シンガポール滞在日誌

毎週日曜日更新 (SINCE 30 MARCH 1997)


4月19日

<募金活動>

シンガポールの朝は夜明けと共に始まる。毎日7時前後に明るくなるから、それに合わせて新聞配達やごみ収集車が動き出し、幼稚園や学校へ通う生徒をピックアップするバスが次々に停車しては発車していく。会社勤めのサラリーマンたちも、東京と同じ時間帯に仕事すべく8時前に家を出て行く人が多い。どんなに遠くても普通30分以内の通勤だから。

休日の朝は、他の国と大差なく、実に遅い。午前中から活動する人をほとんど見掛けない。デパートやショッピングセンターはいつも通り10時オープンだから、外に早く出かけてもすることがない。日曜などはクリスチャンの多い「お国柄」で、教会の前は渋滞してもそれ以外の場所はそれこそさっぱりシンガポール人を見かけない。目に付くのは観光客と早起きの日本人だけ。

ところが、こんな休日の朝でも「小中学生のシンガポール人」だけは、やたらと徘徊している。ほとんどが「白色」を基調とした制服を着ているので一目瞭然なのである。しかも手に手に「シール付きの缶」を持ち、道ゆく人に目星をつけては取り囲む。

募金活動。

せっかく人通りの少ない「オーチャード通り」をゆっくり散歩したいと思っても、決して黙って過ごさせてはくれない。「子供」であることをいいことに、いつでもどこでも「何回でも」寄付を求めてくる。その人物に「目印」がない限り、いや、道行く人がすべてその「目印」を付けるまでその「活動」は続けられる。

「目印」とは、シールのこと。この人は「寄付をしました」という「証明シール」。2cm四方ぐらいのシールで、寄付をした人には募金用の「缶」から剥がして胸元に貼り付けてくれる。いかにも「これで免罪です」と言わんばかりに。もちろん、付けてもらう方も「これで平穏な散歩を楽しめる」という気持ちが「ありあり」である。

日本の「赤十字」とか「赤い羽根」なら、趣旨がわかりやすく「風物詩」的な募金活動なので、それほど「うっとうしい」感じはしない。でも「年がら年中」青少年を動員する「寄付勧誘」は、どうもいただけない。「社会福祉」が目的か「勧誘行為」の「経験」が目的なのかよくわからなくなってくるし、「文句を言わない生徒達」を「利用している」ように思えてくるからである。

それでもまた今日も「勧誘」は続く。「免罪符」がなければ何回も声を掛けられることがわかっているから、だから最初に声をかけられた時点で「敵前投降」。小銭を自ら差し出して「シール」を乞う。今日は「休日出勤」で止む無く通る道なのに...。



<ホーカー物語〜夕食>(第六話)

「あれー、もう10分以上経っているよ」

わざとちょっと驚いた表情で、腕時計から彼女の表情を覗き込む。こんなに軽やかに会話が進めば5分くらいすぐに進んでしまうのはわかっていた。でも、本当にタクシーが一台も来なかったのには少々「本気」で驚いていた。もしかしたら「二人の世界」を邪魔しない「心遣い」があったかもしれないが...。

自然な、そして今日初めて会話しているとは思えない雰囲気が、やがて小走りの足音へ変わり、水滴を払いながら肩を並べて歩道を行き過ぎる「二つの影」になる。もちろん「ハンカチ」を持たない「野獣」は、きれいな「ハンケチ」のお世話になっている。

大きな背中を「細めに、そして清らかに」行き交う「細い指先」を、わざわざ立ち止まってまで見て行く人もいる。「附に落ちない」組み合わせなのか、それとも美人の「健気な仕種」に「妬み」の視線を送っているのかもしれない。

二人を囲む視線が、二人を「紅潮」させ、ますますリズミカルな会話へと導いて行く。目的地は、この地下道を抜けMRTの駅を通りすぎた反対側を出てすぐの店。正面から「どどっと」押し寄せる人の波を避けながら、肩を寄せ合い歩く二人。この「距離感」をほとんど「初対面」のカップルと思う人はいるだろうか...いや、そんな「周り」の視線はどうでもいい。この一瞬が「ぐいぐい」距離を縮めていく、この「手応え」がうれしい。

また「小走り」を終え、その店の軒下に「無事」到着。二人で手早く「雨に打たれた」身なりを整えあって、店のドアへと進んで行く。中からその様子を伺っていた店員が、すばやく、そして丁寧にガラスドアを開けて、丁重に二人を向かい入れる。まるで常連か予約客を向かえるような仕種は、ただ「手持ち無沙汰」を紛らわす行為であったことに、入ってみてすぐに気が付く。

ほとんど客席が埋まっていないレストラン内部。飲食店の常で、「客寄せパンダ」よろしく「美人」連れのカップルは沿道に近く「目立つ位置」の「上席」を勧められる。こんな「名誉」に預かる機会は、ここ数年、いや十年以上無かったかもしれない。そんな「感傷」に浸る間もなく、数人の店員に囲まれながら着席する。

うやうやしく差し出される「飲み物リスト」。「習慣的」というか「条件反射」で「ビール」と叫ぶ気持ちを「ぐっー」とこらえて、「ワインにでもする?」と彼女に語りかける。
「最初はビールにしない?」
願ったり適ったりで、2BEER Please。その表情をこっそり見ながら彼女が笑う。
「あなたの顔には”ワイン”とは書かれてないわよ」

あの「ティッシュ」といい「ビール」といい、直感的に相手を見抜く力が彼女にあるのだろうか。それとも、自分が単に誰にでもわかりやすく「顔に出る」性分なのだろうか。そのどちらにしても、彼女といる事がこれほどまでに「快適」なのは、偶然以上の相性の良さを感じる。

すぐに別の店員が「食事」のオーダーを取りに来る。オーナーの「仕付け」が余程行き届いているのか、料理の内容を快く説明してくれる。やっぱりこの店にしてよかった。「南アフリカ料理」という「ユニークさ」と、シンガポールで「笑顔の店員」という「珍しさ」が、一回しか来た事がないのに強く「印象」に刻まれていた。それが自分の「推薦理由」。

