ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 作品135

 ベートーヴェンの最期の弦楽四重奏曲である(実際は、弦楽四重奏曲第13番作品130の終楽章であった大フーガに代わる終楽章を書いたのが最後となる)。12番以降四楽章形式を打ち破り、多楽章形式による革新的作品を創作したベートーヴェンも、この最後の弦楽四重奏曲では四楽章形式に戻る。全楽章は簡潔であり、肩の力の抜けたようなゆとりを感じさせる。解脱の境地とか、楽聖の衰えだとか、様々な意見があるが、どちらでもないだろう。これ以外にはありえない、ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏曲たる素晴らしい音楽である。
 四楽章の冒頭には"Muss es sein?"「そうでなければならぬか」、"Es muss sein!"「そうでなければならぬ!」という言葉が書かれており、但し書きとして「やっとついた決心」という言葉もある。これには家政婦との給金に関するトラブルによるものとする説や、もっと奥深く謎めいた問いかけとする説がある。僕としては後者の説に与する(「ベートーヴェン不滅の恋人」という映画で、この問答は、義理の息子の親権を巡る、カールの母親との問答という扱いであるが、それには与しがたい)。
 一楽章は、ベートーヴェンの交響曲第8番の飄々とした快活さを思わせる、一聴ユーモアに満ちた音楽である。怒り、悲しみといった人間臭い感情は消え、何か達観したように感じられるが、やはりその背後には彼の透徹した視線がある。楽章後半は行き詰るような緊張感がある。二楽章は飄々としつつ、全ての楽器が思い思いの旋律を奏でるような豪快な音楽である。抽象的なまでの精神的思索が聴かれる。三楽章はそれまでのポーカーフェイスとは異なり、ベートーヴェン晩年の孤独を思わせる、懐かしく切ない音楽となる。セピア色に輝くようなこの音楽は、ベートーヴェンの遺言なのだろうか?四楽章は例の問いかけに始まり、それは非常に重く深刻な問いである。それに対する答えは決然として陽気に弾む。それは決然としており、「やっとついた決心」なのだろうか。しかし、クライマックスに向かって音楽は悲劇性を増し、尋常ではない緊張あるドラマとなる。コーダでは、そこから開放されたファンタジーが、夢のようなピッチカートともに無上の美しさを持つ旋律とともに立ち現われて終わるのである。

総括

 この曲の名盤選びは簡単だった。ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏曲ともなれば、どの四重奏団もそれぞれの名演を披露するはずなのにである。それには理由がある。僕にとっては、この絶美の音楽をそのまま音化する演奏がベストであるからである。まず、細部をぼかしてしまうようなオーケストラ的演奏はだめだし、激情的になったり、無理に内容をえぐろうとすると途端に魅力がなくなるように思うからである。この音楽の魅力と美しさを堪能するスタンダードとしては、アルバン・ベルクQを選びたい。絶美の音色であり、四楽章のコーダの洒落きった繊細な美しさはこの世ならぬものを秘めている(録音状態を気にしなければ、ハンガリー四重奏団も良い)。しかし、楽聖最後の弦楽四重奏曲であり、その晩年の精神性を体現したということを鑑みれば、ジュリアードQが最高の名演である(自分でも意外だったのだが)。

本音で迫る比較試聴

レナー弦楽四重奏団 Lener String Quartet <rec. 1936> Sinseido

1st 6'36'' 2nd 3'56'' 3rd 6'37'' 4th 5'48''

