■ Recent Work


photos at the solo exhibitions
2004-2007
過去の個展から


photos2003-2004




■ biography

■かめかどの記

■5月になって 

4月になってのあとが5月になってと、見てくださっている方には更新ができず大変申し訳ない気持ちです。夏から秋に北海道で小さい個展をすることになりました。4月始めに取材と展示の場所をみるための北海道行きの後、風邪をこじらせてから、つい先週まで体調不良に悩まされました。それに新しい学期の始まり、緊張の毎日。その上急な転居問題で少ない時間物件さがしでいったりきたり。あっと言う間のひとつきでした。
とにかく早く落ち着いて制作を再開させたいです。

今年は北海道の写真と、浜岡の写真で展示をする予定です。2007年以来の浜岡の写真です。地震のひと月前に撮りにいったのが最後でした。北海道は今回は道東へ。途中でまたカメラの具合が悪くなってしまいましたが、根室の知人にずっと案内をしてもらい現地の話をいろいろ伺いながらの取材でとても有意義な時間をすごせました。


■4月になって 

震災のショックから何もできない毎日から、ようやくそれでもやっていくのだという気持ちになってきました。そろそろひと月になるというのが信じられない気持ちです。
表面的には大きな災害がなかったにしろ、東京の人も(もちろんどこで揺れにあったか、家のなかの被害はどの程度かなどの違いで温度差はあると思いますが)心のなかは何かしら震災の影響を受けているのではないかと思います。しばらく元気は西にまかせつつ、やれることをやっていくでいいのではないかと思います。

今回改めて思い出したのが、みな一度は通る『アンネの日記』です。わたしも中学生の時に読みました。
ほとんど内容は忘れてしまいましたが、ひとつだけ忘れ得ぬくだりがありました。もう昔のことであやふやな部分はありますが、アンネのおかあさんが、かわいそうな境遇におかれている人を思い、自分が恵まれていることに感謝しなさいと言ったことについて、アンネが「それは違うと思う」と書いていたことです。
当時まだ子どもだった私には、「かわいそうな人を思い自分が恵まれていることに感謝するということは違う」というのはかなり衝撃的でした。もちろん大人でも大半のひとはそう思っていると思います。
でもそれを読んで以来、わたしもアンネのように思うようになりました。
人と自分を比べない。相手が自分より不幸な境遇だと思うことは、まず傲慢なわけだし、また逆に本当のところは何もわからない他人のことを自分より恵まれていると思い込むことも、根拠のない理由で相手を責めることに変わりがないからです。 津波や原発事故の被害に合われた東北に対しても、上から目線でなしに支援していくことが大切と思います。

震災の一週間後のささやかな卒業式、心細かった毎日に友だちがくれたメール、現像疎開?させてもらいに遠くまで行ったり、いろいろ自分も助けられたひと月に感謝。どうにか秋の展示ができるようにやっていかないとと思う春です。まだまだ立ち直れてないところもありますが、頭を整理してひとつひとつクリアしていこうと思います。

追記
震災で傷ついた、自宅在庫分のわたしの写真集を、状態のよいものを選んでプリントなどつけてディスカウント販売しようと思います。買っていただけたときは売り上げを募金にする形で。


■被災地への支援 

みなさん、地震の被害のなか不安に過ごされていると思います。
映像でみる三陸沖の様子の痛ましさには言葉もありません。
阪神大震災のとき芦屋市に住む友人から震える声で連絡をもらい荷物を送りにでた街が、何もないがごとく日常の光景のままだったことに比べ、直接の被害が少ない東京の街にも動揺が大きいのが感じ取れます。
海外の知り合いからも安否を伺う連絡をもらいました。携帯が繋がったのが昨晩です。私も実家の家族もとりあえず大丈夫です。

仕事に向かう途中、目黒駅のエスカレーターを上っているときに地震がきました。最初はめまいを起こしたのかと思いましたが、ホームにあがったときにすさまじい音と、大きく揺れる車両を見て、地震に慣れている私でもこれは普通ではないと恐怖を覚えました。
携帯は瞬時につながらなくなりました。すぐに公衆電話に向かい、連絡をすませ歩いて家に戻ると、あまりの惨憺たる状態に茫然自失でした。

冷蔵庫、男の人でも動かない大型本の入っている本棚や机など家具のほとんどが移動しており、組み立て式の棚はそのまま横倒しになっていました。引き出しも開いていて、モノが棚から落ちたというより投げ出された感じのようで、電話は落下物でボタン部分が壊れて繋がっていてもかけられない状態です。
重たい真空管のアンプも投げ出されていました。
キャスターつきの家具がいったりきたりしたみたいで歩くのもやっと。