もう一つの特徴に「ボリュームがすごい」こと。「アプタイザー」がなくとも「スープ」と「メイン」だけで十分。でも、どうしても「気になる一品」をシェアすることで「前菜」とし、デザートは後で頼むことにする。ネーミングもユニークなら、「素材」も独創的である。

「そうか、君の名前をまだ聞いていなかったね」
「Xiao Chun... Chen Xiao Chun」
「シャオ・チュン?」
漢字では「リトル・スプリング」と教えてくれる。

「小春」と書いて「シャオ・チュン」。自分の周りにもたらされた「心地よさ」と絶妙にマッチしているのが、何とも彼女らしい。あっ昔からその名前のはずだよなー。いかにも「君らしい名前だ」と口にしてしまう。この気持ちを表現できるほど「英語力」はないはずなのに、でも、彼女との会話に「力」はいらない気がする。「感性」で「触れ合う」、それができる気がしてくる。「心は言葉を超える」。今はそんな風に、自然に納得できる。

(次回へ続く)



4月12日

<MSIE>

マイクロソフト・インターネットエクスプローラ、略して「MSIE」。「独占禁止法」抵触のリスクを負いながらも、マイクロソフトの「野心」を具現したと言われる「最新兵器」は、以前の「付録」的色彩を一掃して生まれ変わっていた。

インターネットのプラウザと言えば「ネットスケープナビゲーター」であり、ぎこちないMSIEに比べ、ソフトタッチでユーザーフレンドリーさが多くのファンを魅了してきた。でも、巷のうわさではマイクロソフトのパワーを前にナビゲーターが窮地にたたされていると聞く。だいぶ以前、日本パソコン界の一時代を築いた「NEC98シリーズ」が WINDOWS 門下に下る「事件」があり、LOTUS1-2-3 が存在感を無くし、貴公子「マック」が打ち砕かれ、日本では「老舗ジャストシステム」の「一太郎」すら荒波にのまれつつある。

恐るべきビルゲーツ・パワーである。WINDOWS98で登場する「WORD」では、日本語変換に「復活」機能がついて、一度間違えて「変換完了」してしまった文章をもう一度「変換修正」できるようになると言うから、これでも生き残れる日本語ワープロソフトはほとんどないだろう。そんな「破竹の勢い」のマイクロソフト自信作「MSIE4.01」を、おくらばせながらダウンロードしてみた。

最寄りのマイクロソフト関連ページから「IE」ページに渡る。ダウンロードしようとページをめくっても愛用の Netscape 2.01 では日本語が文字化けして読み取れない。これは、と気づいて今までほとんど触れたことがない「IE1.0」でアクセスしてみるとすんなり行き着いて「すぐに最新版をダウンロードすることをお勧めします」と来る。保存エリアを指定すると10分足らずで完了。拍子抜けである。

実は、これに先行して「ネットスケープ」の「コミュニケーター(最新版)」も手に入れるべく、ホームページアクセスしてダウンロードを開始していたのであるが、こちらは「2時間以上かかる」という表示が出ている。アクセスポイントは一番近い「シンガポール大学」のホストコンピューターを指定して、3連休「中日」の深夜という空いていそうな時間を狙ったのがよかったのか、順調な転送である。しかし、マイクロソフトは10分。ここまで技術力に差がついたのか、と考えたのは浅はかであった。

IEのファイルを開いてみると「ダウンロード・ウイザード」が転送されていただけで、ここからが本番。一番近い「SINGNET」を指定してダウンロードを開始すると、予定所要時間は6時間を超えている。もちろん転送されるファイル自体も2倍近く大きい。それでも、しのぎを削る両者の最新作が「無料」で手に入ると思えば、わずかな手間とコストである。

昨年末に日本へ帰国した際に買った「アスキー1月号」の付録には、「6ヵ月間限定」のネットスケープ・コミュニケーター完成版と、IE4.01完成版が入っていたのだが、メモリ不足で「追加」できず、先日の「メモリ増設」まで心待ちにしていたのである。ところが、喜んでダウンロードした「IE4.01」は転送の操作ミスでプログラムが壊れてしまい、そうこうしている間に「コミュニケーター」は無料配布になっていたので、それなら「転送比べ」と洒落込んだわけである。

一眠りして朝方コンピューターを覗くと、スクリーンセーバーの下から「ダウンロード完了」のメッセージ。OKをクリックするといろいろな作業を開始している。コンピューターを再起動して登場した画面は真っ黒の壁紙にごちゃごちゃしたアイコンが付いている。

いろいろいじくってみた感想は、ちょっと「入り込みすぎている」感じ。そこまで「ユーザー」の領域に足を踏み込まなくてもよさそうな気がするが、確かに使い勝手は悪くはない。特に「日経」と「毎日」が入った「チャンネル」コーナーはなかなかの見ごたえである。なぜ「日経と毎日」なのかという疑問もあるが、そう言えば「朝日」は NIFTY のインターネットホームページで幅を利かせていたし、そういった「住みわけ」がなされつつあるのだろうと勝手に納得してしまった。

ただ、IE自体は「抜群」というわけではなく、「ネットスケープ」の操作に慣れた自分には多少の違和感が残る。特に、「インターネットフォーカス」のようにIEではアクセスできないページもまだ結構あるので、そういう点では「コミュニケーター」に軍配が上がる。でも「履歴」が複数表示されるのはIEだけで、例えば3つ前にアクセスしたページにワンタッチで戻れるのは気持ちいい。文字の「雰囲気(=書体)」はコミュニケーターの方が好みだが、フォントが今回やや小さくなることがあるのが気になる。特にメールによってはすごく小さい文字で表示されるので「拡大」するのが手間となる。

まだまだ使いはじめたばかりだから知らない機能も多々あるだろうし、優劣を決めるのには早すぎる。しかし、今回両者を比較していて気が付いたのは、プラウザによって同じホームページでも印象がだいぶ異なることである。自分にとって、この文章を校正するのは Netscape 2.01 で見るのが一番「しっくり」来る点だけは「ゆるぎない」感じがする。こういった「感覚」は「マックユーザー」や「IEユーザー」などにも、それぞれ独自の「感性」として受け継がれているのだろう。