 SP時代に唯一全集を録音したレナー弦楽四重奏団である。録音状態は14番よりも良い。演奏は一楽章からがっちりとした造形である。しかし、旋律の歌い方にはやはり彼ら独特の甘美な節回しがあり、ポルタメントが頻発する。それが曲の構造と融合している点が素晴らしい。次に挙げる13番ではややベートーヴェンの厳しい楽音から逸脱しているように感じたが、ここではベートーヴェンの諧謔さとマッチしていて面白い。おそらく最も遅いテンポの演奏と思われる、この二楽章はゆっくりとしたテンポでぎくしゃくした音楽の構造をじっくりと味あわせてくれる。いかにものんびりとした古き良き時代といった趣だ。楽曲の造形美を支える弦の刻みは洗練されており、それが古さを感じさせないのだと思う。三楽章の表現は意外にすっきりとしている。オルガンのような音で音楽のあたたかみを具現している点、評価したい。ジュリアードQには敵わないが。フィナーレは最速の演奏である。いっさい反復をしていないからである。音楽の流れを損なわず良いと思う。クライマックスだけはいただけない。弦の刻みを小刻みにし加速する。唐突すぎる。コーダは名残り惜しげな弦の後に来る、透明で弾けるようなピチカートが美しい。終結はリタルダントをかける。

ヴェーグ四重奏団 Vegh Quartet <rec. 1952> Tower Records

1st 6'42'' 2nd 3'25'' 3rd 7'09 4th 9'04

 名録音であり、モノラルとしては鮮明で楽しめる。ただフィナーレ冒頭、無音部で次に生じる楽音がノイズとして混じる弊害を生じてしまっており、テープの劣化を思わせる。演奏は、淡々としているが、やはり素晴らしいものである。聴いていてほっとするのである。そのしみじみとしたアンサンブルは、一楽章の陽気さと枯淡の境地、二楽章の融通無碍を如実に捉えており、三楽章のベートーヴェンの独白もじっくりと味合わせてくれるのである。フィナーレは録音的障害はあるが、それでも名演であろう。クライマックスの激しい弦の刻みは小刻みにして加速気味に奏しているが、これはバリリQやバルトークQやゲヴァントハウスQもそうだが、あまりピンと来ない。惜しむらくは反復記号通りに演奏していることで、これは反復しないほうが味わいが逃げずに良いだろう。コーダの美しさはまあ普通である。

バリリ四重奏団 Barilli Quartet <rec. 1952> Westminster (Victor>

1st 6'28'' 2nd 3'32'' 3rd 6'23'' 4th 7'16''
 
 ヴェーグQ以上に音が良い。高音の抜けが良いのが大きな美点だ。ヴェーグQの演奏と比べてやはり音色、奏し方一つにウィーンらしい甘美さがあり、艶がある。14番のような深く厳しい音楽だけではなく、16番のような柔らかく愉しい音楽でもより効果的である。したがって、ヴェーグQ以上の名演である。一楽章は思わず耳を傾けるような弦の艶と湿った美しい音色が音楽と巧みにマッチし、楽しい。やや高音が耳にきついのは古い録音ゆえ仕方があるまい。二楽章も名演である。いささか遅めのテンポであり、神秘的ニュアンスをきかせながら演奏される。僕の好みでは気持ち早いテンポのほうが飄々としていて良いように思う。三楽章も少しべたっとしていて、もたれる(これは12番や15番でも言える)。フィナーレはふんわりと優しい奏法が印象深い。反復などという(私に言わせれば)愚かなことはさすがにしていない。コーダも(高音がきついが)ユーモアある美しさ。ヴェーグよりやはり良い。

ハンガリー四重奏団 Quatuor Hongrois <rec. 1953> EMI

1st 5'30'' 2nd 3'13'' 3rd 6'42'' 4th 6'21''

 低音をきかせた装置では、この録音は冴えなくなる。14番、13番などもスピーカーではなくヘッドフォンで試聴した。その際も、余計な低音をカットし、トーン・コントロールのみのフラット音で聴いた。そうするとこの16番も美しく雰囲気のある音で再生されよう。こうした工夫をしなければならないのは苦痛だ。古い録音ではことにそうだ。リマスタによるような気がするが。一楽章はいささかせかせかしたテンポだ。急ぎすぎる。しみじみとした情感をもっと漂わせてほしい。この諧謔の精神はゆったりとしたテンポでこそ生きる。アンサンブルは流麗かつしなやかであるものの、融通無碍の境地には達していない。二楽章は小気味良いが、一楽章と続けて聴くと楽章ごとの性格を捉えていないように思われる。三楽章はしんみりと聴かせてくれるが、ジュリアードQのような純化がほしいと思った。フィナーレは標準的解釈である。クライマックスも抑制され、刻みを長めに奏する解釈がセンスの良さを示している。

