おまけ
おまけです・・・・・管理人が暇つぶしに書いた「黒鉄」のお話しです。
!!ご注意!!
冬目先生が
この内容に関して公開が好ましくないと判断された場合
当サイトはすぐに公開を取りやめる用意があります。
まだ未完成で内容も稚拙ですが、お暇であればお付き合い下さい。
って言うか…あんまり期待すんな……
――――Desperado―――
(デスペラード)
| 出雲街道に未甘(みかも)という宿場がある。 新庄・米子より勝山・津山に至る間にある宿場である。 美甘から八反不動滝に向かう道程は出雲街道でもっとも険しい道であったという事であるから、江戸の時代にはこの宿場にて足を休める旅人も多かった事だろう。 当時の宿場では街の中心に本陣や問屋場そして旅篭屋を置き、宿端に茶屋があるというのが一般的であった。 本陣とは大名の宿泊所であり、問屋場とは飛脚業務や人馬(人足や本馬といい荷を運ぶのが仕事である)の継立を行う場所の事である。 江戸時代の旅人達は宿場の旅篭屋にて一日の疲れを癒し、茶屋にてその地の名物(菓子や果物)を嗜み、必要があれば人足や馬を利用して旅を続けていたのである。 その旅の様子は現在の私達が考えている旅よりも遥かに活気に満ち、にぎやかで楽しい旅だったのかもしれない。 しかしそんな旅とは全くの無縁な旅人がいるのもまた事実である。 ならずものに渡世人、無宿人・・etc・・呼び方は無数にあるし、それぞれ意味も違うけれども堅気の衆にとって迷惑な連中である事には変わりない。 この美甘の宿場にある「つちや」という名の茶屋に来た男も、そんな者達の一人であった。
−−−茶屋「つちや」−−−
「いらっしゃいませ〜〜〜」 男が店に入るとすかさず給仕の娘の声が飛んだ。 澄んで弾むようなその声が耳に心地よい。 きっとその声はこの店の商いにかなり貢献している事に違いない。 加えて器量も申し分なかった。 店の中は旅人だけでなく、多くの宿場人足達でにぎわっている。 おそらくこの娘がお目当てなのだろう。 「何になさいますか?」 男が店の入り口にほど近い腰掛に座ると、給仕の娘が注文を聞いてきた。 「・・・・・・・・・」 男は答えない。 娘は恐る恐る男をみやる、するとたちまち怪訝そうな顔になった。 ムリも無い男は奇妙な鉄仮面で顔を覆っていたのである。 それに立ち振る舞いや腰の脇差で渡世人だとすぐにわかった。 しばらくして男はようやく口を開く。 「いや 蕎麦を一杯もらえねぇですかい」 鉄仮面の渡世人は蕎麦を注文する。 給仕の娘は少し安堵した顔になった。 『おかしな人・・・それに、変なお面だし・・・』 娘はそう心の中でつぶやいていた。 奇妙ないでたちの男だが、別に狼藉を働く気はないらしい。 しかし所詮渡世人には変わりあるまい、あまり関わらないほうがいいに決まっている、娘はそう思った。 「はい かしこまりました〜〜」 娘は明るく返事をしてみせた。 お昼のかきいれ時だから次から次へと注文はやってくる、娘は目の前の忙しさに没頭する事にした。 「ぞぞぞ・・・・」 蕎麦をすする音が茶屋の喧騒の中にかき消される。 嵐のような忙しさが一段落ついたところで、娘は鉄仮面の渡世人に目を向けてみる。 渡世人はすでに蕎麦をたらい上げていた。 今は茶をすすっている。 娘は渡世人がどうやって鉄仮面をしたまま蕎麦をたらい上げたのか不思議でならなかったのだが、直に聞く気などは毛頭無かった。 だがその渡世人のほうから娘にこう尋ねてきたのである。 「一寸お尋ねしてぇんですが、この宿場に高松一家の時次郎親分って親分さんがいると聞き及んでおりやす」 渡世人は続ける。 「何でも分別をわきまえて堅気の衆にまで慕われている親分さんだとか、昔色々と噂を聞いていたんですが、今のこの地では全く話しを聞きませんで・・・何かご存知ねぇですかい」 「・・・・・わ・・わたし何も知りません」 娘の言葉と同時に店の一部に緊張が走った。 