こういう「高度なしのぎあい」から生まれる感触の「微妙な違い」は、「独占状態」では味わえそうにない。そういう意味では「マックがんばれ」「ネットスケープがんばれ」と言いたくなる。「良きオリジナリティー」を維持している限り、ユーザーは見放さないはずである。



<ホーカー物語〜踊心>(第五話)

軽く飛び跳ねる足音とともに、自分の心臓も躍動を始める。やっぱりこの周辺にあるオフィス勤務なのだろう。すきっとしたデザインのワンピースが、先ほどまでのオフィスでの緊張感を伝えている気がする。グレーを基調に胸元のポケットが上品なアクセントを付けている。少しウエーブがかかったセミロングの髪をハンドバックで覆いながら彼女は飛び込んできた。

ふーと軽く息を弾ませ、バッグを肩に掛け直しながらハンカチを取り出す。屋根のある歩道から数メートルの距離しかないのに上半身には水滴が輝いている。さらさらとぬぐいながら流れるように動く指先にしばし見入ってしまう、あの日のホーカーを思い出しながら。

動きが少しゆっくり丁寧になったころ、こちらに向いている眼差しを感じて「はっ」と我に返る。きょとんとした愛くるしい表情の彼女が自分の方を覗き込みながら右手を動かしている。不覚。またもや間抜けな表情を見られてしまったものである。どきっとした心と裏腹に出てきた言葉は...Beautiful fingers。

人間「とっさ」の状況で出てくる言葉は、「とても素直」なものである。そして、後で考えれば考える程、どうしてそんなことを言ってしまったか自分でもわからない言葉でもある。口から滑り出た言葉に、彼女はにっこりと笑みを浮かべて、Thank You。

ゆっくり、大きな抑揚をつけて、語尾を上げながら茶目っ気たっぷりの言い方に、思わずこちらの表情までもほころむ。雨脚の激しさが、二人だけの屋根を包み込み、周りの喧騒を遠ざけ、やがて静寂と錯覚する空間を作り出す。彼女の軽い息づかいまで聞こえてきそうである。

「仕事帰りなの?」
「すぐそこのオフィスなんだけど、外に出るまで雨と気が付かなくて」
「ここでずーっと待っているけどタクシーなかなか来ないよ」
「携帯持っていないし、オフィスに戻って予約しようとも思ったんだけど、そう言えばボスが鍵を閉めていたから、とりあえず歩道を歩いていたの。そうしたら人影がスタンドにあるじゃない」
「それって僕のこと?」

ちょっと目を大きく見開き、いたずらっぽい表情で、YES。
「それじゃ僕が変な期待をさせてしまったのかな?」
そのままの表情で大きくうなずく彼女に向かって、大げさに「OHー、I'm so sorry YAー」

爆笑が二人を渦巻く。この空間の温かい一体感が、ほんの少しの会話で二人の「距離感」を「わずかなもの」に変えていく。ヒールを履いて自分の目線までの彼女は、あごぐらいの身長なのだろう。白くほっそりした体は、「きゃしゃ」というわけでなく、むしろアクセントのついた大人のボディーラインである。

「それじゃ今度来たタクシーに相乗りして行く?」
「もちろん」
彼女の住んでいるのはイーストコーストと呼ばれる新興住宅地域の中らしいことがわかる。イーストコーストはシンガポールが誇るチャンギ国際空港へ向かう時に通り過ぎるし、日本人学校にも近いことから、ほとんどの日本人にも馴染みのある名称である。しかし、一年以上ここで暮らしているとはいえ細かい地名はそこに土着していない限りわからない。ただ、その方向は自分とは正反対であることは確かだった。

自分の住まいを聞かれて答えると、彼女の表情が少し曇っていく。明らかに「回り道」を気にしているのである。「そんなこと気にするなよ、送って行くから心配するなよ」

浮かない表情を前に、ひとつの思い付きが頭をよぎる。
「よし、ここで5分待ってもタクシーが来なければ、二人で夕食を一緒にしてからもう一度トライするというのはどうかな?」
大きな瞳に輝きを取り戻した彼女が、笑顔でOKと答える。

この周辺の店ならどんな種類の食事でも大抵目星が付けられる。彼女もシンガポール人らしくレストランの話題には黙っていない。中華の話には素直に降参せざるを得ないが、ウエスタンと和食なら反撃の機会がある。もちろん観光客が押し寄せるような店には行かない。金曜日でもない限り有名なレストランでもどこかしら空いているのがシンガポール。

すっかり日が落ちた暗闇の中で歩道の照明がほのかに届くタクシースタンド。時は軽やかに流れて行く。

(次回へ続く)



4月5日

<納税者にやさしく>

一国のリーダーに必要な資質とはどのようなものであろうか。いきなり堅苦しいテーマであるが、そんな疑問がロンドンにおける「橋本首相記者会見」のNHK中継を見ていて頭をもたげてきた。

問題のシーンは、あるイギリス人女性記者が、橋本首相に対し13兆円の経済対策等を行った後にどのような展望を描いているのかを尋ねた時の返答である。明日も一週間後も一ヶ月後も一世紀後も将来だがそんな遠くを考えても仕方がない、目の前に難題解決に注力するだけである、という趣旨のことを「平然」と語るのである。

多分、橋本首相本人は「そんなことわかるわけないだろう」という「率直な心境」をオブラートに包んで述べたつもりだろうが、その女性記者を含めて多数の「心有る人」の気持ちを暗くしたにちがいない。なぜなら、「夢」を語れない政治家に、そしてその政治家をリーダーとしている国に、「将来」などないからである。

もともと「橋本課長補佐」と陰口を叩かれるぐらい「木を見て森を見ない」視野の持ち主といわれているのは、周知のところである。説明を受けたことに対する吸収力と理解力は卓越しているが、「大局の判断では必ず間違える」という定評がある。佐藤孝行氏の入閣問題や消費税5%上げ、特別減税の打ち切り、破綻金融機関の取り扱い、国家収支の構造改革等々、その政治判断たるやすべて「裏目」に出ている。

