「はびこる自由主義史観」を読んで
                     野村裕子

 著者 島 宏氏によるこの本を読んで、ここに、心をこめて推薦のための読後感をかきます。彼は、少国民として中国で育ちかの地で我が国の敗戦を迎えた人です。

 この本の大筋は、一口でいえば、歴史教科書により我が国の歴史の流れを生徒達に、意図的な容認教育をしようとする一派と、これを是認出来ないとする著者の綿密な努力による検証が、記されています。言い換えれば、我が国の歴史動向のいわば暗部に光を当て否定側肯定側に偏することなく、わたしの様な政治音痴歴史音痴にも「なるほど、そうなのか。」と、感嘆の声を上げざるを得ない程、高所より足下に広がる風景を見る様な心地にさせていただきました。著者は各学制別にどの教科書出版社がどうなのか、こまめに調査された事を、この本に於いて明らかにしておられます。その詳細と彼の思いを是非読んでいただきたく、ご紹介いたします。
 全体を通しての一貫性は歴史の真実に密着しながら、曲がって来た、あるいは曲がろうとする路線を、沈着に修正しようという理知的意思がみなぎっています。「少国民」を書いた人だからこそ、教科書のありようにこだわるのです。この本によって私は彼の著作の「少国民」が持つ意味がよく分かるのです。
 生徒に嘘をついてはいけない、という姿勢もここから生まれています。
 「つくる会」初代会長をつとめた西尾幹二氏の執筆に問題ありと、島氏の正義感が切りまくる、まさに溜飲が下がります。文献索引の無い引用は問題にならないとのことです。

 私たちが、児童生徒の頃から学んだ日本の歴史は、天皇の歴史でした。国民学校三年生あたりから、私の学校では神武天皇から今上天皇に至る名称をただやみくもに、暗唱させられ、これが出来ないと女学校に行けないよ、と先生にいわれたものでした。 歴史は常に天皇家を軸にして営まれるのだ、と思っていました。いわば民の事は歴史でないと思っていました。天皇を軸として回る歴史と、国家主義と、国の戦争とは切っても切れない関係にあるのだと自然体で思っていました。民は滅私奉公をしなければいけない、のだとも。矢張り教育の力は計り知れなく甚大なのですね。島氏がはっきりと示してくださいました。
 近代史の発端とも云うべき幕征が天皇を立てて早く進んだ中で、国の方針を作る必要性から五か条のご誓文成立が急がれたとのこと。最終案まで、由利公正(越前藩の代表)福岡孝弟(土佐藩の代表)の訂正、 木戸孝允(薩長閥の代表)らによる案の変遷が示されていて興味深いものがありました。これにつながる明治天皇の宸翰なるものを私は初めて知り、天皇の当時の心の決意が揺るぎながらも列祖に誓った事も理解出来ました。鶴見俊輔の「ご誓文と宸翰」により、時代に利用されて来た二面性という君主の役割が見えて、なるほどと、思いました。
 五か条のご誓文に続く五榜の高札は、決して民のためのものではなく、政権による強制あるのみのものであったとは!
 スタートからしてかくなるものである上は以降の歴史がいかに流れたか、合点がいくものでしょう。民衆に向かって、違反者を指したひとにはご褒美をくださるとは!全く人を馬鹿にしたお話です。後進性が疑われるのは当然なので、教科書では隠蔽の意図がみられると、著者は指摘しています。
著者は明治維新を可能にした契機を三つ挙げ正しく中学生を理解させるためのキーポイントとしています。そして「中学社会歴史」に注目し、民衆の動きは、見逃し得ない契機の一つとしています。
 また、関東大震災の記述で、軍隊・警察・住民の自警団により大勢の虐殺被害者(社会主義者、朝鮮人など)が出たとありますが、果たして煽動の主役を荷ったのはどこいらへんにあったのか、軍隊と警察の犯罪を教科書がしっかり書かないと、亡くなった多くの魂が浮かばれないでしょう。
 
 日中戦争15年間の長きに亘る我が国の軍による中国、朝鮮、台湾の残酷極まりない侵略の歴史的事実が、教科書の中にきちんと、示されるのは難しいのかもしれませんが、生徒達に第二第三の過ちを繰り返してはならない決意を喚起するためには必要な事でしょう。ですから著者には、教科書に欺瞞・逃避・隠蔽などが見られるものは、許し難いとしています。教科書に代ってここに語っておられます。

敗戦後の天皇とマッカーサーとの四回にわたる会談の内容も入っています。天皇白録と併せ考えると、確かに天皇ご自身に於いて象徴としての自覚がなかったことが、よく読み取れます。マッカーサーとの第一回会談で、戦争責任を免責された事と深い関係があるようです。彼の長年にわたる側近依存性から、一体どのような説明具申があったのか疑いたくもなります。
著者はまさに的確に言い当てています。「大元帥でもあった天皇に、12月8日が無ければ8月15日も無かった。真珠湾攻撃が無ければ、ヒロシマは無かったのである。」と。我が国の近代史は虫食い斑の多い国家主義で覆われていることは遺憾ともし難いものだ、と感じています。重ねて云いますが、この本の発行によって、あの名著「少国民」が重い意味を持った、ことを私は知りました。

なお最後の二編の作品は、心癒される、 彼の故郷回帰の思いが込められた紀行文です。
私自身のことをお許し頂ければ、懐かしい地名駅名人名が出て来ました。引き揚げ船から上陸した仙崎港、昔通った各駅停車の駅 帯織 押切り 柿崎など)