エッセイ
・私の一冊 47
理屈を超えて伝わるもの
「新世」No.638
「風成の女たち」ある漁村の闘い 松下竜一 (社会思想社)
この本を読んだのは今から16年前、私が28の時だ。自立したいという思いを抱いて
上京して以来、ようやく東京暮らしにも慣れてきたものの、まだ本当の自分に出会って
いないような苛立ちを抱えた時期だったように思う。
この年の春、私は夜間の写真学校に通い始めていた。テーマを探して時間があれば、
あちこちふらふらとさまよい歩いていた。
その頃、映画にしろ、本にしろ、やたらとドキュメンタリーに凝っていた。
人間のありようを探していたのか、松下竜一氏のノンフィクション作品に興味を持っ
たのも、そんななりゆきからだったと思う。
この本の舞台は大分県臼杵市大字風成(かざなし)。昭和44年から2年間、「かざな
し」という小さな漁村でくり広げられた、セメント工場誘致反対闘争の記録である。
突きん棒漁で暮らしを営む漁村のおなごしたちが自分たちの海を守ろうと、身体を張
ってなりふりかまわず立ち上がる。
署名を集め、勉強会を開き、背中に子をしょってビラを配ったり、座り込みをしたり。
そんな女たちの姿を軸に、住民たちの反対闘争の経緯がこと細かに綴られてゆく。
松下氏の聞き書きによる風成のかあちゃんたちのおおらかで飾り気のない言葉が、同
じ九州出身でもある私の胸にズシンと響いた。
一人で生きてゆきたいなどと、思い上がった考えの自分はなんと小さいことか。
極寒の海に強制測量のイカダが来て、それを阻止しようと女たちが雨の中、白装束姿
で次々と海に出る。クライマックスシーンで、私は涙を止めることができなかった。
理屈ではない、身体の奥底からあふれ出るいのちのエネルギーというようなものを、
いつしか風成の女たちからひしひしと感じていた。
大切なものを守り通す勇気、女たちの連帯…そして人の弱さ、悲しみ。私の写真を撮
る原点として、今も心の中に張りついている。