ライン

教育主事室

(きょういくしゅじしつ)

アイコン

教育主事室へようこそ

教育主事
(鴻巣准看護学校講師)

篠原(しのはら) 節子(せつこ)
撮影:志垣 暹 氏

教会と幼稚園における教育プランナーです。
    2008・春・アトランタ訪問記

 2008年の春休み、私たち夫婦(鴻巣教会牧師とキリスト教教育主事)は10日間アメリカ・アトランタへ行ってまいりました。牧師は初めてのアトランタへの旅、私は2度目でした。私は9年前の1999年4月2日、たった一人で出かけたのでした。それはその4日前の3月29日、私の唯ひとりの妹が57歳の若さで急逝したと言う報せを受けたからでした。妹は前から熱望していたアメリカ移住を、その2年前に夫と共に実現して満足の日々を過ごしていた矢先の出来事でした。
 その当時、四国、愛媛県大洲市の大洲教会に私たちは勤めておりました。妹、急死の報せを受けた時は、教区の中高生キャンプのリーダーとして参加していたのですが、そのまま千葉の息子宅に直行、パスポートと現金を送ってもらい、あわただしくデルタ航空の「機中の人」となりました。14時間の心細い「ひとり旅」を終えてアトランタ空港に無事到着。そこには迎えてくれる甥(妹の長男)が来ているはずでしたが、3時間以上も会うことができませんでした。どうしていいか全く分からず途方にくれているとき、私の近くにいて、いろいろと話をしながら、日本から帰ってくるお母さん(奥さん)を待っておられたNさんとその方の勤務されている会社の社長・Sさんが、見ず知らずの私のことを助けて下さり、無事に妹の葬儀場に着くことができたのでした。この二家族は、その時の私にとって「天使」であり、「よきサマリヤ人」でした。



その当時の途方に暮れた状況と助けをくれた見知らぬ方々の思い出とを題材にして作ったのが、これもさんびかネットワーク 0916「サマリア人に出会った」 です。
(クリックすると、リンク先へとんでいけます。)
 今回、私の恩人であるその2組のご夫妻と再会できたことは、今回の旅の何よりも大きな喜びでした。



        妹の墓参・モアハウス大学訪問

 今回は前のようなトラブルもなく、出迎えに来てくれた亡き妹の夫と長女と無事会うことができました。3月25日の午後、車に乗るとすぐその足でサウスコブの小高い丘の上にある墓地に眠っている妹の墓参を初めてすることができました。アメリカの墓地はとてもきれいで明るく湿っぽさが無いというのが私たちの印象でした。その夜は姪の家族と私たち、総勢10名でにぎやかな会食、近くのホテルに宿泊、長旅の疲れをいやしました。
 翌3月26日、姪の知人の仲介によってモアハウス大学を訪問し、キング牧師記念チャペル所長のカーター氏と会うことができました。モアハウス大学というのは「人種差別」を糾弾し続けたマーチン・ルーサー・キング牧師が学んだ大学で、今もキング牧師を覚え、その意志継いで行こうとし続けている黒人学生のための大学です。
               
 カーター所長としばらくの時、お話しをすることができ、私の寄稿文も1頁載っている「私の好きなみことば」(日本聖書協会発行)をプレゼントしました。(掲載写真はその時のものです)。所長室にはキング牧師のいろいろな場面の写真が壁いっぱいに架けられていて、いつも見守られているという思いを強くしました。この大学に来る前にCNNセンターのあるダウンタウンを通ってきたのですが、10日程前(3月15日)に起こったトルネード(たつまき)で、窓ガラスの大半が割れ、屋根をはがされた家もあり、その被害の凄さをつぶさに見てきました。



          マーチン・ルーサー・キング牧師メモリアル

 そのあと公民権運動最大の指導者、M・L・キング牧師を記念するキング牧師国立歴史地区に案内してもらいました。ビジターセンターでキング牧師の活動を写真やビデオで見てキングセンターへ向かい、同牧師の資料や遺品の展示を見ました。春休みで家族連れで沢山の人が来ていました。このホールの前には細長い池の中央にキング牧師の棺が安置され、2006年1月31日に亡くなったコレッタ夫人も共に安置されており、お二人の名前が記されていました。
 


