンションが増えれば、計画停電も必要なくなるかも。

これだけメリットがあれば、マンションで反対に回る住民の方が少数派と考えるが、どうだろうか。もちろん、経済界にも「特需」がおきる。工事関係者の人手も多く必要だし、地域が限定されないのもいい。

菅総理の退陣時期を論じるより、この「政策」を検討してもらった方が、少しはお国に貢献できるような気がするのだが。。。。。。もちろん、ソーラー発電でトラブルは勘弁願いたいところ。

<サッカー:商大カップ>

先週は「商大カップ」、今週は練習試合に市大会2日目と、相変わらずのサッカー週末。

「商大カップ」とは、横浜商科大学サッカー部OBが、横浜市の少年サッカーチームを招待して大会を開催してくれるもの。参加チームすべてにトロフィーをくれるという大判振る舞いで、サッカー場を1日借りきってくれるだけでなく、運営まで高校サッカー部のお兄ちゃんたちを動員してやってくれる。しかも、今回は「震災募金」まで企画してくれた。

それで、成績は?というと、うーん、何とも。実力通りと言えばそれまでだが、例年通り4位。もう少し頑張ればベスト3なのに、なぜ1歩手前の小さなトロフィーになっちゃうかな。

5年生だけで戦った昨日の練習試合は2勝2敗とお互いいい練習になったが、今日の市大会も1勝1敗。なんか結局5分5分の戦い。来週に順延になった「日本一」のチームとの戦いで、どんな姿が観れるか。そこでちょっと本当の実力がわかる気がする。


2011年6月12日

<扇風機>


先日、インターネットの光回線を、NTTからauに乗り換える手続きをした。
今のNTT環境に不満があるわけではなかったが、携帯電話も家電もauなので、まとめる「メリット」を取りにいっただけなのだが、その「メリット」の一つが「ヨドバシの金券」であった。

人間、やっぱり「臨時収入」があると、ちょっと購買意欲が高まって、何となくお店に行ってしまうものである。

昨年の暮れは「エコポイント」騒動で、そんな時期にちょうどTVと冷蔵庫が壊れるという事態が発生したので、「駆け込み需要」に一役買ったのだが、その時以来久しぶりに家電売場に足を運んでみた。お目当ては「クール家電」。扇風機やサーキュレーター、除湿機、エアコンなどなど、夏の「節電&快適」に備える為に、何かいいものはないかと歩いてみたら、これが結構な人だかり。つい半年前まで「説明受けるのに3時間待ち」なんて言われたTVコーナーは、驚くほど閑散としているのと対照的に、扇風機コーナーには人が集まっている。

まず誰も気になっているのはダイソンの「羽根のない扇風機」。自分も手をかざしたり、輪っかの中に手を突っ込んだり。やっぱり不思議であるが、意外と風量がないし、高いし、、、と勝手なことをつぶやいて、他の扇風機を見ると、ありそうで「ない」。どうも気が効いた機能やデザインのものは既に売り切れか品薄らしく、聞いたこともないようなメーカーの、「今一つ」なものが雑然と並んでいる。しかも、値引きもほとんどない。またここでも「需給バランス」の崩れが既に生まれていた。あの年末年始のTVのように、納品が3カ月先で、しかもほとんど値引きもないような、あの異様な光景が。

確かに「エコポイント騒動」を知り、東日本大震災で電池・懐中電灯、ラジオなどの「品薄騒動」を経験した者に取っては、「家庭でも15%程度の節電を」という電力会社の要請に、早めに備えるのも当たり前かもしれない。

さて、どうしようかな。

扇風機だけでは限界がありそうだし、やはりエアコンの買い替えか。
できるだけ消費電力が少ない、狭い部屋用のエアコンに換えて使用するのが、一番いいかもしれない。
20年以上前に買って、今は使っていないエアコンと取り替えて、今使用している大容量のエアコンの使用を控えれば、少しは節電になるのでは。

また、こうしてこの手の出費をしそうである。「消費で被災地の復興を支援する」なんていう言い訳を思い浮かべながら、「金券」だけではとても足らない出費となるが。

でもやっぱり自分も日本人。皆で「乗り越えよう」という素直な気持ちもある。

自分にできることがあるのなら、それをやろうかと。

<サッカー:マンチェスターU>

土曜日に昨年少年サッカーで「日本一」となった相手と予選を戦う予定だったが、生憎の雨、しかも大雨警報が出るようなコンディションで、さすがに「延期」。
ちょっと肩透かし状態。

