標題1

世界最古の鉄塔 サンフランシスコ湾横断超長径間

2008.06.05掲載
2010.06.01追記

The power transmission line steel tower which was the oldest (world's first) was built all over the world in San Francisco, in 1901.
It was Bay Counties Power Company to have built it.
The company built the hydroelectric power station in Yuba River.
The company built the 60kV tree pole power transmission line to transmit electricity to San Francisco.
However, in the point that crossed San Francisco Bay, the power transmission line was impossible of construction in the tree pole device because a tower interval became approximately 1km.
Therefore the company built the steel tower for the first time in the world.


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末尾に、世界最古の鉄塔建設地点(送電鉄塔発祥の地)の写真掲載 (2010.06.01追記)

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 カリフォルニア州、ベイ・カウンティ電力会社(Bay Counties Power Company)は、ユーバ川(Yuba River)で複数の水力発電所を建設し、その最初の発電所は1899年に運転開始している。
 同社は、発電所の建設・増強を進め、1901年初めには12,000kWの発電容量を確保した。

 この発生電力を南部の電力需要地に送電するため、1901年にはユーバ川のノースフォーク(North Fork)水力発電所を起点として、オークランド間225Kmに、60KV木柱1回線装柱・2ルート(高さ10.5mのオレゴン杉、標準スパン40m、ルート間の間隔7.5m、がいしはLocke社製ピンがいし使用、電線三角配列)の2回線送電線が建設された。
 (木柱線路の構造は、以下6つ目の写真「電線引留特殊装置」に写っているのを見ることが出来る)


 これは、当時、世界最長距離送電線であった。

 特筆すべきは、使用電線が1ルートは硬銅線(AWG No0、直径8mm、50mu)、もう1ルートは硬アルミ線が使用されたこと、更に世界で初めての送電用鉄塔2基を建設して、サンフランシスコ湾の一角を電線に鋼より線を用い1,350mの長径間横断(1回線)をさせたことである。

 すなわち、ベイ・カウンティ電力会社は発電電力を南部の電力需要地に送電することとし、まず一番近い町ウッドランド(Woodland)に供給し、さらにルート近傍の小さな町々に配りながら、長距離に亘り山岳地帯を越え、あるいは広い湿地帯をぬけ、やっとサンフランシスコ湾の北にあるヴァレホ(Vallejo)まで、たどり着いた。
 なお、途中のナパ(Napa)には、19kmの分岐線で供給した。


 しかし、最も魅力的な需要地であるオークランドとサンフランシスコ湾の東側地域にルートを進めるには、同湾の一角を占める北側の海峡を横断しなければならなかった。

 その海峡は、最も狭い箇所でもほぼ1kmあり、木柱構造では横断は不可能であり、海底ケーブルも検討したがケーブルの耐電圧が数千ボルトで電力損失が多すぎて実用にならず、したがって世界初となる送電用鉄塔2基を建設することとし、以下に述べる数々の苦労を経て建設に成功し、1901年4月27日に運転を開始した。



 右写真が横断地点で、写真の右が北側、左が南側である。

 海峡横断のルートは、最も幅の狭い海峡幅976mの、カークィネス(Carquinez)地点を選定した。

 この長径間箇所の径間長は、鉄塔立地地点の選定条件から1,350mとなり、当時としては超長径間となった。

 電線のハイウォーターレベル上の高さは、海峡を航行する最も高い船舶マストが通過できる高さとし、60mを確保することとした。

 使用する電線は、鋼より線(19本撚り:19 strands of galvanized plow steel wires、直径22mm、破断荷重45tf)を使用し、最大使用張力12tfで架線することとした。
 このときの長径間の弛度は30mとなる。

 北側の鉄塔は海抜48m地点に建設したが、電線海峡横断高さを確保するため、その高さは68mとなった。
 一方、南側の鉄塔は小高い丘の上に建設したので、その高さは20mで済んだ。

 なお、現在では本設備は既に撤去されて、当時と同一地点に2回線標準型鉄塔が建設され、海峡横断をしている。(末尾参照)


