中田 亨 (産総研)
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「かつてウエーバーに
『彼自身にとって彼の学問は一体どんな意味を持っているか』
尋ねたことがある。
『どれだけ耐えられるか、それを私は知りたい。』
これが彼の答えだった。」
—マリアンネ夫人『マックス・ウエーバー伝』
筆者が東大先端研にいたときに井街宏教授の授業で聞いたものをかなり含む。
- 下手でも気にするな。 「弱い犬ほどよく吠えるって言うけど、何にもしないよりはマシなんだぜ」(尾崎豊)
- 良いものは真似せよ。
- 工夫しろ。
- 道具を揃えろ。
- アイデアはすぐに具体化せよ。アイデアは天の恵み。だがすぐに他人に追いつかれる。
- 論より証拠。考えるだけではだめ。
- 専門家や本の言うことを安易に鵜呑みにするな。これらは断定的に語りがちである。
- 自分なりの仮説を常に持て。
- 統計結果を結果と思うな。それが何を意味し、何に使えるのか、生産的に考える。
- 逃げ腰は禁。弱気で成功する研究など、もう残っていない。
- 自分の専門を限定するな。
- 包括的に考えろ。鳥の視点から見渡す。
- 凝るな。凝ったアイデアより素朴なアイデア。問題に突き当たったら、直接的で露骨な力技に走るよりも、問題の前提を洗い直す。問題を分解する。「AもBも行うもの」は得難いが、バラバラにできるなら簡単になる。いっそAなしでBは出来ないか。思考の惰性を無くす。
「複数の新しい変化を、いっぺんに試すな」 (The Edsel Edict, Gerald Weinberg)
「実験にかかる莫大な費用・労力・時間・失敗を考えれば、速戦速勝が最良の方策である」(孫子)
「やらなきゃいけないことをやるだけさ。だからうまくいくんだよ」(Bob Dylan)実験の目的、つまり「何を確かめるか」を明らかにして、それを確かめるだけの必要最低限の実験を計画すべきである。計画には智恵を振り絞ること。
重要度が乏しく、理論で充分な予測と説明が可能な現象は、実験すべきでない。しかし大抵の現象は、こうした常識的に予測できる(と思われている)現象であろう。
「やってみなければ判らないこと」と、「やらなくてもいいこと」の嗅ぎ分けはどうすればよいか。次の格言を銘記されたい。
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論文を書いてから実験する★格言その1
「論文を書いてから実験する」(ランドシュタイナー)
「勝ってから戦え」(孫子)予期される想像データを書き込んで論文を先に仮仕上げする。(全体にわたって1割程度書いて止める。)それをみんなで読んでみる。データはちゃんとした証拠になりえるだろうか?論文のレベルは充分だろうか?やるべき実験が明確になる。
この戦法は、職業研究者にとっては常套手段。研究費申請書などの目論見書(=実測データが無いことを除いては実質的な論文)を書いてから、証拠として必要かつ充分の実験を行う。 (ランドシュタイナーだけでなく、渋谷陽一も「架空インタビュー」というのをやっていた。これが読者にうけた。単なる予想をはるかに超えた、詳細まで詰めて考えた想像は、価値がある。)
しかし、この手間を省く人が多すぎる。大学では、卒論開始後半年ぐらいすると中間発表会なるものが開催され、それまでの進捗を発表する。このときに想定架空データを書き入れないと、無意味である。「想像の段階だが、詳細はこうなると思う」と主張しよう。
実験で事前予想に反する結果が得られることがある。これは好機である。実験のやり方がまずいか、自分の立てた仮説がまちがっているかのどちらかであり、これを直していく努力こそが本当の研究である。優秀研究とは、「なんでうまくいかんのか?どこまで考慮の範囲を広げるべきか?この場合はどうなのか?」と突き詰めている。 (大島弓子の『雛菊物語』はそんなマンガ。)