そんな中、長男と見ていたのがNHK BSプレミアムでやっていた「マンチェスターUの軌跡」。イギリスのプロサッカーリーグ「プレミアリーグ2010-2011シーズン」を制したチームとその監督に焦点を当てた特集番組である。

シーズンの戦いを振り返るシーンを見ていると、いかに自分が放送されている夜中の時間帯に試合を観ていたかがわかる。ほとんど「ライブ」を見逃していなかった。長男も再放送を昼間にちゃんと観ていたみたいである。

さて、自分の関心は、やっぱり監督である。

自分も2010-2011シーズンを監督として過ごしていたので、一流のプロを束ねる一流の監督が、どんなことを考えて采配しているのか、すごく興味があった。

監督業と選手は別物で、名プレイヤーが必ずしも名監督になるわけではない。つまり、サッカーのプレーに対する才能と、マネージに対する才能は別物である。しかも、サッカーの監督は、一度始まるとほとんど中断することがない試合の中で、落ち着いて指示を出せる機会がほとんどない。限られた選手交代のカードを切ったら、後はコートの外から大声を出すことぐらいしかできないのである。

そうなると、普段から選手とどう接しているかと、試合前やハーフタイムの指示。そして選手起用とその配置や交代のタイミングなどが当然重要となってくるのだが、それを見聞きする機会はほとんどない。「特集番組」でも、特別にインタビューしているわけでもないので、記者会見や周辺から聞いた話をまとめているだけだが、それでも「片鱗」は垣間見れる。

リーグを19回制した「名将」は何を考え、何を目指していたか。

その答えは、「シーズンを、常に先発を入れ替えて戦えたことがよかった」という言葉にあったと思う。

たかが少年サッカーの新米監督であっても、やはり試合には勝ちたいし、子供たちやその親、コーチ陣、役員の皆からも信頼してもらいたいと思うものである。運よく試合に勝ったり、大会で予選突破できたりすると、だんだんそれを「続けたい」と思うし、そのことで皆の信頼を勝ち取ることができると考えるのは自然だと思う。

ただ、その次のステージがある。「勝つこと」を至上とするのか、「試合に出れない子にも配慮すること」を至上とするのかの選択である。これはプロでもアマでも、子供でも大人でも同じだと思う。皆好きなサッカーをやている以上、試合に出たいのである。でも、限られた時間の中、全員を必ず出すというのはほとんど困難。しかも勝ちたいのなら、勝てると思えるメンバーを選びたくなるものである。

「勝ち」に拘り、選手起用が偏ると、出れない選手はつまらないし、チームの雰囲気も悪くなる。「全員を出す」ことに拘ると、経験の少ない子や下手な子が多く出ることになり、試合運びは苦しくなる。でも怪我や体調不良に備えて交代選手は必要。子供ならなおさらである。

「名将」も選手とのコミュニケーションに気を使っていることはよくわかったが、それだけでは勝てないし、起用されない選手の不満も解消されない。その中でどうしたか。それは、「先発を常に入れ替える」ことだったのである。相手によって戦術を使い分け、その戦術やゲームプランに一番適した選手を選び、そのことをしっかり選手に伝えて、徹底する。

こんなことができるのは、経験と知識、情報などが必要なのは言うまでもないが、自分の考えをしっかりまとめて。それを伝え、実行する。これを繰り返して、しかも勝利を積み重ねることができれば、誰にも不満はないのではなかろうか。出場できない選手にも「悔しさ」はあっても「不満」は出ないと思う。なぜなら、勝つためのプロセスを共有して、そこに参加しているので、選手もコーチスタッフも関係なく「一丸」となって戦うことができるからである。

チームプレーでチームがまとまれば、これほど強いものはない。
これを25年以上常に続けていることに、凄さを感じる。たゆまない情熱と探究心なのだろうか。

自分の監督生活はどうだったか。

いろいろ反省する点も多いが、子供たち同士仲がよく、学校でも放課後でもよく集まって遊んでいてくれたことが、実は一番よかったことかも知れない。
拙いながらも自分の考えたフォーメーションに拘りながらも、そこに立つ選手は、常に入れ替えて「固定的」にしないことを意識したので、チームが一丸となれた気がする。それが、「ビギナーズラック」に結び着いたのかも。