宿場人足らが一斉に渡世人を見る。 そのただならぬ空気に、渡世人は何かを感じ取ったのだろう。 「いや、知らねぇんならいいんです・・・お代はここに置いときますんで」 渡世人は一度店の中を見渡した後でそう言い放ち、そうそうと立ち去っていった。 娘は表に出てその渡世人の後ろ姿を見送る。 そして自分でも何故かはわからないが、その渡世人の身を案じたのだ。 「あの人・・・まきこまれなきゃいいけど」 せっかく静かになったというのに、また刃傷沙汰が始まるのだろうか? 「ふぅ・・・」 娘は、深いため息をついた。 渡世人の中には通り名を持つ者がいる。 巷で噂にのぼるような有名な渡世人なら大抵通り名を持っていた。 通り名はその渡世人の身体的特徴や斬った人数、あるいは得意のエモノにちなんで付けられることが多い。 この鉄仮面の渡世人もそうした通り名を持つ一人であった。 その名を「鋼の迅鉄」と言う。 一度屍となり、鋼の身体に生まれ変わった渡世人の通り名であった。
−−−外れの寺−−−
宿場の外れにうちくたびれた寺がある。 多くの無縁仏を弔っているこの寺に、今一人の女が訪れていた。 歳は二十と半ば頃、切れ長だが大きい目に形のいい鼻梁と意志の強そうな口元、加えて闇に吸いこまれそうな黒髪が風になびいている。 墓地の前にたたずむその姿は荒波の海をじっと見つめる一羽の鵜の如く、静かだが内に秘めた想いが強く感じられた。 「まさか・・・こんな事になっているなんて・・ねぇ」 「ここをおん出て早八年、ろくに戻らず便りも出さず帰ってみれば墓の中・・・」 「久方ぶりの再会が・・・・こんな形になるとはね」 女はある墓の前にて一人語りかけていた。 仏の縁者なのだろうかその語り口は後悔と自責の念が強く現われていた。 女は静かに墓の前にしゃがみこみ、そしてその切れ長だが大きな目を大粒の泪でくもらせていた。 「・・・・・・っく・・うぅ・・」 言葉にならない嗚咽がかすかに漏れていた。 肩は震え手は硬く握られ赤くなっていた。 微かな風が女を優しくなだめる様に流れ、寺の屋根の鴉はその様子を見守っているかのようであった。 「誰だいっ!?」 女はそう言いながら急に立ち上がり振りかえった。 墓地の側にある大きな立ち木の向こうに人影がある、女はその気配に気がついたのである。 目にはまだ泪が残っている。 警戒を解かぬまま、女はゆっくりと泪をぬぐった。 「すいやせん旅のものでございます、こちらの寺にて一晩厄介になろうと思いやして…別に覗き見るつもりじゃなかったんでさぁ」 そう言いながら現れたのは迅鉄であった。 迅鉄は滅多に旅篭屋に泊まる事が無い。 旅篭屋は一人客を嫌っていたし路銀もそう多くを持っている訳ではなかったからだ。 ましてや無宿の渡世人である、人嫌いではないが目立つ所にいると余計な事に巻き込まれる。 それゆえになるべく人目を避けたかった。 自然と宿場の外れにある寺や社で夜を明かす事が多くなる。 「ところで、こちらの寺の住職はどちらで?」 迅鉄は女にそう尋ねていた。 「・・・・・・・・・・」 女は答えない、迅鉄は少し間を置いてから続けた。 「この 寺の・・!?」 「お前さん、旅の者だって言ったね」 迅鉄の言葉を遮るように急に女が口を開いた。 そしてそのまま続ける。 「・・・・私だって似たようなものさ、私がこの土地の人間だったのはもう随分と昔のことだったからね」 「ふふ・・・今更戻る気になったって、当のこの地がお呼びじゃないなんてね、とんだお笑い草だよねぇ」 その語り口は何処か自嘲気味ていたが、それでも警戒は解かぬまま迅鉄を見ている。 「ふぅ 寺の住職はそのうち戻ってくるだろうさ」 最後に軽くため息をつき一言だけ付け加えた。 「では、それまで待つことにしやす」 迅鉄はそう言いながら寺を囲っている土壁のほうに歩き出していた。 寺の住職も日が暮れる前には戻るだろう、それまで壁に背を預けて休んでおけばいいのだ。 