“Good science is in the details.” 「良い研究は細部にこそ真骨頂がある」(Allen Newell)
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極端を考える★格言その2
「自然の真理を知りたければ、優しく尋問してもだめである。自然を拷問にかけるべし」(ロジャー・ベーコン)
「敵の主力軍を、我が方の望む場所と日時に誘き出し、一気に決着をつける」(孫子)極端な例にて実験した方が、平凡な条件で実験を重ねるより、真理が露呈しやすい。「ともかく、ちょっと実験してみるか」と思ったら、まず極端な実験条件で試してみるべきである。メートルをミクロンに、グラムをトンに、一部を全部に、プラスをマイナスに、欠乏を過剰に、etc。
小樽港百年耐久性試験のように、19世紀から現在まで続いている実験がある。データが素晴らしい研究である。速戦速勝といっても、実験期間そのものが短かければいいのではない。無駄なことを実験しないで、価値のあることを追求することが良い。(類例:ラボアジエは水を101日間煮続け、四元素説を覆す。)
「林檎は、まあ三メートルか四メートルの高さから落ちたのだろうが、ニュートンは、それが十メートルだったらどうだろう、と考えて見た。だんだん高くしていって何百メートルという高さを考えて見たって、やはり、林檎は重力の法則に従って落ちて来る。とうとう月の高さまでいったと考える。それでも林檎は落ちて来るだろうか。偉大な思いつきというものも、案外簡単なところからはじまっているんだね。ニュートンの場合、林檎を、頭の中で、どこまでもどこまでも高く持ち上げていったら、あるところに来て、ドカンと大きな考えにぶつかったんじゃないか。」(吉野源三郎、『君たちはどう生きるか』)
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多数派とは違うことを考える★格言その3
「みんなと逆のことをやれば、だいたい正解である。大多数の人間は間違っている」(マーヴィン・ミンスキー。金出武雄「素人のように考え、玄人として実行する」より)
「敵の虚を衝けば快進撃できる」(孫子)先輩や専門家が口を揃えて「そんなのは無理!」ということは大抵、なぜか、実現可能である。 (もっとも科学史は残酷であって、輸血実験を自分に施して死亡したボグダーノフ農相の例のように、死屍累々の期間もある。)
問題の前提を洗い直すことがコツである。例えば、永久機関は不可能であるが、実質的に同等な無料機関(太陽電池駆動や自動巻時計など)は可能である。
さらに、技術の進歩はすさまじく速いので、既に正攻法で解決可能な問題であっても、不可能と見なされたままのものも多い。
「あぁ、出来るんじゃないの〜」と言われる研究テーマは、既に誰かが先に手をつけていたり、レベルが低すぎて論文にまとめられないことが多い。難題テーマで討ち死にしてもその報告論文は、「こうすると、どうしてダメだったか」が分かり、科学的価値がある。平凡テーマで他人に先を越されると報告が成り立たない。
【豆知識】 国産陶磁器の国宝は5点しかない。その一点、国宝「秋草文壺」は、平安時代の作の骨壷で、平凡極まりない。国宝というと、野々村仁清、姫路城天守閣、空海の真筆、長谷川等伯の松林図屏風などのレベルであるのに、この壷は地味すぎる。実はこの壷、当時の世界(日本・中国)の常識に反して、意匠化されていない写実的な秋草の絵が描いてあり、画期的であるから国宝なのである。
理論的に不可能であっても可能になることは多い
問題: 方程式X+Y=17を解け。
1)【玄人発想】 変数の個数に対して、等式の個数が少ない。したがって、この方程式は解けない。Q.E.D.
