メディカ出版発行 ペリネイタルケア Vol.14 (1995年7月1日発行) より 

報告 5月5日 国際助産婦の日・東京 (1995)  文と写真:宮崎 雅子
(※註 助産婦という名称は保助看法の改訂により現在は助産師となっています)

 
 5月5日は国際助産婦の日。昨年、JIMON(ジモン)が東京で展開した『助産婦 女性とともに』と銘打ったキャンペーンは、300人もの人を動員し、社会へのPRに貢献した。そのバイタリティが飛び火して、今年は全国各地でイベントが企画されたようだ。
 JIMONは、被災地神戸での応援準備を進めていた。できることならあっちにもこっちにも出てみたいと心が踊ったのだが、諸事情により東京を動けなかった私は、神戸に行かず、居残ったジモンのメンバーが東京で企画したパレードに参加した。その模様を写真も交えて報告する。

準備に大忙し
 連休はあいにく雨、または曇り空が続いたが、全国の子どもたちの祈りが通じたのか、はたまた助産婦の気が雨雲を吹き飛ばしたのか、この日は晴れ間がのぞくうす曇り。
 午前9時、準備会場のアイリスにJIMONの中根直子さん(日赤医療センター)、高橋小百合さん(開業助産婦)、そして釘村千夜子さん、中沢裕里さん、和歌山から上京中の井藤千子さんの5人が到着した。明け方4時頃までかかって、どでかい横断幕を2枚、やっと仕上げたという。しかし眠い目をこする間もなく、次々と集まってくるボランティアの人たちに、やり残した作業を手わたす。園生陽子さんとバースエデユケーターの戸田律子さんは、替え歌の歌詞づくり、横断幕を取り付ける棹を買いに走る人、配付するリーフレットの印刷、風船づくり・・・。
 10時をまわる頃には、人数も把握できないくらいに人が集まり、慌ただしく熱気を帯びてきた。
 ギターを抱えて到着したお産ネットワークの定塚才恵子さんは、園生さんらと音合わせをすませ、渋谷駅に近い大盛堂書店前でできたてホヤホヤの助産婦の替え歌を歌った。中根さん以下10人の風船部隊が、次々と800個の風船を膨らませ、リーフレットを添えて道行く人々に手わたす。同じ場所で歌の合間には、釘村さんが助産婦職のアピールを延々と繰り返した。
 高橋さんのひらめきで、ジュースの空き缶を潰した中に小石を詰め、手製の楽器ができあがった。プラカード14本にコンドームを膨らませた風船やレッドリボンを飾って、さぁ、いよいよ、あとは出番を待つだけ!

いよいよパレード!
 午後1時。生後一ヶ月の赤ちゃんを含む総勢約50人のパレード隊が宮下公演に集合。打ち合わせの後、アフリカンドラム奏者ビングル氏を囲んで、簡単なガナの歌と替え歌の練習をする。昨日、赤ちゃんが生まれたばかりという在日アメリカ人のリチャ−ド氏と、お産の介助にハワイからやってきたというメアリーさんも飛び入りで参加して、国際色豊かだ。「一体何が始まるの?」とベンチに腰掛けたカップルが不思議そうな顔で見ている。そりゃ、そうだ。助産婦のデモ行進なんて、見たことも聞いたこともない。とすれば、これは歴史に残る第一歩(?)になるかもしれない。
「さぁ、ここで気を高めて出発しましょう!」
 背中に三男・風鈴君をおぶってはいるが、一番元気な声で高橋さんが出発の合図をする。車道を歩くので支部や警察署から3人の警官が誘導に来ていた。偶然にもその中に、お母さんが開業助産婦だったという人がいて、親身になって相談に乗ってくれて、この日はニコニコ顔で私たちを見守ってくれた。
 ドンドコ、ドドンドーン――先頭のビングル氏の太鼓と声が、よそう以上に雨上がりの空気に響きわたる。紫の地に『JOINING HANDS』、そして最後尾には、ピンクの地に『あなたの助産婦さんは誰ですか?』と書かれた横断幕が鮮やかに旗めく。沿道の人々が振り返り、ちょっと気恥ずかしい。が、写真を撮るため前方からみんなを眺めると、なんともいい顔をしてる! 私はうれしくなった。信号で立ち止まった人たちからは熱い視線。「へぇー、国際助産婦の日だって」「賑やかなパレードねぇ」と声が聞こえてきた。手を振ってくれる人もいる。
 ♪お産 おっぱい 子育てに 助産婦 助産婦 
        性の悩みや更年期 助産婦 助産婦♪
 宮下公園から原宿を回って渋谷のメインストリートを通り、公園に戻る40分ほどのコースを、大人も子どもも歌を歌いながらそれぞれの格好で練り歩いた。

女性たちと手を組んで
 日頃耳慣れない『助産婦』という言葉を、この日何人の人が気に留めてくれただろうか。いや、成果よりも何よりも、助産婦自身が胸を張って「私は助産婦です」と街に飛び出していったことに、私はさわやかな感動を受けた。何かをやるにはエネルギ−が入るし、お金もかかる。しかし、助産婦を広く知ってもらうための一つの手段として、今回のパフォーマンスはとても有意義だったように思う。
「女性たちと一緒に手を組んでやれたということ、面倒な後片付けもなくて楽しかった。またやりたい!」というのが終わった後のみんなの一致した感想だった。
 また、参加した工藤チヨさん(開業助産婦・73歳)は「助産婦の姿が地域から消えつつあることに憂いていた。若いパワーに接して圧倒されました。これからも大いにやってほしい」と期待する。
 日々の助産業務に、このみなぎる力をどんどん発揮してもらいたいと、切に願っている。
       ※註 助産婦という名称は保助看法の改訂により現在は助産師となっています

翌年その他の写真