女がここから立ち去ってくれれば身体に油を注す事が出来る、迅鉄はようやく休む事が出来そうだと考えていた。 だがそこにもう一度声がかかる。 急に女が呼びとめたのである。 「待ちな・・・いや待っておくんなまし」 迅鉄はその声を聞くとゆっくりと振りかえり、何も答えずにじっと女を見たままその場に立ち止まった。 女は迅鉄を呼び止めるとその目で迅鉄を値踏みするように見ている。 「旅人さん・・見たところ渡世人のようだね、それにその鉄仮面・・・聞いたことがあるよ、顔を鉄仮面で覆った腕の立つ渡世人がいると・・名は迅鉄・・鋼の迅鉄ってね」 鉄仮面で顔を覆った若いが腕の立つ渡世人、女は噂で聞いた事があった。 その正体は死んだはずの人切り迅鉄だとも。 「確かにそう呼ばれることもありやす、が安心しておくんなさい・・・金で人を切ることもありますが堅気の衆には手を出しやしやせん」 三度笠で顔を伏せながら迅鉄はそう答えた。 すると女は穏やかな口調になって迅鉄に話しかける。 「そうかいやっぱり鋼の迅鉄かい、こんなところでお前さんみたいな渡世人に会えるとはねぇ、こりゃ親父さまが最後に引き合わせてくれたんだろうね」 「私の名前はお蓮、この美甘にて一家を構えていた時次郎の娘・・・中には弁財天のお蓮と呼ぶものもおります、以後お見知りおきを」 女は自らを時次郎の娘「お蓮」と名乗った。 「弁財天のお蓮」女だてらに渡世を渡り歩き、賭場を股にかける凄腕の博徒、その背には弁財天の刺青が微笑みかけ、多くの男達がその両方にお目にかかりたいと願っているその人だった。 時次郎の名を聞くと、迅鉄は伏せていた顔を上げて三度笠から手を離す。 その顔には明らかに驚きの表情があった。 「お前ぇさんが・・・・・時次郎親分には大変世話になった事がありやす、で今親分さんはどちらに」 思わず迅鉄はお蓮に尋ねていた。 それと同時に迅鉄の脳裏に過去の記憶がよみがえる。 あれはまだ迅鉄が人切りと呼ばれていた頃である。 父親の意趣返しを果たした後、迅鉄は執拗な追っ手を巻きながら逃げていたのだが、とうとう追いつかれてその場にて切り合いとなった。 なんとか追っ手を切り伏せたものの、迅鉄自らも手負いの身となったのである。 迅鉄はどうにか次の立場までたどりつくが、追っ手にやられた傷が原因でそのまま倒れてしまう。 その時にその立場の茶屋に居合せた時次郎とその若衆に介抱を受けて、迅鉄は一命を取りとめたのである。 時次郎は倒れている迅鉄を見つけるやいなや、次の宿場に先に若衆を向かわせ人足を連れてくるように指示すると自分は迅鉄の傷の手当てにあたった。 幸い傷はまだ致命傷には至っておらず回復の兆しが見えたので、若衆が連れてきた人足達に迅鉄を担がせ、共に宿場入りし旅篭屋にて迅鉄を介抱したのである。 それから迅鉄が意識を取り戻すまでは更に数日をようしたのだが。 迅鉄は介抱を受けている間に、なぜ何のゆかりもない自分を助けたのかと時次郎に聞いた事がある。 当時の記憶が更に鮮明になってよみがえった。 「倒れていたお前ぇさんを見た時、まだ目だけがギラギラしてやがってよ、まるでこの世に恨み辛みしか残さねぇって面だった・・・・・」 「このままほっとこうかとも思ったんだが、よく見るとまだ餓鬼じゃねぇか、すると急に興味がわいたのよ、こんな餓鬼が、ここまで恨みを持つに至った訳ってやつが、知りたくてな」 時次郎は迅鉄の枕元でキセルを含みながら淡々と答える。 「・・・・・話す気は無い」 迅鉄はそっけない。 「そうかい・・・話す気がねぇなら、それでもかまわねぇよ・・・・・・・お前ぇさん・・・これから何かあてはあるのかい」 時次郎は少し間を置いてからゆっくりと尋ねてきた。 