そんななか奇跡的にMacのハードディスクにモニターとキーボード、そしてテーブルの上のカメラは無事でした。

これだけのことにも駅から続く精神的ショックが収まらない自分に、被災地の人のショックの大きさを改めて感じぜずにいられませんでした。部屋をみて最初に思ったのは、コンピューターと周辺機器に何かあったらどうしようという問題でした。2年前融資をしてもらってすべて新しくしたプロ使用のOA機器なので、すぐに買えるものではないし、ではどうやって仕事を続行できるのか、頭のなかはまずそのことでいっぱいでした。

その時初めて「無事でよかった」というのは、被災にあった者同士が言える言葉だと実感しました。もし知り合いが被災地におり無事であったときには、無事でよかったと伝えると同時に、困ったことへの何かしらの援助も考えて欲しい。でないと気遣いも他人事に過ぎないのだと思いました。

阪神大震災のときも、芦屋の友人宅はすぐ近くの家が崩壊している状況のなか崩壊せずにすんだとのことでしたが、救援物資が避難所に行くのみで手に入らず、電気水道がとまっているなか何も手に入らない、助けてほしいとの連絡が共通の友人からまわってきました。被災地での困難な状況は、報道で知る範囲以外でもさまざまだと思います。


■…… 

手持ちのシステムが、ボディがOKだど,レンズが問題、レンズが揃っているのはボディが故障…と固まってます。
初代A120年故障なしっていう方が普通でなかったのかも。
デジタルだってレンズが欲しい。
どう投資するのが賢いのか…固まる。しかも転居問題もでてきて、ますます固まる。今年も10分過ぎた。半年スパンでみれば1/3だ。

汐留ミュージアム「白井晟一展」。本物を見に秋田に行きたい。東京ではNOAビルと松濤美術館を設計した建築家。こだわりが半端でない。カルロ・スカルパを思い出しました。

京都でのレクチャーの録音をまとめたいのに、なかなか時間がない。USTREAMにしろ編集していないものを聞き続けるのに集中力がとぎれる。現地で聞くことの意味を感じる。



(2/28) 


■砂丘 

ついた日の夕方の浜岡は、西風が強く、ビュービューでなくゴーゴーと言った感じで、カンジキが欲しいと思う程、まともに歩けないし、荒れた満潮の海が目の前で、ひとっこひとりもおらず、「帰れ」と言われたような状況。カメラに砂が入るのを心配しつつ心細さのなか3本撮影。次の日は少し穏やかでほっとしました。

2007年、アップフィールドの展示の前に行ったときに、テトラポットがなくなっていて驚いて、話しかけられた地元の人に聞いてみたら、「ここ地形がよくかわるんです」という答えでした。冬の浜岡は初めてで、地形が変わるということを実感しました。

これは自然なのでしょうか。わたしは自然と人工という二元論は、現代社会のなかでは、もはや意味をなしていないのではないかと考えています。
そして、人の手を入れた風景を追っているのではなく、また自然と人工のせめぎ合いや対比を撮りたいのでもなく、自然でも人工でもない現代の風景を撮りたいのだと、浜岡の景色を撮りながら改めて思いました。それはなかなか違いがでないもので難しくはあるけれど。
夕方まで撮影。11本。京都は高いので、南彦根泊まり。浜松で途中下車して栄養をつけて夜遅くに彦根へ。途中関ヶ原は雪景色が深く。ポケデジで車窓動画など撮ってみたら結構おもしろかった。
(2/18) 


■IZU PHOTO MUSEUM 

転送ソフトがうまく働くなくなって、しばらく間があいてしまいました。しかもアップするのに書いた備忘録も消えてしまって。
2月の最初の週末は、浜岡に撮影、IZU PHOTO MUSEUM、そして京都芸術センターへ行きました。 目的は、展覧会ドラフト2011「TRANS COMPLEX-情報技術時代の絵画」の展示と、この企画の作家、彦坂敏昭さん、村山伍郎さんの展示と吉岡洋さんのレクチャーを聞くことでした。
順を追ってアップしていきたいと思います。