ハリウッド弦楽四重奏団 The Hollywood String Quartet <rec. 1957> Testament

1st 6'14'' 2nd 3'01'' 3rd 6'57'' 4th 7'22''

 録音は低音がいくぶんごわんとしているが、高音域、中音域は鮮明で抜けが良く、バリリのように棘棘(とげとげ)しくならない。一楽章も繊細さが良く出ている。美観を損なう低音だけが残念だ。しかし、これはTestamentのリマスタリングの癖でもあるので致し方ないのかもしれない。二楽章はやや音質が悪くなり、もやがかかったようだ。それでも速いテンポから瑞々しい音楽が聴こえてくる。僕はこのような繊細で瑞々しくテンポの速い演奏を好む。三楽章も粘らずすっきりとしたテンポだからこそ、寂しさやわびしさが伝わってくるのである。くすんだ温かい音色が心地よい。身をよじるような悲しみの表出も見事だ。フィナーレは主部がややおっとりとしている。クライマックスの弦の激しい刻みを長めにし、広がりを持たせる解釈は妥当であり、音楽の流れを遵守し、極めて素晴らしい。その後の抜け切った第1ヴァイオリンも見事だ。

ブダペスト弦楽四重奏団 Budapest String Quartet <rec. 1961> SONY

1st 6'36'' 2nd 3'10'' 3rd 7'28'' 4th 7'14''

14番について書いたことがそのまま当てはまる。録音は残念(デッドできんきんする)だが、演奏は一楽章からして神韻飄々としている。その音色の透明なこと。彼岸の音色といっていいだろう。リズム処理も明晰。機械的だ、デリカシーがないという宇野功芳氏の意見は大嘘もいいところである。朴訥として素朴な語り口で一切の虚飾を排する。外面的な美しさで魅了するのではなく、音楽そのもので勝負してくるのだ。時に聴かせる抜けるような透明な美音は何にたとえよう。二楽章も愉しい。小気味良く弾むリズム。透明な楽音の内奥に秘めた炎の核。三楽章はジュリアードQには敵わないが、それでもひたひたと忍び寄る惜別の時を予感させる。相変わらず外面的な効果は一切狙っていないのに、音楽の意味がじっくりと感じられるのである。フィナーレに入ると、一楽章と同じように清潔なリズム処理と四奏者の一心同体となったアンサンブルが融通無碍にこの世の美しさを語らう。クライマックスは違和感のない解釈である。うるさくなるまで鳴らすのではなく、きっちりと節度を踏まえており、好感を持った。コーダの美しさはまあ普通である。
それが残念!

アマデウス四重奏団 Amadeus Quartet <rec. 1963> DG

1st 6'42' 2nd 3'24'' 3rd 8'10'' 4th 7'03''

 演奏はけして悪くはない。しかしながら、それほど心打たれないのは表面的な楽しさ、甘美さに目を向けているからで、楽聖の精神を感じさせずにはおられないような厳しさや孤独感を微塵も味あわせてくれないからではあるまいか。しかしながら、演奏スタイルとしてはまず模範的と言ってよい。一楽章、二楽章ともに、である。三楽章はいまいち心に残らない。ジュリアードQの演奏が素晴らしすぎるのであろう。フィナーレもまず水準以上であるが、クライマックスはヴェーグQ、バリリQなどの解釈と同じで僕は嫌いである。コーダは如何にもメルヘンであるけれど、アルバン・ベルクQがある以上物足りないかもしれない。

ハンガリー四重奏団 Quatuor Hongrois <rec. 1965-1966> EMI

1st 5'49'' 2nd 3'18'' 3rd 7'17'' 4th 6'00''