この理由のため、一旦ボマシやモザイクをかけた画像は、元の鮮明な画像に復元できない。
これは数学のペーパーテストを解く際の常識的テクニックである。数学の成績がいい人は、こんな考え方をしやすい。2)【必要に迫られて】 工学の特定の題材では、等式の数が不足することがある。この場合、数式に違反しない何かテキトーな数値を、コンピュータに自動ででっち上げさせたい。(人手でやると面倒なので。)
3)【精密に解く】 金出武雄教授は、ボカシ画像やモザイク画像を精密に復元する方法を開発した。(どのようにして解いたかは、ひとまず置く。考えてみてください。)
肝に銘じるべきは、しょっぱなに玄人発想に陥ると、研究する前に諦めてしまうことである。
他人に「理論的に不可能」と言われようが、絶対にできると確信できるかが最難関である。確信できれば、誰でもそれなりに考え始められるのではないか。
研究者や研究組織の能力は、選球眼と根性にある。「空を飛ぶ機械は不可能である」(ケルビン卿)
「メモリが640キロバイトあれば、誰にとっても充分である」(某氏)
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急がば回れ。登場人物を減らして実験出直し
★格言その4
「直せなかったら機能にしてしまえ」(The Bolden Rule, G. M. ワインバーグ)
「回り道をしているように見せかけつつ、実はゴールに先着するように策戦を立てろ」(孫子)
接着剤の研究をしていたが、接着力が弱いものができてしまった。じゃ、Post-itの接着剤にしてしまえ。(実話)
もしあなたが作った実験系が、湿度の変化に敏感で挙動不安定のため、実験に失敗したとする。ならば、現象と湿度の関係解明の研究にしてしまえばよい。
(知恵を絞ると、 『全部の作業はできないが、湿度を統制できる実験環境で、部分的に実験を行う』か、 『湿度は統制できないが計測できる状況で、実験を繰り返し、関係を明らかにする』などが善後策として考えられる。)
「あれもこれもやる」という実験は、やってみると難しすぎることがある。作業全体は追わずに、不明確な部分の探求に限って実験し、成果を手堅くまとめた、一見地味な研究が、後の世で評価される研究であることも多い。後追いで研究に参入してくる人が、絶対に知りたがるデータを残すことが大切。
とある失敗した実験。直せなかったら機能にしてしまえ!
鉱石(金属を多く含む石)は、部分的に電気整流効果(電流を一方向にしか通さない)を備えることがある。天然のダイオードである。むかしの鉱石ラジオは、この天然ダイオードを使っていた。整流効果があるところを探して針金を当てるという調整を行う必要があるので、鉱石がむき出しになっていた。
ある研究者は、整流効果が生じている接点の周りでは何が起きているかを調べようと思った。そこで、接点のまわりに電圧計の探針を当てて、電圧分布を調べようとした。
しかし、この観測を行うことで、主現象本体が乱されてしまい計れなかった。応答が極めて不安定であった。
pnpトランジスタの記号は、この実験の様子を写実的に描いたものである。(実際には鉱石ではなくゲルマニウム結晶を使用。ゲルマニウム結晶は三角形の形に切られていた。探針も改良のすえ、切断した金箔を使うアイデアにたどり着いた。)
本研究が世界に及ぼした影響は・・・。トランジスタが特許化されなかった理由は・・・。トランジスタの発明者は誰になるだろう?
Q:学問とは何ですか?
A:考えを明晰化することです。「なんとなく」、「たぶん」、「出たとこ勝負」、「憶測だが」、「類推して考えれば」というアヤフヤな考えを、ハッキリさせることです。難しい用語を使ってレトリックでごまかすこととは正反対です。「どうか真相を暴いてください。それだけが私の望みです」(前原圭一)
Q:研究とは何ですか?
A:それまでに誰もやっていない学問を行うことです。新奇な題材を学問するパターンがひとつ。また、ありふれた研究題材であっても、前人未踏のレベルまで考えを明晰化するというパターンもあります。題材の応用先を広げるという形もあります。Q:どう研究すればいいのですか?
A:ネタが思い浮かばないなら、ニコ・ティンバーゲンの「四つの問題」に沿って考えるのはどうでしょう。
- 【存在意義を考える】 それにはどんなメリットがあるか? メリットとデメリットのバランスはどうなっているか? それが生まれた理由や継続している理由はどのように説明できるか?
- 【メカニズムを考える】 それは、どのように運営されるか? 要因や因果関係はどうなっているか? 一手一手はどこまで細かく分析できるか?