「もし・・・あてがねぇのなら、俺と盃を交わす気はねぇか・・・・なに今すぐでなくてもかまわねぇ、やり残した事があるってんなら、それを遂げてからでもいいんだ」 「・・・・・・・・・・・・」 「お前ぇさんぐらいの若さで、斬り合いを経験している奴はそうはいねぇ、一家の若衆にも見込みのある奴はいるが、意気込みだけで人が斬れるって訳じゃねぇしな・・・・・つまりだ・・・・・助けたのは、お前ぇさんを見込んだからさ」 「・・・・・・・・・・・・」 「俺は美甘で一家を構えてる、その気があろうが無かろうが一度は顔を見せに来な・・・・」 そう言い終えると時次郎は部屋から出ていった。 それから二日後に時次郎とその若衆は、先を急ぐからと数日分の米と旅篭屋の宿賃を置いて先に旅立ってしまう。 「お前ぇさんにも色々と事情があるんだろうが、せっかく助かった命だ・・・これからはその命大事にな」 迅鉄の中で別れ際の時次郎の言葉がよぎる。 その時は余計な事をしてくれたと思った。 自分はあのまま死んでも別にかまわなかったのだと。 そして確かに迅鉄は、その後一度屍となるのである。 「そうかいお前さん・・・この地には親父を尋ねてきたのかい・・・」 お蓮の声で迅鉄は現実へと引き戻される。 その声は先ほどよりももっと穏やかに感じられた。 「親父さまならここだよ」 そう言ってお蓮はもう一度墓の前にしゃがみこむ。 その仕草で迅鉄は理解した。 「せっかくの客人をこんな形で迎えるなんてね」 お蓮はそうつぶやいていた。
−−−寺の中−−−
『しかしよう迅鉄・・まさかお前ぇの捜していた時次郎親分がすでに死んじまっていて、その娘に会うなんてな』 「鋼丸」がそう迅鉄に語りかけたのは、寺の住職がゆうげの片付けをする為に席を外した直後であった。 「鋼丸」…迅鉄の持つ脇差であるが、自らの意思を持ち人と話す事も出来る。 元々は侍の身であったが迅鉄と同じく一度屍となり刀として生まれ変わったのである。 迅鉄の相棒として主にその声を使い迅鉄の意志を人に伝えている。 迅鉄は何も答えない。 もっとも口にだして答える事は出来ないのだが。 目の前には酒を嗜むためのぐい呑みが一つだけ置いてある。 『ここの住職なら詳しい話しが聞けるかもしれねぇな?』 「鋼丸」はそう続ける。 時次郎親分の墓の前でその娘お蓮と出会った後、ようやく帰ってきた寺の住職に頼みこみ迅鉄はこの寺に一晩厄介になる事が出来た。 この寺の住職は気さくで非情にに気のいい人物であり、迅鉄の申し出を快く承知してくれたのだ。 しかも寝床だけでいいと言う迅鉄にゆうげを馳走し、酒まで奮ってもてなしたのである。 「これは、かくもありがたき般若湯ですぞ」 そう言っては迅鉄にぐい呑みを手渡すのである。 その代りに迅鉄の旅の話しを聞かせてくれとせがまれたのだが。 「いや お待たせいたしましたな」 片付けを終えた住職が新しい徳利を持って戻ってきた。 どうやらこの住職との酒宴はまだまだ続くらしい。 後日「鋼丸」はこう漏らしている。 『あの寺がくたびれてるのは、檀家衆のお礼が酒に変わってるからだろうな』 二人が酒を酌み交わす度に夜はふけてゆく。 「ところでご住職・・・少しお聞きしてぇ事があるんですが・・・」 迅鉄はそれまでの話しが一段落ついてから切り出した。 更にこう続ける。 「この美甘で一家を構えていなすった時次郎親分をご存知ですかい?」 「・・・ええもちろん知ってますとも・・・この地では知らぬ者はいませんだな・・・」 住職は一旦間を置いた。 「時次郎親分はこの美甘にていくつかの賭場を仕切っておりました、近隣の貸元衆にも評判良く分別もあって堅気の衆にまで慕われてましたよ・・・・」 「その辺は聞き及んでおりやす・・・・」 「あれほどの御仁・・・やはりまだ亡くなるには早過ぎましたなぁ」 そう語る住職の表情はどこか寂しげであった。 その表情だけで本当に時次郎が慕われていたのだとわかる。 「あっしは昔親分さんに世話になった事がありやしてね・・・でもまさかすでにこの世の人じゃねぇなんて思いもよらなかったんでさぁ」 迅鉄は住職にそう語りながら酒を継ぎ足す。 