 全く期待せず聴いたのだが、これは名盤だ。一楽章の演奏テンポとしては自分の理想である。これくらい速いテンポだとウキウキして楽しい。しかし、残念ながら録音は14番でも述べたように、ぎすぎすして高音のややきつい音である。干からびたような印象を受ける。しかし、録音状態は演奏を聴くにつれて気にならなくなり、ヴァイオリンの抜け切った艶のある高音や洒落切った演奏が聴こえてくるのだから大したものだ。しみじみとしたアンサンブルという室内楽を聴く喜びに欠けてもいない。二楽章は、前楽章を受けるにはいささか遅い。しかしながら、閃きに満ちたリズム処理、音色の扱いなど今まで聴いたことがない素晴らしさである。終結部に一瞬ドロップアウトするのが残念だ。三楽章も理想的。静けさに満ちて何でもなく流しつつ、ベートーヴェンの晩年の精神が聴かれる。フィナーレになると一転して訴える力が強い。主部は理想のテンポ。クライマックスの弦の刻みはやはり長めに奏し、音楽の流れを遵守するセンスの良さを示す。コーダのピッチカートはメルヘン的音色。惜しむらくはつくづく録音状態だなあ。

バルトーク四重奏団 Bartok Quartet <rec. 1969-1972> Hungaroton

1st 6'01'' 2nd 3'13'' 3rd 6'49'' 4th 6'41''

 これまた名演である。今となっては第一ヴァイオリンがやや突出した録音、低弦の響きの弱さの気になるバランスである、古いステレオ録音ではある。しかしながら、鮮明であり、ハンガリーQの録音よりは上である。演奏は一楽章からして繊細、抒情味豊か、融通無碍。コムローシュの腕は民族色を感じさせつつ舌を巻く巧さがある。大きく盛り上がる箇所では一瞬の間をあけて見得を切る。二楽章はもしかしたら一番好きな演奏かもしれない。飄々としており、神秘感の表出も抜群。クライマックスもテンポは落とさず、きびきび進行するので胸がすく思い。三楽章は湿り気のある曇った音色で速めに進むが、音楽の美しさはまず伝わるのではないか。ジュリアードQに比べればそこに一歩踏み込んだ感動はない。フィナーレもはねるようなリズムといい、理想的な造形。しかしながら、クライマックスの弦の刻みを短く激烈に小刻みするのは、緊張感はあっても、それまでの音楽の流れ乱す。コーダはアルバン・ベルクQのメルヘンには及ばない。

ジュリアード四重奏団 The Juilliard Quartet <rec. 1969> Sony

1st 6'37'' 2nd 3'21'' 3rd 8'52'' 4th 7'19''

 14番ではそれほど満足できなかったが、この16番は素晴らしい演奏だ。音色は例によって枯淡であり、けして美しくはない。それでも高音の抜け良く、しみじみとやさしく音楽を演奏しているのがわかる。一楽章もいつもの厳しさは微塵もない。けしてうるさくならず、ぎすぎすしない。優しい愛情に満ちている。終結は老年の万感の思いを感じるようだ。二楽章はリズミックであり、時にガサガサした音を出してユーモアを生かす。こういうの、うまいと思う。繊細な弦の刻み。クライマックスも彼らとは思えないほど、温かい表情を守る。三楽章も静かに老年の日の心の機微を描いてゆくが、遅いテンポであるのにも関わらずもたれず、心に染み込んでくる。泣いているような和音の響かせ方に切なくてたまらなくなる。実際に後半は聴いていて目頭が熱くなってしまった・・・。終結の名残惜しい表情が感動的だ。フィナーレは、冒頭無音部で次に生じる楽音がノイズとして(少し)混じってしまった。しかし、演奏そのものはやはり素晴らしい。リズムをきちんと刻んで、のどかで温かい表情を大切にしていく。相変わらずの切なげな表情は感動的である。クライマックスの弦の刻みは短く奏しているが、テンポはそのままなのでユニークな解釈である。音楽の流れは失われていないが、緊張感に欠ける。ここだけは本当に惜しい。コーダは普通だが、終結にリタルダンドをかけるのが面白いと思った。