京都へは在来線で。まず三島下車でIZU PHOTO MUSEUM、「比嘉康雄展」。実際に観るまでは民俗学色が強そうな写真という印象だったけれど、それはつまらない先入観だったと展示室に入った瞬間に思いました。まず作品としての強さ、良さ。また何より写真の並べが非常に素晴らしかった。
ここ数年、写真展示で聞く「インスタレーション」という言葉に疑問がありました。吉岡さんの話にも「インスタレーション」とはその空間、そしてまた訪れる観客をも展示に内包するというくだりがありましたが、そういう意味で中途半端に感じるものが多く。比嘉展では、いわゆるお決まりの写真展示ー積み上げを混ぜた横並べ。変わったことをしているわけではありませんが、とにかく壁壁を目にやきつけたいと久しぶりに思えたものでした。
受付の方の話では、並べは比嘉さんの写真集の順を大切に、という話は伺えましたが詳しくはよくわかりませんでした。展示に感心し、その上で改めて母性を基軸にしてきた沖縄という地に興味が湧く。機会があればもう一度行きたいと思います。

IZU PHOTO MUSEUMを後にして、昼過ぎに菊川で降り、浜岡へ。今回はいつも利用するお気に入りのホテルの御前崎の方をとったので、一泊ながら朝から夕方までゆっくり撮れました。つづく。
(2/17) 


■フィルムの整理 

場所別年代別に整理しなおさないとわからなくなってきた。フィルムの数は2007年が特におびただしい。
初めて新宿以外のギャラリーでやるというので、かなり力を入れていたんだと改めて思う。でもあの時からのサイトの写真をそのまま何もせず。写真集もでてもう3年目になるわけだからアップし直さないと。
サイトを始めた2004年からMac、WinともにOSが上がり、それに伴い随分レベルが変わってしまったから濃度調整も必要だし、モニター解像度の進歩を考えると写真サイズも小さい。しかしながらかなりの数を考えると頭が痛い。

というわけでRecent Workにアップした浜岡の写真をながめつつ今週末は一年ぶりに訪れることに。IZU PHOTO MUSEUMも一緒にいってこよう。

今日は新宿からの帰り、写美によって「スナップフォト」展。アヴェドンってスナップなのかなあなんて見ていたら、深瀬さんの未見の作品に出合えた。やっぱりいいな〜深瀬さんの写真がすき。深瀬さんを見れただけでもいったかいがあった。


■写真講座 

が始まった。隔週5回で10名ほどのグループ。参加された皆さんが自分の写真を前にしての自己紹介。単なる自己紹介ではこうはいかないはずというようないろいろな話が湧いてくる。改めて日本人と写真の関わりを感じた。自分の写真というのを改めて見つめることでいろいろな発見をし、楽しく有意義な時間が過ごせれば、そして写真のおもしろさをまた感じてもらえたらいいなと思う、私自身もそう。


■自分の姿 

距離によって外見の印象が変わる。ということは、人と人とのつきあいの距離は、本人をよく知るしらないという問題だけではなくて、単に外見ということだけでもかなり印象が違うんだろうなと思う。若いときはそんなこと考えたこともなかっったけれど。年をとればとるほどその差が大きいような気がする。


砂利山の宝庫だとかで埼玉の友だちが連れて行ってくれました。友人の写真です。


昭和新山のような砂利山だった。



島で撮っているときの私は人がみるとこんな感じなのかな。
 


■他者がつくる自分、自分のなかの他者 

好きなアメリカのドラマ"ER"で使われていた。ヨブ記38章からの引用らしい。

お前はまた、大地の広がりを
隅々まで調べたことがあるか。
そのすべてを知っているなら言ってみよ。


昨年の秋に見て以来なぜかずっと心に残っている。


■距離感 

先日ギャラリーで会った方から人を撮らないのですか?と聞かれた。

風景にどっぷり入り込む人、または拒絶する人、どちらかが多いけれども私のはそのどちらでもないところがおもしろいので、人を撮ったらどうなるんだろうなと思ったらしい。実は展示の最中にも同じことを言われたことがあり、何か興味深かった。

○○さんの写真が好きといったとき、その人と対象との距離感に惹かれるのかもな、などとふと考える。


■新しい年 

2011年 あけましておめでとうございます

TOPにも書いていますが、チャレンジの一年にしたいです。
サイトの表紙を写真集のカバーとDMにも使った写真に変えてみました。初心忘れず心機一転という気持ちです。
展示中に来てくださった長谷川明さんがいい写真だと声をかけてくださりカバーに選んでよかった〜って思ったものでした。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今日は暗室初め、写真史の勉強も改めて始めてます。


■少しずつリニューアル 

Recent Workについては、topページに説明を入れてあります。ご感想など是非お聞かせください。
このかめかどですが、サイトの作り替えが面倒なので、しばらくこのまま備忘録にしていこうかと思います。
満月、月食、冬至の昨日、そして今日、来年の個展などなどの予定を組み立ててきました。2009、2010年と牛歩できましたので、来年はぽんぽんとテンポよく進みたいと思います。どうぞよろしく御願いいたします。
来年に向けてドメインとろうかな。


