茅の庭編
茅の庭を「携帯」で撮影したものです。かように季節の移ろいを楽しみ、自身の移ろいを生きているのです。

撮影・文  林  桂

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ホテイアオイの花(2004・7・23撮影)
 玄関脇の大きなプラスチックのケース二つにホテイアオイが、いっぱいになっている。2株買ってきて浮かせたのが、この勢いである。今日花も咲いた。薄紫の美しい花である。このホテイアオイ、実は目高の日除けである。この根の下に目高の世界があるのだ。去年浮かせたものは、冬の寒さで枯れた。しかし、この根の中で、目高は冬を越した。目高とは思えない大きさになって、この春このホテイアオイの下で卵を産んだ。連日の暑さで、蒸発が早く水量はすぐに減る。ホテイアオイの根が水底に着いて張るようになってしまっている。久しい前から、エサばかりやって、目高の姿は見ない。一面のホテイアオイである。

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カサブランカ(2004・7・13撮影)
 百合の花が乏しくなったので、思い切って買うことにした。園芸店で、ポット植えの苗が150円。少し時期を外してはいたが、大きな芽である。他の花に比べて安過ぎはしないか。申し訳ない気持ちになる。花芽が3つ付き、最初の花が咲いたときの写真がこれ。意識して大きめの鉢に植えたが、それでもバランスが壊れて倒れそうな大きさである。3つ咲いた時には、蟻や昆虫類も花に通っているのが見られた。

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木槿(2004・6・26撮影)
 今年最初の木槿が咲いた。木槿は好きな花で、これも最初に1株植えた。毎年冬に30p位まで切り返して管理しているので、年数の割に小さい。木槿は新しい枝の部分にしか花芽が付かないので、この方が芽の伸びが大きくて花芽が増え、しかも管理しやすいのだ。アブラムシなどの虫が付きやすい花だが、大きな木になると手が出せない。木槿談義をしたとき、好きで植えたがアブラムシに閉口して株を抜いてしまったという人もいた。殺虫剤が必要な木なのである。一輪一輪は一日で萎んでしまうが、次々と咲いて木としての花期は思いの他長い。儚くて豪華な花である。冬、葉を落とした枝を剪定するのだが、夏の茂りの印象とは違い、枝は思いの他細い。また、感傷。

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桔梗(2004・6・20撮影)
 桔梗の最初の蕾がほころびはじめた。数年前に庭植えした桔梗はすべて絶滅。実は鉢植えの桔梗も絶えたと思っていたら、翌年芽がでてきた。ただし、本来の桔梗の鉢の隣りの鉢からである。これは絶滅した百合の鉢である。そのままに放っておいたら、桔梗の種でもこぼれて根付いたらしいのである。その日から、桔梗の鉢となった。長くなりすぎて倒れる、折れるのトラブルを繰り返しながら、今年は14株に増えている。桔梗は野生種のはずだが、デリケートで育てにくい。これは園芸種だからかどうか知らないが、気むずかしい人格である。自分で選んだこの鉢だけは気に入ったと見えて、毎年芽を出す。

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百合(2004・6・15撮影)
 スカシユリだと思う。たぶん。新聞の販売店が、月に一度50円の寄付金を持ってゆくと、先着200名に、色々な花の球根、種などを配付している。一時は必ず行っていたが、最近1、2年は足が遠のいた。この花はそうして手にしたひとつ。百合の仲間が一番人気があって、入手困難。幾つもあったが、この他に一鉢を残して絶えた。一時は相当な数と量だったが、植え替えをしなかかったために、段々衰えたのである。写真の百合は5株に増えて、唯一逞しく生き残ったものである。

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夏椿(2004・6・12撮影)
 隣のKさんの庭を何げなく見たら、大きな夏椿の木にたくさんの花がついて風に揺れている。我が家の庭は蕾がついたばかりなのにと、改めて見ると、一つだけ木の影に咲いていた。貴重な最初の一輪が写真。夏椿も好きで最初に植えた木。千五百円位だったろうか。これも花木センター出身。車に載せられるサイズがわが購入可能な大きさだが、今では3メートルくらいにはなった。しかし、昨年くらいからどうも樹勢がよくない。ぐんぐん伸びていたのが、先の枯れる枝も出てきた。素人植えの悲しさで木が密生しすぎている。土の下でどの木かの根にいじめられているのかもしれない。新芽も花も、紅葉も美しい木だ。元気になって欲しいのだが。