ヴェーグ四重奏団 Quatuor Vegh <rec. 1973> Naive

1st 6'46'' 2nd 3'33'' 3rd 7'28'' 4th 6'39''

 ステレオ再録音である。演奏は14番と同じことが言える。しかし、曲のせいか、技巧の衰えを最初聴くと感じさせるのだが、何度も聴くとむしろ外面的に磨かれていないこの演奏の虜になっていく。チェロはやや突出しているが(録音のせいだろう)、4奏者の音はよく調和し、オルガンのようなハーモニーをかもし出している。一楽章は地味な音色で、表面的美しさは皆無だが、しみじみとしたアンサンブルで好感が持てる。二楽章も肩の力の抜け加減が丁度良い。三楽章になると、その墨絵のような音色は滋味というより仙境の空間であり、同じく墨絵のような音色ながらジュリアードQはあれだけ泣かせる音楽を創造していたのに対して、何か崇高なものを感じる。フィナーレも相変わらず音楽の内容しか感じさせない。ただ、旧盤と同じで、クライマックスの弦の刻みの解釈は唐突すぎる。全体としてヴェーグQが最晩年にたどり着いた独自の世界だ。当初は全くわからなかったのだから、演奏とは恐ろしいものである。たくさんの演奏を聴くことで名演奏とは何かがわかる。

ターリヒ四重奏団 Le Quatuor Talich <rec. 1979> Caliope

1st 6'19'' 2nd 3'18'' 3rd 6'49'' 4th 6'36''

 13番や14番の名盤に比して、それほど心打たれない。一楽章は4つの楽器が線のように絡み合い、音楽の繊細さとしみじみとした味わいを適格に掴んでいると思うが、彼らならもっと出来る気がする。いつもと違い、親しみやすさよりも緊張感が先にある。二楽章はチェロの刻みをくっきりと奏し面白いファンタジーを生み出している。一楽章とは一転してくつろいだ感じになっている。親しみやすくほっとする。クライマックスもけしてうるさくならず、楽しいアンサンブル。三楽章はかすれた音で何ともわびしく寂しく演奏されているが、やや味が足らない。フィナーレも良い演奏だと思うし、クライマックスも妥当な解釈だが、感動に何かが足りない気がする。時々独特の間を空ける解釈もいただけない。コーダは繊細で美しい。

ズスケ四重奏団 Suske Quartet <rec. 1980> edel classics

1st 6'34'' 2nd 3'16'' 3rd 7'53'' 4th 6'40''

 スタンダード的解釈。地味が滋味に通じ、朴訥としたフレージングが何者かを訴えてくるようになったら、もうズスケQの虜である。きりりと引き締まっており、一楽章、二楽章ともに室内楽の楽しみとベートーヴェンの作品の生の魅力をそのままに味合わせてくれる。三楽章も格別音色的に美しいわけではないのに、精神的な味わいがある。フィナーレもひなびた味わいが良いが、クライマックスの激しい弦の刻みを小刻みにして加速気味に奏するのは、いささか唐突すぎる箇所であり、多くの団体が行なう解釈であるがけして首肯しうるものではない。この曲に関して言えば、ズスケQを選ぶよりはアルバン・ベルクを選びたい。

アルバン・ベルク四重奏団 Alban Berg Quartet <rec. 1981> EMI

1st 6'17'' 2nd 3'22'' 3rd 7'47'' 4th 6'55''

 美演である。14番とは雲泥の差の名演である。ピヒラーの高音もそれほど鼻につかない。演奏スタイルがくつろいだ感じなのが功を奏するのか、楽しく聴ける。一楽章も音色が美しく、ウィーン情緒を匂わせる艶がある。室内楽を聴くしみじみとした情緒にも欠けてはいない。メロスQとは好き好きであろう。僕自身は幽玄も感じるアルバン・ベルクQを選ぶ。二楽章は理想的なテンポ設定である。一楽章からのバランスが良い。クライマックスは美観を失わず、歌心にあくまで溢れておりメロスQ以上に素晴らしい。終結も洒落きっている。三楽章も甘美なニュアンスをつけて歌う。テンポも快適であるので、ベートーヴェンが書いた音楽の美しさを如実に味あわせてくれる。繊細な表情にきゅんと切なくなる。フィナーレも美しく楽しい。ちょうど良いテンポで幸せな音楽が奏されている。クライマックスのテンポももちろん妥当。コーダの夢のような音彩!ショスタコーヴィチの交響曲第15番の最後もこんな不思議な音楽だった。