「そうでしたか・・・・・病だったんですよ」 「あれだけ頑健だった御仁が亡くなる三月ほど前から床に伏せる事が多くなりましてね、まわりの者は医者にかかるように進言したんですが親分さんはそれを頑として聞き入れませんでしたな」 そこまで語ると住職は、視線を落とし顔をふせた。 おそらくこの住職も、医者にかかるよう進言した者の一人なのだろう。 その姿からは後悔の念が見てとれた。 「今からちょうど一月ほど前に急に親分さんの容体が悪くなりましてねそのまま・・・・・・医者を呼ぶ間も無かったそうです」 そう言い終えると住職は手にした酒をゆっくりとあおる。 迅鉄もそれに倣った。 乳白色の濁り酒が喉に流しこまれる。 「・・・・・・にしても、それだけにしちゃぁ・・ちっと町の様子が、おかしくねぇですかい」 迅鉄は住職に茶屋での出来事を語る。 給仕の娘や人足達の反応は何かがあったとしか思えなかったからだ。 「実は・・・時次郎親分が亡くなられた後に刃傷沙汰がありましてね、まあ貸元どうしの対立なんてのは良くある話しなんですが、対立している伊三郎一家がこれを好機と見て攻勢に出ましてね」 住職は事のいきさつを語り始める。 高松一家と並び勢力を二分していた一家が伊三郎一家である。 親分である伊三郎はその狡猾さで近隣にも知られており、この地にて賭場を開き渡世を渡っていた。 伊三郎は時次郎が病にて亡くなるとすぐに行動を開始する。 高松一家との抗争である。 これに対して高松一家も甚六という若頭を中心に対抗するのだが、その甚六も抗争が始まってから三日も経たない内に刺されて命落としてしまう。 親分と若頭二人のまとめ役を欠いて浮き足立った高松一家は、伊三郎一家の前になす術も無くあっけなく潰されたのだ。 これにより伊三郎一家は美甘の賭場の大部分を取り仕切る事となった。 ただ、時次郎の喪も明けぬうちに抗争を始めた事はあまり外聞のいい話しではなかった。 その為に伊三郎は話しが広まらないように街を力で牛耳ったのである。 それでもいくつかの貸元衆には知られる事になるのだが。 伊三郎一家の若衆は高松一家や時次郎の名が出れば敏感に反応するようになり、時には言いがかりを付け乱暴を振うのである。 街の者達は口には出さないものの、明らかに伊三郎の事を快く思っていなかった。 「伊三郎親分も高松一家の継承をちゃんと見届けた上で事を起こせば、男っぷりも上がろうってもんなんですがね」 「・・・・・・・・・・・・」 確かにその通りだがきれい事だけでこの渡世を渡れるものではない。 迅鉄は理解していた。 伊三郎にとって時次郎は本当に脅威だったのだろう。 機と見ればすぐさま行動する、これも才覚なのである。 迅鉄は律儀な性質であったが決して正義感の塊ではない。 むしろ自分の行動にいつも疑問を抱いてる節があった。 いくら考えても結論は出ずその度に悩み行動する。 それはこの鋼の身体が朽ちる時まで続くのだろうか。 迅鉄は話しを時次郎の娘お蓮の事に移した。 「時次郎親分の娘、お蓮がこの美甘に来ているのはご存知で?」 「戻って来てるんですか・・・お蓮ちゃんは」 お蓮を「ちゃん」付けで呼ぶ住職に、迅鉄は少し戸惑う。 「親分さんの墓の前で会いましてね、あっしはそれまで親分に娘さんがいたなんざ知らなかったんでさぁ」 迅鉄が墓の前でのいきさつを語ると住職は懐かしそうな目になる。 時次郎親分と同じように、その娘のお蓮とも親しかったのだろう。 「戻ったのなら・・・少しくらい顔を出してくれてもいいと思いますけどねぇ」 住職は不満を漏らしながらも嬉しそうに語っていた。 街の中心からやや外れた裏通りに伊三郎は一家を構えている。 その伊三郎一家では、一家の若頭である宗吉が賭場の様子を伊三郎に伝えているところであった。 「で最後に須磨屋の場なんですが、親分の指示通り仙造親分の名代にはしっかりと勝たせておきましたんで」 「そうかご苦労だったな、まあこのぐれぇはしかたねぇだろう」 伊三郎は近隣の貸元衆に対していくつか懐柔策をとっていた。 