 右写真がその南側・懸垂鉄塔であるが、丘の上に建設したため、鉄塔高は約20mで済んだ。
 海峡横断部分は3相1回線で、1相分は予備として設けられた。

 長径間設計の問題点は、鉄塔構造および使用電線の選定もさることながら、最も問題なのは絶縁を担うがいし装置の設計である。


 当時は、使い勝手の良い懸垂がいしがまだ発明されていなかったのでピンがいしを使用せざるを得ず、強大な電線荷重に対してどのような構造にするかが建設の成否を分ける最大の問題点であった。

懸垂がいしは、6年後の1907年にE.M. Hewlettによりヒューレット型がいしが開発されたが、これは送電線工学にとって正に画期的なことであった

 以下に詳細に述べるが、がいし装置は各アーム先端に、1相あたり6個のピンがいしを用い、その頂部に滑車により線路方向に電線移動が可能な装置を設け、電線(鋼より線使用)を載せた。


 また、当時は、ピンがいしを直接大地に接地された金属にセットすることは、がいしに線路の全電圧を負担させることになり好ましくないとの考えで、必ず木材にセットし、木材の絶縁性能をも期待すべきだとの考えで、アーム部分は全て木材が使用された。

全線鉄塔を使用した送電線は、カナダで1905年(明治38年)に、ナイヤガラ水力発電所〜トロント間、約120Kmに建設されたが、この線路で初めてピンがいしを鉄塔に直接設置することとなり、技術者は雷撃に対してどのような様相を呈するか固唾をのんで見守っていたとのことである。その後はピンがいしを鉄塔に直接設置するのが標準となった。

 なお後述するが、電線の引き留めは、2基の各鉄塔背後の地上に絶縁性能を有する特殊引留装置を設置し、処理した。


 


 右写真は、北側・懸垂鉄塔で、平地に建設したため、約68mの高鉄塔となった。

 アーム部分は、上述のように全て木材が使用された。


 右図は、2基の懸垂鉄塔、アーム部分の図である。

 図の左側図は、アームを先端から見たもので、頂部の5個の滑車上に電線(鋼より線)が載っている。

 電線は、気温変化および風荷重により張力が変化するが、それに伴い滑車の上を径間前後方向にスライドできるようになっている。

 この装置で、鉄塔およびがいしには電線垂直荷重のみがかかり、張力方向の荷重は作用しない。

 図の右側図は、線路前後方向から横長のアームを見たもので、空色のものが6個のピンがいしで、茶色は全て木製である。

 塩害による絶縁性能の劣化防止などの観点から、がいし保護のため雨が直接がいしに当たらないよう、屋根とひさしを設け、ひさしに溜まった雨水を樋で流せるようになっている。

 図の最右端の2本の縦部材が鉄塔主柱材である。


 右写真は、6個の懸垂がいしが木製アームにセットされたところで、この後、ひさし付き木製装置ががいしに被される。


 右写真は、ピンがいしの写真である。


 電線の引き留めは、2基の長径間横断鉄塔背後の地上に絶縁性能を有する特殊引留装置を設置し、処理している。

 この絶縁装置に雨水が当たらないように、木製の格納小屋を造り、装置全体を雨水から保護している。

 写真では見られないが、電線(鋼より線)が木製格納小屋に引き込まれる手前で、木柱線路の銅線と接続される。


 右図は、特殊引留装置の断面図で、右側が電線であり、金車で折り返しさせりクリップで留められている。
 その電線引っ張り荷重に対抗して、左側コンクリート基礎にアンカーを埋め込み、引き抜けないようになっている。

 絶縁装置は、中程の2個の装置が担っている。
 性能的には、1個で十分であるが、1個が不具合を生じたときのために2個直列に使用している。


 絶縁装置の詳細図である。

 張力に対抗する絶縁物として、磁器がいしを各種試作したが全て失敗し、オイルに漬けたマイカナイトを使用している。

 油中のマイカナイトは表面漏洩距離をかせぐため、ひだを付けている。

「黄色が張力に対抗する絶縁材のマイカナイト
ベージュ色」がオイル・タンク
ピンク色がパラフィン
「空色が磁器がいし


 右写真は、上図のオイルタンクを外した状態のものである。


 右写真は、引留アンカーから電線方向を見たものである。

 この格納小屋の電線引き込み口は、ガラスを使用し、電線引き出し部分は小さな円形穴を設けている。

 ガラスの向こうにうすく鉄塔アーム部分が写っている。

 絶縁装置の上部にある漏斗はオイルを注入するもので、常時のオイルレベルチェックの役目も負っている。

 以上述べたように、今から100年以上昔の先人達は、今日のように便利な懸垂がいしの無い時代に、非常に苦労して、高張力の電線を引き留める「絶縁引留装置」を考案・開発し、実用に供した。