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ガーベラ(2004・6・6撮影)
 長男の卒園式記念に保育園から貰った。ポット植の鉢から一回り大きな鉢に移して、時々水を遣るだけだったが、元気。長男は4年になるから、丸3年は経っている。株が少しずつ鉢の中を移動し、端によってしまったので、この春また一回り大きな鉢に植え替え、株を中央に寄せた。益々元気になった株は、今は二つに分かれている。一年中緑。勢いに違いはあるが花芽も一年中ある。冬も外の寒さに耐えている。ガーベラはこんなに強い花だったのかと、感心している。私が「体育系」と呼ぶ保育園からの贈り物にふさわしい花だったのである。



額紫陽花(2004・6・6撮影)
  
 一時挿し木に凝った時期があった。次から次へと挿し木をして、人に分けた。薔薇はなかなか成功しなかったが、紫陽花は殆ど成功した。しかし、人に分けるにも限度がある。貰い手のあてがなくなったとき、挿し木の情熱は冷めた。後には貰い手の付かなかった株が残るばあかりである。ガクアジサイ、アジサイなど7、8株が残った。最初は風に倒れていた鉢も、いつの間にか地に根を張り、今や倒れないばかりか、移動不可能な鉢となって、庭の中央に鎮座している。ぼっと繁っているチャンピオンは実はこのアジサイなのである。白からピンクに変わるガクアジサイが写真。他にピンクのアジサイ(ミセス・クミコ?)、青のガクアジサイ。どうやら三種が残ったらしい。先ほど子どもの友達のお母さんが来て、すごい株ですねと褒めてくれた。すかさず、1鉢どうですかと女房。もちろん、辞退された。挿し木のマイブームは当分訪れそうもない。

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松葉菊(2004・6・5)撮影)
 
 松葉菊をレンガブロックを組んで植え込んでいる。ドウダンツツジの根回りに植えたのある。低い塀代わりである。株は実家から貰ってきた。このブロック、大きさを自分で決めて、簡単な図面を引いて作ってもらった。いわば自分の設計によるものである。自家用車の大きさを計り、地面に引いた図面の上を何度も車の出し入れの実験をして決めた。完璧な仕事だったはずである。しかし、車に擦過傷を作ってしまったこと度々である。いつも健康である訳ではない。寝違えて頸が回らなくなることもあるなどとは、そのとき計算できなかったのである。松葉菊も身を挺して緩衝の役割を果たすなどとは思わなかったはずである。



野芝の花(2004・6・5撮影)
 
 庭作りを始めた当初、高麗芝を買ってきて自分で張った。なかなかの出来だったが、維持管理が思いの外大変だった。3、4年で遂に雑草に負けて放置することとなった。この冬意を決して、芝の張り替えをした。今度はプロに頼んだ。瀬戸さんである。今度は野芝である。この方が管理がしやすいと踏んだのであるが、管理の覚悟が必要だと瀬戸さんに申し渡された。芝は根を張り、地味な花を付けるようになった。取り敢えず、いまは雑草には負けていない。瀬戸さんに見て貰っても大丈夫である。でも、そろそろ刈らないといけなそうなのである。



薔薇(2004・6・11撮影)
 薔薇がいく株かある。。薔薇は転居して庭に最初に植えた花の一つである。ピンクと黄色。黄色は直ぐに枯れ、ピンクが大株になって今も残っている。花が終わってから、剪定をすると年に三度は花を咲かせる。その後、いい薔薇があると、一枝貰っては挿し木にチャレンジしたのだが、ことごとく失敗し、あきらめかけていたころに、妻が一目惚れした真紅の大輪を持ってきた。そしてこの株だけは成功した。並々ならぬ花へ妻の執心が起こした奇蹟であろうか。



