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冬目景 −ハマリすぎてて壊れてます−

管理人の好きな漫画家さんである冬目先生とその作品について、
管理人がその紹介と個人的な感想を書いています。
あくまで管理人の一人よがりな紹介&感想であり、なおかつ目の付けどころがかなり偏っていますので、
その辺りを考慮してお読み下さい。 (2001年 2月現在)


漫画家 冬目景

管理人にとっての冬目作品の魅力

作品の感想等

桜に関して

おまけ

−ファンであるということ−

toume


 

漫画家 冬目景

以前より管理人がハマっている漫画家さんでありまして、その画と作品独特の雰囲気に魅せられて早○年になります。

現在、コミックバーズにて「羊のうた」を連載、モーニングに「黒鉄」を不定期で掲載、ビジネスジャンプにて「イエスタディをうたって」をシリーズ連載、バーズコミックスデラックス-Bstreet-に「幻影博覧会」を掲載されています。

商業誌以外にも、同人作家としてご活躍されているそうで、手がけた同人誌は人気のあまり入手困難だそうです(同人誌に関しては疎いので、詳しくは知らないのですが)。

その他、ゲームのキャラクターデザインや映画のコンセプトデザイン等、多岐にわたってお仕事されているようです。

ほんの1年前にはマイナーな作家さん(失礼ですよね)だと思っていたのですが、最近は知名度も上がったのかファンも急増中のようで嬉しい限り。

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miryoku


 

管理人にとっての冬目作品の魅力

冬目先生の作品の魅力は、その作画にあると思っています。 その中でも特に女性キャラが素晴らしい。 冬目先生の作品に出てくる女性キャラ達のなんと魅力的な事か、思わず目移りしてしまいます。 管理人が男であるせいかもしれませんが(たまに女性の方が萌える事もあるようです)画に見とれては、しばらくボーっとする事もあり「なんでこんなにツボをついてくるんだよぉ」と叫びながら読んでいます(自分で言うのもなんですが馬鹿ですねぇ)。

また、冬目作品独特の間も魅力の一つだと思います。 管理人の表現力不足で上手く説明出来ないかもしれませんが、登場人物の心情の描写において、よくセリフのない表情だけのシーンや人物とそのまわりの風景を意識たシーンを多用して、独特の間を作り出しています。 この間の存在によって、読み手は登場人物の心情や思いをより理解する事ができ、作品に引きこまれていくのではないでしょうか。

その他にも作品の中で描かれる日常の風景が、非情に管理人好みだったりします。 鉄筋コンクリートよりも木造の日本家屋、フローリングよりも畳敷きの部屋、プータロー、和服、夕食はお茶漬け、オムソバの美味しい店(セリフのみ)、和菓子&冷たい麦茶(うう何やらお腹が減ってきました)、この辺の描写が好きなんですよね。

これらが上手い具合に合さって相乗効果を引き出しているのかなぁと、管理人は勝手に思ったりしてます。

 

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sakura


 

桜に関して

特に意味がある訳じゃないんですが、冬目作品と桜について勝手気ままに書きます。

日本人にとって桜は、馴染み深く親しみのある花だと思います。 四月に進学や就職する事が多い日本では、春に満開になるこの薄桃色の桜の花が、人生の節目や門出に文字通り花を添えてくれますし、桜を眺めながらお酒を飲む「お花見」の習慣も欠かせません。

何より日本では、古来より花とは桜を指し、国花とされてます。 それから桜といえば「満開の桜の下には死体が埋まっている」…そう言ったくだりのある小説も多いですね。 夜に見る大木の桜は、美しさと妖しさを併せ持っていて、そんなお話しが生まれるのも無理はないかと思います。

冬目作品のその作中で桜が印象に残ってるのは、「羊のうた」と「イエスタディをうたって」のニ作品が挙げられます。 

「羊のうた」では幼い千砂が、桜の木の下を素手で掘り起こそうとしている回想場面と、同じく千砂が見た夢の中での母「百子」が桜について語る場面。 「イエスタディをうたって」では、しな子さんの過去にまつわるエピソードです。