メロス四重奏団 Melos Quartet <rec. 1984, 1986> DG

1st 6'11'' 2nd 3'13'' 3rd 6'39'' 4th 6'44''

 名演である。細部をおろそかにせず、シンフォニックに演奏している。それでいてハーゲンQのようにぎすぎすしないのが良い。クリーヴランドのように線の絡みがなくなることはない。ダイナミックに欠けず、繊細なのである。東京Qのややのっぺりとした感じもない。さすが、ドイツの団体である。しかしながら、いささか詰めがきつすぎ、息苦しい印象もある。美しさを感じさせるというよりも、ややヒステリックな印象を受けるメルヒャーの高音。二楽章のクライマックスは舌を巻くほどのテクニックであり、それでいてうるさくはならないのが凄い。内容を浮き彫りにせんとする姿勢は素晴らしいのだ。三楽章は悲劇的解釈であり、切なくなる。ヒステリックに響く箇所もあるかもしれない。フィナーレものっけから激情的であり、主部は4つの楽器の絡み合いが美しい。クライマックスの弦の刻みは長めに奏し、音楽の流れを遵守する。

ハーゲン四重奏団 Hagen Quartet <rec. 1990> DG

1st 7'13'' 2nd 3'15'' 3rd 8'00 4th 7'26''

 聴き通すのが苦痛であり、CDを床に叩きつけて割りたくなるような演奏であった。我々が弦楽四重奏に期待するしみじみとした情感やほのぼのとした味わいは皆無。そうかといってオーケストラ風の巨大なサウンドで魅了するかと思いきや、ギスギスとした現代的なテクニックのみが鼻につく。鋭利な刃物を思わせるスパッっと音を切るような奏法はジュリアード流だが、似ても似つかないのは味がないこと。美しい箇所の微塵もない、乾いた演奏と言えるだろうか。これはまったく自分の好みによるところであり、キタケンの趣味の悪さから生じることなのかもしれない。何度聴いても腹立たしく、途中で熟睡してしまい、何の面白みも感じなかった。

東京弦楽四重奏団 Tokyo String Quartet <rec. 1991> BMG

1st 6'43'' 2nd 3'19'' 3rd 7'39'' 4th 1'14'' - 6'10''

 暖色系の豊かな音であり、やわらかく心地良いハーモニーである。しかし、オーケストラのような巨大なサウンドは相変わらずであり、しみじみとした情緒はない。解釈としてはオーソドックスである。一楽章もゆとりのある表現であり、好感がもてるが、わびしさに欠けるのは仕方ないかもしれない。二楽章も同じであるが、より緊張感に満ちた音楽が奏される。そしてクライマックスは豪快に笑うベートーヴェンである。三楽章は心をこめており、澄み切った情感はないが、この音楽の持つあたたかさをじっくりと味あわせてくれる。第1ヴァイオリンの抜け切った音色も美しい。コーダはしみじみとさせる情感を持つ。四楽章になるとまたオーケストラばりのリッチ・サウンドになるが、けして鼻につかない。解釈も首肯しうる自然体なもので、聴いていて違和感なし。クライマックスの弦は刻みを長めにし、広がりを持たせている。コーダは水準以上の美しさである。全編通じてベートーヴェンの豪快さを捉えた演奏と言えるかもしれない。

クリーヴランド四重奏団 Cleveland Quartet <rec. 1995> Telark

1st 6'23'' 2nd 3'07'' 3rd 7'38'' 4th 6'41''