牡丹(2004・4・21撮影)
 娘の誕生祝いに前橋市から貰ったもの。黄色の牡丹。もう一鉢あってこれも市から貰ったもので、新築祝いのピンクの花。所定の手続きをすませ、バラ公園の管理棟までゆくと貰える。娘が今年五歳。4年くらい経つのだろうか。ピンクは7、8年(?)になるはず。何度も渇水で萎れて慌てて水を遣り、上州の空風に鉢を倒されては起こししながらのルーズな育て方にもかかわらず、毎年花をプレゼントしてくれる健気さ。今年は花が終わった後に、根本から草本が生えた。新芽かと大事にしていたら、ピンクの芍薬の花が咲いた。芍薬の根に牡丹を継ぐそうなので、根から芍薬の芽が出てきたのだと理解した。おまけの花のプレゼントまであった今年である。花期が短いのがなんとも残念だが、わが茅の庭に不似合いな気品。



匂い菫(2004・4・8撮影)
  
 育てて7、8年は経つはず。花木センターで購入。名前のとおり匂いの強い菫。その匂いの佳さに惹かれて手にした。今は大鉢二つに増えている。最初は冬越を部屋の中でさせていたが、水を遣り忘れて枯らすことが重なったので、最近2、3年は外のまま。思いの外強くてなんともなく冬越。一年中緑である。急に花芽ができ、鉢一杯に咲く。これも健気。思わず株を摘んで持っていった人も多い。無事に増えているだろうか。「たくみの里」(新治村)でシクラメンを買いに入った温室で、大量のポットに植えられた匂い菫を見たことがある。「匂い菫だ」と思わず口にしたら、「この植物が分かったのはお客さんが初めて」と言う。自分も育てていると言ったら、育て方を教えて欲しいと言う。相手はプロである。こちらは何度も枯らしたアマチュアである。こちらの方が恐縮。新しい植物に挑戦してみようと、匂い菫の株を育て始めたとのことだった。若き農業経営者である。あの匂い菫はどうなっただろう。匂い菫は、ハーブの仲間とのこと。利用方法がありそうだが、我が家では咲かせた後は、枯れるに任せている



ムスカリ(2004・4・8撮影)
 4月8日撮影。球根を植えて何年だろう。時々水を遣り、忘れた頃に肥料を与えるだけなのに、毎年鉢は花であふれる。3鉢に増えた今年は、1鉢を地植えとした。尤も地にこぼれた球根が数年前から、庭にも花をつけてはいる。撮影は私の誕生日。自らを祝うための一枚である。その後、娘・花野が詩(?)のプレゼントをしに来てくれた。

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  姫こぶし(2004・3・18撮影) 
 姫辛夷の花は二代目である。庭作りを始めたときに直ぐに植えた。奮発して1万円前後の株を買った。乗用車のシートを倒してやっと入る大きさのものを買ってきたのである。花木センターに何度か通ってやっとの思いで買ったのであった。しかし、1年で枯れてしまった。辛夷は根が弱い木で、大きくなってからの植え替えは難しい植物だとそのとき聞かされた。そこで次はささやかな株を買った。千五百円くらいだったろうか。これは根付いて、あっという間に大きくなった。一万円の株の大きさを直ぐに越えてしまったのである。やっぱり花は育てるものである。これも、花時以外は、ぼうぼうとした茂みとして一年を過ごしている。ロウバイと激しい陣取り合戦をしているのである。時々大岡裁きで、ハサミを入れる。



ロウバイ(2004・1・4撮影)
  
 我が家の庭に最初に咲く花がこのロウバイである。冬の庭の心の支えがこの花なのである。花芽をつつきに小鳥も来る。バードウオッチングも可能だが、鳥の名はいまだに知らない。この心に沁みる花も、一年の大半は正体の分からない木の茂みとして過ごしている。他の花木に迷惑をかけること夥しいので、剪定に及ぶことしばしである。馬酔木が滅びかけているのも、この花の影のせいである。