- 【習得を考える】 それはどのように習得されるか? 経験と性能との関係はどうなっているか? 教育方法や導入方法はどうなっているか?
- 【変遷を考える】 それは昔はどうだったか? 未来にはどうなるか? どうすればより良くなるか? 何を淘汰し、何によって淘汰されるか?
Q:卒論はなぜ失敗するのですか?
A:しませんよ。参加賞ですから。(・Д・)ウマーQ:研究はなぜ失敗するのですか?
A:初心者にありがちな失敗パターンがあります。
- 完成イメージ が強すぎて、実験に雑音が多い。
蒸気機関車を作るという研究で、いきなり町から町まで線路を引いて、客車を引かせる実験をセットしてしまうと、たいてい失敗する。
正しくは、平らな空き地に短い線路を引いて、客車無しでノロノロ運転をする実験から始めなければならない。- 旧式のウォーターフォール型開発ドクトリンを使っている。
「まず装置を完璧に開発する。次にソフトウエアを完璧に開発する。次に、○○部を完璧に開発する。・・・全部通しで動くのは最後の最後。」という、多段の滝のような研究開発は、たいていコケます。最後で動かないか、時間切れになるのがオチです。
代わりに、アジャイル開発ドクトリン(軽量速攻縦断戦術)を使うべきと、世間では言われています。
「まず、一つの機能だけは動くシステムを作る。素朴だが完結性があるものである。それができたら、各部を改良・増強して、機能を改善・拡大していく。」- 道具に慣れていない。
「ソフトやハードのマニュアルを読むのが面倒くさい。理論の理解はしなくても、なんなく使えている。カタログデータを信用する」という態度だと、質のいい実験データが得られません。研究開始当初はなんとかやっていけますが、半年ぐらい経つと、自分の道具の使い方がまずかった・甘かったと後悔します。
急がば回れで、道具にだけは労を惜しまないように。
研究における現代の悲劇のひとつに、グラフ作成が機械任せなったということがある。機械任せのズサンなグラフを見ることが多くなっている。 本来、グラフは計測しながら細部を詰めていき“育てる”ものだった。
等間隔にとってみただけ。
こんなグラフで満足すると怒られる。最大値や変曲点を追求するために、観測を追加した。
なぜ、最大最小点を追求するかというと、まずそれは実用上重要であるし、また関数の同定に決定的に重要であるからである。
変曲点は、段差や崖のことであり、要因の登場・退場を意味している。
導関数や2次導関数がしっかり計れれば、かなり精密な現象把握ができる。
以前のグラフと同じデータを共有しているとは思えないほど、見違える出来になっている。対数グラフの怪
“単価”や“単位当たりの量”をプロットする場合は、片対数グラフを使うのが正しい。通常のグラフだと、単価100円から110円へ増加と、10000円から10010円への増加とを同一視してしまう。これでは不都合である。
データXとデータYとの関係を観察したい場合は両対数グラフを用いる。両対数グラフの上で近似直線を引けば、相当正確な関係式を推定できる。
昔は、「片対数グラフ」も「両対数グラフ」も専用の用紙が売られていた。ただ、正確で精細な印刷をする必要があるので、わりと高価だった。最近はパソコンに取って代わられ需要が激減し、あまり売られていない。
しかし、私もいろいろグラフ作成ソフトウエアを使ってみたが、対数グラフに関して言えば全部落第だった。1, 2, 5, 10, 20, 50, 100, 200, 500 という系列で補助線を引けるソフトにお目に掛かったことが不幸にしてない。(探せばあるだろうが、対数グラフは探すほど珍しいことだろうか?) 大抵は、1, 10, 100, 1000 という大雑把すぎる目盛りしか出ない。
あるソフトは対数軸の目盛りを、10の2.43乗、10の2.63乗、10の2.83乗と、奇妙奇天烈にしてくれた。手抜きもいいところである。
ソフトウエアによるグラフは、どうもにめちゃくちゃなので、グラフを清書する上で障害になっている。