 温かい音色に、4つの楽器が溶け合った朗々とした和音。それでいて、もたれたり、繊細さに欠ける印象はなく、見通しが良い。爽やかさも残すという不思議な印象。他の名団体が時に聴かせる絶美の音色は一度も現われない。しかしながら、表現のオーソドックスさとおおらかな響きに、これが一番という人もいるかもしれない(宮城谷昌光氏は絶賛されている)。ちょっとした旋律の奏し方にセンスはあるのかもしれない。しかしながら、世界中で25回チクルスを行い、体にベートーヴェンを染み込ませた団体としては、それほど心に響かない演奏になっているのは何故だろう。この全集は高価だったが、まだ買って良かったとは思えないっす。同じスタイルとして東京Qがあり、採るならそちらを採りたい。

ゲヴァントハウス四重奏団 Gewandhaus-Quartett <rec. 1998> NCA

1st 6'06'' 2nd 3'21'' 3rd 6'34'' 4th 6'31''

 良い演奏である。東京Qと同じようにオーケストラのような演奏。一楽章、二楽章ともにオーソドックスなスタイルで、線の太い大きな演奏であるが、伝統に根ざしており、溶け合った音色が最高である。ほのぼのとしたおおらかな趣がある。三楽章が一番素晴らしい。朗々と神経質にならずに歌うので、歌が満ち溢れ、そこに身を浸す幸福感は弦ゆえの幸福であろう。フィナーレはまず問題ないが、ややチェロの音がだぶつき、豪快さよりは奏者を感じさせるのが難点である。クライマックスの解釈はズスケ流で気に入らない。コーダもそれほど胸打たれる美しさではない。

プラジャーク四重奏団 Prazak Quartet <rec. 1999> Praga

1st 6'19'' 2nd 2'10'' 3rd 7'22'' 4th 7'15''

 冴えたアンサンブル、シンフォニックな厚み、それでいて機械臭を微塵も感じさせず、枯れた音色から艶のある歌まで、素朴さと洗練とを自在に駆使した演奏である。14番の素晴らしさから予想されると通り、解釈も極めて妥当であり、全く違和感がない。一楽章も肩の力がぬけた愉しさ、二楽章も融通無碍としており、音色が美しい。三楽章は枯れた音色が悲哀を滲ませつつ、速いテンポでありながら心に染みる。ジュリアードQに及ばないのは仕方がない。フィナーレも音楽的であり、本当にすごい。コーダはメルヘンチックではない。絶美の音色というのはないのだが、平均点は高い。

リンゼイ弦楽四重奏団 The Lindsays <rec. 2001> ASV

1st 6'14'' 2nd 3'16'' 3rd 9'01'' 4th 9'59''

 リンジーズはイギリスを中心として高い評価を受けた団体である。彼らには二つの全集録音があるが、これは2回目の分売。初めて聴いたとき、その透明な音色(それでいてすすり泣くような)、チェロのまろやかさのないごりごりとした音とのバランスに、違和感があったのだが、最近はむしろ余計な味付けがなく好ましく感じる。このベートーヴェンも素晴らしい演奏だ。厳しい演奏スタイルなのに、明るい一楽章。神秘感の表出にも優れた二楽章。まるで楽聖が豪快に笑っているようだ。オーケストラのような巨大さよりは、なぜかしみじみとした味わいも残す。三楽章はじっくりと歌い、その透明感が美しい。ただジュリアードQに比べればやはり適わない。四楽章は出だしの例の問いかけの厳しさがすでにドラマだ。主部も厳しく、やはりここら辺になると精神的厳しさに満ちた演奏になる。クライマックスも妥当な解釈であり、彼らの演奏にもっとも世界の破滅を感じる。ただ反復をしているのはヴェーグと同じでいただけない。これから待ちに待ったコーダという時にこの繰り返しは本当に疑問。演奏者の神経を疑う。

タカーチュ四重奏団 Takacs Quartet <rec.2003-2004> Decca

1st 6'13'' 2nd 3'16'' 3rd 7'49'' 4th 7'19''