■ 身体性 

『TWIN ARCH』の新しい号が届いた。今月も小栗康平さんのエッセイが素晴らしい。
[場」ということを考える。
教えに行っている専門学校の生徒のひとりが、卒業制作に自分の写真で写真集をつくりたいというので、今日は尾仲さん(尾仲浩司)さんの『Tokyo Candy Box』を持っていったのだが、生徒が来なかったので長い時間改めて見てみる。
今更だけれど、なんかこれが一番いいのではないかという気がしてきた。メキシコもいいけれど東京だよな〜Tokyo Candy Box 2010とかやってほしいな。あっと言う間でありながら、やはり10年は長い。


(12/23) 


■空は秋なのに  


明け方に亡くなった人と電話で話す夢を見た。これで二度目だ。深夜の物音は怖がるくせに、夢とはいえ亡くなった人と電話で話すのは意外になんでもない。もしかして枕辺に誰かが立っていても知っている人だったらうれしかったりするのではないかとも思う。




(9/05) 






(9/01) 


■ものが写ること  


「このどうにもならなさ、不自由さのすぐ背後に、映画として写る、何事かの尊い受動の世界が、隠れて潜んでいる。ものが写るとは、いっしょに写るものがある、ということだ」
小栗康平『その「場」で生きる』 TWIN ARCH vol95 9月号より 

東京商工会議所から会員に送られてくる月刊情報誌は、ビジネス主体のものでありながらもおもしろい連載がいくつかあって届くのが楽しみであります。「壱号機誌上博物館」の連載にはキヤノンA-1が取りあげられたことも。巻末見開きの小栗康平さんの連載には、写真を作品として撮る身として共感したり考えさせられたりすることも多く。1996年の監督作品「眠る男」を改めてみてみたくなりました。







(8/28)
 



■火薬の平和的利用  


思いもかけず、2006年のユメノシマに展示した橋脚のところへ行くことができた。
草ぼうぼうのあのときと比べると周りも整備されて、どこだか見当もつかないくらいだった。やっと工事が動いたようだ。



モノができあがっていく過渡期のアンバランスな瞬間はどこかはかない。できたらただの道路。




片道5時間かかったけれど。お墓参りもできてよかった。

夜はビルに遮られない花火。花火大会のポスターみたいな写真より、ちょっと失敗したもののほうがおもしろいな。



■暑い夏  


毎日限界を感じる暑さです。。こんななか清澄白河までお越しいただいた皆様本当にありがとうございました

今日は蒼穹舎で石内さんの写真をみて、写真集が欲しくなった。
それからSKY THE BATH HOUSE でエグルストン(まだ原美術館は行けておらず) まとめて見たのは初めて。こういうのを日常の何気ないスナップと人は言うのだろうけど。
半径3mのかわいらしい写真ではなくて。
なんというか足下を撮っていても、街角や車の中を撮っていても、どこかもっと遠いところから放たれた矢のような、猛禽類が滑降してくるかのような視線というか。だからそんな「何気ないスナップ」ではないように思えた。

それからアートブックフェアへ。昨年とは違う場所で。ぎりぎり入れてもらえた。stephan gillの個人レーベルがみたくて。
本を表現としていくことだっていいではないか。と改めて思う。写真集は作品集ではない。

で、今日思ったのはもっと自由に。もっと自由でいい。もっと自由になりたい。もっと自由にやっていこうということ。
明日から8月です。8月は決めることがたくさん。学ぶこともたくさん。

●7月の心にとどまった言葉
「練習だけしていてはだめよ。自己批判はだめ。他人を批判しすぎるのもだめ、人のよいところを観察して」(「パリオペラ座のすべて」)
「音のなかに埋没し、海のなかへ消える」(ジル・ロマン「ベジャール、そしてバレエはつづく」) (7/31)
 


■あと一日  


深川フォトセッションもあと一日となりました。このうだるような暑さのなか、まわってくださった皆様に脱帽です。本当にありがとうございました。残る本日のみ。よろしくお願いいたします。




オープニング。隅田川の堤防でのスライドショー。なかなかよかったです。わたしは砂利山のシリーズから新作含め15枚。このくらい大きく観るのは自分でも愉快でした。実物大までとはいきませんがかなり大きい。でも、別に撮った場所にいるようには感じない、写ったものでしかないものかそうでないかがよくわかったのがおもしろかった。






展示風景です





そして昨晩は、すぐそばの小名木川で灯籠流し。
暑いけれど暑いと感じるのも生きているから。お坊さんの言葉がしみました。
暑いのも悲しいのも苦しいのも生きているから。一緒に年をとりたかった友人を想いました。