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↑これを書いた後で、メールをチェックする方が精神安定上よい。
11月2日(月) To do:
◎ 併進条件での実験実施 (第1急)
● 回転実験のデータのカルマンフィルタがけ (普急)
△ Pauli 論文の入手 (普急)
◎ SJシンポジウム投稿 (12月1日しめ、木曜にアウトライン打合せ→先生)
◎ 輪講レポ出し(第2急)
△ Mathソフトのバージョンアップ試し (緩)
「今日一日は、第1急の仕事に取り組めばよい」とわかると、安心できる。
※ (2)〜(6)を、一冊のノートに毎日ドバドバ書いていく。なまじノートを分冊して分類するより役に立つ。
※ 使ったページの肩を切り欠くと、書き始めるべきページの探し出しに便利である。パラパラめくらないですむ。これはノートの耐久性を著しく向上させる。
アイデアの発想法は様々提案されているが、私の経験からして一番効果があったのは、散歩法である。アリストテレス、楳図かずお、両先生ご推薦である。「頭だけ働いていて、体が止まっているのは不自然である」(楳図かずお)散歩は、血流を増大し、神経伝達物質を調整し、副交感神経を昂進させリラックスさせる効果がある。こうして前頭葉の活動を柔軟かつ適度に活発にする、のではないかと私は思う。
寝入りの時にも、副交感神経が昂進する。(喘息発作の原因ともなる。)このため、寝入り時にもアイデアがよく浮かぶ。内崎巌先生曰く、枕元に紙とペンを置くようになって、寝ては思いついて起きを繰り返すようになると、それは“研究中毒症状”である。過労死しないように注意。
欧陽脩は、アイデアが浮かぶ場面は「三上」であると言う。それは、馬上、枕上、厠上であって、要するに乗馬(=散歩)、寝入り、便所の三場面である。副交感神経の昂進が起こる代表的場面である。
接待ゴルフは、散歩法会議としては効果があると思われる。
散歩法のやり方
- 準備:脳に課題をインプット
- 考えるべきことをメモ書きする。キーワードを矢印や線で結んだ、チャート図の出来損ないみたいので充分。字は汚くてよい。
- 散歩実行
- 支障のない範囲で歩く。
机の側をうろうろでもよいが、新規な環境をずんずん歩く方が効果的である。
ちょっと遠いトイレ、遠くの店、住宅地、デパートなどを歩く。
出発前と休憩時にはメモを見返す。
いつ閃くか分からないので、紙とペンは常に携行する。- 裏技:紅茶を飲む
- 利尿作用が強く、トイレに立たねばならなくなる。強制的に散歩になる。
もうひとつ有力な発想法は、「人に教える」ことである。煮詰まっている問題について、他人に向かってレッスンする。レッスンといってもあまり格式ばらなくても良い。自分の考えのデバッグができる。
<<古代のプレゼン失敗例>>
「俺はロードス島に行ったとき、幅跳びで誰よりも遠くへ跳んだ。大勢が見ていたから、証人になってくれる奴もいるさ。」
「本当かい? なら、ここがロードスだ。ここで跳んで見せろ!」(“Hic Rhodus, hic saltus.” イソップ物語より)
<<プレゼン4箇条>>
難しいことを、分かりやすく
分かりやすいことを、奥深く
奥深いことを、面白く
面白いことを、美しく卒論諮問。東大工学部の場合。
卒論諮問とは卒論の成果を口頭で発表する会である。
一人15分で発表し、5分ほど審査員の質疑応答を受ける。工学部X号館XX教室。教壇にスクリーンが設置され、プロジェクタでパワーポイントを投影する。最前列に審査員の教官2名。机には、発表の点数をつける名簿と、卒論の製本原稿、タイマーとベル。その他の席には、審査を待つ学部4年生がぎっしり。みな緊張している。最後部の壁際には、見物にきた研究室の先輩達がちらほら。
教官「えぇ、これより卒業論文諮問を執り行う。順番が来たら速やかに発表を開始するように。機材の調整のための時間のロスも、発表時間に含めるので注意すること。発表時間はきっかり15分。時間が来たら途中でも発表を打ち切ること。質疑応答はその後5分間である。聴衆も質問をしてよい。よろしいかな?では1番!」