 このような長径間箇所の設計思想は、今日でも生きていて、
・長径間・懸垂鉄塔のがいし装置で電線を固定把持せず、滑車を用いて自由に電線を動かすアイデアは、1956年にイタリアのメッシナ海峡横断送電線で適用されている。
・長径間箇所で、電線を鋼より線とする設計は、1955年に建設されたノルウェーのソグネフィヨルド横断あるいは1993年に建設されたグリーンランドの
アメレリック(Ameralik)フィヨルドを横断する送電線などで適用されている。

 先人の素晴らしいアイデアと強靱な意志・努力には心から敬服するものである。

(2010.06.01追記)

<世界最古の鉄塔建設地点(送電鉄塔発祥の地)の写真掲載>

 送電線エンジニアとして、世界最古の鉄塔建設地点(送電鉄塔発祥の地)には、ぜひとも行ってみたいという願望が強くそのチャンスをうかがっていたが、2010年5月下旬に旅行会社のツァーに参加してサンフランシスコを訪れる機会があったので、市街地中心から直線距離で約40km北東の本地点まで、車を飛ばして現地を訪れ写真撮影をしてきた。(撮影期日:2010.05.26)


 右写真が、冒頭で述べたカークィネス(Carquinez)地区の世界最古の鉄塔建設地点を撮ったものである。

 写真の中央に左右(東西)に水路が見えるが、これはサンフランシスコ湾が湾口から東側に70km以上も内陸に奥深く伸びている海峡の一部分である。

 写真は海峡の南側から北方向を撮影したものである。

 世界最古の鉄塔は、現在は撤去されて見られないが、写真の2回線垂直配列型鉄塔が海峡を横断している建設場所とほぼ同一地点に建設されたと思われる。
 
 現在の鉄塔は、世界最古の鉄塔が撤去された後に新しく建設されたもので、電圧は69kV、がいしは耐霧がいし一連7個の設備である。

 最も手前の鉄塔(左側)から、1回線水平配列の矩形鉄塔を経由して海峡横断鉄塔に電線が架線されている。
 この矩形鉄塔頂部には断路器が設置されている。また、対岸も同様の設備となっているようだ。

 何故線路途中の鉄塔に断路器を設置したのか不思議だが、海峡横断長径間は厳しい気象条件に曝されるとともに、ヘリコプター等航空機による衝突事故の危険性も他の区間に比較して高く、万一設備被害が発生した場合には海峡横断部分だけを系統から切り離せるように配慮したものと思われる。


 右写真は、海峡の北側に建設された現在の鉄塔写真である。
 (本写真は、上記写真撮影の前日、海峡の南岸を走るAmtrak車窓から撮影したものである。撮影期日:2010.05.25)

 海峡の北側地点は、上記南側鉄塔地点より標高が低いので高鉄塔となっている。

 下アーム(3段目アーム)の下にアームが設置されているが、これは保守点検用のアームである。




 
送電線エンジニアとして、歴史に残る送電鉄塔発祥の地を見ることができて大いに感激した。



 なお、上記の世界最古の鉄塔建設地点を2010年5月26日に撮った写真撮影場所は、右図の通りで、写真の左側を向いて更に左に目をやるとヴァレホ(Vallejo)とバークレー(Berkeley)を結んで海峡を横断している大規模橋梁・カークィネス橋(Carquinez Bridge)(下写真)が見えてくる丘の上の見晴らしの良い場所である(道路の海峡側の住宅の庭に許可を得て入らせてもらい撮影した)。



 カークィネス橋(Carquinez Bridge)


参考文献
・Electrical World 誌 1901年版 関連記事


 

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