これもその内の一つである。 貸元衆を賭場に招待しイカサマを使い勝たせるのである。 招待された相手にも魂胆が見え見えな懐柔策なのだが、手は打っておくに越した事は無いと伊三郎は考えていた。 「それから親分、一ついや二つほどお耳にいれてぇ事があるんですが」 宗吉は一通り報告を終えた後一旦間を置いてから続けた。 「実は今日、高松一家について色々聞いて回っていた奴が二人ほどいたらしいんですが・・・」 「んん?それがどうかしたかい」 「その内の一人が、どうもあの鋼の迅鉄のようで」 「・・・確かなのか?」 「その男を見たって言う人足に話を聞きやした、確かに鉄の面で顔を覆っていたと・・・それともう一人なんですが、こっちはどうやら女のようで・・・」 「そうかい、鋼の迅鉄に女かぁ・・・一体何しに来たのかねぇ」 伊三郎は答えながら考え込む。 高松一家と迅鉄に何らかの縁があったのだろうか、もし本当に鋼の迅鉄ならここに来た理由は何か、その女と迅鉄は繋がりがあるのか、さまざまな考えがの頭の中に浮かんでは消えていく。 「・・・・迅鉄らしい渡世人を見かけたら客人として連れてくるんだ、いいな……それから女に関しては放っておけ」 もしかすると鋼の迅鉄を一家に迎える事が出来るかもしれないと伊三郎は考えていた。
−−−美甘の宿(しゅく)−−−
「つちや」の一人娘であるお静の一日は、朝一番で水を汲む事から始まる。 迅鉄がこの地に訪れてから一夜明けたこの日もいつものように井戸に向かっていた。 「はぁー はぁー」 時折足を止めては手に息を吹きかける。 暖かくなり始めたとはいえ朝早くから表に出るのは少し辛かった。 自然と歩幅も小さくなる。 「お静ちゃん、お静ちゃんかい?」 「!?」 背後から急に声がかかった。 慌てて振りかえるとそこには女が立っている。 「えっと・・・・」 お静は両手に手桶を持ったまま首をかしげた。 その女の顔に何処か見覚えがあったのだが、なかなか思い出せない。 そんなお静の様子を見ると、女は少し悪戯っぽく笑った。 「ふふっ 思い出せないかい?」 「!? お蓮お姉ちゃん?」 お静の言葉に女は頷いた。 途端にお静は驚きと喜びの入り混じった表情になる。 加えて懐かしさもこみ上げきた。 「綺麗になったねぇお静ちゃん、見違えちまったよ」 「お蓮お姉ちゃんだって・・・・それにお姉ちゃん今まで何処で何をしてたの?」 お静は水を汲む事も忘れてお蓮に尋ねていた。 子供の頃に仕事が忙しい両親に代わって面倒を見てくれたのがお蓮である。 お静はお蓮を本当の姉の様に慕っていた。 「・・・お姉ちゃん突然居なくなっちゃたから・・・・・」 「すまないねぇ・・・色々と思う事があって旅に出ていたのさ、でも本当にあの小さかったお静ちゃんがこんなに綺麗になるなんてねぇ、ここを出る前に一目だけでも会っておこうかと思ってね」 「・・・・・お姉ちゃん・・・・また出ていっちゃうの?」 「昨日のうちに墓前に立って挨拶は済ませたからねぇ」 「お姉ちゃん・・・親分さんの事知ってたのね」 お静は複雑な顔になった。 「それに伊三郎一家の連中に私がこの美甘にいるって知れてごらん、近隣の貸元衆の手前、表だって手を出しやしないだろうけど裏で何をやるかわかったもんじゃないからねぇ」 「・・・・・・・・・・・お姉ちゃん・・・」 「ん?どうかしたのかい」 「わたしね・・・今まで誰にも言ってない・・ううん言えない事があったの・・・」 一旦黙りこんだ後お静は意を決して話しだした。 「では、お世話になりやした」 迅鉄は世話になった住職に別れの言葉を告げていた。 陽はもうすぐ一番高くなる頃である。 「いやいやこちらこそ楽しかったですよ、もし再びこの地に訪れる事があるなら、またお立ちよりなさい」 そう言いながらも相手は渡世人である。 もう再び会う事はないかも知れない、そう思うと住職は少し寂しさを感じるのであった。 