<悲劇パターン1: パワーポイントに、黒枠がぽっかり空く>
学生1「はい、学生番号1番の△△△△であります。私は「無限軌道を用いた陸上空母の移動機構」について発表いたします。まずは、ビデオをご覧ください・・・・」
動画が出ない・・・
学生1「あれ、ビデオが出ない!」
教官「ほれほれ、時間が過ぎてくぞ」
こうした機材関係のトラブルは例年のことである。卒論執筆に追われて、事前のリハーサルをする余裕がないのだから。
<悲劇パターン2: 前置きが長すぎる発表では、教官が催促する>
学生2「今後の日本の社会構造から致しまして、オンデマンド生産の購買層が増加する傾向にあるといえます。ところが従来の小売物流部門においては、物主体の販売戦略がとられ、情報の非対称性が・・・・」
教官「君、本題に入らないと!あと7分しか無いよ!」
<悲劇パターン3: 何か言い返せばいいのに、素直に撃沈>
学生3「以上で発表を終わります」
教官「君の研究は、MITでやっているのの、単なる応用だよね」
学生3「あーーー・・・・」
<悲劇パターン4: 質問にずれた答えをしてしまう>
教官「そのシステムではカルマン渦は計れるの?」
学生4「本システムでは、ラジアル方向の密度勾配を仮定しておりませんので、タイムインバリアントなニュートン流体に限っていえば、センサを配置することも可能です。圧縮性流体では…」
教官「YESかNOか!」
教訓: 質問の8割は、はい/いいえ式である。
対策:どんな質問でも、回答はまず5秒で収まる反応を言う。“はい”、“いいえ”、“実用上はYESです”、“理屈の上ではYESです”、“今回の研究では無視しています”、“正確な答えはちょっと長くなりますが・・・・”、“するどい質問です”などなど。その先は、質問者の顔を見ながら、対話する。顔を見ながらの対話は、質問者が求めている答えに導いてくれる。
悪いプレゼンは、結論を導こうとする。「結論が遅い!それは理屈だ!だから何なのだ!」と言われる。とっても寝やすい。盛り下がる。
良いプレゼンは、メッセージ(結論)で聴衆を挑発する。テーマの宣言がほとんど冒頭。好奇心を煽る。なぞなぞ的。盛り上がれば勝ち。情報伝達ではなく、聴衆に思考させることが真の狙い。オシム語録。
<挑発的なメッセージの例>
「君のパンを水の上に投げたまえ!」(イエス)
「この本は、既に似たようなこと事を考えたことのある人以外には理解されないだろう。だから、この本は教科書ではない」(ウィトゲンシュタイン)
「一枚のピザを何切れに分けても、総量は同じということです」(Merton Miller。自身のノーベル賞受賞学説について)
「気をつけたまえ。この国は今、罠だらけだからな」(映画『王と鳥』)
大バッハ以前と以後の音楽で決定的に違う点は、曲の時間的構造にあると言われる。 昔の音楽は単純な繰り返しが多い。まぁ、飽きる。バッハの「シャコンヌ」のテーマは冒頭を占めて以降は、このテーマを中心にして複雑に変化し、しかも全くぶれない。論文も研究人生もこうありたいものである。
なぞなぞと言えば、いわゆる“複式夢幻能”はその最たるものである。前半に明らかに怪しい人物が登場し、後半でそれが何かに化けるというお約束である。怪しすぎるので「志村、後ろーっ!」と言いたくなる。前後場の間で事情を説明する“アイ”という役が登場するのだが、この人、前場から舞台にもともと座って、じっと待っている。こんな人も怪しい。怪しい人物の配置は、連載モノの漫画やアニメではお馴染みの手法。
怪しげなモノを中心に置いて、それを中々説明しないという方法は、おもいっきりテレビなどでも見られる。<私のパターンだけど、ギャンブルなパターン: 「トリビアの種」方式>
- 【名乗り】
- アニメの画面内容に即した背景音楽自動作曲アルゴリズムについて発表します。
- 【問題提起】
- タモリさん、高橋さん、八嶋さん、こんばんは。最近、アニメを自主制作していた時に思ったのですが、自動でBGMは作れないのでしょうか?