「次」があるかどうかもわからないが、監督業というのは、奥深く面白いものである。


2011年6月5日

<父親参観日>


昨土曜日に父親授業参観日ということで、長男の小学校に行ってきた。

父親参観と言えどもお母さんの姿の方が多いのは今も昔も変わらない。
ちなみに、この地元の小学校には、今年19才になる長女も通っていたので、もうかれこれ10年以上観てきた風景である。
その間、子供は成長し、取り巻く環境が変化し、親も教師も入れ替わってきた。

自分の娘とあまり年が変わらない新任先生の社会の授業と、同じく若いアメリカ人女教師の英語の授業。

長女のころと比べて大きく違うのは、まずテレビとパソコン、デジカメを当たり前に授業に取り入れていること。
大きな液晶テレビが各教室に鎮座しており、教科書に挿入されているものと同じ写真が大写しにされたり、アニメーション機能を使ったり、、、、
各家庭で普通に普及しているものとは言え、小学校の教室でもキャッチアップできているのは驚きである。

そして、英語の授業。これもここ数年で小学校4年からの導入されることになったもの。

その日やっていた題材は「時間割」。英語で「国語、社会、算数、、、」などの表現を学ぶものである。
9教科の名称を「穴埋めリスニング」や「隣のお友達とのカルタ競争」などのゲーム感覚で覚えさせるという内容は、40人近い生徒の好奇心を引きつける
仕掛けを多く用意しており、一昔前なら、高いお金を出して英語教室に通わせないと、小学生はおろか中学生でも触れることができない内容であった。

政治がおかしくなって、財政も厳しくなって久しいが、10年以上前の「ゆとり教育」の反省から「脱ゆとり」が唱えられたおかげで、教育の現場だけは多少なりとも前進している気がする。

思えば、ちょうど長女が小学生だったころに「ゆとり」がはじまり、土曜日の授業がなくなり、教科書の内容も大幅に薄くなり、「順位付け」がなくなり、「個人の自由」という名の「教育放棄」が教育現場で進行していたあの時期は、やはり異常だった。

自分たちの子供のころがよかったというつもりはないが、平均身長や体重が前年の同学年と比べて増加するのが当たり前で、学習する内容も年々難しくなるのも当たり前。
なぜなら、日本の経済発展と共に、日本人の生活水準が向上し、食生活が改善されたいった成果として、子供たちの体格がどんどんよくなってきた時期であったし、資源のない日本が経済発展を継続する為には、学問のあらゆる分野で研究を進め、それを支える人材を輩出する為にも、子供たちは「受験戦争」で勝ち上がることを求められた時代だったからである。

ところが、「行き過ぎた競争」ばかりがクローズアップした結果、「ゆとり」に舵がきられ、日本人の人材輩出制度は大幅に陳腐化していく。

学年でいうと、約2年ぐらい遅く進むようなイメージ。「ゆとり」以前に小学校6年で学習した内容は「中学2年」で学習するような進度で授業が進み、結局高校生が大学受験する際にそのGAPが露呈する。
つまり、高校1年生程度の内容しか学習してこなかった子供たちが、大学の要求する水準を示す「入試」に挑戦することになるのだが、そのGAPをカバーできる教育カリキュラムを持つ有名進学校がどんどん勢力を伸ばし、それ以外は置いてきぼりを食う形。

それでも、大学側が「最高学府」としてもプライドを持ち、高い敷居を示し続ければまだよかったのかもしれないが、大学も乱立する時代があり、国からの補助金が削減される中、生徒集めに奔走するあまり「入試の敷居を低くする」努力を続けてきてしまった。結果として、大学進学率は上昇し続け、子供たちの平均学力は低下を続けることになる。

そんな時代も「脱ゆとり」で終止符が打たれた。

今急速に「ゆとり以前」の教育水準に戻しているが、その結果、高校1年と2年が実は同じ教科書の内容で学ぶような現象が起きている。つまり、下の学年の子供たちはどんどん進度をあげて上の学年の子供を抜かしそうな勢いである。しかも、高校3年になる時は上の学年の子供たちは高校で学ばなかった内容が盛り込まれることになる。大学受験を失敗して浪人した場合、下の学年の子供たちが学んでいることをキャッチアップした上で「受験戦争」に挑まなければならないのである。