住職はもう一度だけ迅鉄を見ると最後にこう伝えた。 「では、お達者で・・・・」 迅鉄は頭を深く下げると、三度笠をかぶり歩き出した。 「お静!!何呆けているんだい」 茶屋「つちや」ではそんな声が飛んでいた。 声の主はお静の母親である。 今朝からお静の様子がおかしい事に母親は気付いていたのだが、その理由まではわかりかねていた。 『男にでも惚れたのかねぇ』 年頃の娘を持つ親としてそう考えたのは、至極もっともなのかもしれない。 だがお静の気になる事とは全く違っていたである。 『お蓮お姉ちゃん・・・どうするつもりなんだろ、あんな事言わなきゃよかったのかな』 釜の中で踊るうどんを見つめながら、ぼんやりとそんな事を考えてたのだ。 頃合を見てからうどんを釜からあげ、竹ざるのまま冷水で浸す。 いわゆるシメをしてからもう一度湯にくぐらせ、椀にもってダシをはる。 何時もなら手馴れたその作業も、今はどうも手際が悪いようだった。 お静は今朝のお蓮の言葉をなんども反芻していた。 「いいかい、この事は誰にも言うんじゃないよ、いいねお静ちゃん」 お蓮はそう伝えると、その場を去っていったのである。 しかも宿端ではなく中心へ、それが何を意味するのかあまり考えたくは無かったが、お蓮の気性をよく知るお静には、楽天的に考える事が出来なかった。 『どうしよう・・・・お姉ちゃんの身になにかあったら・・・・』 椀に盛ったうどんをそのままにして考えこむ。 その様子を見ていた母親は小さくため息をつきながら、酒の入った徳利をお静に突き出した。 「お静、すまないけどこれを届けてくれないかね」 そう一言だけ。 「・・・えっ!!でもお店はいいの?」 母親が伝えるまで目の前に突き出された酒に気がつかなかったお静は、慌てて徳利を受け取り母親に尋ねた。 「そんなに呆けられちゃ仕事になんないんだよ、いいからこれをお寺にまで届けておくれ、それからもうお代はもらっているからね」 「あっ・・・ごめんなさい」 「いいから早くもっておいき、お店のほうは大丈夫だから」 母親なりの気の使い方なのだろう。 お静にはそれが嬉しかった。 それでも不安が無くなる訳ではないのだが。 店はこれからが一番忙しくなる時である、店の中の長椅子も空いている所が少なくなってきた。 この忙しい中を抜けるのはちょっと気がひけたのだが、お静は素直に母親の気遣いを受け取ることにした。 「じゃあ、行ってきます」 暖簾をくぐりながら、店の中にそう呼びかけて表にでる。 往来にでると、通りを行き来する旅人や人足達の姿が目に入ってきた。 とその中に・・・ 『!? お蓮お姉ちゃん !?』 表に出てすぐ、通りの奥でお蓮を見たのである。 お静はそのまま後を追い始めた、通りには人が多く行き来している。 すぐにでも追わないと見失ってしまいそうだった。 『お姉ちゃん、待って』 そう大声で呼びかけようとして、慌ててこらえる。 胸に抱えている徳利が邪魔に感じられて、何とももどかしかった。 気持ちだけが焦ってきて、なかなか追いつく事ができないので、何時の間にか駆け出していた。 『待ってよ・・・・・』 何度も足がもつれそうになるがその度に堪えて更に後を追う。 そして女の後姿がはっきりと見えるようになった。 『追いついた』 そう感じた途端、お静は足を止める。 人違いだったのだ。 追っていた女の後姿を見ると、お蓮のそれとは明らかに異なっている。 幾分お蓮より年増で背も低い、全くの別人だった。 『どうかしている』 お静は思う。 考えてみればお蓮が目立つ所に姿を現す事はないのだ。 だからこそ朝早くに自分に会いに来たのではないか。 『あたし・・・何しているんだろう』 通りの真ん中で徳利を抱えたまま、一人立ちすくむ茶屋の娘を、通りがかった者達の目にはどう映った事だろうか。 いくつかの視線を浴びながらも、彼女に声をかける者はいなかった。 回りでは旅人の気を引こうとする飯売り女(旅篭置きの女給だが客と一夜を共にする事もある)の呼び声や、人足達の威勢のいい話し声がしている。 彼女の回りだけがまるで窪んだかのように感じられた、その時。 「どうかしたんですかい?」 不意に呼びかけられた声に、お静は我に返る。 その声には覚えがあった。 「どこか 具合でも悪いんですかい?」 そう答える三度笠の渡世人を、お静は思い出していた。