それにも関わらず現在の地位に安住できるのは、それだけ自民党や野党に「有力後継者」がいないという「悲しい現実」だけであり、日本の政治・行政システムが「どこかおかしい」からである。それでも、一国のリーダーに「夢」があり、それを現実にしようという「意気込み」が感じられるのなら話は全く違う。将来に「不安」ではなく「希望」があるのなら、現実はその「明るい将来」へのステップだから。それなら「一肌脱ぐ覚悟」の日本人はまだいくらでもいると思う。

「明るい将来」を描く「夢」。政治家にとっては「政治理念」であり、経営者には「経営理念」、身近なところでは、例えば家族の「家訓」であろう。これがしっかりしていなくて「人」を導く事は困難である。でも、今それをきちんと説明できる政治家・経営者・家長がどれだけいるだろうか。逆に言えば、そういうものがきちんとしている組織は、こんな日本の状況でもしっかりとした「足場」を持ち、堅実に生き抜いているという事実をもっと知るべきである。

今、橋本首相はじめ政府首脳にお願いしたいことは、非常に基本的かつ当たり前のことだけである。まとめてみると次の五点。

@国民が困難なときに手を差し伸べる
A国民が順調な時には陰ながら支える
B秩序を乱すものには厳正な対処をし、機会均等・公平な社会をつくる
C日本人の伝統文化を継承・発展させる
D日本人であることを素直に喜び、誇りに思える国とする

今、日本が困難な時を迎えているのは世界が知るところだから、「手を差し伸べる」時である。しかも、老人・弱者保護もいいが、優先すべきは勤労意欲を減退させつつある「納税している勤労者」である。この層に刺激を与えなければ、経済回復どころか日本を支える層が「欠落」してしまう。

この「納税勤労者」の典型は、「年収の横這いないし減少」「購入住宅価値の下落」「子供の非行」「年金や税金に対する支出増」「自分の会社・収入等の将来に対する不安」等、四面楚歌どころか「八方ふさがり」的状況である。どれをとっても「まともに働いていることがあほらしくなる」生活を強いられている。日本に生活して「楽しくない」状態が長く続いているのである。まさに「夢も希望もない現実」と戦っているのである。

ところが、こんな状況を打開できる「特効薬」がある。「減税」である。単純に税率を下げ、あるいは住宅買い替えに対する税制優遇措置や教育・出産に対する補助・税金控除制度を充実させれば、今の「閉塞感」の大部分が変化する。年収は増えなくとも手取りは増える。住宅購入に失敗していても「再投資」する気持ちになる。会社は職員給与や福利厚生の負担が軽減されてリストラしやすくなる。そうなれば社会が明るくなって「社会の鏡」である「少年非行」も減少する。

こんなに国民にわかりやすく影響を与える選択肢があるのに、なぜ「公共投資」とかにこだり「大きい政府」であろうとするのか。いったい誰が納税して国を支えていると思っているのか。その結果、弱者切り捨てとなろうが、結構。今は「共倒れ」より余程ましであると「割り切る」べきである。

しかも「恒久減税」は政府の「縮小均衡」を促す。そうなれば自然に規制緩和が進む。「規制」できるほどの人員がなく、しかも「権益」自体がなければ自ずと緩和はすすむのである。「小さな政府」。レーガノミックスの時代には、頭でわかっても体では理解していなかった。自分の身に降りかかってはじめて「優れた政策」と体感できる気がする。

シンガポールにいる「非居住民」で実は日本の「納税者」でもない自分がこんなことを主張するのも変な気がするが、そのうち非居住日本国民にも「選挙権」が与えられるという話だし、「典型的納税者」の一人としてたまには政治に口を出したくなる。「納税者にもっとやさしく」と。



<ホーカー物語〜再会>(第四話)

そんなホーカーでの出来事も、いつのまにか脳裏の片隅に追いやられていた。日々「変わりなく続く暑さ」が記憶の「節」をほとんど見えなくするシンガポールではいつものこと。その日も、いつもと「変わりなく」帰宅への道をたどりつつあった。

歩行者にはお世辞にも親切とは言えない歩道を日本人らしく「足早」に歩いていると、突然「ぱらぱら」と夕立が始まった。ついていない。雨季だから雨が珍しいわけではないが、この時間帯に降り出すとは思ってもみなかった。当然ながら傘を持ち歩いているわけではなく、近くのビル影へ小走りにすべり込んだ。

大抵のビルは歩道の「屋根」代わりとなる構造をしているので、車道に今し方降り出したとは思えないほど激しい「南国特有」の雨には気づかないがごとく、そこを人々が往来している。その歩道を辿ればやがて地下のちょっとしたショッピング・アーケードにつながり、MRT(地下鉄)の駅につながる。このあたりだけは非常に便利な構造なのだが、落とし穴が一つ。自分の家に近い駅にたどりついても、雨が降っていてはそこからどうしようもないのである。

いくらスコールは小一時間で大方降り止むと言っても、環状線になっているMRTでシンガポール島をほぼ一周できるほどの時間が「最寄り駅」までかかるわけもなく、店もベンチもない駅の地下通路で数十分以上を「雨宿り」するのは考えるだけでぞーっとする。かといって雨の中を走れば5分もしないで「全身ずぶぬれ」が「保証」されている。

こういう時はこの近辺にたくさん出店している「デェーリーフランス」にでも寄ってコーヒー片手に一服するのが丁度いいのだが、あいにく先客が店先に溢れている。考えることは同じか。それならタクシースタンドも同じ状況かと少し歩いてみる。意外にも一人しか並んでいない。これならすぐだ。

ほんのわずかなタイミングでタクシーが現れ、順調に自分が先頭になる。降り止みそうもない雨足をボーッと見つめて、ふと振り向くと後ろには誰も並んで来ていない。嫌な予感が脳裏を過る。この時間帯はただでさえタクシー利用客が多くてつかまらないのに、こんな雨の日に ON CALL(タクシー電話予約)もせずタクシーに乗れるのは奇跡に近い。しかも「雨降り」の時間が経つにつれて「タクシースタンド客」にますます不利となる。

道路の向こう側にいるシンガポール人らしき女性は、雨宿りしながら「携帯電話」でタクシーを呼び出しているのであろう、しかめっつらしながらさっきから何度もコールしている。それでも携帯をかばんにしまったところを見ると、運良く捕まえたのであろう。大抵のシンガポール人が携帯かぺージャーを所有しているのに対し、日本人はあまり持ち歩かない。「営業」でもない限りそれほど必要性がないからである。

「向かえ」の女性にタクシーが来るころになっても、自分はスタンドにぽつり唯ひとり。ベンチもないこんな空間で「水飛沫」に恐れながらたたずむくらいなら、他にいくらでも選択肢があったはずだと後悔しはじめたころ、水をはじく足音が近づいてくるのに気がついた。「コツコツ」という軽くしかし鋭い音は、ヒール特有のものである。何もすることがない自分には振り返ることしか頭に浮かばず、素直に自然に後ろを向くと、そこには「あの彼女」がいたのである。

(次回へ続く)



3月29日

<一周年>

ぱんぱかぱーん!ありがとうございます。 「J-KUMA WORLD」開設一周年記念式典へようこそ!