これは、ある意味「時代の犠牲者」である。ゆとり世代を持つ親としては、何とも腹ただしい「失われた教育の10年」である。

おっと、テーマは「授業参観」だった。

ところで、教育内容の他に気になった点と言えば、授業参観に来る「親の態度」である。

先生が一生懸命授業を行い、子供たちが一生懸命聞いているその教室内で、「おばさんしゃべり」を始めるのである。
大きな声で、「そのメガネどこで買ったの?」とかいう会話を平然と継続的に行うのである。

あくまでも推測であるが、この親たちは、大学の授業を聞かずに教室で平然とおしゃべりすることに慣れ親しんだ世代なのではないか。

自分の子供たちの勉強の邪魔をしていることを何とも思わず、「面白くない授業」は「無視してしゃべる」のが習慣化しているので、
「親」であることを忘れて、あるいは「参観者」であることを忘れてしまっているのではないか。

「単位が必要だから、出席だけする」自分の為の授業と、「子供の教育現場に参観」するのは全く違うのに、そんなことも理解できない親がいかに多いことか。これも「ゆとり」教育の「後遺症」なのだろうか。

まあ、今日この頃の政治家を見ていると、「ゆとり以前」世代が「偉そうなことを言える」立場でもないことは明白なのだが、でも相手は「自分たちの子供」である。

同じ世代の子供を持つ親として、もう少し真剣に考えてあげてもいいのでは、と思うのは自然だと思うのだが。


<サッカー:横浜市大会>


長男が地元のサッカーチームに参加し始めた小学校1年のころから、自分もコーチとしてサッカークラブに参加している。

今日は「横浜市市大会」で、小学5・6年が属する「L」カテゴリーのブロック予選が行われた。
結果は1勝1分で、まずまずの出だし。

小学5年の長男は、ベンチで出番なしだったが、上の学年(6年)が優先的に試合に出るのはいつものこと。
去年は3・4年(LL)の部の上級生としてフル出場していたから、今年は充電の時間である。

それにしても、急遽組まれた練習試合1試合含め、1日3試合しただけなのに、朝7時半集合、17時ごろ解散と、ほとんど一日仕事。

比較的天気のよい中、緑に囲まれた公園で子供たちに声援を送りながら過ごす時間は、それはそれでいい「気分転換」であり、本当はもっと積極的ににコーチとして動いてダイエットに結びつければいいのだが、それはまた気が向いたら始めるつもり。

実は、昨年1年間は「LL」監督として10名のコーチと共に21人の子供たちを率いていたのだが、今年は1コーチに戻って何と気が楽なことか。

うちのクラブは監督を1年交代で行うことをルールにしており、成績に関わらず交代する。それは「負担」が偏らない為の「知恵」であり、選手起用やチーム方針が硬直化しない為の「仕掛け」でもある。

昨年の対戦成績は、出場試合ほとんどで「決勝トーナメント進出」を果たし、サッカー素人にしては結構「自己満足」いく内容であった。
「更迭」される内容ではなかっただけに、もう少し続けてもいいかな、という気持ちもあったが、毎週末グランドに立つ疲労感を考えると、やはり先人の「知恵・仕掛け」に従って、今年1年は充電の時間としたいと思っている。つまり親子共々今年は充電時間。コーチとしての参加もこのごろは月1〜2回である。

そういうわけで、実は久しぶりにピッチに立ったのだが、、、、子供たちは成長してくれている。 今の監督コーチの努力の賜物でもあり、何ともうれしい現実である。

来週の土曜日は、予選2日目。同じブロックの最強チームと戦うことになる。昨年「日本一」になった、横浜のあのチームと。

楽しみである。


2011年5月29日

<横浜滞在日誌>


東京滞在日誌も、気がつけば6年以上更新していなかった。

5月23日の週に、早めの夏休みとして1週間休みを取り、ちょっと滞在日誌の更新も再開する気になったので、
また、いつまで続くかわからないが、毎週末に更新していきたいと思う。

サッカー、スマートフォン、マッサージ店経営、受験、鎌倉、ダイエット、DIY、JAZZ、赤レンガ倉庫などなど書きたいテーマは一杯ある。

そう言えば、なぜ「東京滞在日誌」なのだろうか。

確かに職場は東京だが、生活基盤は横浜。

これからは、「横浜滞在日誌」でいこう。



<四国お遍路さん>


突然思いついて、お遍路さんをしてきた。

その様子はこちら。


四国お遍路さん日誌目次へ


「東京滞在日誌 MENU」へ戻る
(フレーム対応でない場合のみ利用)