2009年1月20日(火)、神奈川県海老名市の図書館研究会の授業研究会のおりに、配りました資料を紹介します。
アニマシオンとは、アニマ(魂)の活性化という意味の言葉で、スペイン語で「アニモ」というと「元気」「がんばる」という意味で使われます。
日本の文化の中では、お祭りやスポーツなどで心が高まり、「わくわくドキドキする気持ち」ににています。『ゆとり・楽しみ・アニマシオン』(増山均著 労働旬報社1994)
1990年代後半、戦後の日本が高度経済成長のなかで、がむしゃらに働き続けてきた日本人にとって忘れてきた、一見無駄に見える文化活動に着目する動きありました。
教育現場で言えば、家庭内暴力、不登校、いじめなど様々な問題がピークに達し、教育活動を根本から見直そうとする動きでした。それは、社会的にも青少年の犯罪の増加が見られ、心を育てる手立てを国民全体で考え直そうとする時期とも重なっていました。
そんな時に、「読書へのアニマシオン」は、日本に紹介されました。2000年が「子ども読書年」とされ、読書が子どもたちの問題、教育現場での様々な問題を解決するのではないかと、期待されたのです。『読書で遊ぼうアニマシオン』(モンセラット・サルト著 青柳啓子・佐藤美智代訳 柏書房 1997年刊行)が発行され、読書を楽しくすすめるゲームとして紹介されました。私、渡部康夫も、2000年に全国学校図書館協議会から『やってみよう読書のアニマシオン』を刊行しました。2000年、モンセラット・サルト氏が来日して本場スペインの「読書のアニマシオン」が紹介され、『読書へのアニマシオン75の作戦』(モンセラット・サルト著 宇野和美訳 柏書房 2001年)が刊行され、スペインでの読書へのアニマシオンの作戦の全容が明らかになってきました。そして、私を含めてアニマシオンに関心を寄せる人たちがスペインに行き、モンセラット・サルトさんの教えを受けることになります。その後、アニマシオンに関心を持つ多くの教育関係者や読書教育関係者によって、それは単にゲームではなく、フランス、イタリア、スペインなど南欧の文化と深く関わった文化活動であることに気づくことになります。アニマシオンは、上から一方的に教え込むのではなく、本来子ども自身が持っている力を引き出す教育法であること、モンセラット・サルト氏の「読書へのアニマシオン」は、モンセラット・サルト氏がそのようなアニマシオンの手法を「読書活動のプログラム」として確立したものであることがわかってきました。
さらに、この間、辻由美氏などフランスの教育現場を訪れた読書教育に関心を持つ人々により、フランスの読書運動を紹介されるとともに、「アニマシオン」には、広い意味があって、幅広い読書活動を指す言葉であることが見えてきました。
フランスでは、学校図書館に、司書とともに、読書の楽しみや有用性を発見させるためにアニメーターを置いているという。(『読書教育』辻由美著 みすず書店 2008年 15ページ )
『読書教育 フランスの活気ある現場から』(辻由美著 みすず書房2008年)
『アニマトゥール フランスの社会教育生涯学習の担い手たち』(ジュヌヴィーヴ・ブジョル ジャン=マリー・ミニヨン著 岩橋恵子監訳 明石書房2008年)
読書だけでなく、教科の学習や道徳や総合的な学習の時間での学習の中でも応用していこうという動きもあります。東京の元小学校教師である岩辺泰吏氏や静岡県で社会科教育に新しい手法を開発されている笠井英彦氏、私渡部康夫などを中心に「アニマシオンクラブ学び探偵団」を作り10年以上にわたって毎月の定例学習会、年に2,3回の研究集会を開いています。
学校だけでなく、黒木秀子さんなど、地域の読書運動を続けて来られた方にも定着してきています。今年2008年、黒木秀子さんを中心に「特定営利活動法人 日本アニマシオン協会」を作り、アニマシオンに使う本の貸し出し、作戦の研究、講演など研修会を実施しています。
新しいお話に出会うとき、ドキドキわくわくするものです。本を読むという行為は登場人物やお話の場面を想像し、数々の出来事を共有することです。
『読書であそうぼうアニマシオン』(柏書房刊 )には、次のように書かれています。
「本を読むうちに想像力によって起ち上がってくる登場人物や場面が、読み手の5感を開き、グループで数々の出来事を共有しながら夢中で読んだ1回の読書体験が、他のあらゆる本に対しても読み手の心をひらかせる、そんな本との出会い」が「読書へのアニマシオン」ですと。
そして、読書へのアニマシオンで大切にしたいことは
「・本を全く、またはほんの少ししか読まなかった子どもが本に夢中になったでしょうか?
