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●本寺/高野山真言宗「国分寺
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詠 歌 講
国分寺療術院(血液循環療法)
●河内国分寺の由緒・沿革
河内国分寺由緒
 国分寺・国分尼寺は天平13年(741年)聖武天皇の詔勅によって諸国に創建され、河内国分寺は河内の国に建立されたお寺です。天皇による国分寺造営の趣旨は、国の災禍を除き、国家万民の安泰と幸福を仏天に祈念する為であり、国毎に七重の塔の建立を命じられ、また依りどころとなる仏典を「金光明最勝王経」「法華経」に求められ、それぞれ金光明四天王護国之寺(国分寺)、法華滅罪之寺(国分尼寺)とされました。
 長い歴史の中で河内国分寺は、いつしか廃寺となりその所在も不明でしたが、昭和9年国分東条の丘陵地に礎石が発見されたのをきっかけに、「東条廃寺」が知られるようになり、その後、昭和30年に大阪府教育委員会の発掘調査により、基壇の規模が国分寺七重塔の規模にふさわしく、また、付近から出土した瓦が奈良時代のものとわかり、河内国分寺の七重塔跡と認定されました。
河内国分寺Wikipedia柏原市タウンガイド参照
 宗教法人河内国分寺は平成20年6月大阪府の認証を得て設立致しました。
当法人の母体は高野山真言宗「国分寺」にありますが、地域住民かたがた等、多くの方々の厚志によって、往古の河内国分寺の寺域に勝縁を得て、法人事務所、毘沙門堂、講堂等を設置することができました。従いまして宗派にとらわれず、おおくの方々が寄り集う河内国分寺復興を志しています。
宗教法人 河内国分寺の沿革
平成 4年

高野山真言宗「国分寺」創設

平成17年

上記「国分寺」を母体として、河内国分寺の前身である「国分寺大師堂」を設立

平成20年 5月現在の地に毘沙門天三尊を祭祀、国分寺資料館を開設
講堂を寄贈される。弘法大師ご遷座
平成21年 1月に氷の谷山を購入
6月12日大阪府より認証を得て、宗教法人河内国分寺設立
平成21年 宗教法人河内国分寺名張別院設立(境内地が他府県に跨るため、只今は文部科学省による宗教法人認証を申請中)
平成23年 10月27日毘沙門堂建立
毘沙門天三尊、千手観音菩薩、大聖不動明王ご遷座
平成24年 2月     国分寺資料館完成
平成24年 8月1日所轄庁を文部科学大臣に変更
宗教法人 河内国分寺の活動
●境内地火の谷山尾根道の造営
●御詠歌講
 毎年7月3日 信貴山毘沙門天御出現大祭での奉詠

 ●東大寺聖武天皇1250年御遠忌法要に出仕
 平成18年5月1日〜3日東大寺において聖武天皇の1250年御遠忌法要が盛大に営まれました。 1日は法華寺様厳修の「法華経講讃法要」が執り行われ、河内国分寺住職の久米持水も、奇しき御縁によって式衆として参列する光栄に恵まれました。(下段右) 合掌


河内国分寺とは

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