- 【問題定式化】
- つまりこうゆうことになります。アニメの画像特徴とセリフを元にして、自動作曲アルゴリズムを走らせると、○割の人に受ける。
- 【過去研究引用】
- まあ、従来の画像編集ソフトは無難な曲を選ぶ方法で満足度3割だから、この方法なら6割じゃないかな?
- 【理論提示】
- アニメに詳しい兄山先生に聞いてみた。アニメの場面は、緊張、のどか、快、不快の4類型から成り立っています。類型は画面の色やセリフから分かります。それらを作曲アルゴリズムの入力とすればそれなりにふさわしいBGMができると予想されます。
- 【実験方法提示】
- 題材は標準的なアニメ、木直田まさし著「ソツロン君」を使うといいでしょう。この場合、20人に評価してもらえば、充分確かな証拠が得られると思われます。
- 【実験】
- 実際にやってみた。作曲アルゴリズムにはクセナキス型確率音楽生成ソフトを製作。実験条件は、3種類を用意。(中略)良いと評価した人は20人中14人だった。
- 【結果要約】
- こうして、また新たなトリビアが生まれた。アニメの画像特徴とセリフを元にして、自動作曲アルゴリズムを走らせると、7割の人に受ける。
- 【タモリコメント、将来課題】
- キャラの顔表情も考慮しれば、もうちょっと点数上がるよね。シリーズ化して時代劇でもやってみたいね。
英語プレゼンの見本
プレゼンの訓練方法
学術発表に最も近い"プレゼンのプロ"は、テレビのコラム番組である。NHKの「視点・論点」や「あすを読む」、ニュース番組内の特集など、10分程度の短時間で調査と分析を伝える番組は、学術発表の絶好の手本と言える。(つまんないなら、「コントを読む」や “A Few Minutes with Andy Rooney” という笑えるものを参考にしよう。)
なかでも、「トリビアの種」の様式が使いやすい。難しい理論に感心するのではなく、「やってみるとどうなるか」という知識欲の興奮がメインになっている。直感的に感動してもらえる発表にすることが肝心である。
発表時間について。「トリビアの種」は正味10分もない。学術発表で10分というのは、限界ギリギリの短さである。テレビのプロは如何に巧みかが分かる。学生も、この域に達するべきである。1秒を惜しむ気持ちで、細部までこだわって発表資料を手直し、練習を重ねること。特に下記のことを心がける。
基本: 発表スライド草稿を見て、テレビ番組ならここはもっと直感的なテクニックでプレゼンするのではないか、と疑ってみる。
- なるべく文ではなく、図と写真で説明
- 2次元的、3次元的な関係にある概念はチャート図で説明
- スライドの文字の量は「トリビアの種」並みに(少なめに)。
- 普通の文ではなく、体言止め
- まぎらわしい表現の排除(二重否定や、受け身)
- 内輪にしか通用しない用語や略語の排除。漢語から大和言葉への言い換え。話し言葉では、例えば、「性能が高い」→「出来ばえが良い」としたほうが、スッとわかりやすくなる。
なお、発表のテクニックは、先生ごとに意見の分かれるところであって、研究室ごとに流儀がある。(複数の研究室を経験する意義は、ベターな発表方法を習得するという点にもある。) 例えば、「目次」のスライドをわざわざ見せる流儀の先生もいれば、目次不要論・目次有害論の先生もいる。学生は混乱する。
ちなみに私は目次有害論者である。あれは「カイシャのジューヤク会議」の流儀であって、「社外向け戦略的プレゼン」とは言えない。 山本周五郎の「樅ノ木は残った」の冒頭を読んでみてください。無予告、無説明、暗闇の中の強制的進行が、どれほど聴衆の関心をつかむか。
「僕たちは、街行く人が足を止めてくれるように、できる限りのことを全て行って、一枚のポスターを完成させた」(ウラジミール・ステンベルク)