「羊のうた」においての桜に関する場面は、前述した「桜の木の下には死体が埋まっている」のくだりそのものです。 母「百子」は幼い千砂に、桜の花が綺麗に咲くのは………と語ります。 それは幼い千砂にとってはショックな出来事だったのでしょう、病が進むにつれて自我を無くしていく母が語った言葉、千砂は母が死んだ後、家の庭にある桜の木の下を掘り起こそうとします。 父「志砂」がそれを咎め、残された幼い千砂を泣きながら抱きしめた時、千砂の中で父を想う心に変化が起きます。 後に千砂自ら「異常な事」「奇形な感情」、と言わしめた父への想いが桜の木の下で芽生えたのは、桜のもつ美しさや妖しさと相俟って、いい演出だなと感じました。

クレヨン社の「辻ヶ花浪漫」という曲を、先日ある方から教えてもらったのですが、この曲が「桜」と「羊のうた」をリンクさせて管理人の頭にインプットされてしまいました。 ここに歌詞の一部をご紹介します。 作詞は柳沼由紀枝さんで、自ら唄っておられます。

月が枝にかかるまで 待てどもあなたが来なければ
小さな花を胸に抱き あなたと思って帰りましょう
もも色月夜に咲く花は 青紫の都忘れ
四辻にゆれるたおやかな影は 時にはかない 辻が花

機会があれば是非、聞いてみて下さい。

「イエスタディをうたって」では、しな子に桜が関わってきます。 この作品では公園や道端での会話のシーンが多いんですが、公園の桜の木の下で晴がしな子相手に、ビールを片手に宣戦布告するシーンや、しな子が一人夜の公園で桜を見ているシーンなど、桜の木が背景として出る場面がよくあります。 しな子は、昔好きな人を病気で亡くした過去があり、その季節がちょうど桜の季節です。 その彼が亡くなった夜に、彼女は一人で桜をずっと見ていたのですから、桜に対する思いも切ないものでしょう。 作中において桜は、しな子が過去に思いを寄せる時や、その過去にまつわる話しが出るときの演出として出てくるわけです。

桜の花言葉は「優れた美人」だそうで、まさにしな子さんにピッタリなんですが、その桜を見る度に切ない思いをしてる彼女に、何時の日か心の底から微笑んで欲しいと、管理人は思うわけです。(結局これが書きたかっただけなのは、秘密だ……)

 

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fun


「ファンであるということ」

(管理人のスタンスとして)

 

管理人は冬目先生(冬目作品)のファンであります。

それは誰にもはばかる事なく、そう宣言できます。

ただ何時の頃からか、ふと疑問に思う事もあるのです。

 

『なぜ好きなんだろう?』

 

ここで、「さっきと話しが違うじゃないか」と思われた方、確かにその通りです。

ですが、この「なぜ好きなんだろう?」という疑問は、確かに存在するのです。

この頁にある「管理人にとっての冬目作品の魅力」は、この疑問に対して自分自身でで色々と
理由をこじつけたモノにすぎないのです。

(それでも、そう思う事に変わりはないのですが)

 

『なぜだか分からないけど 好きなんだよなぁ』

 

結局最後にはこう思ってしまうのです。

「イエスタディをうたって」の作中に、ハルちゃんのこんなセリフがあります。

 

「きっとあの時 あたしの頭の中の何かのスイッチが入ったんだと思う

 おかしいよね・・・ レンアイなんてただの錯覚なのに・・・」

 

もしかすると、管理人の頭の中でもスイッチが入ったのかもしれません。

でも、たとえそれが錯覚であったとしても、「ファンなんです」と言える作品や作家さんが
存在する事は、とても素晴らしい事だと思うのです。

同じようにファンである人達との交流を含めて、「ファンであるということ」そのものを楽しんでみよう。

最近はこんなこと考えてます。

それが貴方にとっても素晴らしい事でありますように。

 

2001年 2月某日 裕

 

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