今回やりたかったこと、できなかったこと、経験できたこと、、いろいろこれからにつなげていければ。深川フォとセッションあと一日です。 (7/25)


■一番悔しいのは  


このところ毎日がめまぐるしく、更新もできておらず…5月中旬より毎週末はかわむこうシリーズ、で、この週末は川は一休みして若葉と花の香り6月の大島へ。

今回は大島を半周自転車で。炎天下きつかったけれど、まだまだ知らなかったスポットそこここ。
そして朝4時半の日の出と砂利山。夏至に向かって日の出日の入りの位置は広がり、山の上から朝日がまっすぐさしてきました。日の出日の入りの位置と角度が季節季節変わるのを砂利山にさす太陽の位置で実感します。
前の日がかなりハードだった上の早起きだったので、撮っているうちに疲れて、雲に遮られている間砂利山の横でうとうと。

帰る日は朝から大雨と暴風で。。うねる波をみながらそれでも帰れるのは大島だな〜などと、岸壁をみているうちにうねる波をどうしても撮りたくなって、どんどん桟橋の突端まで。と波が突然高くなりみごとに頭からかぶりました。着替えはないし、カメラはだめになる し、、、自転車は前輪がパンクするし、芝公園で自転車修理してくれるところを見つけ、小雨の中一時間どうにか帰ってこれたけれど。

撮影は毎回毎回楽なものではありませんが…まあ波にさらわれなくてよかった。ただ残念なのは、最後のフィルム。14枚撮ったけれど、きっと海水でだめだろう…一コマくらい助かってないかな…。(6/15)


■春の雪  


昔岩手の考古民俗学の先生がおっしゃっていました。「今日あって明日ないのが春の雪」。昨日の雪は東北にふる春の雪のよう。
わたしの写真集が写真美術館に新着として収蔵されたようです。
刊行して一年と少し経ちました。ほんの一部の方にしか話してなかったのですが、2008年暮れ個展の初日に到着というぎりぎり予定で進んでいた写真集でしたが、届いた分をあけたところ製本上の問題で販売が無理なものがあり、予約にするしかないか、いや会場で発売しなければ意味がないだろう…ということで初日はかなりばたばたしていました。幸いぎりぎり個展期間中と、すぐに送らなくてはならない販売先等の分はあるだろうということで、そのまま発売にふみきり、結果正直年明けの再印刷分がくるまで在庫がもつだろうか、と年末年始をはさんでいた分、はらはらしたものでした。

再印刷には、プリンティングディレクターの方が責任を持ってやりますから任せてくださいとおっしゃってくださり、初版のものと、わたしが見てもわからない印刷のあがりになっていてほっとしましたが、そんなことがあって、私自身関係者先への献本もすっかりタイミングを失い今にいたってしまい、それだけに、図書館や美大などで購入していただいている話を伺うと感謝の気持ちもひとしおです。

この春はいろいろなことがありました。やっと制作に集中できそうです。でもその「いろいろなこと」がこれからの自分の制作にもかなり+となっていくことと思います。春がわたしを待っていてくれたのかな〜と冬日がうれしい四月です。


■春は  






(3/20) 

■白 白 赤  








アニー・リーボヴィッツ「Life Through A Lends」をDVDで見る
なかなかよい刺激のあるドキュメンタリーだった
アメリカの女性はかっこいいな。体の大きさが違うから中判手持ちもなんのその

リーボヴィッツの名は知らずとも中にでてくるダンサーの写真はほとんど知っていた。全く昔と変わらないバリシニコフのしなやかな動きもよかった
肖像画でもないステージ写真でもないバレエダンサーを撮ってみたいな〜と思う。リーボヴィッツみたいに一緒に寝泊まりして、空気と化して
 


■ on my own 

築地仁『VOID』展。今回は縦オンリーの展示。縦でも限定させないってできるんだなと思いながら見ていました。いろいろと私の話も聞いてもらいアドバイスいただきました。相談にのってもらえる先生が欲しいなと思う今日この頃だったのでとてもありがたく。また築地さんの作った冊子をいただく。
最近印刷費がよくも悪くもリーズナブルになったぶんZINEアートが盛んな気がします。ワンコインくらいのもので作ってみるのもいいな。やはり形にしていくことが第一です。(1/17)
 


■ New moon and daybreak 





新年が明けて半月がたちました。少し更新がとだえていましたが本年もよろしくお願いいたします。
正月は「かわむこう」シリーズ撮っていました。故郷という地域はまた、歩いていてさまざまで複雑で苦しい思いがよぎってくるものですね。(1/16)