・与えられるのを待っているだけでなく、自ら探し求める子どもになるようたすけられましたか?
・子どもの中に生まれた、読書を楽しむ感性を伸ばすことができましたか?
・本にはたくさんのジャンルがあり、多種多様であることを子どもたちは発見できたでしょうか?」
であると書いてあります。
読書がきついと思われるのは、活字という記号を追い続ける精神活動によると言える。だからこそ、知的なトレーニングが必要であり、良い読み手となるための励ましや方向づけが必要です。
「・・・読むためには、「教育」が必要です。子ども自身は、読むための潜在能力を秘めていますが、その力は何もしなければ眠ったままです。それを伸ばすには、引き出さなければなりません。教え込むことで事足りるなら、さまざまな奨励策によって読む能力はとっくに発達し、子どもも大人も自分から本を読むようになっているはずです。けれども、現実にはそうなっていません。大人でも、なかには学校の教師でさえ、真の読み手とは限りません。本の伝える深い意味や新聞記事の内容はおろか、薬に添付された説明書でさえ、理解できない人がいます。こういったすべての事実が、教えるだけでは、不十分なことを物語っています。自主性に基づいて行動することによってのみ得られる、ほかの手だてがいるのです。つまり、子どもたちから本や活字の世界を発見する力を引き出し、子どもたちが読んだものを内面化していく、その子独自の読書のスキーマを作るお手伝いをすること、思考力をきたえ、生きる上で役に立つ判断をするための批判力を身につけさせることが必要なのです。」(M・サルト『読書へのアニマシオン75の作戦』柏書房)
一方、読書は日常生活の一部として自然に行われるものです。無理なく、自然に子どもの持っている力を引き出す手法であり、読書の本質にかなうものであると言えます。
学校図書館は、学びの拠点であり、本を読むこと(読書活動)は、学びそのものであると、考えます。
学校図書館の活性化を阻むものとして、、読書指導と言われる部分で、上から一方的に教え込むという従来の指導法にもあるように思います。その意味で、読書へのアニマシオンは、子どもが本来持っている読書への興味を引き出し、自然に読む力を育てると言う意味で、有効な方法であると思えます。
学校図書館が、読書センターとして機能するためには、読書材をそろえておくだけでなく、読書活動を紹介し、学級担任など実際に指導をする教員に読書活動の具体的な手法について支援し、指導することが必要です。その役割を担うのが、司書教諭や学校司書なのです。公共図書館では、司書であるわけです。
どんな子も、本を好きなるきっかけがあり、そのきっかけを作ってあげて本への魅力を教えるのが図書館司書であり、学校では司書教諭や、学校司書であると思います。図書館司書と子ども達との心の交流を読み取り、図書館の魅力を感じさせることができればと思います。
作戦を行うに当たって
基本的には、事前に本を読んでおくことが前提です。
実際には、読み聞かせで実施することが多いのですが、計画的に実施するためには、年間、実施する時期を決めて、実施する前に図書をそろえて事前に読んでおくように指示するようにしたらよいでしょう。
モンセラット・サルトさんの著書『75の作戦』で紹介されている75の作戦が基本となるのであるが、スペインの文化状況と日本の文化状況との違いを考え、日本の子どもたちにあうような作戦を開発していく必要があります。