「電車ということであれば、今知っている目にする物を先に置いて、そこからだんだんと、昔の電車なり外国の電車を置き、その次に超近代的な電車とかを持ってくる。子どもが喜びそうだというだけで、最初から非現実的な物で面白おかしくやるよりも、知っている所から入っていくのが良いでしょう。何らかの手がかりから入っていくのが常道だと思います。しかもテンポなり飛躍なりが、きれいなリズムを伴っているものであってほしい。」(加古里子)
ロバート・キャパ「ちょっとピンぼけ」の場合
1942年、ニューヨーク。キャパは仕事が無く、空腹のまま、アパートで寝ていた。目覚めると、ドアの下に三通の手紙が差し挟まれてあった。
一通目は、電話会社からの料金督促状。電話が使えなくなった。金が無いからしょうがない。
二通目は、司法省移民局から。ハンガリー参戦につき、キャパを敵性外国人とし、行動範囲を制限する。写真機の所持も禁止。
三通目は、雑誌編集部から。貴殿を当社専属の報道写真家として雇用し、ヨーロッパ戦線の取材を依頼する。支度金同封。船は48時間以内に出発の予定。
敵性外国人が取材できるわけはないが、電話が使えないので返事もできない。支度金に手を付けて、朝食を食べちゃった。さて、どうしよう。
役人に、この三通を何も言わずに見せた。一通目は移民局からの通告。役人は無表情。二通目は雑誌社からの手紙。ニヤリ。三通目は電話会社からの通告。さて、どうしましょう。
打開すべき状況。解決への障害。解決への糸口。これらを説明しきっている。四の五の言わずに説明できるものなのだ。(出来すぎである。おそらく創作だろう。)
饒舌を戒め、淡々と三枚を見せるだけで、「それからどうなった?」と気になってしょうがないプレゼンである。
プレゼンであがらない方法
あがること、つまり不安神経症の克服には、「フランクル回想録」や「死と愛―実存分析入門」に書いてある方法がおススメである。
手順その1【不安の正体への洞察】: 「不安感情を持って発表を行ってはならない」などと一体誰が決めただろうか?「一字一句、言いまちがえてはいけない」という法律でもあるのか?
手順その2【逆説的自己暗示】: 「私の発表はぎこちないだろう。いままでも、そうだったのだから。今日もそうなるだろう。緊張で舌が回らなくなる!汗が滝のように出る!よし、今日は1リットル汗を流してやる!聴衆がびっくりして凝視する!そこへたたみかけるように、支離滅裂な説明をぶつけてみる!思わず、『とにかくゼータ関数の非自明な零点がナッシュ均衡を意味するのです!』と口走ってしまうに違いない!救急車が呼ばれる!でも俺は止まれないだろう!どうだ、まいったか!人間がどこまでプレゼンでトリップできるか、見せ付けてやれ!」と自己暗示をかける。(映画「ビューティフル・マインド」より)
効き目はあるの?: 「フランクル回想録」によれば、尋問中の親衛隊将校に教えてあげたら効いたらしい。そのお礼なのか、フランクルの家族は、最後の番で、強制収容所送りになった。
「ある広場恐怖症患者は、家を出るときに玄関の鏡の前で、自分の姿に向かって帽子をあげて、『では私のノイローゼと一緒にこれから出かけてまいります』といって自ら笑ったという。このようにして、症状に対して態度を変え、距離をとることができたのである。」(フランクル「死と愛」)
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講談社ブルーバックスより「理系のための即効!卒業論文術」を刊行しました。 就活や院試で death march の卒業研究をいかにして乗り切るかをコンセプトに、「使えること」第一で、増強しております。 2010年5月14日18:00〜 東大で講演しました。【ご案内】 と 【資料】『卒論をどう書くか』(作りかけ)(PDF) |