          エベネザーバプテスト教会

 そこから続いてエベネザーバプテスト教会を訪ねました。ここは1914年〜1922年にかけて建立された教会で、キング牧師のお父さんが1931年〜75年まで牧師をしておられました。キング牧師は小さいときからこの教会に通い、お父さんと共に伝道されたそうです。1968年4月4日、テネシー州メンフィスで暗殺されたキング牧師の遺体が一時この教会に安置されていたこともあるそうです。
 1974年、キング牧師のお母さんはこの教会の礼拝でオルガンを弾いている時に暗殺されたことを聞いて銃社会アメリカの悲劇を思いました。この教会の売店でキングメモリアルの絵ハガキやキング牧師の演説の声が録音されているカセットテープやCDを買い求めることができました。



          ウエストミンスター日本人教会

 この教会はアトランタをはじめ、その近辺に在住する日本人の方々に日本語によって伝道することを目的として1977年に創立されました。その時以来、武田恒義牧師、牧実夫人がずっと今に至るまで牧会してこられました。
私は前回の99年4月4日のイースター礼拝に出席し、今回2度目の訪問をすることができました。3月28日(金)は婦人集会(15名)で二人でお話しをさせて頂き、30日(日)の聖日礼拝では篠原愛義牧師が「輝きに満ちた喜び・復活」と題して説教をさせて頂きました。その礼拝には前回「たった一人」でアトランタに着いた私を助けて下さったNさんご夫妻が車で40分かけて来て下さり、共に礼拝を守ることができました。もう一組のSさん御夫妻も金曜日の集会後に私たちを迎えに来て下さり、ダウンタウンの御自宅を再び訪ねることができました。
 他にも思いがけない鴻巣出身の女性教会員にお会いできたり、亡き妹がアトランタに移住するきっかけとなって下さった女性に初めて会ってお礼を言うこともできました。また私の大学の後輩に当たる方が車でホテルまで迎えに来てくださいました。
 武田牧師にはお忙しい中、聖学院アトランタ国際学校、ウエストミンスター長老アメリカ人教会、ストーンマウンテン、キングメモリアルなどを案内していただき、牧実夫人のお心こもる夕食を頂いて、楽しい歓談の時を持ちました。



         聖学院アトランタ国際学校
        (通称「セインツ」)


 この学校は1990年に開校し、新しいキャンパスを得て、ツーウエイ・イマージョン、日本語と英語を母語とする二つの言語グループが二つの言語をイマージョン方式で学んでいる学校です。約110名の園児、児童に対して、日本人教師、アメリカ人教師が計19名で教えておられます。
 武田牧師もこの学校と深く関わっておられ、忙しい時間を割いて私たちを案内して下さいました。春休みでしたが校長先生が交代される時で、富沢寿美子前校長と大木みな子新校長にお会いして歓談することができました。きれいなキャンパスをつぶさに見せていただいて、アメリカで脚光を浴びているツーウエイ・イマージョンの学校として、ますます発展されるよう、主のお導きを祈りました。 




 その他、姪の案内で南北戦争の時、戦いの場となった「ケネソウマウンテン」に登り、アメリカの歴史に触れ、マリエッタ地区の歴史を語る「ルートハウス ミュージアム」、「風と共に去りぬ ミュージアム」なども見学することができました。
 8泊9日の短い旅でしたが、至る所に咲く桜、ソメイヨシノにジョージア州アトランタの春を愛で、自然の美しさに心を洗われ、多くの人々との心暖まる交流ができ、心から天地の創り主なる神様に感謝の祈りを献げることができた旅でした。
 4月3日(木)、無事に成田空港に到着、鴻巣教会に帰って参りました。







教育・育児に関するご相談は、
付属英和幼稚園にお申し越し下さい。
教育主事・主任などが応対させていただきます。
あらかじめご連絡下さい。
電話048−541−0634またはメールボックスまで。
メールadress
(@を半角にして
下さい。)

kounosu@church.email.ne.jp

トップ アイコン
鴻巣教会

えいわ
ようちえん

ライン