1997年3月24日に立ち上げた当ページも、順調(?)な成長を遂げてまた新たなステージへと向かう事になりました。ちなみにカウンターは「5073」(3月24日現在)の来場を数えておます。カウンター設置以来約10ヶ月間の数字ですが、多くの方にご来場いただき「ご愛読」いただけたと実感できております。「ご愛顧」感謝申上げます。

時に「ご批判・ご感想」をお寄せいただき、あるいは「リピーター」となって頂いた方々に支えられて、なんとか一年「コンスタント」にやってこれました。もともと飽きっぽい性格で、「日記」すら「三日坊主」の山を築き上げてきた自分にとって、この「コンスタント」が当初の目的でした。もちろんそれ以外にも、シンガポール生活で「日本語を忘れない」「日本を客観的にみつめる」為でもありました。

何となくはじめて、半年過ぎたころに現在のデザインへ一新した以外は、文章のスタイルもその視点・スタンスも変えることなく書いてきました。「コンスタント」でありえたという事実が、自分にとって決して「苦」でないリズムで「自然体」の行動であったことを示しています。こうして書き上げた文章は「starport」ユーザー全員に与えられている「ホームページ基本メモリー容量」の「2,000KB」のうち「1127KB」を使用するまで「増殖」しており、当初想像していた以上の「滞在日誌」となりつつあります。

この「シンガポール滞在日誌」も明日でちょうど丸一年。capa capa が分からないどころか「シングリッシュ真性スピーカー」と「進歩(???)」を遂げている自分に驚きます。まだまだ「興味のネタ」は尽きませんし、このコーナーはこのまま行くつもりですが、2周年目の目標としては、「デジタルカメラ」を購入して「写真で観るシンガポール」も提供できればいいなーと思っています。

その「一歩」として、このPCに「3ギガのメモリ増殖」を本日実現させました。あわせて4ギガのハードメモリーと48Mのフロントメモリーを駆使していろいろなことをやっていけたらいいなー。夢はまだまだ膨らみます。



<ホーカー物語〜思入>(第三話)

そんな「甘い気分」は、むくぅーと二人の間を無言で通り過ぎる「きたない手」によって「切り裂かれて」しまった。片づけおばさんである。いつもながらの「無表情・無感情」な仕事ぶりではあるが、今日は本当にうっとうしい。なんで、よりによってこの「純粋」で「ときめき」の空間を侵食するのか。もっと他に「片づけ角度」がありそうなものなのに。

ふと一緒に来た面々のことを思い出し顔を正面に向けると、とっくに平らげて二人のやりとりを「にやにや」しながら眺めている眼鏡越しの視線があった。驚いた事に、彼女の連れ二人も空いている席に「分け入って」おり、あたかも3組のカップルで食事に来たがごとくのテーブルとなっている。

そう言えば右側からの風がほとんど来なくなっていた。こんなでかい図体にどうやればなるのやら、と自分を棚に上げて思わずうなってしまう女性二人に「快適空間」を奪われ、はやくこの場を去りたい「自分の連れ」に目で促されて席をたつことになる。「片づけおばちゃん」も悪気があった分けではなく、このアングルしか進入不可能なことが立ち上がると良く分かる。このテーブルに分け入るものは、まずいないであろうと予感させる。

しっかりとガードされた可憐なシンガポール女性は、今さっきの出来事などなかったようにその「ガード」と英語交じりの中国語で会話しはじめた。名前やページャー番号(ポケベル)を聞くなど到底かなわぬ夢であることは瞬時に理解していたが、せめて笑顔で会釈ぐらいしてその場を去りたいと思うのが人情ーってやつである。

その後もこちらを振り向く様子がないことに少々がっかりしながらも、その「全身」をしっかり瞼の裏に焼き付けるべく、じろっと「おっさん目線」をしてしまう。好物の梨を良く冷やして食べた時のような、ほんのり甘くて「さくっと」した感触を体に感じる。何回も振り返る自分に愛想尽かして足を速める同僚に追いつこうと、後ろ髪引かれる思いでホーカーセンターを後にした。

「こんなこともあるんだねー」「確かにめずらしい」「あれはなかなか高得点だよねー」「ああいう組み合わせは万国共通なのかねー?」

たわいもない会話をしながらも、頭の中ではあの「笑顔」が浮かんで離れない。頭上の太陽光線が、昔なつかしい「日光写真」でもしているように「映像」をくっきり浮かび上がらせている。せめて何か「手掛かり」でもあればいいのだが、あの「表情」以外そんなものあるわけがない。

でも待てよ。あのホーカーにわざわざタクシーや自家用車で乗り付けてくる人は少ないはず。オフィスビルに囲まれた立地ならではの「大型ホーカー」であり、うまい「バクテー」があるとか、特段の行列ができるような店がない。つまり、せいぜい歩いて10分の円周内にあるビルで働いているはずである。東京の丸の内みたいに職種もある程度限定されている地域だから、食事時間や行動パターンもある程度決まりきっている。

そう考えるとこの「出会い」が最初で最後と諦めてしまうことはない。そのうち「偶然」が重なることも...うーん、いったい自分は何を期待しているのだろうか。常日頃、付き合うならやっぱり日本女性だよなー、と声大きく「日本語」で叫んでいる自分らしからぬ、シンガポール女性に対する「思い入れ」である。

(次回へ続く)

3月22日

<ホーカー物語〜親切>(第二話)