−−−須磨屋の場−−−
美甘の宿でも中の上でとりわけ繁盛している訳でもない、旅篭屋「須磨屋」の評判は決して悪く無かったが、つい先日から少し事情が変わってきているのも事実だった。 今この旅篭屋は、伊三郎一家の賭場、中でも取り分け大きい場が立つようになったのである。 賭場の客はそのほとんどが近隣から招待された貸元衆達であり、伊三郎一家が持つと場の中で今もっとも慎重に運営されるべき場であった。 だが今日は何時もと雰囲気が違う、この場で壷を振っている男、辰造は背中を流れる汗の不愉快な感覚をじっとこらえていた。 『なんだってんだ、この女・・・』 背中だけでなく首にも汗がしたたり落ちる。 壷を振り始めて十とニ年、かけだしの頃ならいざ知らず、首や額に汗をかいた事など無かった男が、今初めて焦りを感じていた。 「丁」 女が変わらぬ調子で答える。 辰造の前には一人の女が構えていた。 右肩の袖を抜き緩やかな肩を露にして右膝を立てるようにして座っている。 胸にはサラしを巻いているが、その豊な双丘はそれでも形よくつき出されている。 加えて立てた右脚の裏には、何かしらの刺青があってかすかにその姿を覗かせるのだ。 「丁」 もう一度だけ女が答えた。 辰造はゆっくりと壷を開ける。 「にろくの丁!!」 辰造の横の男がたからかに宣言する。 と同時にあたりにどよめきが起こった。 「ねぇさん 馬鹿ヅキだねぇ」 そんな声も出ている。 ここにいる者皆が、今の辰造と女のサシの勝負を見守っていたのである。 女の目には、勝ちを奢る気持ちは微塵も感じられなかった。 まるでこれが予定されていた事の如く、平然と構えている。 その姿を好奇の目で見る者もいれば、苦々しく見ている者いる。 「たっ・・・ただ今の勝負にて、胴が飛びました」 辰造は震えながらそう宣言する。 胴が飛ぶとは博打で親が負けると言う意味である。 辰造は敗北感に打ちひしがれながらその場を去っていった。 その様子を見ていた若頭の宗吉は、目立たないように一人の若衆を呼び寄せると伊三郎に急ぎ知らせるように指示する。 そして自らはまだ興奮の冷めやらない場に出ていき、今日この場に来ている客人一人一人に挨拶をして回る。 「たいしたもんですな姐さん、弁財天のお蓮…噂には聞いていたがまさかこれほどとは思いやせんでしたぜ」 先ほどからこの賭場にてひときわ目立っていた女はお蓮であった。 宗吉は何人かの客人と挨拶を交わした後にお蓮に話しかける。 「いえ…たまたま運がよかっただけでございます」 すでにお蓮は袖を直し両膝をキチンと合わせて正座していた。 勝負の緊張も解けていささか表情が柔らかくなったが、それでも宗吉と目を合わせる事は無かった。 宗吉はそんなお蓮の態度も気に介さず、話しを続ける。 「今日は仙造親分の紹介と聞きやしたが」 「この美甘にて仙造一家の方とお合いしましてね、私は仙造親分さんから何度か代打ちを引きうけた事がありまして、そんな昔話しに花を咲かせるうちに陽も暮れちまって……そしたらこの地にはいい場が立つって話しじゃありませんか、これも何かの縁と思い無理を言って打たせて貰ってる次第で」 「そうでしたか、もうしばらくお待ちになって下せい、じきに替わり壷振りをよこしますんで」 宗吉はそう伝えると席を立ち賭場を後にする。 するとそれを待っていたかのように若衆が近づき宗吉に耳打ちした。 「親分が今見えられたようです、それとあのお客人も一緒だそうで」 「そうかい今行く、おめぇはここにいてくれ」 「へい」 |