いつものスピード感溢れる「食べっぷり」なら「1分」とかからない麺を、一口二口に分けて「ぎこちなく」終えた昼食。ふーっと深くため息をついて、これでこの場を明渡すのかと顔を上げ、汗だらけになった額をハンカチでぬぐおうとお尻のポケットに手を伸ばす。

うーまずい。かばんに忘れてきてしまった。「野獣」たるもの、いつでもきれいなハンカチなど持ち合わせているわけがないのだが、ホーカーでスープ入の麺類を食べる場合は特別である。「汁」がなければ「ラーメン」ではない、と頑なに信じる自分にとって、「ドライ」と称する「汁抜き麺」は邪道であり、今日は「ワンタンミー(ワンタン麺)」を食べると決めた時からハンカチは必需品である。裏を反せば、ハンカチを忘れたら、他の「汗をあまりかかないもの」を食べるの常としている。

不覚であったが、時既に遅し。流れ出る汗が額から頬からしたたり溢れ、ハンカチを持たぬ手を嘲笑うがごとくワイシャツやネクタイへと染み込んでいく。「こんな顔を見られたくない」という思いが、ますます体中を汗に変えていく。振り向けない左側。でも、あの可憐な女性の「視線」を少し感じる。この状況にしてはナイーブな感性だがと自分でも思うが、意識しているからこそ一向に汗が引かないのもまた事実である。

これ使えよ、とポケットティッシュでも投げてよこす輩が...なんて期待するだけ無駄だと思った瞬間、目の前に差し出されているきれいな「カバー付き」のティッシュ。ついに眉毛で支えきれなくなった汗のいたずらかと目を擦るが、汗が目に染みて「涙」まで誘う始末で、視界はほとんど改善されない。でも、取り出し易いように一枚目が「山状」になっているその先端を試しに引っ張ってみると、おーお、ティッシュだ。

もうこうなったら先に進むのみ。何枚か引っ張り出して額に口元に、そして鼻をかむ。あー何とも言えない開放感。風が涼しく心地よく、さっきより心なしか「背筋を伸ばして」座れる心境である。もう視線も気にならない...視線?

ふと我に返り、つい今し方「ティッシュ」があった空間から左側に視線を上げていくと、赤いティッシュカバーを手にした「白い手首」が目に入る。もしかして、と意を決して目線を上げると、そこにはすーっと胸に引き込まれそうな「笑顔」があった。いつしか「彼女」がテーブルの正面に座り直し、こちらに少し体を向けて右手をこちらに差し出している。

「Thank You! Thank U very much」と思わず連呼。彼女はもっと使っても構わないのだよ、という表情でもう一度こちらに「しなやかな指先」を差し出す。きれいなカーブを描いた爪は、決して長すぎず短すぎず、薄いピンク色のマニュキュアがきれいに行き届いている。見つめて握り締めそうになる衝動を、大きな「パー」にして彼女に向け左右に振る。No More, Thanks。

東京では日常的に「無料」で配られているポケットティッシュも、シンガポールではドラッグストアーで買う以外まず手に入らない。たしなみとして持ち歩く女性も多いだろうが、カバー付きなどこの地に来てから初めて目にする。すごく新鮮でまばゆいものに感じられる。

そもそも、「自分は自分、他人は他人」を地で行くシンガポーリアンに、ティッシュ数枚のこととはいえ、見ず知らずの他人にこんな「親切」を受けるとは...何気ないものとはいえ、いや、だからこそ「心ときめくもの」が込み上げてくる。

(次回へ続く)



<ASUKA>

「豪華客船」には時代を超えた夢がある。日本が誇る「ASUKA」は、今年3月2日に横浜港を、イギリスが誇る「エリザベス二世号」と共に大海原へ出港した。このニュースをNHKニュースなどで見た人も多いだろうが、3月11日にシンガポールへ寄港した事実を知る人は少なかろう。

「飛行機の一時間は船旅の一日」と言われる優雅な旅は、3月3日に神戸港を出てから香港に立ち寄り、実質7日間ほどでシンガポールに辿り着いた計算になる。飛行機では7時間前後だから、まさしく「味わう」旅である。シンガポールから先はほぼ赤道上を廻るルートで、インドのムンバイやモルジブ、トルコ、ヨーロッパ諸国を巡り、アメリカ大陸からハワイ経由で日本に向かう。合計100日間にのぼる旅には、飽きさせないいろいろな工夫が施されている。

ちょっと船上へ「訪問」するだけでも、国際船はまさしく「海外」であり、招待者・訪問者双方の「入船手続」が必要である。パスポートと共に一人当たり2ドルの「証明書」をワールドトレードセンターで作成してもらい、初めて乗船を許可される。それに比べて「乗客」の入国手続はほとんど「ない」に等しく、ASUKA搭乗者の証明書を見せるだけでパスポートチェックもなく乗り降りできる様子は、「古き良き船旅」のイメージそのものの特権的扱いである。

でも、この船内を一目見れば、わざわざ「不法入国・滞在」しようなどという乗客がいないことが容易に理解できる。セントーサ島と挟まれた海域に停泊する姿には「気品」が漂い、一歩踏み入れた船内には「赤色のじゅうたん」が敷き詰められ、ホテルを思わせるレセプションデスクへとつながっている。上下11層を移動する階段とエレベータがあり、その階段越しにはその上下スペースをふんだんに利用したダイナミックな壁画が描かれており、来訪者を圧倒させる。

船室はロイヤルスイートから2等船室まで幾つかのランクがあるが、室外では「分け隔てない」サービスが施されている。そこらへんが「日本的」であり、船長はじめチーフシェフまでもが日本人で、フィリピン人などのクラークでさえ挨拶程度の「日本語」が教育されている上に、船内の案内板も「日本語表示優先」であることからも、「日本人向け」サービス中心の客船である。いくら英語が話せなくとも、これなら安心で快適な船旅ができ、人気の秘密がありそうである。

もちろん乗客のほとんどは日本人であり、今回の平均年齢は66.8歳という。そういう年齢層をねらった節が感じられるのが「大浴場」と「和室」の存在である。男女別に「スチームサウナ・ミストルーム」にジャグジーや水風呂まで楽しめ、しかも窓越しに船外を展望できるのは、非常に贅沢な気分にさせてくれる。もちろん各室にも「浴槽付き」のお風呂が用意されており、そういう習慣に馴染みのない西洋人にも配慮されている。

「和室」には「床の間」まであり、掛け軸も飾ってある。将棋や碁の台も用意されているので、集会所的にお年寄りが集まるのにはもってこいのスペースである。しかも「麻雀部屋」もあり、麻雀台が5席も用意されている。娯楽施設としては他に「カジノコーナー」があり、お馴染みのルーレットやポーカー用の台まである。

圧巻はなんといっても「図書室」。重厚な扉を押し開けると「船長室」を彷彿させる荘厳な作りの室内に、ゆったりとソファーが配置され、書棚にはいろいろな分野の単行本が並べられている。誰でもいつでも利用できて、サイン一つで持ち出すこともできる。そう言えば、船内のサービスは基本的に旅行代金に含まれており、アルコール類や特別なサービスを除いてすべて「無料」である。

「特別」なサービスには写真の「現像」やクリーニングがあり、イベントごとにプロのカメラマンが撮影した写真も一枚500円で展示販売されている。もちろんスナック菓子やタバコを販売する売店や美容室・マッサージ室に「寿司屋」まで店を構えており、船内だけで独立した「街並」となっている。

無料の「映画館」では毎日2〜3回、100席ほどの本格的な客席の前にある「銀幕」に名作映画が上映される。いくらヒットしても「タイタニック」だけは上演されることがないだろうなーと思いながらリストを見ると、その日は「ガンジー」であった。もちろんシアターはここだけではなく、2層を貫いて作られた「大劇場」も別途あり、本格的なステージが毎晩楽しめる。

喫茶コナーやパブ、立ち食いそば屋的な施設もいたるところに用意されており、食事時間以外でも24時間何らかの温かいものやアルコールを口にできるサービスがある。食べてばかりで「体重計」を心配する人にはアスレチックルームがあり、カルチャースクールでダンスや太極拳などの指導を受けることもできる。

知的好奇心を満たしたい人には、マンダリンなどの語学講習会や、著名人による講演会も毎日開催され、「少年H」で有名な妹尾河童が本職の「舞台芸術」について語るなど、どれも興味深い内容が用意されている。社交を広げたい人には「船長主催のパーティー」が時折開催され、その時だけ無料で振る舞われるアルコール類を片手に、プールのある甲板上で楽しく遊ぶそうである。

甲板上には、その外ランニングコーナーからゴルフの「打ちっぱなし場」まであり、風景を楽しむための双眼鏡も設置されている。面白いのが各客室に設置されているビデオデッキ付きテレビで、ビデオ上映や航路案内の他に、この甲板から前方を捉えた映像が連続して放映されており、わざわざ船外に出なくても目指している「前方」が常に見晴らすことができる。

語りはじめると尽きる事がないような内容を満載した船を家族で訪れて、あれからもう10日あまり。今ごろはモルジブからトルコ近辺までさしかかっているのであろう。いつかは自分もこんなを旅してみたい。なぜなら「人生の勝者」のみが許され、そして楽しむ事ができる「贅沢」だと感じたからである。いくら一人当たり300万円〜1,000万円を超える「金銭的な問題」をクリアーしても、乗船する人の価値がそれに見合うものでなければ意味がない。それが本当の「豪華客」船なのである。



3月15日

<ホーカー物語〜出会>(第一話)

時刻はもう少しで12時を迎えるオフィス街のランチタイム。2階建てのホーカーセンターにひしめく200を超える店に飲み込まれていく、スーツやワンピース姿のビジネス・パーソンの群れ。オフィス内の冷房から「開放」され、じとーっとまとわりつく熱風と「影を意識させない」頭上の太陽をしばし「エンジョイ」しているがごとく、表情はいきいきとしている。

ここのホーカーでは、中央に「番号」が貼り付けられている丸テーブルの周りに、6個ずつの丸椅子が「均等幅」で固定されている。色は白色で統一され、汚れが着きにくい加工が施されていることもあり、屋外であることを気にさせない「衛生感」が漂っている。

固定シートの欠点は、隣との距離を変えられないことである。この当たり前な事実が、南国の昼下がりでは、時に不快感を決定に助長する。つまり「暑苦しい」のである。固定する側は、商売の効率性を追求しているのだろうが、人には「異なるサイズ」と「異なる距離感」があるという現実を無視している。

マクドナルドしかり、吉野屋のカウンターしかり、だが、これらは「室内」が中心である。「エアコン」は当然ながら「暑苦しさ」を取り除き、人々を温かい食べ物に集中させる。ホーカーの固定椅子は...暑いだけである。

しかし「常連」たるもの、不平不満だけ述べていても「安くておいしい」食事を供給してくれるホーカー商店主と「共存」できない。その結論が「12時前」の昼休みである。簡単に言えば、ホーカーが混雑する前に食事をすれば、「順番待ち」はないしテーブルを2〜3人の小人数で占拠しても文句をつけられない。15分早い行動が「30分以上の有効」な時間と「快適さ」となって戻ってくる。

比較的時間帯を自由に調整できる立場を利用して、いつもどおり数人の仲間とホッカーでの食事。一つおきに十分な空間を確保して思い思いのメニューを平らげる大男3人。動かす両手が佳境に入った瞬間、想いもしない出来事が起きたのである。

そろそろ混み出す時間にはホーカーを去るのが常なのだが、その日に限り注文の品が登場するのに時間がかかり、テーブルを「順番待ち」する「取り巻き」の存在が徐々に増えてきたことには気が付いていた。割り込もうとするのは「ずうずうしい」おばちゃんであるのは世の常。遠慮がちというか「常識をわきまえている」ネクタイ姿のグループが遠くから目星をつけて「進行」してくるのとは、大きな「戦略」の違いがある。

人が空間を求めて座っているのに、なんのことわりもなくすぐ隣に座り込んで「早く食べ終わらないか」横目で監視するおばちゃんが、不運にも自分の隣に...と思いきや、細身の美人が申し訳なさそうにテーブルを背にして腰掛けている。ふと見上げると、シンガポーリアン好みの極端に細くて大きな顔とは明らかに不釣り合いな眼鏡をした、いかにも「ふてぶてしい」デブおばちゃん二人。「このテーブルを死守するのよ!」という「眼圧」が細身の彼女を圧倒して、隣に座る自分まで突き刺さる。

自分の分まで注文してきてくれるかどうかわからない。それでも大男が野獣のように食い散らかす横に、中国人らしい色白な肌とシンガポール人らしからぬ「洗練された」着こなしのブラウスとタイトミニからしなやかに伸びるきれいな脚線で、しとやかに腰掛ける美女。ディズニーのアニメに出てきそうなコントラストに、しばしむさぼるのを止める男ども。

これまで幾度となく「後ろ姿美人」に騙されてきた「過去」を清らかに洗い流してくれる「横顔」と肩まですっきりと伸びた黒髪。シンガポール女性特有の「気の強さ」を感じるが、嫌みや図々しさとしては具現せずに、内なる生命力の強さとしてその美しさを引き立たせるのに役立っている。優しさもほんのりと漂わす目元に、意志の強さを示す筋の通った鼻、そしてきりっと引かれたルージュに包まれた上下均等の唇。

先ほどまでの「暑苦しさ」がうそのように「涼風」と感じるテーブルで、個定椅子に対する価値観や隣との距離感に「不満」を垂れていた自分の姿は、そこから既に消え去っていた。離れて座ることができるのならばそれに超したことがない彼女と、その存在が「強力な湿気取り」兼「やわらかな芳香剤」のごとく「爽快感」を漂わせてくれていると内心喜ぶ我々には、どちらにも「距離」を変える術がない。いや、むしろ我々に味方してくれていると感じる程の距離である。

「仕上げ」段階に入っていたはずの食事が、まだ十分時間をかけて食べることができる量に感じる。ゆっくり味わうことも大切だ、何より一生懸命作ってくれた人に申し訳ない。汁も一滴も残さず啜る自分の横には、ハンカチで軽く顔を仰ぎながら手持ちぶさたを解消している彼女が、可憐な姿で足を組む。ホーカー以外ではまずお目にかかれない情景であり、「出会い」である。

(次回へ続く)



<インスタントラーメン>

ラーメンに対する日本人の思い入れはすごい。日本を離れて口にしたくなる食べ物は、一昔前の「梅干し・おにぎり・お味噌汁」から、うまい「お寿司・ラーメン・海の幸」に変化している。中でも「うまいラーメン」を食べたいという気持ちは、世代や性別を超えて共通するもののようだ。

こってり「とんこつ」からあっさり「しょうゆ味」まで好みは千差万別。だが、熱いラーメンを「ぽん」と差し出されて、割箸を「ぱちっ」と割って口にする迄の期待感と、喉元を通り過ぎる熱い御汁や麺の感触。じわりとにじむ汗と、口の中に残る味は、万人に共通する「ラーメン像」であろう。

お店で食べるラーメンには、たとえ同じ店でもその日によって変化があり「生きている味」である。その「変化」を求める面がある「外食」に対し、いつでも期待通りの味が楽しめるのが「インスタントラーメン」の良さ。その浸透力のすごさゆえに、「日本食文化」の代表とも言われている即席麺は、商品名やパッケージを少しづつ変えながらも、世界中どこでも手に入ると言って過言ではない。

今も昔も変わらぬうまさを誇る「出前一丁」は、ごまラー油とともにシンガポールでも圧倒的(?)な人気を保っている。独特の醤油味に香ばしいごま油のコンビネーションが何度口にしても飽きさせない魅力であり、凝りすぎていない「素朴な麺」が変わらぬ舌触りを提供してくれる。

ところが、この絶妙な「味のバランス」を崩す「大敵」が存在する。何を隠そう「野菜」である。

インスタントラーメンの「バランス」には、せいぜい「卵一個」が限界であり、「野菜」など入れよう物なら、「本来の味」が台無しになってしまう。言い換えれば、インスタントの「惨めさ」が全面に出てきてしまう、という点において「致命的な行為」なのである。それを理解しない「家庭の主婦」や「栄養バランス優先主義者」が如何に多いことか。

私的感覚では、「季節のお野菜いかがです?」なんてのたまう「サッポロ一番塩ラーメン」を好む人々に「野菜主義者」が多いようであるが、「人工的・画一的な味」と「季節の新鮮な味」が一緒に交じり合って「おいしい」などと感じることには「驚き」を通り越して「味覚センス」を疑ってしまう。

「季節の野菜」には他にもいろいろな楽しみ方があるし、そういう「新鮮な食物」を手にする人には、そもそも「即席麺」を食べる「資格」などないのである。「インスタント」たるもの「手抜き」「スピード感」が「命」であり、野菜を切っている内に3分の茹で時間を過ぎて麺が伸びてしまうなど「愚の骨頂」である。

鍋を出し、火を付けながら、いつものどんぶりで「適当」に水を計って流し込み、封を開けて「粉末汁」と「ごまラー油」を取り出して麺を鍋にぶちまける。もちろん麺の「ひとかけら」も無駄にすることなく、その「破片」の量で「あのスーパーは棚卸しが乱雑なのかなー?」などと頭によぎらせる。強火で煮立たせながら麺をほぐし、冷蔵庫から取り出した卵をどんぶりに割って箸でかき混ぜる。

ほどなく茹で上がった麺にすばやく粉末をぶち込み、それをかき混ぜながら「溶き卵」も流し込んで少し煮立たせ「卵綴じ」風に仕上げるのが自分の好み。火を止めてどんぶりに注ぎ込むまで5分も経過していない。これがインスタントの「基本的」調理スタイルである。

どうしても野菜を食べたい時には「野菜炒め」を手早く作って、別の皿に盛って食べる。「長崎ちゃんぽん」風などと言ってそれをインスタントラーメンに乗せる人もいる。決して賛成できる食べ方ではないが、最初から一緒に野菜を茹でる「違反行為」に比べれば多少「罪が軽い」気もする。

シンガポールでも何一つ文句なく味わえる日本の味「インスタントラーメン」。どんぶり一杯の幸せが、南国の熱い気候のもと「したたる汗」とともに、我々海外生活者の心に染み渡る。

(第100話)





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